猫はシブヤにいます   作:大森依織

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まぁ、シブヤで子牛を見ることなんてないんですけどね。





45匹目 猫と悲しい童謡

 

 

 

 

 

「にゃあ」

 

「あ、マロ。お迎え、ありがとう」

 

 

 ある、青空が綺麗な昼下がり。

 お休みの日でも朝から勉学に励んでいたまふゆを迎えに行くと、流れるように抱き上げられた。

 

 

「じゃあ、帰るよ」

 

「にゃー、うぅー、にゃー」

 

 

 まふゆは予備校から寄り道せずに早く帰ろうとしていたけれど、僕的にはあのネッチョリとした糸の部屋には戻りたくない。

 あの手この手で我儘を訴えると、まふゆも「まぁ、いいか」と折れてくれた。

 

 ……そうして、僕らは寄り道することになったものの。

 特に目的地も思いつかず、当てもなくふらふらと宮益坂を歩いていると、ふと、まふゆが口を開いた。

 

 

「そういえば──マロ、何かしたの?」

 

「にゃ?」

 

「この1週間、学校で殆ど頼み事がなかったんだけど。マロが何かしたのかなって」

 

(何か、と言われてもなぁ)

 

 

 今週は学校でまふゆの糸は触ってないから、心当たりがない。

 

 まふゆの自室は相変わらずべちょっとしてるから、最近の僕はまふゆの部屋の掃除係だ。

 何かしたのだとしたら先週だろうか。そういえば、まふゆに怒られたのは先週で……

 

 

(あっ)

 

 

 あんなことやこんなこと、思い出しちゃった。

 

 そりゃあ、毛並みもよろしくないことになるわけだと、今更ながらに納得したけれども。

 あの件は黙ると決めたので、頭の中から追い出しました。はい、僕は何も知りません。

 

 

「にゃー」

 

「知らないんだ。なら、いいかな」

 

(うむ、そういうことで)

 

 

 頼み事がなくなったのはいいことだと思うし、ラッキーで済ませたらいいのだ。

 

 部活の指導計画とか、絶対に部員がやることじゃないだろうからね。

 何でもかんでも自分1人で頑張るうちは、まだまだ子供。

 

 上手く人に回すのも大人なので、まふゆはまだまだお子ちゃまだ。

 お子ちゃまは不思議そうに首を傾げてるだけでヨシ。先輩である僕が許します。

 

 

「あ」

 

(ん? あっ、奏だ)

 

 

 小さく呟いたまふゆの視線を辿ると、上の空で歩く奏がこちらに来ていた。

 何か考え事をしているのか、前方にいる僕達に全く気がついていないようだ。

 

 どうするのかと上を見ると、まふゆは頷いた。

 

 

「心配だし、声をかける」

 

「にゃっ」

 

 

 奏はこちらに全く気が付かないぐらい上の空だし、放っておくのも心配だろう。

 まふゆはギリギリまで近付いてから、それでもこちらに意識が向かない奏に声をかけた。

 

 

「奏、ぼーっとしてたら危ないよ」

 

「! あれ、まふゆ。それに、マロも。こんにちは」

 

「……こんにちは」

 

「にゃあ」

 

 

 まさか声をかけるまで気が付かないとは、一体何を考えていたのやら。

 無表情でもわかるぐらい呆れを滲ませたまふゆは、当然のように車道側に回り、隣を歩き出した。

 

 

「その荷物、病院の帰り?」

 

「うん、少しお見舞いにね。まふゆは?」

 

「予備校帰りだけど、遠回りしてた」

 

「そっか」

 

「荷物、待とうか?」

 

「ありがとう、これぐらいなら大丈夫だよ」

 

「わかった」

 

 

 2人は前を向いている。

 何も言わない時間というのは人によっては『気まずい時間』らしいけれど、2人にとってはそうでは無いようで。

 

 何を考えているのかわからないまふゆと、何かを考え過ぎてまた上の空になり始めた奏。

 

 

(大丈夫かなぁ、奏)

 

 

 いざという時のために、僕も心構えはしておこう。

 その心配が杞憂になることなく、危険が前方向からやってきた。

 

 

「! ……奏っ」

 

「えっ? わっ」

 

 

 曲がり角付近で大きな足音に気がついたまふゆが、僕を手放して奏を胸元へと引っ張った。

 上の空の奏を見て覚悟は決めていたので、僕の方は慌てることなく地面に着地する。

 

 

(あっぶなぁ。で、走ってきたのは誰なの?)

 

 

 相手側も急ブレーキをしたのか、ぶつかることはなかったものの……怖かったのは変わりなく。

 人の多いところを駆け抜けてた奴を見ようと顔を上げると、見覚えのある金髪と大声が情報として飛び込んできた。

 

 

「おおっと! ──ふぅ。危なかった、出会い頭にぶつかるところだった。驚かせてしまい、申し訳ない!」

 

「……あ、はい。ぶつかってないので、大丈夫です」

 

「それは何より! っと、早くショーの準備に向かわなくては! それでは、失礼!!」

 

 

 普通に喋っていても大きなデシベルボイスと、芝居のような大仰な態度。

 間違いなく司だな、あれ。

 

 

「……ちょっと瑞希に言わなきゃいけないかな」

 

「え、何で瑞希?」

 

「こっちの話だよ」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

 猫被りでもなければ、僕に怒った時に見せる綺麗な笑みとも違う、真っ暗闇のような笑み。

 誰かへの配慮なんて何のその。あまりにも恐ろしい笑みに、奏も引き下がった。

 

 

(司、運がなかったね)

 

 

 どんな理由で急いでたのかは知らないけれど、触らぬ神に祟りなし。

 お上様も今のまふゆも、触っちゃいけないのを僕も奏も感じていた。

 

 

「奏、あまりぼーっとしないでね。危ないから」

 

「うん、気をつけるよ」

 

 

 司に向いていた圧を少し残したまま、まふゆが奏に釘を刺す。

 

 

「マロも、手放してごめん」

 

(ま、このぐらいは猫ならねー)

 

 

 幸いなことに、僕には申し訳なさの方が強かったようで、まふゆの怒りが飛び火することはなかった。

 猫には立ち直り反射(ネコひねり)があるから、どこを見ても無傷である。飛び火がなかっただけで儲け物だ。

 

 

「マロ、きて」

 

「にゃあ」

 

 

 諦観している奏を見なかったことにして、僕はまふゆの腕に戻った。

 

 

(えっと、頑張れー)

 

 

 奏はかわいそうだけど、僕にできることはあまりないので心の中で応援しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

「♪──」

 

 

 乃々木公園の前を歩いていると、奏が急に立ち止まった。

 

 遠くから聞こえてくる歌に反応しているようだ。

 しかし、そんな事情を知らないまふゆの目が、きゅっと細くなる。

 

 

(まふゆー、落ち着けー)

 

 

 司のこともあって、過敏になるのはわかるけれども。

 ここでムッとしてもしょうがないし、僕の肉球を頬に押し付けて落ち着いてもらおう。

 

 

「奏、どうしたの?」

 

「あっちの公園から歌が──って、まふゆの方がマロに変なことをされてるような」

 

「歌を聴いてたんだ。それと、私は落ち着かせてもらっただけだから、気にしないで」

 

「え、でも」

 

「気にしないで。それより、気になるなら公園の方に行く?」

 

「えっと、道で立ち止まるよりはそっちの方がいいかな」

 

 

 困惑する奏を押し切って、まふゆは人通りの多い道から公園の入り口まで移動した。

 

 まふゆの方は落ち着いたので、肉球を押し付けるのはやめた。

 まだ困惑している奏がいるけれど、致し方なし。原因である僕が行為をやめたので、歌の方に集中するだろう。

 

 

「それで、歌っていうのはあっちの?」

 

「そうみたい。3人ぐらいで歌ってるのかな、それぞれ違っていて面白そうだなって」

 

「そう」

 

 

 そう言って奏が視線を向ける先で、星乃さんやハムっ子、それとみのりも一緒になって歌っていた。

 

 星乃さんとハムっ子はパフォーマンスをしていたので納得だけど、みのりはどこから出てきたのだろうか。

 不思議だけど、何か縁があったのだろう。暖かい糸が3人を囲っていた。

 

 

「ただのユニゾンだけど、それぞれが調和してていい歌だね」

 

「そうなんだ」

 

「まふゆは、どう思った?」

 

「どうって言われても、わからない」

 

「……そっか」

 

 

 そう呟く奏の横顔を、まふゆがじっと見つめている。

 何故か微妙に猫を被った時の顔で奏を見て、まふゆは再び3人へ視線を戻した。

 

 

「でも。奏が良いっていうのなら、良いんだろうね」

 

「え?」

 

「奏と同じことは、思わないかもしれないけれど。たぶん……わかりたい、のかも」

 

「……ふふ。そっか」

 

 

 薄らと微笑む奏の隣で、まふゆの顔は全く変わっていないのだけど。

 僕には不思議と、まふゆが笑んでいるように見えた。

 

 

(うむ、今日は早く帰らなくてよかったな)

 

 

 きっかけは僕の我儘だったけど、偶然が今を呼び出したのなら、僕的には正解だったように思う。

 良い気持ちのまま1日を終える為にも、糸のケアはしっかりしておこう。

 

 

(ゆっくりでも良いから、歩けるようにするのも先輩の仕事さ)

 

 

 メインはまふゆ本人と奏達が頑張ってくれること。

 ()は添えるだけぐらいが丁度いいのだ。今日みたいな距離感だとなお良しである。

 

 

「まふゆ、そろそろ帰ろうか」

 

「最後まで聞かなくていいの?」

 

「うん。新曲のラフも準備したいし、今ならいい曲が作れる気がするんだ」

 

 

 微笑む奏に、まふゆは目を細める。

 

 

「曲が作れるのはいいんだけど、あまり考え事はしないでね。危ないから」

 

「うっ。そ、そうだね。気をつけるよ」

 

 

 星乃さんとやらの歌声が更に盛り上がっている中、また釘を刺される奏。

 折角、星乃さん達の歌に込められた想いに触発されたというのに、奏の顔色は少しばかり悪い。

 

 まふゆは間違ったことを言ってないんだけど……これはちょっと、かわいそうだ。

 僕は奏の方を見ながら、まふゆの腕をてしてしと叩いた。

 

 

「にゃあ」

 

「……そうだね」

 

 

 まふゆも僕と似たようなことを考えていたのかもしれない。

 両手で抱えていた僕を片手で持ち直して、空いた手を奏に差し出した。

 

 

「奏。手、出して」

 

「え?」

 

「え、じゃなくて手だよ。繋いだら、ぼーっとしていてもある程度はカバーできると思う」

 

 

 説明は終わりだと言わんばかりに、無言で奏の前で空いた手を揺らすまふゆ。

 それを暫しの間じっと見て、奏は苦笑を浮かべた。

 

 

「えっと、お願いします」

 

「うん」

 

 

 そうして、手を繋いで道を歩くまふゆと奏という

 外面だけ見ると微笑ましい2人。

 

 

(だけどなんだろなぁ。何かに見えるんだよなぁ)

 

 

 もう少しで思い出せそうなのだけど、具体的には小学校で悪戯っ子が兄貴から聞いた歌とか何とか。

 

 

(あ、あれだ。ドナドナ言ってるやつ)

 

 

 何かを連れて行く時の歌らしい、という前提条件があってもだ。

 はしゃぐ子供が歌っても、もの凄く悲しそうな歌っぽいのが隠せてなかったのを覚えている。

 

 

(今、この状況にピッタリなのかもなぁ、あの歌)

 

 

 ほら、僕もまふゆに連れられているし。

 奏なんてまた諦観してるような、何とも言えない顔をしている。

 

 この状況を見ていると、やはり記憶の奥底からあの悲しい歌が聞こえてくるような気がするのだ。

 

 

 

 






☆マロ知識
最近の後輩は理由をつけて外に出ている時間が増えて、かつ気持ちも言葉にしてるので、先輩面をしている猫が感激しているんだとか。


……

・寄り道
マロが寄り道をしたがるので、特にどこかに寄ることもなくフラフラと散歩をしているまふゆさん。
マロがいる時の寄り道は『残って自習していた』や『本屋で参考書を探していた』といった言い訳がするりと通じるので、最近はよく散歩しているようです。

・微妙に猫被り
主に一歌さん対策みたいです。

・わかりたいのかも
これには奏さんだけでなく、マロもにっこりです。



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