猫はシブヤにいます   作:大森依織

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世の中には、フラグという言葉があるらしいのです。





36匹目 猫と多段構えの旗

 

 

 

 

 

「最近、また何かやってない?」

 

 

 疑うようなまふゆの視線が、中庭の湿度を上げた気がした。

 そんなに疑われても、僕は1日の大半を睡眠時間にあてている模範的な猫だ。

 

 まふゆの知らないところでやってることなんて、愛莉と交流してみのりとも仲良くなったーとか。

 雫を道案内したら、妹さんに会ったーとか……あれ、心当たりしかないな?

 

 

「心当たりしかないって顔してるね?」

 

「にゃっ!?」

 

 

 もう、怖いって。

 こういう時だけ、的確に心を読むのはやめてほしい。

 

 どうせ読むなら一部じゃなくて、僕の思う全てを読むぐらい豪快さがあれば、諦めもつくのに。

 

 

(そっちの方が僕も嬉しいんだけど、まふゆはどう思う?)

 

「……?」

 

 

 首を傾げられた。

 ダメみたいだ、悲しいね。

 

 

「……よくわからないけど、マロは金髪の女の子に心当たりはある?」

 

(金髪の女の子? 司じゃなくて?)

 

「文化祭で見た青柳くんの先輩じゃないよ」

 

 

 大声で笑う彼を頭に浮かべて首を傾げると、先回りされてしまった。

 いくら何でも司が女の子に間違われることはないだろうし、彼の話じゃないとすれば僕にも心当たりがない。

 

 

「最近、金髪の1年生が宮女にいる猫を探してるそうだよ。誰も学校内で猫を見たことがないけど、何故か学校の中に猫がいると確信して、探し回ってるんだって」

 

 

 誰も見てないのに学校にいると確信しているとは、不思議な話だ。

 普通なら『いる』か『いない』かの2択ではないだろうか。猫が聞いてもおかしく感じた。

 

 

「心当たりがないのならいいけど……怪談話みたいに話し始める子もいたから、1匹でいる時は注意してね」

 

「にゃっ」

 

「本当にわかってる?」

 

「にゃにゃっ!」

 

「……声だけは勇ましいね」

 

 

 任せたまえ、君の先輩はその辺りもしっかりしているエリートな猫ですから。

 力強く鳴き返しているのに、まふゆからの疑いの眼差しは全く変わらなかった。

 

 

「尻尾、わかりやすいから。本当に気をつけてね」

 

「にゃ?」

 

 

 どうして、そんな目で僕を見るんだい?

 僕ぐらい可愛くて頼りになる猫の先輩もいないのに、おっかしいなぁ……

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 緊急事態(エマージェンシー)で、非常事態(エマージェンシー)

 まふゆに教えてもらった単語だから間違ってないはずだけど、今はどうでもよくて!

 

 

「猫、いないね」

 

「おかしいなぁ、いるって聞いたのに〜」

 

(話して数日でこれとは、これが『フラグ』ってヤツかぁ……)

 

 

 頭に過るのは瑞希が教えてくれた言葉。

 緊急事態に頭がフル回転して、どうでもいいことも思い出す──とはよく言ったもので。

 僕もベンチの下で潜みつつも、どうでもいいことをつらつらと思い出していた。

 

 

(まふゆがいないことを忘れて来ちゃったお昼に限って、バッタリ会うなんてね)

 

 

 隠れているせいで足しか見えないけれど、僕を探している人間は2人いるようだ。

 

 声は全く知らない相手だから、僕が姿を見せてもどうせ、見えないだろうけど。

 学校内で猫を探す目的もわからずにいるのは、本猫的には居心地が悪い。

 

 

(まずは相手の目的と人相の確認だよね)

 

 

 海の向こうにいる凄い人も『相手を知って自分も知れば、まぁまぁ上手くいくぜ!』と言っていたらしい。

 僕が可愛いことは自明の理なので、後は相手のことを知れば良いはず。

 

 じりじりとベンチの下から顔を出し、僕は上にいるであろう人を見た。

 

 

(む?)

 

 

 片方は長い黒髪の女の子で、特にビビッと来るものはなかった。

 

 しかし、僕を探している張本人であろう金髪の子。

 彼女もお初にお目にかかるはずなのに、記憶に引っかかるものがある。

 

 

(そうだ、司の髪の毛に似てるんだ)

 

 

 金髪は金髪でも、頭が茶色っぽくて、プリンみたいな美味しそうなものではない。

 毛先の方が赤みがかっていて、不思議な金髪。これはこの島国で何人もいるような髪色だとは思えない。

 

 

(あの子、司に縁のある子かな)

 

 

 彼女が初めて会った時、司が自慢していた妹さんって可能性もある。

 

 だけど、話に出ていた子は入院生活中の病弱な女の子だ。

 目の前の女の子のような、陽気なイメージからはかけ離れている属性な気がする。

 

 

(そう考えると、司の妹だと断言するのは早計か?)

 

 

 司の妹は病弱というイメージが先行するけれど、それを掻き消すように司の笑い声が頭の中に響く。

 

 

(でも……司の妹なら明るくてもおかしくないな)

 

 

 あの司の妹ならば、明るくてもおかしくない。

 そう思える謎の説得力があった。

 

 

(つまり、どちらもあり得るってわけだ)

 

 

 妄想しても答えがわからない。それだけは理解した。

 

 

「猫ちゃーん、どこ〜?」

 

「花壇や物陰も見たつもりだけど、どこにもいないね」

 

「いつもは中庭にいるって聞いたし、今日はいない日だったのかなぁ?」

 

「そうかもしれないね。咲希(さき)、そろそろお昼を食べに行った方がいいんじゃないかな」

 

「あっ、そうだね! いっちゃんも焼きそばパンがお預け状態だもんね!」

 

「うん。偶には冒険ということで、今日は塩焼きそばパンなんだけどね──」

 

 

 2人も僕が見えないからもう切り上げるみたいだし、ヒントになりそうな話も聞けなさそうだ。

 塩焼きそばパンとは一体何なのか、ちょっと気になるけど……それも余計な情報だよね。

 

 これ以上はここにいても仕方がないので、僕はその場から離脱した。

 

 

(相談は後にするとして。学校で寝れないとなると、どうしようかなぁ)

 

 

 何処かの学校みたいに生徒が爆走したり、飛んだり、爆発したりとぶっ飛んだことは宮女では起きない。

 突発的な事故や喧嘩もないので、宮女の中庭はセカイの次に昼寝に最適なのだ。

 

 

(中庭が無理なら、ここは素直にセカイだな)

 

 

 瑞希の話によると『オリチャー発動はガバるんだよ』とのことなので、賢い僕は避けることにした。

 

 言葉の半分は意味がわからないけれど、たぶん『予想外のことが起きた時に変なことしたらダメ』ってことでしょ。

 

 だったら、セカイ一択だよね。

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

(──とーう、お邪魔しまーす)

 

「あ、マロ」

 

 

 ひょいと飛び込んだ先に、奏がいた。

 

 奏が作業もせずにセカイにいるとは珍しい。

 少なくとも、僕がいる時に奏と会う確率は低い。他の面々と比べると、その違いは明らかだ。

 

 

「マロ、ミクは見てない?」

 

(ミク? この辺にはいないね)

 

「って、来たばかりだから見てないか。ごめんね」

 

 

 勝手に納得して、奏は頭を下げた。

 糸で探すような用事でもないらしい。僕は何もしてないけど、解決したのなら良かった。

 

 

「あ、そうだ。ミクがいないし、マロにデモを聴いてもらいたいんだけど……いいかな?」

 

「にゃあ」

 

 

 更に珍しいことに、僕が1番乗りでデモを聴かせてもらえるらしい。

 基本的に便乗猫さんだからね、僕。1番乗りは貴重なのだ。これは見逃せないぜ。

 

 

「じゃあ、流すから聴いてね」

 

 

 そんな掛け声と共に、デモの曲がセカイに流れた。

 

 寄り添ってくれるような優しい音、温かさを感じるリズム、落ち込んでる時に救われた──といった話をよく聞く。

 僕にわかるのは良い音だなー程度のことなんだけど、もう1つわかることもあった。

 

 

(にゃぁ〜、今回も良い音〜……なんだけど)

 

 

 脳裏にチラつくのは、ムスッとしたまふゆの顔。

 まふゆのことを想ってるのは何となくわかる。

 だけど、何と言えばいいか……輪郭がボヤけていて、惜しいように感じた。

 

 

「その反応、あまり良くなさそうだね」

 

「にっ、にゃー!」

 

 

 デモが終わってすぐにそんなことを言われたので、僕は慌てて否定する。

 良くないなんてとんでもない。脳内のまふゆが勝手にムッスリしてるだけで、僕が文句を言うようなデモじゃない。

 

 

「いや、いいんだよ。マロの反応とか尻尾、わかりやすいから」

 

「にゃっ!?」

 

 

 あれ、おかしいな。

 尻尾の話もまふゆから『気をつけてね』って聞いた気がするぞ。

 

 まさか、フラグというのは二段構えなのか?

 これは瑞希が怖いと評価するのもわかる。逃げた先でも追い込まれる展開に、僕も恐れ慄いていた。

 

 

「まふゆの反応が良くない時、マロも途中から尻尾すら動かさずに固まるから」

 

(えっ?)

 

「最初の方は尻尾を振って聴いてくれるんだけど、途中からずっと目を開いたままになるんだ」

 

(……えぇっ?)

 

「まふゆの反応が悪い時ほど、マロの瞳孔も細くなるからいつも参考にさせてもらってるよ」

 

 

 この僕がわかりやすいだなんて、嘘だと言って欲しかった。

 しかし、眉を下げる奏はどう見ても嘘を言ってるようには見えなくて。

 

 

「にゃあ?」

 

「うん……まふゆ以外の情報として、頼りにしてる」

 

 

 念の為に鳴き返しても、僕がまふゆの指標扱いされてた事実が飛び出てきて後悔した。

 無難な選択肢を選んだはずなのに、追い討ちを受けているのも僕が選んだ選択によるもの。

 

 

(成程なー……小賢しい真似なんて、関係なかったのかぁ)

 

 

 これが因果応報。

 僕が可愛いのが世の真理であるように、日頃の行いが返ってくるのも当然のことなのだ。

 

 

「ふにゃー」

 

「えっと、ごめん……わたし、ミクを探してくるよ」

 

 

 ぽてっと倒れて不貞寝する僕に、奏は気まずそうに声をかけた。

 遠ざかっていく足音に耳を傾けつつ、僕は体を縦に伸ばす。

 

 何か考えた方がいいことがあった気がするけれど、セカイに来た主目的は昼寝だ。

 うん、フラグとかもういいんじゃないかな。僕、猫だし。欲求には逆らえないぜ。

 

 

(とりあえず、2人のことは話すとして……すやぁ……)

 

 

 自省するやる気も気力もなかったせいか、餅のようにのび〜っとしてる間に夢の世界に飛び立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──寝てるの?」

 

 

 気が付けば時間は飛んでいて、制服から着替えたまふゆが真上から覗き込んでいた。

 

 

「あ、起きた」

 

 

 ミクもちょうどいたのを確認できたので、僕は寝惚けつつも僕を探していた2人の話をする。

 

 

「そうなんだ。見つかった時にまた教えてくれたら、それでいいよ」

 

(意外だな、その辺も制限されるのかと思ってた)

 

「……してほしいなら、お望み通りそうするけど?」

 

(あ、やべっ)

 

 

 ミクが傍にいるから報告したのに、まだ頭が寝ていたのか余計なことまで言ってしまった。

 

 

(えっと、さらばっ!)

 

「あ、逃げた」

 

 

 今のでパッチリと目が覚めたので、僕は大慌てでまふゆから逃げ出す。

 後ろからミクの声が聞こえたけれど、僕は全速力で逃げさせてもらうぜ!

 

 

「……はい」

 

「みゃあ゛ーっ!?」

 

 

 ──が、簡単に回り込まれしまい、僕はガシッとまふゆに捕まれた。

 そのまま、ミクの元まで連行され、笑顔の圧を受けることになったのもまた、フラグってヤツだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 






☆マロ知識
最近の知識の仕入れ先は大体ピンクの可愛いボクからだとか。


……

・わかりやすい
後輩がわかりにくい分、先輩が羅針盤のような扱いにされてるそうです。
セカイでデモなどを聴いている間、猫の観察会が開かれてたりしてるのかもしれません。




・個人的に
暑くてめげそうな日々に、色々と大変なことも重なっておりますが。
無理せず、頑張り過ぎず。日々をやり過ごしていけますように、マロも作者も祈っております。
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