猫はシブヤにいます   作:大森依織

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約束しましたが、今回は悪くないですよね?





30匹目 猫とひみつの時間

 

 

 

 

 桃井愛莉とは、雫と同じちょっと特別なクラスに所属するアイドルにして、猫アレルギーという悲しき定めを持った少女である。

 

 少なくとも僕はそう聞いているので、適切な距離ってヤツを維持しなくてはと思っていた。

 

 

(思ってたんだけど、相手が近付いてくる場合はどうしたらいいんだろうね?)

 

 

 ──とある日のお昼休みのことだ。

 

 この後は委員会でやることがあるからと、早々にお昼を切り上げたまふゆと別れた後。

 中庭でちょっと寝てから出て行こうとした僕の前に現れたのが、愛莉だった。

 

 

「こんにちは、マロ……だったわよね?」

 

「みゃーお」

 

 

 僕はベンチから降りて、愛莉と少し距離を取る。

 相手の様子を窺っていると、神妙な顔をした愛莉が両手を合わせて頭を下げてきた。

 

 

「お願い、あなたを撫でさせてちょうだい!」

 

「にゃん?」

 

 

 そこからは『お祈り』という名のプレゼンだった。

 

 普段なら症状が出る距離でも、僕だけは全く反応がないこと。

 1度でいいから、くしゃみも何もないまま思う存分、猫に触ってみたかったこと。

 出た時の対策の為にアレルギーの薬を持参しているし、痒くなったり違和感を感じたら、速やかに離れて対処する……など。

 

 次々に並び立てられる言葉の波に襲われて、僕は唸るしかない。

 

 

(うぅむ、これっていいの? 悪いの?)

 

 

 僕は自分という存在が、猫アレルギーの人にも優しい体質だと知っているしなぁ。

 愛莉が自分なりに対策してまで僕を触りたいというのであれば、これは自己責任ってことでいいのではないだろうか?

 

 

「……にゃあ」

 

「! ありがとうっ」

 

 

 拝み倒す勢いでお願いされる勢いに負けた僕は結局、頭を差し出した。

 それが1人の猫難民を覚醒させてしまうことになるとは、この時の僕は思ってもみなかったのである……

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

(──あ、来た)

 

 

 愛莉がやってくるのは大体、誰もいない時だ。

 

 頻繁にやってくるわけではないのだけど、何故か悪いことをしてるかのようにコソコソとやってくるものだから、まぁ目立つ。

 もっと堂々としていればいいのに、すすすーっと移動する姿は不審者そのもの。

 

 僕のことを脱法にゃんこだとでも思っているのだろうか。

 警戒しなくても僕はちょっと変わった三毛猫なので、脱法だとかそんな怪しい存在でもないし、後で何かを請求するような邪悪なナニカでもない。

 

 アレルギーのせいで猫という至高の生き物に触れられない少女に、ちょっと可愛さをお裾分けしている善意の猫。

 それが今の僕なのである……っ!

 

 ──が、そんな猫の思考も人間にわかるはずもなく。

 今日も愛莉は周囲を過剰なぐらい見渡しながら、僕の前に座った。

 

 

「こんにちは、マロ。今日も撫でに来たわ」

 

(やぁ、今日も小さい声なんだね)

 

 

 よく通りそうな声を小さく抑えているので、僕も鳴かずに応じる。

 僕は気遣いもできるいい猫だからね。コソコソしてる理由はわからないけれど、ブツさえ貰えたら付き合うよ。

 

 

「これが今日のおやつよ。わたしがこうやって来ているのは朝比奈さんにも内緒にしてちょうだいね」

 

(うむ、ツナの誓いだね。了解したよ)

 

 

 このテカテカと輝くツナに懸けて、約束を守ることを誓おう。

 

 これがバレたら僕のおやつも危機かもしれないから、こっちも危うい橋を渡っているのだ。

 食べ過ぎたら太るなんて人間も不便だよね、食べたものを脂肪に変換しちゃうなんて大変だよ。

 

 さて、人間の大変さを噛みしめるのはここまでにして、撫でたいのならどうぞ。

 遠慮がちな手の前に体を寄せると、愛莉はゆっくりと撫でた。

 

 

「遠目で見たり、イラストや写真よりも実物の方が数十倍可愛いのよね」

 

 

 そうでしょう、そうでしょう。

 僕の可愛さは天下一だもの、しょうがないね。

 

 

「しかも手触りは新品のクッションもビックリなぐらいサラサラ。柔らかいし、ベッドとかで一緒に寝たら気持ちいいんでしょうね……」

 

 

 悩ましそうに、愛莉は溜め息を溢す。

 

 

(……うぅむ、僕ってばなんて罪な猫なんだ)

 

 

 僕は神すら魅了してしまう魅惑のお猫様。

 愛莉が魅入ってしまうのもしょうがないのだけれど、1人の少女を沼に引きずり込んでしまったのはやり過ぎたかもね。

 

 

(ところで愛莉。僕はこの逢瀬を秘密にするのはやぶさかじゃないんだけどね?)

 

 

 さっきからじぃっと、君を見ている子がいるんだけど。

 その子についてはどうするのかな?

 

 

「……ずっと後ろを見てるけど、どうしたの?」

 

 

 愛莉が不思議そうに首を傾げるその後ろに、愛莉を物陰から見てる明るい茶髪の子がいた。

 

 グレーの目だけでなく口でも「じぃーっ」と言いながら見ている少女は、愛莉が何をしてるのかわからずに首を傾げている。

 僕のことを見えていないと、愛莉は完全に不審者だし……知り合いが怪しいことをしているのなら、追いたくなるのも無理はない。

 

 無理はないけど、考察している今もツナの誓いの危機である。

 愛莉、後ろだ。後ろを向くんだっ!

 

 

「にゃっ、にゃぁっ」

 

「本当にどうしたのよ? 後ろを見ればいいの?」

 

 

 何とか僕の熱い想いが届き、訝しげな顔をした愛莉が後ろを向く。

 

 

「えぇっ……みのり?」

 

「はい! 怪しい愛莉ちゃんを追いかけてここまで来ました、花里(はなさと)みのりですっ」

 

 

 愛莉が呼べば、元気の良い自己紹介と共に右手を挙げた少女──みのりが影から出て来た。

 

 愛莉も不審者のような仕草を見せてたけど、この子も急に自己紹介したりと随分とおかしな行動をしている。

 雫も天然気味だし、アイドルというのは変わってないとできないお仕事なのかもしれない。

 

 

(おかしいなぁ。瑞希の話を聞いてた時は、アイドルが僕の天職のように聞こえたんだけど)

 

 

 愛莉達を見ていると、ただ可愛いだけでもダメらしい。

 やっぱり、可愛いだけで許される猫が1番。僕ら猫がナンバーワンだね。

 

 そんな馬鹿なことを考えている間にも時間は進み、愛莉が大きな溜め息を溢していた。

 

 

「バレたら心配かけると思ったとはいえ、コソコソやるものじゃないわね」

 

「心配かけるって、愛莉ちゃんはここで何をしてたの?」

 

「猫アレルギーなのに、何故か症状が出ない唯一の猫に癒されに来てたのよ……大事なことなのに内緒にしてたのは、悪かったと思ってるわ」

 

 

 愛莉の言葉によって、今まで全くこちらを認識していなかったみのりの瞳に僕の姿が映った。

 まさか学校に猫がいるとは思っていなかったみのりは目を見開き、大袈裟なぐらい驚く。

 

 

「えぇっ、猫ちゃん!? 猫ちゃんがなんでこんなところに!?」

 

「雫が言うには隠れるのが得意な猫らしくてね、よくこの学校にも遊びに来てるみたい」

 

「な、なるほど? あ、それでわたしも今まで気が付かなかったんだ! ということは、この子はお殿様みたいな忍者猫ってことだよね、愛莉ちゃんっ」

 

「いや、忍者猫って何よ。マロは三毛猫でしょ」

 

 

 キラキラとした目をして隣に並ぶみのりに対して、愛莉は呆れた目を向けた。

 

 

(……流しそうになったけど、みのりも見える側なんだ。やっぱり見た目云々の話じゃなかったんだね)

 

 

 みのりは今までの面々を思い浮かべるとそこまで派手な色合いの髪や目ではないし、派手な髪色説は空振りだったようだ。

 

 条件は未だにわからない状態で見える人が順調に増えてしまってる状態は少し怖いな。

 まふゆが心配している条件を踏んでしまう可能性もあるし、条件の見極めはしっかりしなくては。

 

 

(って……今、考える事じゃないか)

 

 

 フルフルと頭を振ってから改めて意識を今に戻す。

 何事もなかったフリして顔を前に向けると、安心したかのような笑みを浮かべるみのりが目に入った。

 

 

「でもそっか、猫だったんだ……愛莉ちゃんが大変なことになってるんじゃなくて、猫に会ってたのならよかったよ~」

 

「どちらにしても心配させてしまってたようね。大変な時だっていうのに気持ちが逃げちゃってたわ、ごめんなさい」

 

「ううん! お休みだって大事だし、わたしは愛莉ちゃんがちゃんと切り替えできていてすごいと思います!」

 

「今回はそんな褒められるようなことじゃないけどね」

 

「でも、わたしはバイト先でも考えちゃってたから、愛莉ちゃんを見習いたいな。見習って気持ちを切り替えた後は、もっともっとも~っと、がんばるぞっ」

 

「それ、気持ちを切り替えてるの?」

 

 

 苦笑いする愛莉を気にすることなく、むんっと両手を握りしめて気合を入れるみのり。

 

 休みが大事だと話しながら、頑張るぞが結論になるのはとんでもない着地の仕方だ。

 初対面の僕でも、このやり取りだけで『花里みのり』という少女がどういう子なのかわかった気がした。

 

 

「……それにしてもよかったね、愛莉ちゃん! 最近はちょっと上手くいってないことが多いけど、愛莉ちゃんにとって良いことがあってわたしも嬉しいなぁ」

 

「ありがとう、みのり。今まで動画か遠目でしか動く姿を見れなかったのに、こうして近くで見れるのが嬉しくて1人だけ楽しんでしまったわ」

 

「あっ、動画……そうだ、動画だよ!」

 

「はぁ、動画がどうしたのよ?」

 

 

 訝しげな顔の愛莉に対して、みのりはキラキラとした目で語った。

 

 

「アイドルといえば、事務所に入ってライブをしたりするイメージがあると思うんだけど!」

 

「そうね、だからわたし達は色んな事務所に声をかけていたわ」

 

「でも、どこも受け入れてもらえそうになくて。だったら、自分達でアカウントを作って自己紹介の動画を投稿したり、ライブ配信で活動するのはどうかなーって、ちょっと思ってまして……」

 

 

 急に自信を無くしたようで、段々声が小さくなっていくみのり。

 窺うような視線に晒された愛莉は考え込むような仕草を見せてから、小さく頷いた。

 

 

「実はわたしも事務所に所属するんじゃなくて、フリーで活動するのもいいんじゃないかって考えていたところなのよ」

 

「じゃあ……!」

 

「ええ。配信をメインにしたアイドル……あまり聞いたことがないけど、皆と相談してみる価値はあると思うわ」

 

「やったぁっ」

 

「はい、ストップ。まだ先の見えない道の、スタートラインにすら立ってないんだから。喜ぶのはまだ早いわよ」

 

「あっ……えへへ」

 

 

 猫にはわからないことばかりだが、2人の悩んでいたことが好転したらしい。

 

 彼女達の周りの糸も波打っているが、キラキラと輝いている。

 困難ではあるけれど、乗り越えるだけの価値がある道が切り開かれそうになっているのだろう。

 

 

(……よくわかんないけど、なんかイイ感じになってるからヨシ!)

 

 

 僕の方からサービスで、気持ちばかりの猫パンチをしておこう。

 

 だからその……ツナの誓いが危ういことについては、僕のせいにしないでね?

 そこんところ、よろしくお願いします。

 

 

 






☆マロ知識
猫なので、お酒よりもツナ缶の方が約束なども守ろうと努力する。
……努力をしているつもりなのだ。


……


・余談
愛莉さんのアレルギー症状はくしゃみ連続愛莉さんのお話も鑑みて、作者の症状を参考にしています。
軽いアレルギーでもペットを飼う場合、己も常時体調不良のように体が重い日々を送りつつ、くしゃみと涙とお友達になる感じですね。はい。

お風呂に入れる時とか、体調が良くてもマスクなどの対策をして挑まないと喘息とかで苦しみますからね。
アレルギーは人によって症状も違いますし、公式に出てくる愛莉さんはこちらとはまた違うかもしれませんが……マロがいる世界線限定ということで、お許しいただけますと嬉しいです。


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