猫はシブヤにいます   作:大森依織

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今日は雨模様でも、いつかはきっと晴れるでしょう。




40匹目 猫ときどき雨模様

 

 

 

 

 

 最近、セカイでボーッとしていると、人の輪から離れた場所で絵を描く絵名を見るようになった。

 

 サークル活動とは別件で、コンクールに出す絵を描いているらしい。

 雑念のせいでどうしても集中できない時に、気分転換も兼ねてセカイで絵を描いてるの、と言うのは本人の言葉。

 

 邪魔しないように集中が切れるまで傍にいて、気が向いた時に教えてくれた話だから、信ぴょう性はお墨付きである。

 

 

(コンクールがどんなものかはわかんないけど、頑張ってほしいよね)

 

 

 絵名に対して猫ができることは、見ていることぐらい。

 ただ、鳴いても反応しないぐらい集中している姿を見ていると、ついつい贔屓にしたくなるのは身内補正だろうか。

 

 せめて、セカイにいる時は絵だけに向き合えるように。

 ほんの少しの応援も込めて、変な糸を猫パンチで遠ざけておいた。

 

 そうして皆で絵名の活動を見守り、時にはまふゆにモッフモフと撫で回されつつ……数日が過ぎた頃。

 誰かの邪魔にならないようにミクとセカイで遊んでいると、ミクが突然、顔を上げた。

 

 

「……絵名の気配がする」

 

(うん? あぁ、誰か来たみたいだね)

 

 

 僕には知ってる糸と見覚えのない糸が増えたことしかわからないから、誰が来たのかまではわからない。

 セカイの住人であるミクが『絵名が来た』というのなら、ここに来たのは絵名なのだろう。

 

 あやとりをやめて歩き出したミクの後ろを付いて行くと、彼女が言った通り、糸の終点には思い詰めた顔の絵名が佇んでいた。

 

 

「……絵名?」

 

「あ……ミク、いたんだ」

 

 

 僕もいるよー。

 と、鳴きたいところだけど、自重した。

 

 今の絵名はミクの足元にいる僕にも気が付けないぐらい、余裕がないのだ。

 暗い顔も気になるし、僕は様子見に徹しよう。

 

 

「絵名が来た気がしたから、見に来た」

 

「そっか」

 

 

 ニーゴの4人の中では『動』である絵名に元気がないから、沈黙が耐え難いぐらい痛い。

 ただ、僕も鳴かないことを選んでいる時点で同罪だ。この痛みも甘んじて受け入れた。

 

 

「……ミクはどうしたのかって、聞かないの?」

 

「うん、話したくなさそうだから」

 

「……ありがと、ミク」

 

 

 こういう時は、言葉を()わせる存在の方が強い。

 僕ではできないことだから、余計にそう思う。

 

 

「ごめん、ひとりにしてもらっていい? 今は、ひとりになりたいの」

 

「……わかった」

 

 

 だけど、今みたいな時は僕みたいな存在の方が輝くんだよね。

 

 ミクは立ち去ったけれど、僕は人じゃないもの。

 背中を見せるミクから距離を取り、空気を読まずにしれっとその場に居座れる。

 

 

「ごめんね、ミク」

 

 

 そろりと絵名の死角に入ると、誰もいないと思っている絵名が呟いた。

 

 

「でも、もうどうでもいいの」

 

 

 余程参っているのか、視線が下がってもその目には僕が映らない。

 絵名はオブジェに寄りかかると、ずるずると座り込んでしまった。

 

 

「このまま全部、忘れたいな……」

 

 

 膝を抱えて顔も隠してしまう絵名の横に、僕はこっそりと近付いて座った。

 

 数分過ぎたぐらいでは、絵名も動かない。

 僕も鳴かず、動かず。絵名の隣に座っていると、不意に首元を撫でられた。

 

 

「……何でいるの」

 

(僕は猫なんで、人の都合なんて知ったことではないんだよねー)

 

 

 それに、絵名はあくまで『ひとり』になりたいと言ったのだ。

 そこに匹が紛れても、1()なのは変わらない。

 

 

「ひとりになりたいって言ったんだけどな」

 

「……」

 

「……関係ないって顔しちゃってさ」

 

 

 撫でてる手が離れたので、僕は更に絵名に近付いた。

 絵名は何も言わないし、動かない。でも、体を押し付けられた手は僅かに震えていた。

 

 

(どうせ、絵名ならまた向き合えるんだろうし。今は休んでいいんじゃないかな)

 

 

 猫なら苦しかったら逃げるんだけど、人間って何故か苦しくても立ち向かっちゃう生き物みたいだし。

 僕とぼーっとしている間に皆が動いてくれるだろうから、ちょっとぐらい休んでもバチは当たらないよ。

 

 

「……マロ、あのさ」

 

 

 控えめな声と共に、離れようとしていた手がまた近付いてきた。

 僕の体を押し付けている間に、絵名の中で心変わりがあったらしい。

 

 

(みな)まで言わなくもいいよ)

 

 

 僕は安くない猫だけど、胸を貸せないほど狭量ではない。

 絵名が言葉にする前に膝の上に移動して、抱えやすいように体勢を整えた。

 

 

「……ありがと」

 

 

 絵名は僕を抱き締めて、また動かなくなった。

 胸を貸してる気持ちであるものの、絵名に使われているのは背中だ。

 

 

(今は背中に雨が降っているけど……暫く降ったらまた、晴れてくれるかなぁ)

 

 

 そうなってくれたら、僕も嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 局地的な雨模様によって、絵名の心の空模様も灰色にまで近付いたと思う。

 まふゆが探していたら拗ねられてそうなぐらいの時間が過ぎているけれど、それも必要経費だ。

 

 

(後はきっかけ次第なんだろうけど、はてさて)

 

 

 不思議なことに、今のセカイには僕が見たことのない糸がハッキリと見えている。

 

 気のせいかと思ったけれど、そうじゃない。

 セカイの何かが変わった。それが僕の目に映っているのだ。

 

 

「──♪」

 

(……来たね)

 

 

 ミクの声でもなければ、3人のものでもない、第三者の歌。

 歌詞も何もないメロディーだけのソレは、確かに絵名に届いた。

 

 

「にゃっ」

 

「……行くつもり?」

 

 

 僕は絵名に答えず、そのまま歌が聞こえる方向へと走り出す。

 たぶん、今の絵名なら追いかけてくるだろうけど……僕はそこに合流するつもりはなかった。

 

 

(ここから先は人の仕事さ。何せ、僕はにゃーにゃー鳴くことしかできないからね)

 

 

 今の絵名に必要なのは僕じゃない。皆の、仲間の言葉だ。

 猫の仕事はここまでだから、遠くから見守らせてもらおう。

 

 

(……あれが新しい糸を出現させた子か)

 

 

 少し離れた所に身を潜めて様子を窺っていると、絵名と金髪の少女が対面していた。

 司や咲希のような髪色ではない純粋な黄色の髪に、ミクに似た雰囲気の衣服。

 

 距離の取り方を間違えてしまったせいで全く話が聞こえないけれど、金髪の少女はミクと同じ『バーチャルシンガー』なる存在だと思う。

 糸の質が絵名達よりも僕に近いのだ。余程の例外じゃなければ、人でない存在だろう。

 

 

(ミクも合流して絵名と何か話してるみたいだけど……本当に聞こえないね!)

 

 

 隠れることを優先し過ぎて、大事なものを忘れている間抜けが僕です。

 

 少女が奏の曲っぽい歌を歌っていたので、会話の展開は大体予想できる。

 だけど、まふゆに『何のためにセカイにいたの?』とか聞かれたら、僕はどうすればいいんだ。

 

 近付こうにも遮蔽物が少なくて声が聞こえる位置に陣取れない。

 そうして迷っている間に、ミクと少女がいた場所には奏達3人が立っていた。

 

 ……これはもう、どうしようもない。僕の野次猫もおしまいだ。

 

 

(……よーし、僕は最初からセカイにいなかったことにしよう)

 

「ふぅん、キミは行かないんだね」

 

(にゃっ!?)

 

 

 横から声が聞こえてきたので、僕は飛び跳ねながら距離を取った。

 

 観察対象だった金髪の少女が隣に座っているとは思うまい。

 声を出さなかった理性が残っていることを褒めてほしいぐらい、ビックリした。

 

 

(……君の方こそ、こっちに来て良かったのかな?)

 

「後は4人で解決するでしょ。わたしは気になる方に来ただけ」

 

(そっか)

 

 

 僕も似たような理由で距離を取っているから、何も言い返せないや。

 

 

(じゃあ、改めて。初めましてだね、僕は外様で居候をさせて貰っている三毛猫だよ。まふゆ達からはマロって呼ばれているけど、良い感じの名前で呼んでくれてかまわないよ)

 

「わたしは鏡音(かがみね)リン、ミクと同じバーチャルシンガーだよ。よろしく、マロ」

 

 

 さり気ない名前の方向転換には失敗したけど、リンはミクと同じく意思疎通ができる相手のようだ。

 

 

(どうやらバーチャルシンガーっていうのは僕と意思疎通ができる存在のようだね)

 

「猫の言葉がわかるなんて不思議だけどね」

 

(その辺は僕が君達に近いせいだろうけどね)

 

 

 何にしても、ミク以外にも話せる相手が増えたのは有難いし、ミクが1人じゃなくなったというのも大きい。

 ここは何にもないセカイだけど、1人よりも2人の方が寂しくないだろうし、お節介な猫としては安心だ。

 

 

(リン、まふゆ達やミクをよろしく頼むよ)

 

「マロのことはいいの?」

 

(ま、僕はオマケだからね。できれば仲良くしたいけど、無理にとは言わないさ)

 

 

 自分でもびっくりするぐらい馴染んでいるけれど、僕は本来、このセカイとは関係のない不審猫だ。

 初対面の相手に警戒されて当然の存在だし、仲良くできないと言われてもおかしくないぐらい怪しいヤツである自覚だってある。

 

 

「マロを警戒するのは無理じゃない?」

 

(自分で言うのもあれだけど、僕ってかなりおかしいよ?)

 

「おかしいのは否定しないけど……何かを企んでるにしては抜けてるし、気にするほどでもないよ」

 

(……え?)

 

 

 とんでもないことを言われて固まる僕に、リンは追撃してくる。

 

 

「絵名と喋ってる時も隠れてたつもりだったみたいだけど、尻尾が丸見えだったし。それで悪さなんて無理でしょ」

 

(うっ)

 

 

 頭隠して尻隠さずとは、僕のことだったのか。

 

 穴があったら入りたいけれど、人は増えても穴はできないし掘れないのが『誰もいないセカイ』だ。

 僕ができることなんてぱったりと倒れて、両前足で顔を隠すことしかできない。

 

 

(うぅ、恥ずかしい。消えたい)

 

「さっきの絵名じゃないんだから、やめてね」

 

 

 ミクだったらよくわからないって顔しながら、とりあえず「よしよし?」と首を傾げて手を伸ばしてきそうなのに、リンは呆れるような視線を向けてくるだけだった。

 

 ……ふむ。

 ミクはどこかまふゆに似通った部分があったので、セカイの住人とやらはまふゆに影響されているのだと思ったけれど……ちょっとばかり、単純な思考だったようだ。

 

  新しい知見も得れたし、僕は穴の代わりに鉄筋の隙間に入り込む。

 

 

「急に何してるの?」

 

(穴がなかったから隙間に入っておこうかなって)

 

「……やっぱり、マロは悪だくみには向いてなさそうだよ」

 

(う、うるさいやい!)

 

 

 別に僕は猫なんだから、悪だくみに向いてなくてもいいよーっだ!

 

 

 

 






☆マロ知識
マロは猫なので、何もしないこともあればすることもあるし、言うことも聞いたり聞かなかったりする。


……

・範囲
一応、イベスト『満たされないペイルカラー』の内容です。猫なのでこんな感じになりました。

・穴があったら
……なかったので隙間に入り込んだとのこと。
狭いところが落ち着くので、周りに誰もいない時は割と鉄筋の隙間などに入り込んでいるようです。

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