名前の法則、みたいなものがあるのでしょうか。
僕ぐらい可愛い猫となれば、困ってしまうぐらい大人気である。
雫や咲希は見かけたら近付いてくるし、愛莉や志歩もこっそりとした常連さん。
セカイなら奏だけでなく、絵名や瑞希も撫でてくるこのモテっぷり。
(これだけなら、僕の可愛さが罪深過ぎてごめーん、で終わるんだけどなー)
しかーし! 残念ながら、僕には身構えるべき相手が『2人』もいるのだ。
1人は言わずもがな、すぐに僕を膝の上に乗せて、最近はセカイ経由で自分の部屋に連れ込むことがお気に入りの後輩、朝比奈まふゆ。
そしてもう1人が、お爺ちゃん繋がりからずっと付き合いがあるワクワクわんだほい、鳳えむ。
この『下のお名前平仮名コンビ』が僕の平穏を脅かすのである。
まふゆはいつものことだから傍に置いておくと、現状、1番困ってるのは意識の外から襲撃してくるえむだ。
僕的には心臓によろしくない相手ナンバーワンに輝きそうになっていると言えば、僕の困り具合も理解してもらえるかもしれない。
(……さてと。まふゆも行ったし、今日は何をしようかなー)
「びゅびゅーんっと、ひょーいっ!」
(うにゃっ!?)
──そして、今日も予備校に向かったまふゆを見送ると、狙ったかのようにえむが襲来してきて。
体を掴まれたと思った時にはもう、僕はそのまま連れ去られていた。
あっという間に神高かフェニランに運ばれて、にゃーんにも知らない猫のできあがり。
ちなみに今日はフェニランルートだったらしく、目を回している間にワンダーステージに降ろされた。
「よーし。それじゃあマロちゃん、にこにこ☆作戦会議だよ!」
(作戦会議? ……え、誰もいないのに?)
ステージなら司や類、寧々の3人のうち誰が1人でもいそうなのに、今日に限って誰もいない。
このままだと会議じゃなくて、一方的な言葉のドッジボールになりそうだ。
そんな僕の不安は何のその。
えむは両手で自分の口角をぐっと上げた。
「今日、マロちゃんに来てもらったのは、朝比奈センパイに笑ってもらう作戦を考える為なんだ」
(まふゆを?)
えむってまふゆを怖がってなかったっけ?
僕なら怖い相手を見たら逃げるけど、えむの目はやる気でメラメラと燃えている。
「マロちゃんには申し訳ないんだけど、あたしは朝比奈センパイをずっと見てると、びくびく〜ってなっちゃうんだ」
(真っ青だったもんねぇ)
「朝比奈センパイはいつもニッコォって顔をしてるけど。奥の方がひえっひえのかちんこちんで、あたしも気がついたらひぇーってなっちゃう」
(あー、本能的に猫被りがわかっちゃうタイプか。えむも大変だなぁ)
しかもニッコォって、擬音語がちょっとおかしいのもポイントが高い。
まふゆの怖い笑顔を的確に表しているから、聞く人が聞けば『わかるー』ってなると思う。
(でも、まふゆを笑顔に、かぁ。今は難しいんじゃないかなぁ)
まふゆもまだまだ歩き始めたばかりで、急ににっこり笑い出したらそれはそれで怖い。
えむは眉を下げていてとても困っているんだろうけど、僕にできることは少なさそうだ。
「マロちゃんは何か、センパイが笑っちゃうようなものを知らないかな?」
「にゃー」
強いて言うなら奏の曲を聴いた上で、何か
今のえむの感性で笑顔にしようと行動しても、その道のりはかなり険しい。
まふゆがその気持ちを汲むことはあっても、えむの求める笑顔は引き出せないと思う。
「うーん、マロちゃんでも難しいんだね」
(そもそも、えむはどうしてまふゆを笑顔にさせたいんだろ?)
まふゆが笑顔じゃないのが気になるだけというには、熱意に溢れている。
まるで負けたくないというような、強い意志はどこからきているのだろうか。猫にはわからなかった。
「笑ってるのに笑ってないから、朝比奈センパイが怖いってずっと思ってたんだけど……たぶん、センパイもニコニコできない理由があると思うんだ」
(えむ……)
「それなのに、怖がってるだけじゃダメだよね。何よりあたし、マロちゃんのことで逃げたくないよ」
(ん?)
「朝比奈センパイをニコニコさせることで、怖い気持ちもドカーンッ! あたしもマロちゃんと心置きなく遊べるし、皆ハッピーだね!」
(お、おや?)
動機がおかしなことになってる気がするんだけど、僕の気のせいだろうか。
……別に、僕と遊ぶのにまふゆの笑顔は必須ではないから、僕の勘違いだろう。
何はともあれ、えむはまふゆを笑顔にしたいと思っているのは間違いない。
逃走先はいくらあってもいいし、まふゆの自分探しの方法もいくらあっても良いはず。
(ちょっと気になることがあるけど、これは応援してもいいんじゃないか?)
まふゆもえむも笑顔になる可能性があるのなら、狙うのが先輩というもの。
そうと決まれば話は……早くなかったけれど、えむに主導してもらい、まふゆをニコニコさせる作戦を練った。
──そうして、とりあえず試してみる行動を一通り並べて、そろそろお開きしても良い時間になった頃。
えむが不意に、真面目な顔で口を開いた。
「ねぇ、マロちゃん。最後に関係のない話なんだけど、ちょっとだけ聞いてもいい?」
(どうしたの?)
もしかしたら、作戦よりもこっちが本題だったのだろうか。
そう思ってしまうぐらい真剣な様子で、えむは言う。
「もし、フェニックスワンダーランドが企業提携して、映画のキャラクターを使ったテーマパークにしちゃおうってお話が進んでるとしてね」
「にゃ」
「この後、いらないアトラクションを壊しちゃうかもしれない状況で、あたしはそれを反対する立場だって前提の話なんだけど」
「……にゃあ」
「話を反対する為に、皆と今以上のショーをするとしたら──マロちゃんはどう思う?」
……えーっと。
えむのお爺ちゃんもそうだけどさ、たまーに難しい話の相談をされるんだよね。
僕は猫だからわかんないんだけどなぁ、人間じゃないから相談しやすいのかね?
(糸的には、努力次第みたいだけど)
わからない上で、わかるところを見たところ……うん、えむの周りには悪い糸は無さそうだ。
フェニランに纏わり付く糸も、安易な方向に飛びつくのは長期的には凶。
困難な道は、乗り越えることさえできれば吉っぽい雰囲気を感じる。
「にゃん!」
「ぁ……そっかぁ、ありがとう、マロちゃん。あたし、頑張るね!」
「にゃっ!」
よくわかんないけど、笑ってくれたのならヨシ。
折れずに頑張ってくれることを願って、僕はお暇させてもらうぜ。
……………………
尻尾を振りながら走り去る三毛猫──マロを手を振って見送ったえむは、隠れてくれていた仲間達──司や類、寧々の3人の方へと振り返った。
「ごめんね、皆っ。待たせちゃったよね」
「オレ達も今来たところだからな、えむもあまり気にしなくてもいいぞ!」
自信満々に頷く司に、寧々が呆れた目を向けた。
「今来たって、マロにこの前のことを相談していたのを聞いちゃったでしょ」
「僕達も聞くつもりはなかったんだけど、タイミングが被ってしまってね」
すまないね、と類が頭を下げるのを見て、えむが気まずそうに笑みを浮かべる。
「あ……相談したこと、バレちゃってたんだ」
「まぁ、人よりも猫に相談した方が気楽なこともある、のか? いや、あるのかもしれないな」
「それもあるけど。マロちゃんに相談したのは、おじいちゃんがよくやってたからかな」
「えむのお爺さんが?」
司の言葉にえむは頷く。
そのまま寧々や類も黙っているのを確認して、ゆっくりと口を開いた。
「マロちゃんとおじいちゃんはずうっと昔から関係があるらしくて、お姉ちゃんやあたしも物心つく前からマロちゃんに遊んでもらってたんだよね」
「……ん、待て。物心つく前ってことは、だ。マロは10年以上、生きてるのか!?」
「え、それっておかしくない? 10年も超えてたら老猫のはずだけど」
「僕の目から見ても、マロくんの体はそこまで年老いているようには見えなかったけれど……ふむ」
司や寧々、類がそれぞれ声を上げるので、えむも首肯する。
「うん、皆の言う通りだと思うよ。だからこそ、おじいちゃんもあたしに『飼い猫にしちゃダメ』って言ったんだと思う」
「猫としておかしいと知っていたからこそ、か。えむ、マロは実際、どれぐらい生きてるんだ?」
「わかんない。おじいちゃんなら知ってたかもしれないけど、あたしも詳しいことはわからないんだ」
司の疑問に首を振ってから、えむは人差し指を口元に当てる。
「おじいちゃんからは『マロちゃんとは飼い猫じゃなくて友達として付き合う』ってことと『マロちゃんが嫌がる方には行っちゃダメ』って言われたのは覚えてるんだけど。他のことはお口をぐーってしてたよ」
「お口をぐーって……えっと、さっきの会話はえむのお爺さんの助言に従ってってこと?」
「それもあるけど、1番の理由はマロちゃんはダメな時は止めてくれるし、大丈夫そうなら見守ってくれるからかな」
「見守るって、え?」
信じられないような目で見てくる寧々に、大きく頷くえむ。
否定されないせいで寧々が大きく目を見開くが、気にせずにえむは思い出を振り返った。
「にゃー! うにゃーっ! って鳴く時は危ないからダメなんだけど。そうじゃなければピョーンってしてきゃーってなっても、誰かが助けてくれるから大丈夫なんだよ!」
「それは、運が良かったとかじゃなくて?」
信じられないような目を見る寧々に、えむは首を横に振る。
「マロちゃんが鳴いてない時は、すっごくドキドキワクワクする方に飛び込んでも、あたしはピンピンしてたから。きっと、マロちゃんはわかってたんだと思うなぁ」
えむがキラキラとした目で語る言葉に、司が冷や汗を流す。
「つまり、えむのとんでもない行動力の原因の1つにマロが関係してるってことか? 恐ろしい猫だな」
「えむくんとマロくんが組み合わさることで、途轍もない化学反応が生まれていたとは……フフ、とても興味深いね」
「……オレは今、類とマロを組ませてはならないという、猛烈な危機感に苛まれているがな!」
「どうしてそう思うんだい? マロくんがいれば、司くんがより安全に飛べるかもしれないじゃないか」
「それが演出に必要ならな!! 何でもかんでも、飛べばいいってもんじゃないだろう!?」
怪しい笑みを浮かべる類の企みを掻き消さんと言わんばかりに、司は大声で呼び掛けた。
「あぁもう、マロのことはもういい! お墨付きも貰ったようだし、オレ達はこのまま練習をするぞぉっ!」
わいわいとステージに行く司の背中を眺めて、えむは両手を強く握り締めた。
(マロちゃん。あたし、頑張るよ──皆とのステージも、朝比奈センパイを笑わせることも)
えむはゆっくりと、誰にも言っていない『おじいちゃんの言葉』を思い出す。
──いいかい、えむ。マロを、お友達を飼うのは良くないと言ったけれど、それ以外にも理由があるんだ。
──マロが誰かに飼われる時はきっと、マロの友達のお家がとても危ない状況の時なんだ。だから、えむがマロを飼うような状況になっていない今が、1番良い状態なんだよ。
(おじいちゃんの言葉が正しいのなら、朝比奈センパイが笑ってないのも、そういうことだもんね)
だから、自分にできることをやってみようと、えむはやる気を滾らせた。
そしてできれば……堂々と、友達と遊ぶのだ。
怖がって遠慮するつもりなんて、えむにはないのだから。
☆マロ知識
ご家庭が危ない時もそうだが、本人から目が離せない時もそばにいるらしい。
現在は(恩諸々込みでまふゆが1番で、次に奏かなぁ)とのこと。
……
・マロの年齢など
まぁ、あの猫は普通じゃないしな、と流せるようなタイプじゃなければ、そもそもマロとは付き合えるラインにも立てません。
悪意のある相手に構うほど、暇じゃないのでね。わからなくしちゃいましょうねー……ということです。
・???
??の三毛猫は幸運の縁起物と言われている。
特にこの地の三毛は御使い様である場合があり、決して行方を邪魔してはならない。
そうでなければ負の運気が溜まり、厄災に見舞われるだろう。
捕えるなかれ、妨げるなかれ。
──は、巡る為にある。