猫はシブヤにいます   作:大森依織

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 事態は良くも悪くもなっていないので──どうやら、あの子が例外みたいです。








3匹目 猫のいたずら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──こちら、スニャーク。

 

 現在、僕の後輩であるまふゆが通っている学舎の門の前に潜伏中だ。

 

 っていうか、どうして潜入する時の定番だという台詞に出てくる名前がスネーク()なわけ?

 

 絶対に猫の方が潜入に相応しいって。

 猫は液体だし、これほど潜入に相応しい動物はいないでしょ。

 

 今すぐ台詞を『ブラックキャット』とかに変更するのをオススメしよう。

 それが嫌なら、僕に(ちな)んで三毛猫でもいいし、ちょっとカッコよく『キャリコ』というのもアリかもしれない。

 

 ……さて、誰に言ってるのかわからないことを考えてないで、学校に入ってしまおう。

 

 そろそろお昼になりそうな時間なせいか、眠そうな警備員さんに鳴いてご挨拶。

 特に反応もなく欠伸をしている警備員さんを横切って、僕は悠々と中庭を歩いた。

 

 

「にゃふんっ」

 

 

 ふっ、ちょろいぜ。

 

 門さえ乗り越えたらだーれも歩いてないんだもの。

 こんなの、入ってくださいって言ってるようなものだ。

 

 

(学校って建物の中に入ったことはなかったから、前々から気になってたんだよねー)

 

 

 昔は人が沢山集まってる場所だし、気になっていてもスルーしていた。

 

 が、今はまふゆもいるし、色々と都合がいいタイミングなので乗り込むことにしたのだ。

 こんな機会じゃなきゃゆっくりと見回れないだろうし、ちょっとワクワクする。

 

 さーて、この箱の中身は何が待っているのかなーっと。

 

 

(……う、うーん?)

 

 

 何か、想像してたのと違った。

 

 多くの子供達が吸い込まれていくように入っていく場所だから、何かすごいモノがあるのだと思っていたのだ。

 蓋を開けてみれば、どこもかしこも似たような風景ばかり。

 

 やけにツンとした匂いがしたり、大きなピアノがある部屋だったり。

 キッチンや白いガシャガシャいう機械が並んでる場所は他とは少し違ったけれども。

 

 大体、板の前に椅子と机が並んでいて、まふゆと似たような服装の人が静かに座ってる部屋ばかりが並んでいる。

 

 

(にゃーんか、つまんないな)

 

 

 学校には美味しそうなご飯もおやつもないし、ノラっ子達が態々、リスクを冒して侵入するような場所じゃない。

 それがわかっただけでも儲け物だと思おうか。好奇心旺盛な子に伝えるのも忘れないようにしよう。

 

 

(まぁ、でも……つまんないのなら、こっちで面白くすればいいだけだよね?)

 

 

 どこも似たような箱物ばかりだったけれど、まふゆが『1-A』と書かれているところにいるのだけは確認してきた。

 

 昔聞いた話によると、前の字が学年で後の字が部屋の名前のことらしい。

 つまり、まふゆは1年生のAという部屋に所属している子ってわけである。

 

 僕はエリートな猫ですから、これぐらいのことはわかっちゃうのだ。えへん。

 

 

(さーて。まふゆがわかるところに移動しなきゃだけど……おや?)

 

 

 さっきまで空いてなかった教室の扉が開いている。

 

 まるで『ここから入ってください』と言わんばかりに、まふゆがいるであろう教室の扉が開いているではないか。

 

 タイミングってヤツも粋な計らいをしてくれるものだ。

 秘密が僕を大胆にする。この状態の好条件で好奇心のままに行動しないのは猫じゃないからね。

 

 ……内心で盛り上がり過ぎたけれど、別に僕も静かにしているところを邪魔したいわけじゃない。

 

 少しだけ。

 顔をちょーっとだけ入れて、覗き見ようと思う。

 

 ──というわけで、行ってみよう。

 

 

(よいしょーっと、お邪魔しま~す。まふゆはどこかなー)

 

 

 顔だけ部屋の中に入れて、周りを見てみる。

 視線が低いせいで机や椅子、後は人間の足ばかりが視界に入ってきた。

 

 金属と人間の足のジャングルか、全く魅力的ではない。

 楽しくない景色からは早々に目を離して上を見上げると、人の顔が見えた。

 後ろの方は全く見えないのだけど、幸いなことにまふゆが座っているのは前のほう。

 

 

(なんだろ、すっごく新鮮だな)

 

 

 別に彼女と出会ってからそれほど長いってわけじゃないんだけど、学校の席についているまふゆは猫被りでもなければ表情を放棄したわけでもない顔をしていた。

 

 集中しているっていうのだろうか。

 僕の前では見せないであろうその姿を見れただけでも、学校に忍び込んだ甲斐があったかもしれない。

 

 

(あ、目が合った。にゃーん)

 

 

 静かにまふゆの姿を眺めていると、偶然、視線を落としたまふゆと目が合った。

 

 流石にここで鳴いたらまふゆの心臓がどうにかなっちゃうかもしれないので、僕は鳴かずに口をちょっとだけ開く。

 

 肝心のまふゆはというと、僕のことを白昼夢か何かだと思ったのか、始めはあからさまに瞬きする回数が増えて。

 僕が夢ではなさそうなのを受け入れると、今度は目だけを素早く彷徨わせて周囲の様子を窺った。

 

 

(うーん、これは悪いことをしちゃったかも?)

 

 

 どうやら、僕がここにいるのはまふゆにとってはかなりの異常事態であるらしい。

 

 悪戯心がなかったといえば嘘になる。

 が、いつも表に感情が出てこないまふゆが露骨に動揺してるのは、ちょっとだけ申し訳ない。

 

 ゆっくりと顔を部屋から抜き、廊下の端っこに移動する。

 何もなければここから帰るのだけど、まふゆが目だけで『待ってるよね?』と言わんばかりの圧をかけてきたので、僕は正直に従った。

 

 普段は全く従う気にはなれないけれど……まぁ、今日だけはね?

 

 

(人間の言葉どころか空気もわかっちゃうのも困りものだよ。うん、ここはおとなしくしよーっと)

 

 

 ──キーンコーンカーンコーン、と。

 

 まふゆの圧を無視することなく待っていると、遠くでしか聞いたことのない変な音が周囲に響き渡った。

 

 今の音が原因なのか、静寂が少し緩んだ気がする。

 多分、何かの合図だったのだろう。僕にはまるで見当がつかないけれど、何かが変わったのだけは確かだ。

 

 今までなら『どうせ学校になんて入らないし〜』と聞き流していたのだけど、こんなことなら真面目に他の人の話を聞いておけばよかった。

 

 学校に関する話の記憶を掘り返しても、宿題がめんどくさいだとか校長先生の話が長いとか、学校を休んで歌の練習をしたいなんて、役に立たない話ばかり思い浮かんでくる。

 

 こういう大きな音が鳴った時は何が起きるんだ? わからなければ対策なんて立てられない。

 どうしたものかと考え込んでいると、急に体が宙に持ち上げられる。

 

 

「実は夢だったらよかったのにね」

 

「にゃぁ」

 

「しっ、鳴いたらバレちゃうよ……とりあえずここを離れようか」

 

 

 学校の中なので取ってつけたような猫を被ったまま、まふゆが囁いてくる。

 周囲を見渡して人がいないことを確認すると、まふゆは僕を抱えたまま風になった。

 

 

(って、あれ? そういえば、学校って廊下を走っちゃダメなんじゃなかったっけ?)

 

 

 さっきまで記憶を掘り起こしていたせいか、ふと思い出したのは『学校の廊下は走っちゃダメ』と話していた内容で。

 

 

(……これも、僕のせいかなぁ。しょうがない)

 

 

 ちょっと薄く調整すれば、誤魔化せるだろう。

 

 てしてしとまふゆに絡まった糸を猫パンチする。

 そうすると、抜け出そうとしていると勘違いされたのか抱擁が強くなった。

 

 僕は別に逃げないのに、ぎゅっとされるとちょっと苦しい。

 うぅむ、学校に侵入したのは早まったかもしれないな……

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 まふゆに抱えられたまま、静かな校舎裏の階段まで連れて来られた後。

 パンと飲み物を買いに行ったまふゆが、小走りでこちらに戻ってきた。

 

 

「何で学校にいるの? ……って、猫に言ってもしょうがないか」

 

(好奇心で! ……って返事をしても、人間には伝わらないんだよねぇ)

 

 

 小さく溜め息を溢したまふゆは、綺麗な所作でパンを食べ始めた。

 ここで鳴いてもどうしようもないので、僕はお利口さんに食事の終わりを待つ。

 

 

「──食べてる最中に考えてたんだけど」

 

「にゃあ」

 

「マロが学校に来た理由って、最近、私がマロと一緒にいる時間を減らしたから?」

 

「にゃー」

 

 

 いや、違いますけど。

 僕だって気分ってものがあるから、まふゆが気分じゃないって言うのなら、それはそれで気ままに過ごすし。

 

 僕ってマイペースな猫なんだけど、そんなに構って欲しそうに見えてるんだろうか。

 否定したのだけれども、猫と人間は通じ合わない。

 まふゆは勝手に良いように解釈したようで、薄い板(スマホ)を取り出して膝の上に置いた。

 

 

「マロの歌がきっかけで、曲を作るようになったの」

 

「にゃあ」

 

「最近はサークルってのにも誘われて、夜中に他の人と話しながらこんな曲を作ってる」

 

 

 そう言って、まふゆは(スマホ)から音を出す。

 

 音楽は作り手の心を映すと聞いたことがあったのだけど、聴こえてくる音は冷たくもあり、温かくもある不思議なモノだ。

 まふゆの色というよりは、別の誰かの色が強く感じる。

 

 

「どう思う?」

 

「にゃん」

 

「うん、わからないね。でも……この曲なら、何かがわかるかもしれないって、そう思ったの」

 

 

 僕は特に何も伝えていないのだけど、まふゆがこの曲とその作り手に希望を抱いているのだけはわかった。

 

 糸の色も悪くないし、頑張れば悪い縁にはならないだろう。

 後輩が下手っぴな猫被りから抜け出す為に頑張っているというのなら、僕はそれを素直に応援するぞ。

 

 

「にゃにゃっ」

 

「もしかして、応援してくれてるの?」

 

「にゃあ」

 

「そうなんだ……マロが応援してくれるなら、見つかるかもしれないね」

 

「にゃっ」

 

「あぁでも、学校に来るのはダメだよ。今回は何もなかったけど、校舎に猫がいるなんて普通は大騒ぎになるから」

 

「にゃー」

 

 

 む、後輩なのに先輩の行動を制限しようとは生意気な。

 

 心配しなくても君が心配するようなことなんて起きないよ。

 ……僕にとっては、今の方が異常であり、奇跡なんだから。

 

 

「不満そうな顔をしても、校舎に入るのは流石にダメだと思う」

 

「にゃぁ」

 

 

 だよねー。

 うん、そこは気をつけて今度からは中庭までにしておくよ。

 

 

「本当にわかってるの?」

 

「にゃっ」

 

 

 大丈夫、大丈夫。

 いけるとこまでしかいかないから。僕、わかってる。

 

 

「猫に言うのもあれだけど、伝わってないのはわかるよ」

 

「にゃにゃんっ」

 

「失礼なって? 本当に?」

 

「にぃー」

 

 

 くぅ、猫に関しては後輩なのに、まふゆは生意気だっ!

 

 

 

 

 








☆マロ知識
学校という存在そのものは知っていたけれど、今までは用事がなかったのと、この状態になる前だと追い出されるのはわかっていたので、今回が初めての潜入作戦だった。
追い出される心配はないとわかっていても、ちょっとドキドキしたらしい。後悔はしてないものの、まふゆに怒られてちょっとは反省している為、校舎(・・)にはあまり近付かないと決めた。





……

マロが変な知識は知ってるのにスマホは『薄い板』と呼ぶぐらい詳しくない理由は、1人きりだと思ったり、ふざけて変なネタをやってしまう人はいたとしても、猫の前でスマホの解説を始めるような人はいないだろうという想定からです。


次の話は想像以上にマロのお話を読んでくださってる感謝と個人的におめでとうの日の嬉しさから、5日に到達する前に1話、更新します。



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