自分以上の迷子がいたら、猫も迷ってられないでしょうね。
大きく口を開けて欠伸を1つ。
(あ~、何もしない時間っていいよね)
暖かな日差しの下で丸くなり、ぼんやりとシブヤの雑踏を行き交う人々を眺める。
いつもは後輩のまふゆを気にしている、優良な先輩が僕だ。
今日はニーゴの打ち上げでセカイにはミク以外に誰もいないし、偶にはこうしてのんびりするのも悪くない。
(人間って
視界の先で行き交う人々を見る優越感。
そこに今、颯爽と
(僕を気が付かないってことは、急いでたのかな。やっぱり人間は大変だねー)
僕は暇で暇で、何もしてない時間を満喫してるぜ? 羨ましかろう。
ごろごろ、にゃーにゃーしてたらまた見知った顔が通り過ぎた。
姿勢の良い早足で通り過ぎたのは、不思議そうに首を傾げた雫だ。
(……んんー? あれ、さっきも通ってなかったっけ。それとも
時計なんて見てもないから、正確にはわからない。
だけど、体感的には雫が最初に通り過ぎてから……たぶん、1時間も経っていないはずで。
違和感はあるけど、ちょっとした買い物の帰り道ならありえるのかな?
ちょっとした用事にしては、しっかりとオシャレしてたけども。
猫が知らないだけで、人によってはそんなものなんだろうね。絵名や瑞希がそうだし。
(まぁ、そういうこともあるよねー。うんうん)
贅沢に時間を使ってる最中だからなのか、余計なことが気になってしまう。
そうして悶々と考え事をしている間に、先ほどと全く同じ方向から雫が通りかかった。
(同じ方向から来る。そういうことも……あるわけないよね!)
流石に、これがおかしいのは僕だってわかる。
誰が同じ道を何回も通るのか、猫にもおかしいって思われるのは異常事態だぞ。
雫はまふゆの部活仲間だし、知らない相手ではない。
放っておくこともできず、僕は「あれ?」と言いたそうな顔をしている雫の前に出た。
「にゃあっ」
「あら、その模様はマロちゃん? 学校の外で会うのは初めてね。今日は……朝比奈さんもいないし、1人を満喫してたのかな?」
鳴きかけた雫の反応は全く異常を感じさせない程、いつも通りだった。
「これからしぃちゃん──えっと、私の妹と一緒にお出かけする予定なの。待ち合わせの場所に行くまでの道までだけど、一緒にどう?」
「にゃんっ」
おっとりとした調子で提案してくれるので、僕はそれに乗る。
心配し過ぎならそれでもいい。少しの間、雫の隣を歩こう。
(えっ? あれ……おーい、雫さーん?)
そうして歩くこと数分ほど。
自身ありげに歩く雫についていくと、途中から急にクネクネと曲がり始めて。
もう少し様子見している間に、元の道までぐるっと1周してしまっていた。
「不思議ねぇ。この道、すごく見覚えがあるわ」
(そりゃあ、見覚えもあるでしょうよ)
何回も通った道を覚えてないって言われた方が怖いから、逆に安心したよ。
(でもこれ、雫を放っておいたら辿り着かないよね)
いつもはしっかりしてる誰かと行動することで、事なきを得ているのだろう。
雫の友達である愛莉もしっかりしてるし、その光景が容易に想像できる。
しかし、今は頼れる人もいない単独行動中だ。そこに猫をプラスしても、安心材料にはならない。
(少しはおかしいなって思っていても、本人はまだ困ってなさそうなのがなー)
そのおおらかさが『日野森雫』という少女の良いところだとしてもだ。
こちらとしては、迷っているとわかっていて付き合うのは少し辛い。
(しょうがない。ちょっと裏技に頼るか)
お忘れかもしれないが、僕はそこらの猫とは一味違う。エリート中のスーパーエリートキャット。
とんでもなく疲れるからやりたくないだけで、こういう時の解決策はあるのだ。
今回はフェニランの時とは違って、雫が傍にいる。
雫の繋がりを意識することで、糸を辿って目的地に向かう。それが僕ができる唯一の裏技だった。
「うぅう゛、にゃーおっ」
「マロちゃん、どうしたの?」
雫が声をかけてくるが、今は無視だ。
集中する。
揺蕩う無数の糸の中から、雫に関するものだけ抽出。そこから色が濃くて、存在感のある糸を探す。
(……しゃっ、掴んだ!)
妹さんという血縁のある人が相手だったので、探し物はすぐに見つかった。
この方法、時間をかけ過ぎるとゴリゴリと削れるので早いのはとても助かる。
早めに見つかったので、消耗も少ない状態で道案内ができそうだ。
「にゃーん、にゃっ」
僕は雫の前に出て、振り返りながら前に進む。
「付いてきてって言ってるの?」
「にゃあ」
「そうね……しぃちゃんから電話もないし、少しだけ一緒に散歩しましょうか」
散歩って。
僕にそんな意図はないけれど、結果的には案内できそうなのでヨシ。
最悪は僕を抱えて迷子を続行されることだったので、案内できるなら何でもいいや。
雫がどこかに行ってしまわないように振り返りつつ、僕は糸を辿った。
待ち合わせ場所は想像よりも近い。これで迷うのだから、雫の探索能力はある意味で才能だろう。
(はい、到着したよー)
「……あっ、しぃちゃんだわ!」
喜ぶ雫の視線と見える糸の先には、姉とは違った吊り目の女の子が立っていた。
銀髪に翡翠っぽい目は猫らしさも感じるせいか、海の外側でいうところの『高貴な猫』らしさがある。
本物の猫である僕には負けるけど、見た目だけなら猫レベルが高い。
「しぃちゃーんっ」
銀髪の少女を観察していると、少女に向かって走る雫の姿まで視界に入った。
喜びのあまり駆け寄る雫をひらりと躱し、少女は口を開く。
「お姉ちゃん、1人で来れたんだ」
「えっと、実は1人じゃないの。マロちゃんを追いかけてたら偶然、辿り着いたのよ」
「マロちゃん?」
「ええ。マロ眉みたいな模様がある猫だから、マロちゃん」
「へぇ……それで、その猫はどこに?」
「あっ」
漸く、僕を置いてきぼりにしたことに気が付いたか。
触れられなかったら帰るところだったよ、僕。
「どうしよう。マロちゃんって隠れんぼが得意な子だから、見失っちゃったかもしれないわ」
「えぇ……どんな猫なの、それ」
どんな猫なのと聞かれたら、キュートでプリティーな三毛猫ですと、胸を張って答えるのが世の心理なのだけど。
はたして、世の心理である僕の姿を少女が捉えられるのか。それが問題だ。
「マロちゃん、どこに行ったのかしら?」
「……にゃーお」
何故かあらぬ方向を向いて探す雫に任せていたら話が進まないので、僕の方から出向いた。
雫の妹さんが見えない場合も考慮して、逃げ道を確保するのを忘れないのはデキる猫の嗜みだ。
「あっ……あの子? 三毛猫だけど、目の上の模様がそれっぽい」
僕の鳴き声に反応した少女が、小さく呟いた。
彼女も見える側か。なら、用意していた保険はいらないな。
僕は逃げるために空けていた微妙な距離を詰める。
雫に振り回されて大変そうだし、労いと愛想を込めて少女に挨拶をした。
「みゃー」
「……かっ」
(か?)
首を傾げると、少女はスッと視線を逸らした。
どうしたんだ。もしかして僕の可愛さに見惚れちゃった?
いやぁ、僕ってば罪作りだな~……はい、冗談はやめます。
「マロちゃんをすぐに見つけるなんて、しぃちゃんったらすごいわねぇ」
「すぐ後ろにいたのに大袈裟でしょ」
雫は大喜びなのに、少女の反応は素っ気ない。
足して2で割ったら丁度良くなるんじゃないだろうか。温度差に風邪をひきそうだ。
「とにかく、この子がお姉ちゃんを連れてきたって事でいいんだよね?」
「そういうことになるのかなぁ。一緒にお散歩してたら、いつの間にかしぃちゃんがいたんだよね」
「まさか、猫が迷子を見兼ねて連れてきたんじゃ……」
ありえないか、と首を横に振る少女。
そのまさかだとは彼女も思うまい。
君のお姉さん、同じ道を4回も通ってた猛者だってのも信じられないでしょう? 実際に目撃した僕も信じられないよ。
ただ、流石は血縁関係というべきか。
薄らと何かを感じ取ったらしい少女は、僕と視線を合わせるように屈んだ。
「お姉ちゃんがお世話になったみたいだね、ありがとう」
「にゃんっ」
「確か……はい、これ。お姉ちゃんをここまで連れてきてくれたお礼ね」
重そうな何かが入ったケースと共に肩にかけていたバッグを開き、少女が取り出したのは煮干しだ。
未開封のソレを開き、数個の煮干しを乗せた手を差し伸べてきた。
(おぉ、まさか報酬を貰えるとは。ありがたくいただくよ)
報酬をくれた親切な少女は、何故か緊張した面持ちでこちらを見ている。
貰えるものなら貰うのが僕なので、遠慮なく頂こう。
「煮干しを持ち歩いてるなんて、流石しぃちゃん。準備がいいのね」
「これは偶然だから。咲希が『話に聞いた変わった猫』っていうのを探してるらしくて、気を引く為にって押し付けられただけ」
「まぁ、そうなの。なら、マロちゃんはピッタリね」
「……確かに」
2人の視線が僕に集まる。
(少女はともかく、雫も僕のことを変わった猫って思ってたのか)
そこは恩猫とかじゃないか、と思わなくもないけど、僕の可愛さは異常だからしょうがない。
神すら魅了しちゃう天上級に可愛い猫とは僕のことだ。周りと違うと思われても無理はないね。
(無理はないけど、今日はただの猫のお巡りさんだからねー。道案内の報酬を貰ったら退散だ!)
それに、僕の『うとうと過ごす』という予定も熟せていない。
睡眠不足も大敵だ。ただでさえ寝ない日本っていう島国の人間にはわからないだろうけど、寝ないと死んじゃうのが生き物なので、僕はもう寝させてもらうぞ。
そういうわけで、ここで僕とはお別れだ。
後はそれぞれ、自由時間ね。はい、解散~。
「にゃーん」
「マロちゃん、もう行っちゃうの?」
「お店に連れて行くわけにもいかないし、ここで別れるのがちょうどいいでしょ……気持ちはわかるけど」
「あっ、そっか。飲食店にマロちゃんは連れ込めないよね。残念だけど、今日はここまでね」
相手にとっても丁度いいタイミングだったようで、すぐに解散できた。
妹さんがいるので大丈夫だとは思うけど。
もう迷わないでね、雫。
☆マロ知識
実は道案内は割と得意な方である。
ただ、迷子を探すのは1匹だと苦労するので、やっぱりお巡りさんは犬にお任せしたいらしい。
……
・参考元
本当に道に迷って、4回ぐらい同じ道を通ってた人がいるらしいんですよね。
……作者本人なんですけど。
・ひとりごと
はたして、マイセカイの『水中』というのは天気なのでしょうか。
セカイの天気とは一体……? 何しても許される気がしてきますね、ええ。