ふ、不意打ちはんたーいっ……!
僕は大きな公園の噴水の前まで歩き、水面に映る己の姿を眺めた。
水越しに見てもわかる艶やかな毛だ。水にも負けないぐらいの輝きに、僕は目を細める。
(──素晴らしい)
祝・僕の毛並み、完全復活……!
リンやミク、まふゆ達も歌ってくれたおかげで想定よりも早く毛並みが復活した。
これは感謝をしてもしきれない。お世話になった相手には暫くの間、お買い得にゃんこになってしまうぜ。
(むっ、早速お呼び出しが。急がないと)
水面の前で身だしなみを確認していると、ヒゲに反応があった。
この素っ気なさそうなのに力強い感覚はたぶん、リンだろう。
念のために人の目が少ないベンチの裏側まで移動して、僕は誰もいないセカイへと跳ぶ。
呼ばれた先を辿って来たのに、何故かセカイで待っていたのはリンではなく絵名と瑞希だった。
「にゃあ」
「あ、マロ。リンに呼んでもらったけど、来るの早かったね」
(そりゃあもう、急いだからね)
何故か目が合わない瑞希が気になるけれど、僕に用があるのは絵名と瑞希らしい。
気まずそうな瑞希を余所に、絵名が口を開く。
「マロ、午後から瑞希と一緒に学校に行ってくれない?」
「にゃぁ?」
絵名は何を言っているのだろうか?
服装的に絵名と瑞希は朝から遊んでいたらしいことはわかる。
しかし、そこからどうして瑞希と学校に行くのか、猫の頭では理解できなかった。
「ごめんね、マロ。絵名のことは無視していいから」
「はぁ? 何よそれ、こっちは瑞希のことを考えて言ってるのに!」
「考えてくれるのは有難いけど、マロは関係ないでしょ。まふゆって先約もあるだろうし、僕はちょっと気分じゃないってだけだもん。大丈夫だってば」
瑞希は笑っているけれども、ここまで頼りない『大丈夫』も珍しい。
猫と同じ感想を抱いたようで、話を聞いている絵名の目がみるみるうちに吊り上がった。
「ごちゃごちゃ煩いわね! 大丈夫に見えないから頼んでるんだし、そもそも聞いてみないとわかんないでしょ! ……というわけで、リン!」
「……何?」
オブジェに隠れて様子を窺っていたようで、リンが顔を出した。
「マロを呼び出してもらったんだけど、通訳もお願いできないかな。無理ならミクを呼んでくれると助かるかも」
「……いいよ、わたしがやってあげる」
「ありがとね。じゃあ、マロ。今日の午後の予定を聞かせてくれる?」
これ、と決めたら猪突猛進な絵名らしい。
瑞希の言葉なんて何のその、とんとん拍子で話を進めて、僕にも豪速球の会話のボールを投げる。
ビックリするぐらい早いボール回しだ。油断していたら会話に置いていかれるかもしれない。
(まふゆは予習するらしいから、特に用事はなかったはずだよ)
「マロ、暇だって」
端的なリンの発言に、絵名は笑みを浮かべた。
「良かった! 私も学校の近くまでは送るつもりだけど、流石に中に入るのは気まずいからさ」
そういえば、絵名は同じ神高生でも夜の方に来るタイプだった。
絵名が早め時間に来るのは人間が決めたルール的に、あまりよろしくないのかもしれない。
(そういうことなら任せてよ。しっかりバッチリ、瑞希を守るからね)
僕を呼ぶということは、たぶんそういうことだ。
物理的に守るのは難しくても、心を守るお手伝いをするのはエリートキャットの手なら可能である。
僕はそう見積もっていても、心配してくれる声は側にあった。
「つい最近までゴワゴワだったのに、大丈夫なの?」
(この前のはバカしただけだから。今回はいつも通りの対応で足りるだろうし、余裕だよ)
じっとこちらを見つめたリンは、小さく頷いた。
リンのゴーサインも出たので、ひと安心だ。
(ありがとね、リン)
「別に。瑞希のこと、よろしく」
(うむ、任せたまえ)
手をするリンに見送られて、僕は絵名と瑞希の元に駆け寄る。
気乗りしてなさそうな瑞希が気になったものの、僕達は揃ってセカイを後にした。
☆★☆
──私服から制服へ切り替えた服のように、気持ちも切り替えられたらどれだけ楽だろうか。
僕を抱えて憂鬱そうに歩く瑞希を見ていると、強く思う。
少しでも楽になってくれたら良いんだけど、視線はともかく、人の気持ちを傾けさせるとかは僕の力では難しいようで。
せめてもの気持ちに、慰めの気持ちも込めて頭を擦り付けた。
「はは。ありがとね、マロ」
(これぐらい、気にしないでよ)
学校の校門の前で足を止め、眉をハの字にする瑞希。
あまりにも元気のない広めの肩を、僕は軽く叩いた。
(瑞希、元気ないなぁ)
絵名と一緒に歩いていた時は弄って遊んでいたのに、いなくなったらこれだ。
やっぱり無理してたんじゃないか、と喋れたら言葉にしてしまう程、元気が行方不明である。
それなのに、優しいあの子は自分のことよりも僕をまじまじと見つめて、小首を傾げた。
「この前も弱ってたけど、本当に大丈夫?」
「にゃあ」
僕が糸をどうにかすることで、目に見える変化があるんじゃないかと身構える瑞希。
この程度でどうにかなるほど、僕は柔じゃない。
「……んー、見た感じは大丈夫そうだね?」
「にゃっ」
力強く鳴き返し、僕の状態を確認した瑞希は安堵の息を漏らす。
よしよしと僕を撫でた瑞希がスマホで時間を確認し、こちらに向き直った。
「マロも付いてきてくれてありがとう。でも、本当に大したことじゃないってことだけは、先に言っておくね」
(そう言う割に元気がない気がするけど)
「不思議そうな顔をしてるけど、人間には乗り気じゃない日とツイてないなーって思う日があるんだよ」
(それは猫にもあるよ)
何となくわかったぞ。
瑞希が元気がないように見えたのは、乗り気じゃないのに学校に行かなくちゃいけなくて、更にそこに不運が重なってしまったのか。
推定・可哀想なことが起きてしまった瑞希の話に、僕は耳を傾ける。
「朝から先生から大量の宿題があるから、取りにこーいって連絡があって落ち込むじゃん」
(朝からそれは嫌だよねぇ)
「気分転換に出かけようとしたら、お気に入りのリボンが切れるし、お気に入りのサンダルのベルトも切れちゃうし」
(転換したいのに切れるのは違うよねー)
「で、落ち込んでる最中に絵名にばったり会って、改めて気分転換だ! ってなったんだけど……やけに赤信号に引っかかって前に進めなかったり、買った飲み物に虫が飛び込んできたり、大変だったんだよ」
(更に不運が積み重なったと)
「その後も色々と重なって、気にしてくれる絵名に申し訳なくてぐるぐるーって考えて、今に至るわけなんだ」
(踏んだり蹴ったりだったと、ちょっと間が悪かったんだろうねぇ)
人間の気持ちって、良いも悪いも呼び寄せるてしまうのだ。
瑞希の周りに漂う糸も薄らと不穏な色が混ざっているので、ここは僕の猫パンチで払っておこう。
「そのパンチ、大丈夫なの?」
「にゃ!」
任せたまえ。綺麗さっぱり嫌な糸は撃退しておいたので、瑞希の不運は消え去った。
ついでにいつもの視線避けもサービスで弾いたので、不愉快なコソコソ話も旅に出たよ。
……宿題だけはどうしようもないけど、それ以外はどうにかなったはず。
この僕が引き受けたのだから、これで瑞希も午後の学校は運に悩まされることはないだろう。
不運を払ったのも少しは効果があったようで、瑞希も弱々しくも笑ってくれた。
「愚痴を聞いて貰ったら気が楽になったよ、ありがとね」
「にゃんっ」
「落ち込んでてもしょうがないし、頑張るかぁ」
ふぅ、と息を吐く瑞希に僕を下ろす気配はない。
そのまま平然とインターホンを押して名前と所属を伝えた後、瑞希は僕を抱えたまま学校に入ってしまった。
(……うむ、これは校内まで同行コースだね)
絵名とも約束していたし、おとなしくしておこう。
──と、判断したのを後悔しそうになるのは、この後すぐだった。
「……あれー? もう皆いないんだ。移動教室だけど、早くない?」
空っぽの教室を前に、瑞希は首を傾げた。
「これは先に宿題を回収した方が良かったかもなぁ。後回しするべきじゃなかったかー」
1つの席の前まで移動し、鞄を机の上に置いた瑞希は額に手を乗せる。
僕がいるから喋ってるのはわかるのだが、側から見たら大きな独り言を言ってる学生にしか見えなさそうだ。
特に、僕は見えない猫。益々瑞希の独り言疑惑が高まるだろう。
「──あ、瑞希じゃん。おそよー」
「やっほー、杏。ボク時空ではおはようだけど、一般的にはこんにちはだねー」
そんな中、静かな教室の扉を開けて現れたのは見慣れた青混じりの不思議な色の黒髪と、温かい色の目。
見覚えしかない声を出すその子を視界に収めた瞬間、僕の頭は真っ白になった。
「!?」
「へ? マロ!?」
考えるよりも先に驚く瑞希の手から飛び出して、教室の奥にある机まで逃げた。
白石杏。気まずくてあの日以来、再び街に行くことも避けていた少女が、すぐソコにいる。
頼んでもないのに勝手に動いて、またねって言われたのに今の今まで姿を見せれなくて。
特にそういうことを言ってなかったえむでアレだったのに、ちゃんと最後に「またね」って言った相手にどんな顔で会えば良いのか。
(不運を引き受けたってのは、言葉の綾みたいなものだったのに……)
考えなしに動いた大きな音を立ててしまったせいで、杏の視線がこちらに向いている。
そもそも、付いてきたのもほぼ考えなしだったし、僕は何をやってるんだろう。
「瑞希、マロって言った?」
「えっと。校舎に友達の猫がいたから、ここまで一緒にいたんだよね。その子が杏にビックリして逃げちゃったみたいでさ」
「そうなんだ……」
足音が近付いてくる。
それと同時に、瑞希とはまた違う糸が僕の目の前に現れた。
(……杏も見える側なのか。じゃあ、なんで今まで)
そう思いそうになって、頭を振った。
全面的に僕が悪いのに、他人のせいにしてはならない。
見えてしまうというのであれば、逃げるのは後輩を持つ猫としてはダメだ。しっかりしろ、僕。
「……にゃあ」
「やっぱり」
恐る恐る前に進み、僕は足音のする方へ姿を現した。
こちらを見た杏は大きく目を見開き、口を開閉される。
少し潤んだ目からは、何かしら強い感情が見え隠れしてる。
声に出そうとしては、する前に閉じることを繰り返している中、絞り出したような声が杏の口から出た。
「私の知ってるマロで、あってる?」
「にゃあ」
「そっか……そっかぁ」
噛み締めるように呟いた杏は、屈んで僕の頭を優しく撫でた。
「久しぶり、マロ」
「……にゃ」
その声が酷く震えていて、返す僕も頼りない声しか出てこなかった。
☆マロ知識
あくまで糸をパンチで追い払えるだけで、不運を引き受けるような力はマロにはない。焦ったいと思った誰かの悪戯である。
……
・不意打ち
最後に見えるようになるのは杏さんだと決めてましたので、こんな感じに。
今のマロは高確率で街に行かないので、学校で会ってもらいました。