猫は何も言えないのです。
目に力を入れると、揺蕩う無数の糸がハッキリと見えた。
今までは積極的に使ってこなかった力も、最近はまふゆ関係で使うお陰で細かい所も使い慣れてきたので、予行練習はバッチリ! ……のはず。
家族っぽい血縁関係の糸や、彰人や2人ぐらいに強く繋がって『1つの塊』を作っている運命の糸。
人の縁、可能性、未来と掻き分けて、まだ余裕のある糸を探す。
「……えっと、ダメだったのかな。教員らしい人に対応してもらったけど、特に何も言われなかったよ」
いつの間にか、まふゆは冬弥から見え難い位置へと移動していたようだ。
何も言わずとも時間稼ぎをしてくれるとは、流石は我が後輩。
(しゃっ、繋がった!)
自然に繋ぐところを力技で早めたせいでちょっとだけ削れたけれど、思ったよりも削れなかった。
冬弥との糸は、放っておいても早めに繋がる糸だったのかもしれない。お陰様で少し休めば調子を取り戻せそうだ。
「……驚いたな。印象的な見た目なのに、猫がいると言われるまでこの子に気が付かなかった」
「おいおい。この距離でわからないなんて大丈夫なのかよ。疲れているのなら文化祭どころじゃねえんだし、ちゃんと言えよ?」
「疲れというよりは朝比奈さんがちょうど、死角にいたからだと思うが……案外、その教員も俺と同じく猫に気が付かなかったのかもしれないな」
「マジかよ……」
そんな話をコソコソとしているつもりなのかもしれないが、筒抜けだ。
そして冬弥の予想は正しいのに、花丸も何もあげれない僕を許してほしい。
「2人の反応を見るに、マロは連れてこない方が良かったのかもしれないね」
「あぁ、いえ。あくまでオレ達が気にしてるだけなんで。な、冬弥」
「そうですね。先生に止められなかったのなら、飲食関係の店に行く時は気を付けるぐらいでいいと思います」
「そっか、参考にさせてもらうね」
そもそも、人間にはアレルギーなんていう呪いがあるのだし、学校に動物を連れてくること自体が想定外なのだろう。
いくらノンアレルギーな僕でも、気軽に鳴けない状況である。
フラーって探索するのもアリかと思っていたけれど、今日はまふゆの腕の中でおとなしくしておこう。
「あ、そうだ。弟くん、ついでに聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
瑞希に対しては化けの皮もすっかり剥がれた彰人は、訝し気な顔を隠そうともしない。
何を企んでるのかと疑うような視線に、瑞希が慌てて両手を振った。
「いや、まふゆに文化祭の案内をしたいな~って思ってたんだけど、たぶん絵名も学校には来てないでしょ? ボクも文化祭についてはそこまで詳しくなくてさ。何かオススメの出し物とか知らない?」
「姉貴については暁山の予想通りだろうし、オレも知らねえけど……そもそも、文化祭に詳しいって何だよ」
彰人による熱い視線が送られてくるが、このタイミングで見られても困る。
逃げるように目を逸らすと、今度はこちら側をじっと見ている冬弥と目が合った。
「出し物なら俺から1つ、お勧めできるものがある」
「え、本当?」
「もうすぐ俺の先輩がクラスで演劇をやるんだ。俺達も見に行く予定だから、そちらさえよければ案内もできるぞ」
「冬弥くんの先輩が?」
何も知らないこちら側を代表して、瑞希が首を傾げる。
唯一、前情報を持っていたらしい彰人は、頭に手を回した状態で「あー」と呟いた。
「お前が見たい催しってのはあの『司センパイ』関係かよ」
「ああ、なんと今回は司先輩が台本を書いて、主役も務めるらしい。その雄姿は誰が見ても損はないはずだ」
傍から見ても真剣な顔をしている冬弥を見ていると、司先輩とやらをとても尊敬しているのがわかる。
僕は天馬司という未来のスターを知っているせいか、司という名前を聞くだけであの大きな声が脳内で自動再生されてしまうのだけど。
たぶん、あの司とは違う人だろう。台本も主役も欲張る姿を僕の知っている司でも容易に想像できても、世間はそこまで狭くないと信じたい。
「へぇ、面白そう~。まふゆ、見に行ってみない?」
「……そうだね。彰人くんさえよければ、同行させてもらってもいいかな」
「えっ、まぁ……別にいいっすけど」
笑っちゃいけないのかもしれないけれど、コロコロ変わる彰人の顔が面白い。
冬弥と瑞希相手には素で応じるのに、まふゆには借りてきた猫のよう。
別にまふゆも同じ対応でも気にしないだろうにね。そんなにまふゆが怖いのかなー、プププ。
「マロ?」
(うにゃっ……ごめんなさい)
後輩から圧がかかった。
今、僕の尻尾と肉球が
僕がすまし顔になったのと同じタイミングで、待ってましたと言わんばかりに瑞希が動いた。
「弟くんも賛成ってことで~。冬弥くん、案内よろしくね」
「あぁ、任せてくれ」
「それじゃあ、その先輩とやらの教室にー、レッツゴー♪」
「ってそこで引っ張るのはオレの腕かよ!? うわっ!」
素早く彰人を確保した瑞希は冬弥の案内の元、歩き出す。
2人の注意が瑞希に集まっているのを良いことに、まふゆは少しだけ優等生モードを解いた。
「マロ、引き続きおとなしくしててね」
(はいよー)
ここで鳴いたら『わかってないでしょ』と言われるのが目に見えているので、目を合わせるだけにしておく。
その選択はお気に召したようで、それ以上、まふゆが何かを言うことはなく。
僕はまふゆに連れられて、2-Aの教室へと向かった。
☆★☆
冬弥に案内されて見た演劇は何というか……猫には早すぎる劇だった。
(何だったんだろうね、あれは)
司先輩が本当に僕の知ってる司で、相変わらず世間が狭いのはいつものことだとして。
劇の名前が『ロミオ ~ザ・バトルロイヤル~』という名前だったので、バトルすることもまだ想定内だとしても、だ。
そこまではなんとか飲み込んでも、いくら何でも『ロミオ』と付いてるからってロミオを9人に増やしていいとは、猫でも思わないし。
最後の1人になるまで戦うどころか、最後の1人が宇宙に行って概念存在みたいなのになるのは頭が追い付かない。
概念存在ってお上の方々のことだよね? ロミオ、その立場に行っちゃったの?
ビックリして思わず鳴き声を出しそうになったよ。まふゆに手を添えられてなければ危なかったね。
(それにしても……走り去った先輩を探し出してでも劇に感想を言いたいなんて、司は良い後輩を持ったなぁ)
伊達に『未来のスターになる男』だと宣言しているわけではないらしい。
僕の後輩も負けていないけれど、あの劇から哲学的な示唆を読み取る冬弥の尊敬具合も相当だった。
そんな冬弥の気持ちに答えて、劇が終わって流れ星の如く走り去ってしまった司を、文化祭を回る付いでに探している僕達。
……と、言えたらよかったのだけど。
(あーらら。2人とも、探し物や文化祭巡りどころじゃなさそうだね)
冬弥が司の話をしてからというものの、まふゆはぼーっとしてしまっているし。
探し回っている間にクラスメイトとバッタリ遭遇してしまった瑞希も、過剰に周りを気にしていて司を探すのがオマケになってしまっている。
2人とも、冬弥達の連絡先を知らないのでやる気がないのかもしれないけれど……それにしても気が逸れていた。
(猫から見ても違和感しかない行動を、眺めることしかできないとはもどかしいなぁ)
どちらも理由に心当たりはあるけれど、それを指摘できないのが猫の定め。
これも呪われちゃうぐらい可愛く生まれた運命か。甘んじて受け入れるしかない。
まふゆの腕の中でもどかしくもじっと眺めていると、とうとう、振り返った瑞希が話を切り出した。
「まふゆ、ぼーっとして何かあったの?」
「そういう瑞希こそ、さっきからずっと周りを見回していて怪しいよ」
「「……」」
お互い、自分がおかしいのを自覚していたのだろう。
黙り込んだと思ったら、仲良く溜め息を吐く。
暫くじっと見つめ合い、最初に口を開いたのはまふゆだった。
「『お前の人生なんだから、お前がやりたいようにやればいい』」
「! それって」
「うん、私は青柳くんの話を考えてた。『嫌なものは嫌と言っていい』って話、私は言えるのかなって」
やはり、まふゆは冬弥の話に出てきた司の言葉が引っかかっていたようだ。
まふゆなら考えるよねって予想の範囲内。
先輩はこう見えても時間稼ぎは得意な猫なのでね。存分に悩んでゆっくり答えを出したまえよ、というのが僕の感想である。
……と、まふゆはそれで済むんだけど、問題は瑞希の方だ。
「それで、瑞希は何をそんなに警戒しているの?」
「えー、そうかな。ボク、そんな風に見える?」
「さぁ。でも、マロが私と瑞希に微妙な目を向けてたから、原因はそれかなって」
「マロ……?」
ごめんって、瑞希。
まさか異変を僕から感じ取るなんて思ってなかったんだよ。
信じられないものを見るような目を向けられても、弁解できる口もない。
僕はそっと視線を逸らすことしかできなかった。
「別に、言いたくないのならそれでもいいけど。怪し過ぎるとマロが見ちゃうから、気を付けた方がいいよ」
「……いいの?」
「それは今すぐ知らないと困るものじゃないでしょ」
「それは、そうかもしれないけど」
「じゃあ、別に知らなくてもいいかな」
まふゆは僕を片手で抱きなおし、空いた手で口元を抑える。
「瑞希のことだから、どうせ奏も絵名も知らないことだろうし」
「っ……」
「私だけ先に知ってもしょうがないから。皆に言おうって思ったタイミングで教えてくれたら、それでいいよ」
なんてことはないような顔で言うまふゆに、瑞希はへにょりと笑った。
「……ありがとう、まふゆ」
「何もしてないけど」
「それでも言いたくなったんだよ」
「そうなんだ」
「そうなんです」
またしても感動し過ぎて鳴きそうになってしまった。
まふゆがタイミングよく頭を撫でてなければ声を出していた。劇じゃないのに良い話だなぁ……
「ところで、瑞希」
「んー、どうしたの〜?」
「青柳くんが言ってた先輩って、もし見つかったらどうするの?」
「へ?」
「私も2人の連絡先、知らないけど。どうするつもりだったのかなって」
「あ゛っ……」
……良い話、だったなぁ。
霧散した空気の糸を眺めていると、まふゆが僕を前に突き出した。
「ほら、マロも呆れた顔をしてるよ」
「ぐふっ」
「瑞希はこっちを気にする前に、別の所を気にするべきだったね」
「ぐはっ、仰る通りです……」
哀れなことに、数々の言葉にノックアウトされた瑞希が胸を抑えて呻き声をあげる。
そんな姿に満足したのか、まふゆは僕を再び抱えた。
「あと、さっきのことだけど。見つけた場合はその先輩の方から、青柳くんに連絡して貰えばいいと思う」
「あっ、そっか! 冬弥くんも電話してた!」
「いつもの瑞希なら、思いついたかもね」
「……うぅ、ごめん」
「謝るぐらいなら早く調子を戻して」
「はは……それもそうだね」
まふゆからの無茶振りを受けているのに、瑞希の笑顔はさっきと比べると随分とマシになっていた。
糸も安定しているし、ここから問題が噴出することはなさそうだ。
(瑞希と司の糸は……まふゆと別れた後に類経由で繋がりそうだし、放っておこうかな)
まふゆも友達とわいわい遊んだ経験が少ないし、司に合わない方が今は良いんじゃないかな。
このまま、邪魔が入らずに文化祭を楽しんでくれたらいいなって、先輩は思うのです。
☆マロ知識
我、猫ぞ?
毎話、書いてると思う方が甘いのだっ!
……
・青柳くんの話
詳しくはイベントストーリーの『KAMIKOU FESTIVAL!』をご覧ください。
・先輩からの評価
変な空気になったりしてたけど、まふゆも瑞希も最後は良い顔だったからヨシ!
ただ──楽しいのは大変よろしいのですが、個猫的には美味しそうな匂いが沢山あったので、もうちょっと食べたかったです。
やっぱり、食べ物は猫連れだとダメ……?