世の中には、フラグという言葉があるらしいのです。
「最近、また何かやってない?」
疑うようなまふゆの視線が、中庭の湿度を上げた気がした。
そんなに疑われても、僕は1日の大半を睡眠時間にあてている模範的な猫だ。
まふゆの知らないところでやってることなんて、愛莉と交流してみのりとも仲良くなったーとか。
雫を道案内したら、妹さんに会ったーとか……あれ、心当たりしかないな?
「心当たりしかないって顔してるね?」
「にゃっ!?」
もう、怖いって。
こういう時だけ、的確に心を読むのはやめてほしい。
どうせ読むなら一部じゃなくて、僕の思う全てを読むぐらい豪快さがあれば、諦めもつくのに。
(そっちの方が僕も嬉しいんだけど、まふゆはどう思う?)
「……?」
首を傾げられた。
ダメみたいだ、悲しいね。
「……よくわからないけど、マロは金髪の女の子に心当たりはある?」
(金髪の女の子? 司じゃなくて?)
「文化祭で見た青柳くんの先輩じゃないよ」
大声で笑う彼を頭に浮かべて首を傾げると、先回りされてしまった。
いくら何でも司が女の子に間違われることはないだろうし、彼の話じゃないとすれば僕にも心当たりがない。
「最近、金髪の1年生が宮女にいる猫を探してるそうだよ。誰も学校内で猫を見たことがないけど、何故か学校の中に猫がいると確信して、探し回ってるんだって」
誰も見てないのに学校にいると確信しているとは、不思議な話だ。
普通なら『いる』か『いない』かの2択ではないだろうか。猫が聞いてもおかしく感じた。
「心当たりがないのならいいけど……怪談話みたいに話し始める子もいたから、1匹でいる時は注意してね」
「にゃっ」
「本当にわかってる?」
「にゃにゃっ!」
「……声だけは勇ましいね」
任せたまえ、君の先輩はその辺りもしっかりしているエリートな猫ですから。
力強く鳴き返しているのに、まふゆからの疑いの眼差しは全く変わらなかった。
「尻尾、わかりやすいから。本当に気をつけてね」
「にゃ?」
どうして、そんな目で僕を見るんだい?
僕ぐらい可愛くて頼りになる猫の先輩もいないのに、おっかしいなぁ……
☆★☆
まふゆに教えてもらった単語だから間違ってないはずだけど、今はどうでもよくて!
「猫、いないね」
「おかしいなぁ、いるって聞いたのに〜」
(話して数日でこれとは、これが『フラグ』ってヤツかぁ……)
頭に過るのは瑞希が教えてくれた言葉。
緊急事態に頭がフル回転して、どうでもいいことも思い出す──とはよく言ったもので。
僕もベンチの下で潜みつつも、どうでもいいことをつらつらと思い出していた。
(まふゆがいないことを忘れて来ちゃったお昼に限って、バッタリ会うなんてね)
隠れているせいで足しか見えないけれど、僕を探している人間は2人いるようだ。
声は全く知らない相手だから、僕が姿を見せてもどうせ、見えないだろうけど。
学校内で猫を探す目的もわからずにいるのは、本猫的には居心地が悪い。
(まずは相手の目的と人相の確認だよね)
海の向こうにいる凄い人も『相手を知って自分も知れば、まぁまぁ上手くいくぜ!』と言っていたらしい。
僕が可愛いことは自明の理なので、後は相手のことを知れば良いはず。
じりじりとベンチの下から顔を出し、僕は上にいるであろう人を見た。
(む?)
片方は長い黒髪の女の子で、特にビビッと来るものはなかった。
しかし、僕を探している張本人であろう金髪の子。
彼女もお初にお目にかかるはずなのに、記憶に引っかかるものがある。
(そうだ、司の髪の毛に似てるんだ)
金髪は金髪でも、頭が茶色っぽくて、プリンみたいな美味しそうなものではない。
毛先の方が赤みがかっていて、不思議な金髪。これはこの島国で何人もいるような髪色だとは思えない。
(あの子、司に縁のある子かな)
彼女が初めて会った時、司が自慢していた妹さんって可能性もある。
だけど、話に出ていた子は入院生活中の病弱な女の子だ。
目の前の女の子のような、陽気なイメージからはかけ離れている属性な気がする。
(そう考えると、司の妹だと断言するのは早計か?)
司の妹は病弱というイメージが先行するけれど、それを掻き消すように司の笑い声が頭の中に響く。
(でも……司の妹なら明るくてもおかしくないな)
あの司の妹ならば、明るくてもおかしくない。
そう思える謎の説得力があった。
(つまり、どちらもあり得るってわけだ)
妄想しても答えがわからない。それだけは理解した。
「猫ちゃーん、どこ〜?」
「花壇や物陰も見たつもりだけど、どこにもいないね」
「いつもは中庭にいるって聞いたし、今日はいない日だったのかなぁ?」
「そうかもしれないね。
「あっ、そうだね! いっちゃんも焼きそばパンがお預け状態だもんね!」
「うん。偶には冒険ということで、今日は塩焼きそばパンなんだけどね──」
2人も僕が見えないからもう切り上げるみたいだし、ヒントになりそうな話も聞けなさそうだ。
塩焼きそばパンとは一体何なのか、ちょっと気になるけど……それも余計な情報だよね。
これ以上はここにいても仕方がないので、僕はその場から離脱した。
(相談は後にするとして。学校で寝れないとなると、どうしようかなぁ)
何処かの学校みたいに生徒が爆走したり、飛んだり、爆発したりとぶっ飛んだことは宮女では起きない。
突発的な事故や喧嘩もないので、宮女の中庭はセカイの次に昼寝に最適なのだ。
(中庭が無理なら、ここは素直にセカイだな)
瑞希の話によると『オリチャー発動はガバるんだよ』とのことなので、賢い僕は避けることにした。
言葉の半分は意味がわからないけれど、たぶん『予想外のことが起きた時に変なことしたらダメ』ってことでしょ。
だったら、セカイ一択だよね。
☆★☆
(──とーう、お邪魔しまーす)
「あ、マロ」
ひょいと飛び込んだ先に、奏がいた。
奏が作業もせずにセカイにいるとは珍しい。
少なくとも、僕がいる時に奏と会う確率は低い。他の面々と比べると、その違いは明らかだ。
「マロ、ミクは見てない?」
(ミク? この辺にはいないね)
「って、来たばかりだから見てないか。ごめんね」
勝手に納得して、奏は頭を下げた。
糸で探すような用事でもないらしい。僕は何もしてないけど、解決したのなら良かった。
「あ、そうだ。ミクがいないし、マロにデモを聴いてもらいたいんだけど……いいかな?」
「にゃあ」
更に珍しいことに、僕が1番乗りでデモを聴かせてもらえるらしい。
基本的に便乗猫さんだからね、僕。1番乗りは貴重なのだ。これは見逃せないぜ。
「じゃあ、流すから聴いてね」
そんな掛け声と共に、デモの曲がセカイに流れた。
寄り添ってくれるような優しい音、温かさを感じるリズム、落ち込んでる時に救われた──といった話をよく聞く。
僕にわかるのは良い音だなー程度のことなんだけど、もう1つわかることもあった。
(にゃぁ〜、今回も良い音〜……なんだけど)
脳裏にチラつくのは、ムスッとしたまふゆの顔。
まふゆのことを想ってるのは何となくわかる。
だけど、何と言えばいいか……輪郭がボヤけていて、惜しいように感じた。
「その反応、あまり良くなさそうだね」
「にっ、にゃー!」
デモが終わってすぐにそんなことを言われたので、僕は慌てて否定する。
良くないなんてとんでもない。脳内のまふゆが勝手にムッスリしてるだけで、僕が文句を言うようなデモじゃない。
「いや、いいんだよ。マロの反応とか尻尾、わかりやすいから」
「にゃっ!?」
あれ、おかしいな。
尻尾の話もまふゆから『気をつけてね』って聞いた気がするぞ。
まさか、フラグというのは二段構えなのか?
これは瑞希が怖いと評価するのもわかる。逃げた先でも追い込まれる展開に、僕も恐れ慄いていた。
「まふゆの反応が良くない時、マロも途中から尻尾すら動かさずに固まるから」
(えっ?)
「最初の方は尻尾を振って聴いてくれるんだけど、途中からずっと目を開いたままになるんだ」
(……えぇっ?)
「まふゆの反応が悪い時ほど、マロの瞳孔も細くなるからいつも参考にさせてもらってるよ」
この僕がわかりやすいだなんて、嘘だと言って欲しかった。
しかし、眉を下げる奏はどう見ても嘘を言ってるようには見えなくて。
「にゃあ?」
「うん……まふゆ以外の情報として、頼りにしてる」
念の為に鳴き返しても、僕がまふゆの指標扱いされてた事実が飛び出てきて後悔した。
無難な選択肢を選んだはずなのに、追い討ちを受けているのも僕が選んだ選択によるもの。
(成程なー……小賢しい真似なんて、関係なかったのかぁ)
これが因果応報。
僕が可愛いのが世の真理であるように、日頃の行いが返ってくるのも当然のことなのだ。
「ふにゃー」
「えっと、ごめん……わたし、ミクを探してくるよ」
ぽてっと倒れて不貞寝する僕に、奏は気まずそうに声をかけた。
遠ざかっていく足音に耳を傾けつつ、僕は体を縦に伸ばす。
何か考えた方がいいことがあった気がするけれど、セカイに来た主目的は昼寝だ。
うん、フラグとかもういいんじゃないかな。僕、猫だし。欲求には逆らえないぜ。
(とりあえず、2人のことは話すとして……すやぁ……)
自省するやる気も気力もなかったせいか、餅のようにのび〜っとしてる間に夢の世界に飛び立っていた。
「──寝てるの?」
気が付けば時間は飛んでいて、制服から着替えたまふゆが真上から覗き込んでいた。
「あ、起きた」
ミクもちょうどいたのを確認できたので、僕は寝惚けつつも僕を探していた2人の話をする。
「そうなんだ。見つかった時にまた教えてくれたら、それでいいよ」
(意外だな、その辺も制限されるのかと思ってた)
「……してほしいなら、お望み通りそうするけど?」
(あ、やべっ)
ミクが傍にいるから報告したのに、まだ頭が寝ていたのか余計なことまで言ってしまった。
(えっと、さらばっ!)
「あ、逃げた」
今のでパッチリと目が覚めたので、僕は大慌てでまふゆから逃げ出す。
後ろからミクの声が聞こえたけれど、僕は全速力で逃げさせてもらうぜ!
「……はい」
「みゃあ゛ーっ!?」
──が、簡単に回り込まれしまい、僕はガシッとまふゆに捕まれた。
そのまま、ミクの元まで連行され、笑顔の圧を受けることになったのもまた、フラグってヤツだったのかもしれない。
☆マロ知識
最近の知識の仕入れ先は大体ピンクの可愛いボクからだとか。
……
・わかりやすい
後輩がわかりにくい分、先輩が羅針盤のような扱いにされてるそうです。
セカイでデモなどを聴いている間、猫の観察会が開かれてたりしてるのかもしれません。
・個人的に
暑くてめげそうな日々に、色々と大変なことも重なっておりますが。
無理せず、頑張り過ぎず。日々をやり過ごしていけますように、マロも作者も祈っております。