逃げることを選んでも……残酷なことに、時間は平等に進んでしまうのです。
「あ、やっぱり。朝比奈さん達は今日もここにいたのね」
お昼の宮女の中庭にて。
僕とまふゆがいつものようにぼんやりしていたら、雫が両手を合わせてこちらにやって来た。
「こんにちは、日野森さん。やっぱりって、私達を探してたの?」
「朝比奈さん、こんにちは。えっと……朝比奈さんじゃなくて、マロちゃんを探してるみたいなの」
「え、マロを?」
「ええ。しぃちゃん達がマロちゃんを探してるらしいから、中庭にいるかもって伝えたんだけど。この前、見つからなかったって言ってたのよね」
「しぃちゃんっていうのは確か、妹さんだっけ?」
「そう! 少し話しただけなのに、覚えていてくれて嬉しいわ」
……と、穏やかにまふゆを会話をし始めた雫に、1つだけ言いたいことがある。
(雫が原因だったかぁ)
彼女には全く悪気はないだろうけれど、金髪の女の子達が僕を探して中庭に来た理由の一端は雫だ。
雫の発する言葉から、僕はそう推測した。
──天才的な猫が導き出した予想はこうだ。
それを友達にも話していて、偶然にも友達の範囲に雫の妹さんもいた。
そんな中、僕と出会った雫の妹さんは僕が話題の猫じゃないかと思い至り、
雫なら僕が中庭にいる情報どころか、愛莉達と撮った写真も持っているはず。これで情報面はクリアだ。
後はその写真を共有し、司の妹さんが探し求めている猫であるか確認した。
確信を得た司の妹さんが、お友達と一緒に僕を探しに来た……というのが先日の経緯だとすると。
自分の妹から話を聞いた雫が確認しに来たのが今、ということだろう。
(まさか、妹経由で雫と司が繋がっているとはなぁ)
近くに住んでるとはいえ、あまりにも世間が狭過ぎる。
もうちょっと距離があるのが、今の世の中じゃなかったかな?
村社会並みに近過ぎて、ここだけ特異点だって言われた方がまだ納得できるよ。
「──マロ、終わったけど。まだ変な顔をしてるの?」
うんうんと考えている間に、いつの間にかまふゆと雫の話が終わっていたようだ。
さっき思い至ったことも報告した方がいいだろう。僕は首を傾げるまふゆに向き直った。
「みゃっ、みゃあ」
「伝えたいことがあるの?」
「にゃあ! にゃーん」
「……わからないから、ミクを呼んで来てくれる?」
やはり、気持ちだけで伝えるのは無理だった。
仕方がないのでセカイに行ってミクを呼び出し、スマホ越しから現実世界側に来てもらった。
(ごめんね、ミク。報告を手伝ってほしいんだ)
『うん、大丈夫』
そこからはあっという間で、まふゆとの話はトントン拍子で進んだ。
ミク越しに話を聞いたまふゆは口元を指で触りながら、僕を眺める。
「──今回の件は、色んな人に見えるようになった弊害ってこと?」
(今の世間がこんなに狭いとは思わないんだもの)
「意外と、今も世間は狭いのかもしれない」
(そうかなぁ)
「ネットの繋がりで集まったニーゴも皆、会ってみれば近くにいたよ」
(説得力の暴力だなぁ)
あまりにも威力の高い実例に、次の言葉も出てこない。
僕が偏見まみれの視野が鋭角な猫なのは自覚したので、事例を突き付けてくるのはやめてほしかった。
「日野森さんの妹も見えてるのは間違いないんだよね?」
(道案内した先でね。雫経由で見えるようになったよ)
「なら、見つかるのは時間の問題かな。後は、今のうちに1つだけ考えた方がいいと思う」
(それって?)
軽く聞いたつもりだったのに、手を添えられたまふゆの口から出た言葉が、今までよりも強く僕を殴った。
「見える人と見えない人が同時に揃った場合の対応」
考えていて当然のことに、僕は答えられなかった。
考えたくなくて、逃げていたっていうのが本音だ。
先輩だなんだのと言っても──所詮は僕も、嫌なことから逃げ続けている1匹の猫である。
(……逃げるしか、ないかな)
「うん、それが1番だろうね」
通訳越しでは僕の細かな気持ちは伝わらないのが、今は有難かった。
なんともまぁ、都合のいい猫だ。
ミクを介さずとも伝わってほしいと思う癖に、今はそれが有難いなんて。
(結局、僕は──)
……その後の話は、あまり覚えていない。
でも、約束通りのことは話せたから、今はそれでいいかと問題を先送りにした。
☆★☆
「くぁっ……」
最近、まふゆがお昼休みに来ないことが増えた。
やけにお昼に委員会があるな~と思っていたのだけど、どうやら違うらしい。
(合唱祭かぁ。学校ってお祭りが多いんだな)
放課後は予備校があって参加できないことが多い分、お昼休みに練習することが多いんだとか。
部活に勉強に人間関係にと、学生という立場も大変だ。
(ふふーん、こういう時は猫が羨ましかろう~?)
誰も僕を見ない中庭で1匹、胸を張る。
(おかしいな、雑音が酷くて気分が乗らないや……ま、そういう日もあるよね)
今日はあまり調子が良くないみたいだし、気分転換に別の縄張りで寝よう。
ひょいとベンチから降りて、僕は悠々と門に向かう。
「あ、いた」
どうせ誰も見ていないからと油断していると、僕の耳にそんな声が聞こえてきた。
落ち着いた、微妙に聞き覚えのある声だ。
振り返ってみると、
(あっ、雫の妹さんだ)
辛うじて残ってる野生の勘がビンビンと反応している。
嫌な予感がする。急いで一旦、ベンチの下に退避した。
「咲希、いたよ」
僕の勘も捨てたものじゃないようで、隠れたのと妹さんが名前を呼ぶのはほぼ同時だった。
「え、ほんとに? しほちゃん、すぐに行くから待って~っ」
「それ、私に言われても困るんだけど」
咲希と呼ばれて小走りで現れたのは、僕を探していた金髪の少女だ。
彼女が司の妹なのだとしたら、名前は天馬咲希となるんだろうか?
雫が『しぃちゃん』と呼んでいたし、雫の妹さんの方は『日野森しほ』で間違いなさそうだ。
(いや、まてよ。咲希って子は黒髪の子を『いっちゃん』って呼んでたような?)
そう考えると『しほ』という部分が『しほり』やら『しほこ』やらの渾名である可能性もあるわけだ。人の名前だから、詳しくは知らないけど。
とはいえ……そういう可能性があったとしても、いつまでも雫の妹さん扱いは呼びにくいし、『日野森しほ』で仮決めした方が呼びやすいか。
ささっと名称のことは片付けたし、メインの糸を観察しよう。
(さてと、咲希との糸は……あれ、勝手に繋がりそうだぞ?)
1回、見えてなくても近くにいたせいだろうか。
僕と咲希との糸は何か手を加えずとも、すぐに繋がりそうな位置で待機していた。
これなら逃げなくても良さそうだ。
しかし、隠れてしまった今ではベンチの下から出て行くタイミングも難しくて。
何かきっかけでもないものか。そう頭を悩ませていると、向こう側から転がり込んできた。
「猫ちゃーん、出ておいで~」
「猫って『出ておいで』って言われて出てくるような動物じゃないでしょ」
「えぇー、そうかなぁ。呼びかけるだけじゃダメ?」
「その時の為におやつを用意したんじゃないの?」
「あ、そっか! 猫ちゃんにあげることしか考えてなくて、すっかり忘れてた! ありがとう、しほちゃんっ」
そんな話をしながら、咲希が煮干しを3匹ぐらいベンチの前に並べる。
並べた本人は近くというか、ほぼ煮干しの前と言っても過言ではない位置で待機だ。
正直に言うと、しほのように3歩ぐらい下がった位置にいて欲しいのだが……咲希が移動する気配はない。
しほは黙っているし、咲希もしゃがみながらキラキラとした目でこちらを見ているばかりで、距離を取りそうになかった。
(……しょうがないなぁ)
元々、見える相手には逃げるつもりはなかったのだ。
おやつも貰えるのなら是非もなし。素直な僕はノコノコと姿を現した。
「あっ! 見て見て、しほちゃんっ。出てきてくれたよ!」
「見えてるってば。それで、その子が探してた猫で間違いなさそう?」
「うん、お兄ちゃんに貰った写真通りのマロ眉模様の三毛猫だもん。首輪は知らないけど、間違いないと思う!」
「私が見た時は首輪が付いてたけど……まぁ、探してる子が見つかってよかったね」
「これもしほちゃん達のお陰だよ。後で2人にもお礼を言わなくちゃ」
体を揺らして喜びを表現してるところ申し訳ないんだけど、このおやつは貰っていいんだよね?
あ、いいの? どうもどうも、いただきます。
「今、頭下げてくれたよね。いただきますってしてくれたのかな?」
「偶然じゃないの?」
「でも、お兄ちゃんがとても賢い子だから、礼儀もしっかりしてるって言ってたよ」
「……猫に礼儀とかあるんだ」
頭の上で目をキラキラとさせて喜ぶ咲希と、呆れるように半目になっているしほが対照的過ぎた。
動の咲希と静のしほ。
そう考えると意外とバランスの良い関係なのかもしれないが、外野の猫視点では面白いぐらい対照的だ。
「あっ、後は自己紹介もしたら良いんだって。覚えて貰えるって言ってた!」
「えぇ……それって気持ち的な問題じゃなくて?」
「お兄ちゃんは『中々、見所がある奴だ』って言ってたよ。アタシも興味あるし、試してみたいなーって」
「見所があるって何なの? ……別に、咲希がしたいのならいいけど」
僕が食べている間に自己紹介をしてくれることになったらしい。
こちらとしても有難い。煮干しを平らげて、お礼と合図の意味を込めて「にゃっ」とひと声、鳴いた。
「天馬司って名前の人を覚えてるのかな? アタシはお兄ちゃんの妹の天馬咲希だよ。あなたはマロちゃんって言うんだよね? よろしくね」
(よろしく、咲希。さっきはおやつをありがとう、ごちそうになったよ)
「わぁ、マロちゃんが頭を下げてくれたよ! ほら、しほちゃんも!」
咲希に促されて、しほが疑わしげな態度を隠さずに口を開く。
「……私は日野森
(どういたしまして。あの時の雫は猫でも放っておけなかったからね、当然のことをしたまでさ)
「本当に、わかってるみたいに動くんだね」
志歩にも僕のことが少し伝わったようだ。
『しほ』はそのまま志歩だってこともわかったし、僕も2人のことを仮とか誰々の妹さんと呼ばなくても良くなったので、大変呼びやすいです。
何故か自己紹介をするように進言してくれた司と、その助言を素直に聞き入れてくれた咲希と志歩に感謝である。
「探していた子も見つかったし、教室に戻るよ」
「え、でも……」
渋る咲希に、志歩は困ったように眉を下げる。
「ここに来ればまた会えるでしょ。それに、探してくれた2人にも報告した方がいいだろうしね」
「あ、そっか。ごめんね、マロちゃん。また来るからねーっ」
渋っていた割にあっさりと解決したようで、咲希が大きく手を振りながら立ち去った。
志歩も静かに咲希のことを追いかける。途中でこちらに振り返り、小さく手を振ってから校舎の中に消えた。
(……なんか、嵐みたいだったな)
その前に寝ようとしていたのも忘れてしまいそうなぐらい、あっという間に過ぎてしまったのは正しく嵐そのもので。
(調子が悪かったのも吹き飛んじゃったなぁ)
何か、大切な気持ちだった気がするのだけど……思い出せない僕はそのまま、ベンチの上に戻って昼寝をすることにした。
☆マロ知識
瑞希を同志扱いしている理由が、問題への向き合い方が似てるからだったり、違ったりする。
……
・合唱祭
猫には関係がないのでスキップです。