猫はシブヤにいます   作:大森依織

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ハッキリって、難しいですよね。





32匹目 絵描きと猫

 

 

 

 誰もいないセカイは普段はミク以外、人どころかモノもない。

 車の音も虫や人の声も、何もかも聞こえない絶滅危惧種のような場所が、このセカイだ。

 

 しかも太陽の光が眩しいこともないし、周りは適温。

 何もせずにぼーっとしていれば睡魔に襲われること間違いなしだ。

 

 

「あ、マロ。寝ないでよ」

 

「にゃっ!?」

 

 

 そんな中、うとうととしていた僕に理不尽な言葉を浴びせてきたのは絵名だ。

 

 急に現れて話しかけてきたと思ったら、恐ろしい発言である。

 何事かと驚いたけれど、答えは彼女の手の中にあった。

 

 

「後で冷蔵庫の中にあったチーズをあげるからさ。目、開けててよね」

 

「……にゃぁ」

 

 

 スケッチブックと鉛筆を持っているのを見るに、僕を題材にしたいようだ。

 

 この僕を選ぶとはお目が高い。

 報酬もあるというのなら、しょうがないから寝るのはまた後にしよう。

 

 

(後に……ふにゅ。むっ、うむむむむ)

 

 

 内心ではおやつの為に張り切って、外面は題材らしく静止していた僕に最大の壁が現れた。

 

 

(にゃーっ、眠い! ねーむーいーぞーっ!)

 

 

 最初の数分間は耐えられたけれど、それ以上となるとどんどん辛くなってくる。

 描くことに集中している絵名が話しかけてこないし、何もないセカイをじぃっと観察するのも限界だ。

 

 鉄筋はどこをどう見ても鉄筋のままだし、変な形の物体も触らなければ何もわからない。

 

 おやつに釣られて安請け合いしてしまった。

 こんな何にもなくて、静かで、時間も忘れる場所じゃあ……ハッ、寝てない。僕は寝てないぞ。

 

 

「……やっぱり、眠い?」

 

 

 そうして必死に睡魔と格闘していると、絵名から声を掛けられた。

 手を止めている彼女はしょうがないなと言わんばかりに苦笑していて、その目は少し申し訳なさそうに下がっている。

 

 

「こんな何もない所なんだもの、眠くて当然よね。さっきは無茶苦茶言ってごめんね」

 

「にゃ」

 

 

 絵名はまふゆや瑞希の前ではツンケンしていることが多いけれど、僕やミクには結構優しい。奏相手なら甘々だ。

 年下や庇護する対象には、本来の優しさが素直に出てくるのかもしれない。

 

 絵名は再び手を動かしつつも、今度は話しかけてきた。

 

 

「話しかけてたら、マロも眠くならないよね?」

 

「にゃーん?」

 

「うん? あぁ、集中しなくてもいいのかってこと? 喋ってる間は平気よ。喋らなくなったらお察しだけど」

 

 

 本当に集中し始めたら喋らないと。それなら安心だ。

 僕は揺らしてしまった尻尾を元の位置に戻し、忙しなく鉛筆を動かす絵名を見た。

 

 

「そういえばさ。マロって桃井愛莉って名前は知ってる?」

 

(名前なら知ってるけど、ねぇ)

 

 

 それが絵名の言う『桃井愛莉』かはわからない。

 

 僕の知っている桃井愛莉といえば、猫アレルギーなせいで僕にどっぷりハマっちゃった系アイドルだ。

 そう同じ名前も近場で何人も存在してるとは思えないし、知ってることになるのかな?

 

 

「マロが知ってる相手が宮女の生徒で猫アレルギーって共通点があるなら、間違いなく私の親友だから」

 

「にゃあ」

 

 

 なぁんだ。その愛莉なら、僕も知ってるよ。

 最近は堂々と僕を撫でに来るし、この前は写真も撮ったぐらいの仲良しさんだもの。

 

 

「そのドヤァって顔、やっぱりあの写真の猫はマロだったんだ」

 

「みゃ?」

 

「最近、愛莉から『猫アレルギーなのに触れる唯一の猫がいる』って話を聞いてさ。話の流れで猫とのツーショットが送られてきた時、マロが写っていてビックリしたんだからね」

 

(それはビックリするだろうねぇ)

 

「本当に心臓に悪かったんだから。もう、こういう時は事前に愛莉と知り合ったんだよって報告してよね」

 

(……それは難しい相談だねぇ)

 

 

 そもそも僕は絵名と愛莉の関係を知らなかったし、それでなくても報告するのも困難な身だ。

 スーパーエリートにゃんこな僕でも、絵名と愛莉の関係を事前に知るのは至難の業である。

 

 僕の念が届いたようで、絵名は小さく「あー」と唸った。

 

 

「って、言えるわけないか。猫アレルギーの親友の話から普通、愛莉の名前を予想できるわけないし」

 

(絵名は神高で愛莉は宮女と学校も違うから、ヒントも乏しいしね)

 

「そもそも、猫がどうやって話すんだってね。あまりにもマロが猫らしくないから、その辺も抜けてた」

 

(いや、猫ですが)

 

 

 どこからどう見ても、猫ですが。

 三毛猫以外に見えるのなら、何に見えるか言ってほしいぐらい猫なんですが。

 

 そんな訴えも、僕が猫であるが故に全く通じない。

 悲しいけれど、これも猫である証だった。

 

 

「そういえば、愛莉がペット同伴の店に連れて行ってみたいー、とか言ってたんだけど。マロって食べ物を食べる店に誘われたら、一緒に行くの?」

 

「にゃー」

 

 

 行くわけがない。

 最近、僕が安い猫だと思っている人が多いけれど、僕は自分をそんなに安売りしていないのだ。

 あまり僕を安く見積らないで貰おうか。

 

 

「へぇ、これは行かないんだ。マロって甘い所があるから気になったけど……あんたも、ちゃんと嫌なら嫌って伝えなさいよ?」

 

「にゃん!」

 

 

 任せろ、そういうのは得意だぞ。

 自信満々に返事すると、何故か絵名は疑わし気な目を向けてきた。

 

 

「本当にわかってる?」

 

「にゃっ」

 

 

 ちゃんと力強く鳴いているのに、絵名は険しい顔で頭を掻く。

 頭に回していた手をそのまま首元まで持っていき、人差し指で自分の首をトントンと触れた。

 

 

「その首輪、まふゆが付けたんでしょ」

 

「……にゃあ」

 

「やっぱり。マロは特別、まふゆに甘いみたいだけどさ。嫌なら嫌ってちゃんと伝えないと、まふゆの為にもならないんだからね」

 

 

 きっと、絵名は僕が『飼われる』ことや『縛られる』ことを避けていたのを察していたのだろう。

 だからこそ、こうして時間を作って僕に向き合ってくれたのだ。

 

 そう考えるとこの場にミクがいないのも納得である。

 

 ミクに対して、僕が望んだことでもあるんだが。

 僕とまふゆを選べと言われると、ミクはまふゆの味方である立場を選ぶ。

 

 そういう相手が僕の通訳をすると雑音になるかもしれない。そう判断して、絵名は通訳なしで僕と対面したようだ。

 その気遣いを思うと、さっきのように簡単に鳴き返せなかった。

 

 

「言っておくけど。私はあんたがそれでいいのなら、そのままでもいいって思ってるからね」

 

 

 中々鳴き返せない僕に、絵名は溜め息をついた。

 

 

「マロもまふゆもハッキリ言わないから、モヤモヤするの。ま、あんたは猫だからしょうがないんだけど」

 

 

 絵名はこちらに向けていた視線をスケッチブックに戻し、再び鉛筆を動かす。

 

 

「もっと皆、ハッキリしたらいいのにね。言わなきゃ伝わるものも伝わらないんだから」

 

(そうだね、できたらそれがいいんだろうねぇ)

 

 

 絵名のようにストレートに言ってしまえるのなら、楽なこともあるのだろう。

 その結果が大激突となってしまっても、溜め過ぎて爆発するよりは健全だ。

 

 ……だけど、皆が皆、絵名と似た性格で、同じような環境を生きていない。

 

 

(難しいよねぇ)

 

 

 まふゆ本人も自覚してなさそうな、仄暗い感情も僕なりに理解しているつもりだ。

 けれど、まふゆの表にある不安も心配も本物だから、僕は後輩に『ノー』とは言えそうにない。

 

 

「にゃー」

 

「……うん、何を言いたいのかわかんないわ」

 

「にゃっ!?」

 

 

 さっきまで通じ合ってるようにも感じた、あの察しの良さは何処へ旅立ってしまったのか。

 わかりやすく肩を落とした僕を見て、絵名は笑みを浮かべた。

 

 

「ミクが言うにはマロが先輩なんでしょ、先輩ならあんまり甘やかしすぎないでよね。まふゆはムカつくぐらいの天才様だけど、中身はものすっごい腹立つバブちゃんなんだから」

 

 

 バブちゃんて。

 まふゆは本来なら体験すべきイベントをすっ飛ばしてるような状態なので、強ち間違いではないのかもしれないけれども。

 それでも、僕では恐ろしくてできない表現である。

 

 

(うぅむ、これがハッキリと言えということか……)

 

 

 ごめん、絵名。僕には真似できそうにないよ。

 

 まふゆは勘が良いし、そんなことを考えたら僕の鼻とか毛辺りが犠牲になるかもしれない。

 僕は自分の体が惜しいのだ。ハッキリさせるのは絵名に任せよう。

 

 

「──よし。これぐらいでいいかな」

 

 

 絵名にハッキリ物申す係を勝手に押し付けた僕は、絵名が満足するまで題材の仕事を全うした。

 きっと絵名も良い絵が描けたことだろう。この僕を題材にしているのだから、疑う余地もない。

 

 

「まーた自慢げになっちゃって。変なことを考えてるんでしょ」

 

「にゃーっ」

 

 

 変なとは失礼な。

 当然のことを考えてるのに、どうして絵名に半目で見られなくてはいけないんだ。

 

 僕も真似して似たような視線を送ると、絵名は違うように捉えたらしい。

 銀色の物体を手に持ったまま屈み、銀色の薄い膜を剝がした。

 

 

「もう。これ、報酬のチーズね」

 

「にゃーんっ」

 

 

 うむ、苦しゅうない。

 僕は絵名の手の上に乗っている魅惑のチーズに飛びついた。

 

 

「嬉しそうにしちゃって。おかげでこっちは猫の絵ばかり上達しそうだってのに」

 

(それはいいことだねー)

 

「自慢げにするなっての」

 

 

 そう言って、僕の鼻を指先で弾く絵名。

 

 猫の絵専門は良いぞ。猫は癒されるし可愛いし、僕の絵ならばその効果も倍増だろう。

 絵名なら専属の絵描きになってくれてもいいからね、僕が許可する。

 

 

「はぁ、絶対にバカなことを考えてるでしょ。おめでたいんだから」

 

「にゃー」

 

 

 僕はおめでたい存在であっても、おめでたい頭はしていません。

 

 まふゆも大概失礼だけど、絵名も結構失礼だ。

 そういうところは似た者同士じゃないだろうか。少なくとも僕はそう思う。

 

 

「食べ終わったみたいだし、私は部屋に戻るから。あんたも程々にしときなさいよ」

 

「にゃーん」

 

 

 チーズを飲み込んでひと声鳴くと、絵名が僕の頭を撫でる。

 最後にグリグリと力強く撫でてから、満足したらしい絵名はセカイから消えた。

 

 

(──嫌ならハッキリ言え、か)

 

 

 別れが嫌だから、なんて馬鹿な理由で逃げてきた僕だけど。

 

 

(そろそろ『待ってて』って言葉も、時効でいいのかなぁ)

 

 

 首輪もつけられちゃったし、糸が切れてしまってからもう、随分と経ってしまった。

 

 

(わっかんにゃいなー)

 

 

 待つのってのは何時まで待てばよくて、進むのはいつから始めてもいいんだろうね。

 先輩も後輩のこと、笑えないぜ。

 

 

 

 

 






☆マロ知識
一応、強く猫だと主張する理由はそれなりにあったりする。
……それはまた別の話にしておくけれども。


……

・布教
絵名さんの真っ直ぐなところは素敵だと思います。
勿論、皆さん良いとは思うのですが、作者としては『東雲絵名はいいぞ』という気持ちです。本作ではそこまで語りませんが。

・次回
神高文化祭に行ってきます。
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