猫はシブヤにいます   作:大森依織

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空気清浄()ャット……って、そんな機能はありません!





35匹目 空気洗浄機ャット

 

 

 

 

 最近、ふと思うことがある。

 

 ──現実世界よりも、誰もいないセカイの方が天敵が少ないんじゃないか、と。

 

 気が付くの遅くない? と言われたら言い返せないんだけど、創造主である朝比奈まふゆ(僕の後輩)がセカイで1番の天敵なのだからしょうがない。

 まふゆが求めるのならばミクも味方じゃなくなると思えば、尚更だろう。

 

 それでも、無意識でも避けきれないかもしれない車だとか、縄張りバトルで大盛り上がりの野良達(ノラっ子)とか。

 命の危機や騒音問題もないし、警戒対象が1人っていうのがあまりにも魅力的で。

 

 それに気が付いてしまってからというものの、迷ったらセカイで寝ようって思考になってしまってるのだ。

 

 

(もしかして僕、まふゆに躾けられちゃってる?)

 

 

 ははは、そんなまさか。

 まふゆはそんな様子も見せたことないし、僕が気にかけてあげてる側だし。

 

 

(うにゃにゃ……でも、思い当たる節もあるような)

 

 

 セカイから僕を連れ出せる事実を、奏の件から『学習』してからというものの。

 まふゆってば隙があればひょーいって、僕を自分の部屋に持ち込むんだよね。

 

 現実世界ルートで家に持ち込むのは嫌だけど、セカイ経由でまふゆの部屋に直接乗り込むのは良いみたい。

 自分の部屋に僕はいてほしい。が、お母さんには見つかってほしくない。

 そんな時に、セカイ経由の持ち込みは重宝しているようだ。

 

 今みたいにセカイでうとうとしていたら、突然、まふゆがやってきて──

 

 

「マロ、いたんだ。じゃあ、部屋に来て」

 

 

 ……こんな感じで、颯爽と僕を抱えて部屋に戻るのである。

 何のためにまふゆはセカイに来たんだい? と、さっきまでのんびりしていた僕は尋ねたい。

 

 セカイに来たんだから、セカイで用事を済ませたらダメなのだろうか。

 セカイは勉強するところじゃないからダメ? ……あぁ、そうなんだ。

 

 

「にゃー」

 

「嫌そうだね。マロは寝るだけだし、それはセカイでも部屋でも変わらないと思うけど」

 

(セカイと本当に変わらないのなら、僕だって嫌だとまでは言わないよ)

 

 

 本当に何もないセカイと、何もかもある現実世界とでは違いが大き過ぎるのだ。

 僕はまふゆの手からするり抜け出し、震えるヒゲごと顔の毛並みを整える。

 

 

(うにゃあ……やっぱり、まふゆの部屋ってネッチョリしてるんだよねぇ)

 

 

 まふゆの部屋は嫌な気配で充満しているのに、部屋のモノだけはスッキリしている。

 

 必要最低限の家具と、水以外はほぼ何も入っていない水槽。

 教材とノートが広げられた勉強机にも、本棚と同様に参考書がびっしりと並んでいた。

 

 凡そ女子高生らしい個性を感じるアイテムがない、よく言えば『シンプル』な部屋だ。

 そんな見た目なのに、裏でネッチョリとした糸を張り巡らせるのはある意味、才能だと思う。

 

 

「マロはここにいてね」

 

 

 まふゆは勉強机の端に眠れるぐらいの大きさのクッションを置き、その上に僕を置いた。

 

 僕を横目に見ながら勉強をするのが、最近のまふゆのブームらしい。

 外は兎も角、家で勉強する時に僕がいると、とても勉強が捗るんだとか。

 

 その話を聞いた奏が『マロがいると応援されてる気持ちになるんだね』とほっこりしてたけど、たぶん理由はソレじゃない。

 

 

(さて、そろそろ刈るか)

 

 

 僕がネッチョリとした糸を捏ねくり回して、テイッと追い払う。

 

 ネチョッ、テイッ。

 ネッチョリ、テイテイッ。

 

 

(ううむ……なんともまぁ、しつこい糸だ)

 

 

 気合を入れて払っても、まふゆへの気持ちが強過ぎて、すぐに絡みつこうとしてくる糸。

 

 後輩の邪魔をするのはダメ、絶対。

 距離が近過ぎるのも悪影響を及ぼすので、僕が部屋にいる間は適切な距離を保っていただこう。

 

 

(ふぅ、こんなものかな)

 

 

 糸の絡み具合が放置し過ぎて蜘蛛の住居にされてしまっていた家みたいな状態になっていたので、見える側からするととてもスッキリした。

 数日で戻っちゃうのはわかっていても、達成感があって大変いい気分だ。今なら眠れそうである。

 

 

(まふゆも集中してるみたいだし、寝るかな)

 

 

 大きく欠伸をしてから、前足を枕にして目を瞑る。

 まふゆは寝やすいクッションを選んでくれていたようで、目を閉じれば睡魔はすぐに僕の意識を迎えに来た。

 

 

「ありがとう……おやすみ、マロ」

 

 

 意識の端っこで何かが聞こえた気がしたけれど、それを認識する前に僕は夢の世界に旅立っていた。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 聞こえてくる音の質が変わった気がして、目が覚めた。

 気が付いたら部屋の電気が消えている。どうやらかなり眠ってしまっていたようだ。

 

 

「……起きたんだね」

 

「にゃ」

 

 

 まふゆの声が聞こえてきたので返事をしようとして、やめた。

 ここはまふゆの家だ。僕の声なんて聞こえないだろうけど、まふゆに余計な心労をかけるのは本意じゃない。

 

 

「今はお母さんも寝てるし、少しぐらいなら大丈夫だよ」

 

(なんと。もうそんな時間か)

 

 

 いつの間にかぐっすりと、人間がお休みする時間まで眠ってしまっていたらしい。

 

 僕としたことが、随分と気が抜けていたようだ。

 薄っすらと見える時計は真夜中を告げている。この時間はまふゆ達が作業をしている時間だし、僕も退散した方がいいだろう。

 

 

「別に急いで帰らなくてもいいと思う」

 

 

 頭の中を覗いているのかと思うぐらい絶妙なタイミングで、まふゆは僕へと手を伸ばした。

 

 撫でる手は抗いがたく、怪我をさせずに立ち上がるには邪魔だ。

 言葉では『いいと思う』と言っているのに、手は僕の動きをガッツリと阻止していた。

 

 

「マロはまだ作業するところ、見たことないよね。ちょうどいい機会だし、今なら見てもいいよ」

 

 

 僕が寝転んでいるクッションごと、自分の膝の上に乗せるまふゆ。

 言葉と行動が一致していないんだけど、ニーゴの作業が気にならないと言ったら嘘になる。

 

 

(……しょうがないにゃー。先輩として、普段の後輩の頑張りをちょっとだけ見学しようかな)

 

 

 猫は好奇心には逆らえない。

 寝姿から座る姿勢へ。まふゆの耳に付けてる線の片方を頭の近くに乗せてもらい、黒色っぽい画面を見た。

 

 アップする、落ちる、誰かいる、いるよ……と意味はわかるけど、何のことかわからない文字が並んでいる。

 

 

(よくわからないけど、丸い絵と名前っぽい文字を覚えたらいいのかな?)

 

 

 K、雪、えななん、Amia。

 

 ……一部よくわからない単語があるけど、これは4人の渾名みたいなものだろうか。

 頭に乗ってる線のせいで、首を傾げることすらできない。

 

 

『皆、いる?』

 

 

 動かない画面を眺めていると、突然、頭の上の線から声が聞こえてくる。

 画面の左端に並ぶ名前のうち、隣に『K』と書かれた丸い絵がキラリと輝くのが見えた。

 

 

『やっほー、ボクはいるよー』

 

『K、私もいるよ』

 

 

 じっと左上を観察していると、今度は『Amia』と『えななん』と書かれた丸が光った。

 

 どうやらこの光は、喋った人をわかりやすくする仕組みのようだ。

 最初に聞こえてきたKは奏の声だし、後から聞こえてきたAmiaは瑞希で、えななんが絵名の声だった。

 

 最後に残った一向に光らない『雪』って文字が、この画面上でのまふゆの渾名なのだろう。

 僕は賢い猫なので、少しの観察で完全に理解した。

 

 

『雪もいるかな?』

 

「うん、いるよ」

 

 

 Kの声に反応したまふゆが喋ったら、雪の横にある丸い絵が光った。

 

 

(にゃっ、当たった!)

 

 

 予想通りの反応が見れたので、思わず尻尾を振ってしまった。

 そんな僕の姿を見ていたまふゆが無表情を緩ませて、頭を撫でてくる。

 

 珍しいモノを見た。

 が……前後を考えると、何とも言えない複雑な気分だ。

 

 

『雪、何かいいことでもあったの?』

 

『確かに、今日の雪はいつもより柔らかい声をしてるよね~。えななんにはわかんないかもしれないけど』

 

『ひと言余計なんだけど。私だって、今日の雪は声が高いなーって思ってたし!』

 

 

 奏の声を皮切りに、瑞希と絵名の声が線の中で騒ぎ出す。

 作業というのはこんな感じでやっているのか。声だけだが、ほぼセカイでのやり取りと変わらないな。

 

 

『雪は何か思い当たることはある?』

 

「どうだろう、よくわからない」

 

「にゃっ!?」

 

 

 この僕が一緒なのに、心当たりがないのはおかしいよ。

 奏の問いかけにまふゆがいつもの調子で答えるものだから、思わず鳴いてしまった。

 

 

『あはは。雪が冷たいことを言うから、心当たりの方から鳴いちゃってるよ~?』

 

『へぇ、自分の部屋にマロを連れ込んでるから機嫌がいいんだ? 雪も可愛いところあるじゃん』

 

 

 楽し気な瑞希と絵名の声を聞き、まふゆが目を細める。

 

 

「えななんはいつも通り煩いね」

 

『ちょっと、どういう意味よそれ! 言うなら私だけじゃなくてAmiaにも言いなさいよ!』

 

『いやいや~。ボクはマロのことしか言ってないし、巻き込まないでほしいなぁ』

 

 

 絵名と瑞希が線越しでも騒々しい。

 あまりにも2人が夜行性過ぎる。これなら鳴かない方が良かったかもしれないな。

 

 

『マロは作業の邪魔をしてこないし、雪にとっては良いことばかりみたいだね』

 

「うん。マロがいると息がしやすいよ」

 

 

 奏の言葉にまふゆが頷く。

 ここまではいつも通りだったのだけど、その後の反応が流れを変えた。

 

 

『息がしやすいって、マロって空気洗浄機みたいな力もあるわけ?』

 

『くふっ……マロは機械じゃないし、空気洗浄猫になるのかなぁ』

 

 

 突然、絵名と瑞希によくわからない能力を生やされそうになってる件について。

 僕が身を削ってどうにかできるのは糸であって、空気なんてどうしようもないんだけど。

 

 

『そういえば、マロが家に来てくれた時もいつもより集中できたような気がする……』

 

「それは気のせいだと思う」

 

『ゆ、雪……?』

 

 

 奏も話に乗ろうとしたら、まふゆにバッサリと斬られた。

 僕もまふゆに同意だけど、それにしたって容赦がない。

 

 

『まぁまぁ。マロの空気洗浄の方はまた今度実験するとして、そろそろ作業をしようよ。ね、K』

 

『あ、うん。そうだね……じゃあ、今日も作業を始めようか』

 

 

 少し長めのやり取りが終わり、今からそれぞれ、作業とやらに取り掛かるらしい。

 

 

(それはいいんだけど……僕に備わっていない能力の実験は決定事項なの?)

 

 

 一体、何をさせられるんだ?

 

 恐ろし過ぎてまふゆに撫でられてる間も、ぴくりとも動かないぐらい固まる体。

 この後、瑞希から冗談だと言質を取るまで、僕はまふゆに好き放題されるのだった。

 

 






☆マロ知識
科学的だったり、物理的な空気洗浄はできないものの。
オカルト的な『空気』の方は意外と何とかできるため、空気清浄機という評価は実は間違ってないのかもしれない。

……

()ャット
本作限定ですが、凡庸性が高い気がします。

・来月
今回もノリましたので、更新頻度は7月と同じぐらいの量となります。
来月いっぱいでメインの皆さんとは遭遇予定です。

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