猫はシブヤにいます   作:大森依織

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手を出さずに見守るのも大変なのです。





43匹目 セカイと猫とチラ見せと

 

 

 

 

 

「あ、マロだ」

 

 

 まふゆに見つかり、問い詰められた翌日。

 セカイでゴロゴロと休んでいると、リンが隣にやって来た。

 

 

「ふぅん、今日も毛がゴワゴワだね」

 

「うにゃあ」

 

 

 リンはこちらに手を伸ばし、あまり触ってほしくないごわっごわな毛を撫でる。

 穴があったら入りたい。僕の毛は今、自慢の毛並みから程遠いのだ。

 

 

(見ての通り、まだ戻せなくてね。今日は居留守を使うから、まふゆにも伝えないでよね)

 

「……わたしは別にいいけど。自分で出ちゃったら知らないよ」

 

(その時はその時さ)

 

「ふぅん、考えなしだね」

 

 

 しれっと僕を言葉のナイフで突き刺したリンは、撫で終えた後も隣から動かずに前を向いている。

 

 

(どこかに行かないの?)

 

「どこに行っても一緒だよ、このセカイは」

 

(それもそうだ)

 

 

 とはいえ、ここにいなくてもミクのところにでもどこにでも行っていいはずで。

 何か僕に用があるはずなのに、リンはちらちらとこちらに視線を送っても、何かを言ってくることはなかった。

 

 顔を見ようとしたら、まるでこちらのことなんて見てませんよ~と言わんばかりに視線を逸らすリン。

 気になって休めそうにないので、僕は目を逸らしたままのリンに前足を乗せた。

 

 

(リン、暇だからちょっと話そうよ。僕は話題が特にないから、リンが話したいことがあれば聞きたいな)

 

「……そこまで言うなら」

 

 

 リンの顔がやっとこちらに向いた。

 少しだけ、リンという子の理解が進んだ気がする。

 

 猫なりの色眼鏡を心の中で動かしつつ、ただでさえ気持ちが出やすい顔を抑えて次の言葉を待った。

 

 

「昨日は何で、まふゆに正直に話さなかったの?」

 

(失礼だなぁ。僕はちゃんと『バカをやっちゃった』ってまふゆに正直に言ったよ)

 

「でも、その毛になるようなことをした理由は言ってない」

 

(バカをやっちゃったって言ってるでしょ)

 

「まふゆが欲しかった言葉は、言ってないよ」

 

(……弱ったなぁ)

 

 

 リンは自分の身が削られているかのように、顔を歪めている。

 きっと、昨日のまふゆも無表情の中にこんな顔を隠していたのだろう。

 そう思うと、上手くできない自分が嫌になった。

 

 

(『だから貴様は獣なのだ、畜生が』だっけ)

 

「え?」

 

(ある上の方に言われた言葉なんだ。あれから変わってないなぁーって)

 

 

 時間だけは過ぎていったはずなのに、未だに似たようなポカをしちゃってるのが僕だ。

 これじゃあ、だから獣なのだと呆れられても仕方がない。

 

 

「畜生とか言われてるのに、嫌じゃないの?」

 

(事実ってのもあるけど、あの方の場合は嫌な怒り方じゃなかったからね)

 

「怒られるのは嫌だと思うけど」

 

(はは。でもね、怒ってくるのはそれが自分の利になるか、相手のことを想ってくれてる時ぐらいだよ)

 

「ふぅん」

 

 

 リンは目を細めつつも、小さく頷いた。

 

 

「よくわからないけど、あまり変なことはしないでね。皆が心配するから」

 

(おや、リンは心配してくれないの?)

 

「調子に乗らないで。今日だって、皆がマロを気にしてたから一緒にいるだけだし」

 

 

 リンはプイッと顔を逸らしてしまった。

 

 これは良くなかったか。

 たぶん、こういうところも畜生だと呆れられていたのだろうなと、今日は思う。

 

 

「って危ない、話を逸らされるところだった」

 

(逸らしたつもりはないんだけどなぁ。僕が畜生って言われたのも、その辺のことのせいだし)

 

「誰かの為に動いた結果、畜生なんて呼ぶ人と付き合うなんてセンスないね」

 

(強い言葉が独り歩きしちゃったね。でも、できることとやらなくても良かったことの区別もできてないから、僕は畜生寄りなんだよ)

 

「やっぱり、話を逸らそうとしてない?」

 

(いやいやそんな。やらなくても良かったことを勝手にして、恩着せがましく言うつもりはないから黙ってるだけだよ……あっ、これは内緒ね)

 

 

 最後の言葉がお気に召さなかったようで、リンは唇を尖らせた。

 

 うぅむ、また反省しなくてはいけないことが増えてしまったらしい。

 僕の頭はちっぽけだから、反省ばかりが積み重なって困っちゃうね。

 

 

(僕に比べると、リンはすっごく偉いよね)

 

「急に褒められても誤魔化されないよ」

 

(誤魔化すつもりもないし、これは素直な気持ちだよ。僕はリン達みたいに見守れないから、あの方にも『後先を考えてない畜生』だとか『感情的にしか行動できない獣』って言われてたんだし)

 

「わかんないな。見守れないのって、そこまで言われるほどのことなの?」

 

(んー、そうだな。子供が遊んでいるゲームが行き詰まっているからって、横で見ていた親がゲームを取り上げて、代わりにプレイするような行動を僕がしてるって言えば、わかる?)

 

「……それは」

 

 

 開いた口は何も音にしないまま、閉ざされた。

 我ながら酷い例え話だけど、残念ながら僕の行動は事実でもあるわけで。

 

 ビビットストリートを立ち寄りにくくなった難病のことだって、今回のまふゆのことだって。

 誰が僕に助けてくれと頼んだ? 誰が僕にどうにかしてほしいと祈った?

 

 そう、誰もいない。

 

 誰も僕に祈ってもなければ、頼ってもいないではないか。

 僕が勝手に我慢できなくて、頼まれてもいないのに勝手に動いて、自爆した。それだけなのだ。

 

 

(だから、信じて見守れるリン達は偉いんだよ。僕は余計なことしかできてないもの)

 

「何ていうか……すごく、モヤモヤするね」

 

(うん、僕もムズムズしてやらかしちゃってるんだけど。しょうがないんだよね、そう()っちゃったんだから)

 

 

 成り上がり猫としては、未だに()れていない所が多方面でお叱りを受ける原因だろうと予測しているんだけれども。

 可愛いだけじゃダメなのが辛い。猫なら可愛ければ許されるのにね。

 

 

「難しいんだね」

 

(これも可愛過ぎて選ばれちゃった猫の務めだねぇ)

 

「……ふざけないとやってられないの?」

 

 

 僕の可愛さからくるジョークは不評と。

 強ち間違いじゃないだけに、ちょっと凹んでしまいそうだ。

 

 

(まぁ、そんなわけでまふゆにも言うつもりはないんだ。リンも内緒の方向でね)

 

「ふぅん、別にいいけど」

 

(あっさり引き下がるね?)

 

「放っておいても、マロなら勝手に尻尾を出すでしょ」

 

「うにゃあ」

 

 

 否定できないし、ウリウリと頭を触ってくる手からも逃げられない。

 言い返す言葉も出てこないので、悔しいけど完敗だった。

 

 

「わたしの勝ちだね」

 

(うぅ、認めるしかないね)

 

「じゃあ、今回の反省を活かして無理しないでね」

 

(あっ、うーん……頑張ろうって気持ちは、あるつもりなんだけども)

 

「……」

 

(うにゃあ!? やーめーてーっ、頭が揺れてる。猫の頭はシェイクしてもいいことないってばーっ)

 

 

 余計に悪化する自信しかないから、本当にやめてほしい。

 約束できないのが気に入らないのはよーくわかったので、頭を撫でる手で揺らすのはやめてくださーいっ。

 

 

(ひぃ、回復してないのに酷い目にあったよ)

 

「消えちゃうかもしれないんだから、それぐらいで済んでよかったね」

 

(消える以前に、僕の命が撫で消されるかと思ったけどね)

 

 

 リンから少し距離をとって、まだ揺れている視界と反対側に頭を振って対抗する。

 その間の毛もやはりゴワゴワなので、リンは僕を触っていた手をじっと見つめていた。

 

 

「で、その状態はいつまで続くの?」

 

(力が溜まるまではこのままかなー)

 

「ちゃんと回復する方法はあるんだね」

 

(最悪、消えても再臨する方法すらあるらしいからねぇ)

 

 

 ずっと待ってるお方も、今ではもう街に縁がありそうなモノは残っていないが、手段さえ選ばなければ再臨できるらしいのだ。

 それを僕がしちゃうと自殺と変わらないから、消えた後も祟られそうなのでしないんだけどね。

 

 そんな思考も漏れてたみたいで、うにゃうにゃした考えを読み取ったリンが首を傾げた。

 

 

「マロって意外としぶといの?」

 

(縁と想いの力があって、力も使わないようにしたら、長く存在(・・)はできるだろうね)

 

「生きてるとは言わないんだね」

 

(いやぁ、長く存在するのも結構大変なんだよねー)

 

 

 だから、お上の方々は生きながら死んでることを、選ばなかったのかもしれない。

 僕が勝手にそう思っただけで、直接話を聞いてないから知らないんだけどね。

 

 

「はぁ……話せば話すほど、欲しい言葉から遠ざかってる気がする」

 

(でも可愛ければオッケーだよね!)

 

「そんなわけないでしょ」

 

 

 人差し指で鼻を弾かれた。

 ダメらしい。半目で見てくるリンは誤魔化されてくれそうになかった。

 

 

「何してもマロの勝手なんだろうけど、皆を悲しませないでよね」

 

「にゃーぅ」

 

「約束が無理なら、せめて頑張ろうとはしてよ。ほら」

 

(うにゃあ……がんばります)

 

「うん、見てるから」

 

 

 余生を過ごす猫相手に恐ろしいことを仰る。

 僕も押し込められてしまっただけに、頑張らないと不味そうだ。

 

 上の空になっている僕の頭に、リンの手が伸びてきた。

 僕が動かないので好き放題撫でまわしてくるのだけど、撫でてくる本人はどこか不満そうだ。

 

 

「やっぱり柔らかくない」

 

(回復してないんだから、無茶言わないでほしいなぁ)

 

 

 僕だって自慢の毛並みを取り戻したいけれど、地道に想いの力を分けてもらうことになるので時間が必要だ。

 お上の方々なら徴収するんだろうけど、僕は猫なのでね。強い想いのおこぼれを貰うのが限界である。

 

 

「回復すれば戻るのなら、早く回復しに行こう」

 

(へ?)

 

「ミクも誘って歌ってあげる。それでちょっとは回復するでしょ」

 

(それはそうだけど、歌うのだって大変なことだよね。僕の自業自得なんだから、無理をしてほしくないよ)

 

 

 素直な気持ちを吐露したのに、返って来たのは深いため息だった。

 

 

「そういう気分になっただけで、マロの為じゃないから」

 

(えっ)

 

「それに、折角撫でてるのに手触りが悪いのは嫌なの。だから早く解消するべきだと思う」

 

(う、うむ)

 

 

 リンってどちらかというと絵名に似てるのかなって勝手に思ってたんだけど、まふゆみたいな圧をかけられて驚いた。

 不意打ちも同然の圧に、僕は従うしかない。

 

 

「納得したなら行こう。ミクならあっちにいるだろうし」

 

 

 正直、その圧をさっきのことに使えば、流されるままに頷いていた可能性があったのだけど。

 そうしたのかったのも、リンなりの優しさだったのかもしれない。

 

 

(……随分とまぁ、自分から縛りを増やすもんだね)

 

「何か言った?」

 

(いいや、鳴いてもないよー)

 

 

 もしかしたらって、期待してしまうな。

 

 

 皆みたいな綺麗な終わり方が、僕にもやっと──

 

 

 

 

 

 

 






☆マロ知識
自分で動いてしまうところは、先輩も後輩も似たもの同士なのかもしれない。


……


・ゲーム云々
第三者的な物事に当て嵌めて考えてみると、それに対しておかしくないかな? と気がつけますが。
主観的だと気がつけないのが盲点ですよね。

・そもそものお話
マロが色々と言ってますが、そもそも病気や人間関係のことをどうにかしてほしいと猫に願う人はいないと思います。
その辺も抜けてますから、お間抜けさんですねー。


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