猫はシブヤにいます   作:大森依織

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 悩みだって違いがあるだけで、ないわけじゃないのです。






4匹目 十人十色、悩みの色

 

 

 

 

 

 

 突き刺さるような陽が降り注ぐ中、僕は最近見つけたお昼寝スポットで丸くなっていた。

 

 宮益坂女子学園の中庭の日陰。

 その一部が丁度、日除けだけでなく涼しい風も吹いてくれる素敵で快適なお昼寝場所なのだ。

 

 

(そう考えると学校に侵入したのはプラスだったかな……いや、待って。おやつが明らかに減ったし、差し引きするとマイナスの方が多いぞ?)

 

 

 実は放課後におやつを用意していたらしいまふゆの元に、放課後よりも早く尋ねたらどうなるのかは、火を見るよりも明らか。

 誰もが予想できる行為の結果は、おやつの減少という形で帰ってきた。

 

 ならば、いつも通りに放課後に会えば解決するのかというと、それも難しそうで。

 最近は塾や作業とやらもあって、放課後に時間を取れるのは限られているとのことで、僕が選べるのは会うか会わないかって所まで。

 先輩としての僕は『自分探し』とやらに勤しんでいる後輩を応援するのも(やぶさ)かではないのと、今のまふゆから目を離すのは怖いので、会う回数を減らすのは無しかなーと思ってる。

 

 ……そう思ってるよ? 思ってるけどさぁ。

 

 猫としての僕はやっぱり、おやつがほしいの!

 おやつの代わりと言わんばかりに一緒に聴くようになった曲じゃあ、腹は膨れぬ。僕の本能は満たされないのだ!

 

 確かに、まふゆが一緒に作業をするようになったという『K(けー)』なる存在の曲は悪くはない。

 まふゆに『何かがある』と行動させる、想いの強さを曲に込めてるのは認めよう。

 

 だが、しかーし!

 その曲がまふゆの『自分がわからない』という悩みの助けの一助になる可能性を秘めていたとしても、僕の食欲とは無関係!

 

 要するにだ。

 曲を聴くのもいいけれど、やっぱりおやつが欲しい。心よりも胃袋を満たしてほしいんだよ。

 

 え、もっと他にあるだろうって?

 そんなことを思われたって僕、猫だもの。難しいことはわからないのにゃー。

 

 

(はぁ……それにしても、先が思いやられるねぇ)

 

 

 僕のおやつはどうなるのか?

 Kなる人物の曲には不思議な魅力があるのは認めるけれども、はたしてそれがまふゆの自分探しの旅の地図に繋がるのか?

 

 僕のおやつは大至急待遇の改善を求めるし、まふゆの方はなんとなーく拗れた糸が見えちゃうものの、誠に残念ではあるが猫の身分ではどうしようもない。

 

 僕にできることは後輩の頑張りを見守って、おやつをぺろりといただくだけ。

 

 頑張れ、若人よ。僕は応援してるぞ。

 そして、応援してくれた先輩に感謝を込めて、毎日おやつを食べさせてね。

 

 

(そう思ったところで、喋ることも伝えることもできないけどね。はははっ)

 

 

 そんなことを考えながら目を瞑っていたら、突然、声をかけられた。

 

 

「──マロ」

 

 

 目の前におやつがあれば完璧だったのだけど、呼ばれた声の方を見て映るのは学校でも感情をポーイって放り投げたまふゆの顔。

 彼女は何を考えているのかわからない顔のまま、鞄を広げつつ口を開く。

 

 

「どう?」

 

「……に、にゃあ?」

 

 

 呼び声と共にドサドサと僕の目の前に重ねられたのは、20冊程の猫に関する本だ。

 学校やどこかの施設の借り物らしく、前もって「汚さないでね」と言われたソレを見て、僕は距離を取る。

 

 ……どうって、何が?

 そんなに猫のことを調べられても、猫視点ではなんだこの子ってしか思わないんだけれども。

 

 逃げれるものなら逃げ出したい意味不明さがあるけれど、ここはまふゆが有利な環境である学校の中庭。

 逃走したら後日、面倒なことになるのが予想できた僕は、困った末に静観を選ぶ。

 

 

 

「最近、隙間時間で猫の勉強をしてたんだけど」

 

 

 う、うん。

 それはその本の山を見たらわかるけど、まふゆって形から入ってしまうタイプなのだろうか。

 

 そもそも、自分探しをしている子がどうして急に猫のことを勉強し始めたのか、猫の身からすると全くわからない。

 

 

「近くにいる猫のことも満足にわからないのなら、自分のことを理解できるのも遠いのかなって思った」

 

 

 怖いって。

 普通に心の中を読むのはやめてって。

 

 

「半目になってる。眠いの?」

 

 

 あ、違うなこれ。ただ単に人なら疑問に思いそうなことを、先んじて言っただけだ。

 心を読んだも何もない。いつも通りのまふゆだった。

 

 

「にゃぁ」

 

「あぁ、眠たいんじゃなくて呆れてる方が近いのかな? やっぱり、猫っぽくないね」

 

 

 まふゆもこちらを真似するように目を細めて、本の山の1冊をペラペラと捲る。

 

 

「猫が半目で座っている時はリラックスしているか、眠気を感じている時。でも、マロは違うみたい」

 

 

 今度はまふゆが首を傾げているけれど、正直に言うとちょっと不満だ。

 僕は猫だけど、僕は僕でもある。人間が勝手に作った本で僕のことがわかるわけがない。

 

 それをまふゆ自身がわかっていないはずもないのに、まったくもう。

 

 

「にゃーあ」

 

「それは溜め息のつもりなの? 器用なんだね」

 

「にゃふ」

 

 

 まふゆは基本的に器用にできるのに、そういうところは不器用だ。

 しょうがない後輩である。心なしか落ち込んでるようにも見えるので、僕を撫でる栄誉を与えよう。

 

 丸まっていた体を起こして、撫でやすいように体を近付けてあげる。

 ほら、今日は何に落ち込んでたのか知らないけど、こんなに光栄なことはないだから元気出しなー?

 

 

「マロの毛って、いつ触ってもサラサラしてるね」

 

 

 当然だ。デキる猫は毛繕いも怠らないんだから、いつだって最高の毛並みを維持しているとも。

 そんな自慢を考えてもまふゆには通じるはずもなく、撫でている手はそのままに見当違いなことを口にする。

 

 

「もしかしてだけど。マロは誰かの飼い猫で、頻繁にお風呂に入れて貰ってるの?」

 

「にゃあ゛ぁん゛?」

 

「……うん、怒らせたみたいだね。ごめん」

 

 

 よろしい。

 いくらまふゆでも、僕の拘り抜いた手入れの努力を人間のモノだと勘違いするのであれば、ちょっと怒っちゃうところだったよ。

 

 まふゆも頭を下げてくれたし、寛大な心で許そう。

 というわけでもうちょっと強めに撫でてくださーい。

 

 

「ごろごろ」

 

「……マロは、いいよね」

 

「にゃぁー?」

 

「だって、撫でたらすぐに機嫌が良くなるから。悩み事なんてなさそうだもの」

 

 

 それはあれか?

 実はあの謝罪はただのポーズで、実は謝ってなかったと受け取ってもいいのかな?

 

 喧嘩の大バーゲンセール予定だったとか言うのであれば、買い占めるけれども。

 どう考えても喧嘩を売られていると判断した僕は唸りながら地面に飛び降り、まふゆの顔に向かって飛びかかろうとした、その刹那。

 

 

 

 ──キーンコーンカーンコーン。

 

 

 

「あっ、予鈴だ……またね、マロ」

 

 

 素早く猫を被った標的(まふゆ)が立ち去るので、飛び掛かり作戦は空振りに終わってしまった。

 

 

「うにゃぁぁあっ!」

 

 

 は、恥ずかしいっ! 僕は自分が恥ずかしいよ!

 

 空振りに終わったことで、熱くなっていた頭が急激に冷えて冷静になってしまった。

 まだ自分のこともわかってない子猫相手にちょっとムキになってしまうなんて、何たること。

 

 あくまで予想だけど、僕が短い間に見てきた朝比奈まふゆという少女なら。

 

 最初の方は期待していた作曲という手段で思ったような結果を出すことができず、悩み始めた頃だったせいであんな言葉を出力してしまっただけで。

 きっと、悪気も何もなかったんだろう。良い意味でも悪い意味でも。

 

 あくまでも僕の予想だけど、大きくは外れていないと思う。

 そう思ったからこそ、自分の浮ついた気持ちが恥ずかしかった。

 

 

(はぁ……ここ最近はずっと、浮かれてたな)

 

 

 まふゆと出会ってからの数ヶ月が、本当なら訪れないはずの夢のような時間だったから。

 もう無理だって諦めていた交流が叶ってしまって、馬鹿みたいに距離が近くなってしまった。

 

 僕は今まで誰の庇護下にも入ったことはないし、少なくとも飼う、飼われるみたいな深い関係にならないように、線を引いていた。

 

 いつも距離をとっていて、たまに気が向いたら近付いて。

 そんな孤高の猫様な僕だからこそ、あの選択をしたって問題はないって判断したのに。

 

 

(いざ、その状況になってみると想像以上に堪えちゃってたんだろうなぁ)

 

 

 大丈夫だと思っていた結果が強がってるだけの自分で、それを自覚せずに『自分がわからない』と悩む後輩に威張っていたとは……僕もまだまだである。

 

 

(案外、誰も彼も自分のことなんてわかってないのかもね)

 

 

 人間と喋れなくなったってまだ他の動物達と話せるんだから、大丈夫だって思っていた僕の気持ちが本当は『強がり』だったってことも、僕はさっき気が付いたばかりだ。

 

 うぅむ、これでは先輩として後輩のまふゆを上から見ることができないなー。

 え? 猫は下から見てることの方が多いんじゃないかって?

 そんなことないですー。木とか車の上とか塀の上に登ったら上から目線になるんですー。

 

 そんな馬鹿なことを考えていたら、2回目のチャイムの音が鳴り響いた。

 いつの間にか周囲から人の声が消えて、静寂が中庭を支配している。

 

 

「にゃーん」

 

 

 わざとひと鳴きしてみても誰も来ない中庭にはもう、用はない。

 今日はまふゆも塾で忙しいらしいし、僕もおとなしく帰るとしよう。

 

 

(あ、そういえば今日も結局、おやつがなかったな)

 

 

 撫でられたので満更でもないけど、最近はおやつがないからちょっと不満寄りだ。

 自給自足系の猫なので、貰えなきゃ飢えるってことはないんだよ? ただ、やっぱり人から貰えるのは色々と違うわけで。

 

 

(うぅむ……今日もまた、体の状態が悪くなってるな)

 

 

 目を細めて見える糸は、今日もまた少しだけ薄くなった気がする。

 予想してたけれど、偶に貰えるおやつぐらいでは、体質の改善には繋がってくれないのがもどかしいところだ。

 

 

(あと、僕にはどれだけ時間が残ってるのかなぁ)

 

 

 多くの人や動物達からゆっくりと、少しずつ忘れ去られてしまって。

 いつか、そこにいてもいないことになってしまうのが、僕らみたいな存在の定めなのはわかっている。

 皆の中では、僕みたいに気ままに生きてるのが少数派ってのも、わかっているつもりだ。

 

 

(けど、もうちょっと時間が欲しいな)

 

 

 せめて、後輩が自分を見つけるか。

 その旅路に心強い仲間ができるようになるまでは、どうかこのままで。

 

 

(……その為にはまず、まふゆにおやつを貰わなくては)

 

 

 今日も視界の端に映る糸は、少しずつ色が薄くなっている。

 

 少しだけ色の濃い糸が混ざっているけれど、それが消える頃にはこの奇跡の時間も終わり、僕もめでたく皆と一緒になるってわけだ。

 僕だってそうなりたくないし、できることはやっておきたい。

 

 

(明日のおやつは(なーに)かなー♪)

 

 

 ま、でも。うだうだ考えても別れの時間はすぐには来ないだろうし、難しいことを考えるのはお終いにしーとこ。

 

 どんな最後になろうとも、猫として好き勝手に生きて、自由気ままに過ごす。

 僕はそう在ると、もう決めてるからね。

 

 

 

 

 

 








☆マロ知識
マロ的に飼い猫扱いされるのは嫌なことである。
おやつを貰うのはアリなのか? という話は、本猫なりに目的があっておやつを求めているのでセーフ。
おやつの中でも1番好きなのは『魅惑のおやつ』だが、どれを貰っても後輩からのものなら嬉しいらしい。
……誇り高い猫としては、それを素直に認めるのは難しいのだけど。




……

好きなもの:想い・歌や踊り・おやつ
(気持ちが篭ってるものほど効果的です)



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