猫はシブヤにいます   作:大森依織

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突然始まるからこそ、抜き打ちというのです。






33匹目 猫と抜き打ちテスト

 

 

 

 

 

 土曜日の朝の9時を過ぎた頃。

 珍しく予備校も何もない日だったらしく、自習を装って僕を呼び出したまふゆは、日頃の鬱憤を晴らさんと言わんばかりに撫で回してきた。

 

 初めの頃は毛並みの心配をするぐらいの扱いだったのに、最近では小癪なことに手入れ用具を用意し始めたまふゆ。

 

 お陰様で僕の毛並みが撫で回されて犠牲になる未来が薄くなった。

 断る理由を確実に絶ってくるあたり、本当に生意気である。

 

 

「そういえば、今日は神高で文化祭をやってるらしいね」

 

「にゃ?」

 

 

 せっせとブラッシングをしてくるまふゆの口から、思わぬ言葉が出てきた。

 

 

(文化祭、とな?)

 

 

 神高で文化祭というのは絵名と瑞希経由の情報だろうか。話題に出すぐらいだし、まふゆも誰かと行くのかもしれない。

 だったら、こんなところでのんびりしてる時間はないよね?

 

 

「……期待してそうだけど、私は行かないよ」

 

「にゃぁ?」

 

「私1人で行く理由がない。それに、今日は予定があるから」

 

 

 残念ながら、僕の期待してたようにはいかないようだ。

 その予定が『僕に構う』ってことならば、気にしなくてもいいんだけどな、本当に。

 

 

(あー、でも。誘われてもいないのに他校に遊びに行く理由もないかぁ)

 

 

 まふゆがそこまでアグレッシブなら、今の悩み事も半分以上、別物になってるに違いない。

 

 残念無念、今日は1日まふゆの撫で回しで予定が決まってしまった。

 文化祭も気になるけど、伝手がないならしょうがない。まふゆの予定に付き合おう。

 

 諦めてぐてーっと体から力を抜くのと同時に、視界の端から光と共に誰かが現れた。

 

 

「お、マロと──まふゆもいるじゃん。やっほー」

 

 

 制服姿の瑞希が手を振ってきたので、こちらも尻尾を振り返す。

 まふゆはまじまじと瑞希の服装を眺めてから、首を傾げた。

 

 

「文化祭なのにセカイに来るなんて、暇なの?」

 

「ぐはっ、どストレートな発言だなぁ。まふゆがこっちの文化祭のこと、知ってるのも意外だったけど」

 

「瑞希が参加してるのかは知らなかった。でも、土曜日に制服を着てるから、参加したけど1人になったのかなって」

 

「ふぐぅっ、仰る通りで。ボク、そろそろ泣いちゃいそう」

 

 

 瑞希は胸を押さえて「よよよ」と呟きながら膝をつく。

 可哀想に、まふゆの口撃がとんでもなく強かったようだ。

 

 

「瑞希なら1人でも回りそうだけど、ここに来たのは誰か誘えると思ったから?」

 

「いやいやそんな。皆、呼んでも来ないでしょ」

 

「そうだね」

 

「そこで即答するなんて酷いよ、まふゆ〜」

 

「そうなの?」

 

「そうなんですー……まふゆも自覚してる通りだから、マロがいるなら一緒に回ろっかなーって思ったんだよねー。マロなら興味あるでしょ、文化祭」

 

 

 そこで僕へと投げ渡されるバトン。

 

 正直に言うと、すごく興味がある。

 目と尻尾に出てまふゆに呆れた目を向けられるぐらい、興味がある。

 

 

「あはは、興味津々みたいだねー」

 

「……そう、だね」

 

「嫌そうだなぁ。というわけでー、マロと文化祭に回るから、手を離してもらえると嬉しいなぁ」

 

「何が『というわけ』なの。別に手を離さなくてもいいと思うけど」

 

「えっ、でも……マロを離してくれないと、一緒に文化祭に行けないよ?」

 

「……? どうして離れないと一緒に行けないの?」

 

 

 瑞希とまふゆはお互いに首を傾げた。

 先に何かに思い当たったらしい瑞希は「もしかして」と苦笑を浮かべる。

 

 

「えっと、まふゆも一緒に文化祭に来るつもりなの?」

 

「それ以外に何があるの?」

 

「えぇー……さっきまで来ないような言い方をしてたのに、どういう風の吹き回し?」

 

「マロが行くなら仕方がない。私には保護責任があるから」

 

 

 いつからまふゆに僕の『保護責任』なんてものが発生したんだ。

 たぶん、僕も瑞希も同じことを考えていたが、真顔のまふゆのせいで誰もツッコめなかった。

 

 

「じゃあ、マロを連れて神高まで来てよ。待ってるからさ」

 

「わかった」

 

 

 最終的に瑞希が折れて、僕だけでなくまふゆまで参加することが決まった。

 誰もいないセカイという名前通り、この場から誰もいなくなったのである。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「──お待たせ」

 

「んーん、待ってないよ。予想よりもすっっごい早かったし」

 

「元々、自習する名目で外にいたから」

 

 

 僕を抱えて神高まで来たまふゆは、何故か人気の少ない所に隠れていた瑞希と無事、合流した。

 

 

「名目ねぇ。自習と文化祭って大分違うし、見つからないようにしなきゃね」

 

「大丈夫、マロがいるから何とかしてくれると思う」

 

(そこは僕任せなんだ……)

 

 

 やるけれども、さらっと言われると心の準備が足りなくてビックリしてしまう。

 

 

(ま、やるけどねー)

 

 

 ビックリしたとはいえ、ちょっとばかりお母さんとの縁を遠くに追いやるだけの簡単なお仕事。

 しゅっ、しゅっと猫パンチすれば解決だ。

 

 

「おぉ、急にマロが暴れ出したけど……その猫パンチってもしかして?」

 

「うん、こうすることで他人に注目され難くなったりするみたい」

 

「そっかぁ。視線が減ったなーとは思ってたけど、アレは気のせいとかじゃなかったんだね」

 

「マロがいたらお母さんに何かを言われることが少なくなるから、効果は保証する」

 

「それは効果覿面(てきめん)だ。今まで急に暴れて変だなーって思ってごめんね、マロ」

 

「にゃんっ」

 

 

 お上の方々と比べたら、あくまでこれは気持ち程度。

 そこまで強い効果があるわけじゃないから、気にしなくてもいいよ。

 

 こっちとしても、変なことしてるなー程度の気持ちの方が気が楽でいいし。

 

 

「よーし。安心したことだし、そろそろ回ろっか」

 

「うん、瑞希に任せる」

 

「にゃーん」

 

「わー、責任重大だぁ」

 

 

 欠片も責任を感じさせないトーンで話しつつ、瑞希は先頭を行く。

 待ち合わせしていた静かな場所から打って変わって、祭りの空気を感じる賑やかな校舎へ入った。

 

 

「大丈夫だと思うけど、ここから先はあまり鳴かないようにね」

 

(了解ー)

 

 

 まふゆの声に僕は鳴かずに頷く。

 腕の中でおとなしく、学校の中を見物することにした。

 

 

(祭りってだけあって、華やかだねー)

 

 

 授業中の静謐や、夕陽に照らされて少しだけ賑やかになる束の間の時間も嫌いじゃないけど。

 呼び子や楽しげな喧騒による賑やかな空間も、特別感があって大変よろしいね。

 

 

「さてと、どこから回ろっかなー」

 

「宛はあるの?」

 

「まったくないね!」

 

 

 あまりにも自信満々に断言する瑞希にガクッときた。

 おいおい、これには僕もジト目とやらで見ちゃうよ。

 

 僕とまふゆがほぼ同じタイミングでじとりとした視線を向けたので、瑞希が苦笑いした。

 

 

「あはは、実はボクも文化祭のことを知ったのは朝でさ。冊子と人伝に聞いた情報しかないんだよね」

 

「そうなんだ。じゃあ、オススメもなさそうだね」

 

「だねー。適当に歩いて良さそうな所を回ろうよ。例えばお化け屋敷とか!」

 

「何でお化け屋敷なの?」

 

「まふゆの面白い反応が見れるかもしれないし!」

 

「そう。見れたらいいね」

 

「……これはダメかもしれないなー」

 

 

 そう言いつつも瑞希が誘導する先にあるのはお化け屋敷だ。

 

 そんなにまふゆの驚く姿が諦められないのだろうか。

 たぶん無駄だと思うからやめておけばいいのにね。

 

 

「……あ」

 

 

 僕が瑞希の方に集中していると、頭の上でまふゆが声を漏らした。

 僕が聞こえるのは当然だけど、先頭を行く瑞希も聞き漏らさずに後退する。

 

 

「お、何々? どうしたの?」

 

「あそこ」

 

「あそこ? あー、神高生の男子が2人いるね? クラスTシャツが違うし、2人とも別クラスっぽいな」

 

 

 瑞希はそれがどうしたのかと首を傾げる2人組に、僕は心当たりがあった。

 片方は相方くんで名前は知らないけれど、もう1人は絵名の弟である彰人だ。

 

 まふゆが気がついたのも彰人だったらしく、指を差しながらボソリと呟いた。

 

 

「あっちの人が絵名の弟さん」

 

「えっ、絵名の弟!? 言われてみればオレンジ髪の子、絵名のツンデレ〜な雰囲気にそっくりかも!」

 

(そもそも、ツンデレ〜な雰囲気とは一体……?)

 

 

 僕にはわからないけれど、まふゆも頷いている。

 どうやら人間にはわかる何かが、雰囲気として滲み出ているらしかった。

 

 

「ねぇねぇ、まふゆ! 声かけていい? いいよね?」

 

「ダメって言っても飛び出しそうだけど」

 

「うん、ボクだけでも行っちゃうかも」

 

「……わかった。一緒に行く」

 

「やったね!」

 

 

 尻尾があればブンブン振ってそうなぐらいウッキウキの瑞希。

 まふゆは呆れつつも制止はせず、そのまま着いて行くようだ。

 

 ムスッとした顔の上にいつもの猫を被り、準備万端。

 でも、少し不安が残っているのだろう。僕の肉球を触りながら、まふゆは笑みを浮かべた。

 

 

「ねぇねぇ、そこのキミ! キミって絵名の弟の──東雲彰人くんであってる?」

 

「え? 絵名は確かに姉だけど……」

 

「やっぱり弟なんだ〜。お化け屋敷のクラスの子ってことは、同い年だよね。絵名も意地悪だなぁ、まふゆに教えてるならボクにも言ってくれたらよかったのに!」

 

「はぁ……それで、キミは一体?」

 

「ボクは1年A組の暁山瑞希だよ! 絵名とはそれなりに深〜い仲って感じで、弟くん的にはこっちの子の方が知ってるかも?」

 

「こっち? ……あっ」

 

 

 猫を被って瑞希に応対していた彰人が、僕とまふゆに気がついた。

 

 

「東雲くん、久しぶりだね。この前はありがとう。おかげで絵名にケーキを渡せたよ」

 

「いえ、無事に渡せたのならよかったです。それと、彰人でいいっすよ。姉と色々とややこしいでしょうし」

 

「それなら、彰人くんって呼ばせてもらうね」

 

「あ、じゃあボクも弟くんって呼ばせてもらおっかな〜」

 

「……何で急に会話に入ってきた上に、弟くん呼びなんだよ」

 

 

 瑞希の行動が予想外過ぎて、彰人が被っていた猫が早々に剥がされた。

 満足そうな瑞希にまだ猫を被っているまふゆは苦笑いだ。

 

 

「私は朝比奈まふゆっていいます。この間、お姉さん関係でお世話になったから声をかけたんだけど……急に邪魔をしちゃってごめんね」

 

青柳(あおやぎ)冬弥(とうや)です。邪魔なんて思ってないので大丈夫ですよ」

 

 

 不思議なツートンカラーな髪色の少年、冬弥も話に混ざった所で、1つ目の山場だ。

 明らかに冬弥には僕が見えていない状態で、彰人がこちらに視線を向ける。

 

 

「っていうか、神高って猫を持ち込んでもよかったんですね」

 

「猫……?」

 

(うにゃ? ……って、僕のことか!?)

 

 

 首を傾げる冬弥から、ゆらりと糸が現れた。

 今ここで、冬弥に見えないとものすごく怪しい猫が生まれてしまう。

 

 

(やっばっばっ!? 不自然にならない程度に、急いで()を繋げなきゃマズいぞ!?)

 

 

 突然のハプニングだけど、抜き打ちテストだと考えるしかない。

 エリートにゃんこの腕の見せ所だぞ……!

 

 

 






☆マロ知識
糸が出てこなかった場合、マロは諦めてその場から逃走していたらしい。
糸が現れたせいで、抜き打ちテストが開催されたようである。


…………


・保護責任
ないです。
当たり前のように言ってましたが、そんな責任はありません。

・猫の持ち込み
実際のところ、アレルギーとか色々と問題がありますし、学校に猫の持ち込みはダメです。真似しないでください。

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