えぇ……そんなに怖がらなくても……
次の授業までの時間がないことと、まだ気持ちの整理ができていないこと。
杏から「ちゃんと話がしたい」と申し出があったこともあり、僕は放課後まで神高の中庭で待機することになった。
念のためにセカイに行ってミク達にまふゆへの伝言を頼み、実行できる範囲の準備は完了。
後は僕が覚悟を決めて、瑞希と杏が来るのを待つだけである。
「マロー、いるー?」
ベンチの下に身を潜めていると、瑞希の声が聞こえてきた。
控えめな声が聞こえる方に近い所から顔を出す。1発で当たったようで、目を丸くする瑞希と杏が目に入った。
「ビックリしたぁ。今、にょきって出てきたよね?」
「うん、にょきって出てた。ほんと、珍妙で安心したというか……マロは相変わらずだねー」
首を出しただけなのに、何が面白いのか瑞希と杏が笑っている。
こっちは面白いことなんてしてないのに、何に面白さを見出しているのやら。人間ってそういうところ、あるよね。
僕がのそのそとベンチの下から出てくると、杏の言葉が気になったらしい瑞希が尋ねた。
「相変わらずねぇ。その子、ボクの友達が保護してる猫なんだけどさ。杏とマロってどれぐらい前からの仲なの?」
「お父さんが言うには、私の物心がつく前からいるみたい。小さいころにマロの尻尾を涎まみれにしてたー、とか言われたし」
(あったねぇ、そんなこと)
杏が生まれる前に凪に捕まってからというものの、あの街とは付き合いがあるので年数でいえばかなり長い。
猫の寿命が
昔の僕なら、10年ぐらいは顔を出さないようにしててもおかしくない期間、あの街で過ごしていたのである。
「だから、正直さ……マロがいなくなった理由って寿命のせいなんじゃないかって、思っちゃう時もあったんだ」
そう言う杏の顔は少し影があった。
居ついた年数も相まって、杏には色々と考えさせてしまったようだ。
(人間の間では『猫は死期を悟ったらいなくなる』とか言われてるみたいだもんねぇ)
そういう話もあるのなら、心配するのも当然だろう。
お恥ずかしながら、実際のところは僕がポカして自滅寸前だっただけなんだけれども。
(僕はこの通り、後輩に出会ってから杏にも見えるぐらいには回復できたからさ。元気にやれてるよ~)
ほれ、この自慢の毛並みを見てごらん。
最近はちょっと荒れた日もあったけれど、あの頃と変わらぬ艶やかさだろう?
あれなら、迷惑料として触ってもいいんだよ。
可愛い僕をまた撫でられるなんて、名誉なことだろうし。
撫でやすいようにベンチの背凭れの上に登って胸を張る。
すると何故か、杏はその手で僕を撫でることなく、鼻先をピンッと指で弾いた。
「で、再会したらこのドヤ顔だよ。こんなに元気なら、ちょっとぐらい顔を見せても良かったのに」
「あはは……これでもマロ、つい最近まで人前に出れないぐらい弱ってたらしいんだ。できればあまり、責めないであげてほしいなーって」
「へぇ、それで皆の前に出てこなかったり、珍しく誰かに保護されてたりしてたんだ。じゃあ、これでお相子ね」
苦笑しながらも瑞希がかばってくれたおかげで、杏からはまた鼻を弾かれるだけで許された。
今日は瑞希の為に学校に来たはずなのに、立場が逆転してしまっているような。
(いや、瑞希がいる所で会えたのが奇跡みたいなものか)
教室で見た糸の様子だと、すぐにでも繋がりそうな雰囲気があった。
杏を数年放置した事実と、ごめん寝以外の弁明も何もできない猫という立ち位置を考えると、逆に瑞希がいてくれた今で助かったと考えるべきだろう。
(ありがとう、瑞希)
感謝の意を込めて瑞希を見ると、可愛いウィンクが返って来た。
うむ、想いは伝わったようだ。流石は瑞希、読み取り力ではニーゴ1位である。
杏も怒ってるようには見えないので、そろそろ撫でやすい位置から移動しよう。
背凭れからぴょんと降りて、ベンチの上で体を丸くする。
それをじっと見ていた杏が瞬きをした。
「やっぱり、マロって老猫じゃないよね」
「物心つく前からいたって話なら、普通はよぼよぼにゃんこなんだろうけど。マロは普通じゃないからねー」
「だよね、瑞希も同じ意見だとは思ってなかったけど」
「ボクらも思うってことは、他にも思ってる人がいそうだよね……マロ、今までよく無事だったね?」
撫でてくる手に誤魔化されそうになるけど、瑞希が明らかに失礼なことを考えているのがわかる。
(むむ、無事だったとか失礼だなぁ)
間抜けだと言いたいのはよーくわかっちゃったけど、僕だって色々と考えてるつもりだ。
その辺のことを理解している杏が頰を掻きつつも、言い返せない僕の代弁をした。
「その辺はしっかりしてるみたいだよ? 危ない状況も人も、異常なぐらい避けられてるし」
「へ? 避けてる、じゃなくて?」
「何かしよう、手を出そうって考えそうになっただけでも、マロに全く会えなくなるの。それでも何かしようとした人は──」
「した人は?」
「気がついたら、マロのことを忘れてるんだって」
「……こっっっわ」
(そんな本気の声で言わなくても)
僕はいつも通り嫌な糸を避けて、弾いてるだけだから怖い猫じゃないよ。
だから、杏も怖い話をするみたいに言わないでほしい。
(そもそも、杏はそういう怖い話は得意じゃないでしょうに)
そんな風に話したらカワイイ悪戯っ子が動いちゃうから……あっ。
期待通りに、瑞希がニンマリと笑ってるのが見えてしまった。これは御愁傷様である。
「へぇ。そこまでいってるなら、怪談とかになってそうだなぁ」
「実物は全く怖くないから、ならないんじゃない? なるなら都市伝説とかだと思うけど」
「あー、ありそー。インターネットの裏側でちょっとだけ猫の話が出て『でも、猫だしなぁ』で忘れられるんだ」
「……何でそんなに具体的なの?」
「ボク、そういうのに詳しいんだ。ここでちょっとヒヤッとする都市伝説や怪談をここで1つや2つ……」
「い、いらないから!」
ほーら、言わんこっちゃない。
予想通り、杏は真っ青な顔のまま、手を交差させて拒絶している。
ここで引き下がる理由が瑞希にはないので、このまま追撃が来る……かと思いきや。
「あっ、やば!? 宿題忘れてた!」
校舎の上にある大きな時計を視界に入れた瑞希は、小さな悲鳴をあげた。
「話の途中で申し訳ないんだけど、今すぐに職員室に行かなくちゃいけない用事を思い出しちゃった! ちょっと走ってくるねーっ」
「謝らなくていいけど、廊下は走らない方が……って、行っちゃった」
僕と杏が唖然とする中、瑞希はぴゅーんっと飛んでいくように走り去った。
残されたのは眉を下げながらもこちらを見てくる杏と、何と鳴けば良いのかわからない僕だけだった。
「……ねぇマロ」
「にゃ?」
「おやつとか何も持ってないんだけどさ、よければちょっと話さない?」
僕との付き合いが長かったからだろう。
手ぶらなのを申し訳なさそうに告げる杏に、僕は黙ってベンチの上で丸くなる。
そりゃあ、
今の僕には優先順位があるけれど、少しぐらい話すのは問題ない。
「ありがと。沢山、話したいことがあるから……ちょっと、待ってね」
杏は僕の隣に腰を下ろし、深く息を吐き出した。
「正直、怖かったんだ。凪さんも海外に行っちゃうし、マロも急にいなくなって、何かしちゃったのかなって考えてた」
(実際はいらんことをしただけなんだよね。ごめん)
覚悟を決めてた人を、頼んでもないのに引き留めた結果、杏も傷付けた僕は大バカ猫である。
「私、マロがいなくなった後も歌ったよ。最近になって相棒もできたし、同じ夢に向かって走る4人で集まって、チームも組んだ」
(うん)
「……私、1人じゃなくなったんだよ」
(そっか)
僕が見えてない時にちょくちょく行ってたけど、その間の杏は1人だったし、チームを組んだのは最近かもしれない。
何はともあれ、街の皆も杏が1人だってのは気にしてたから、仲間ができたのは良かった。
「私達ならあの日、マロと一緒に見た夜を超えられる。ううん、超えてみせるから、応援しててよ」
「にゃ?」
「昔は歌のことで悩んでた時、色んな人の元へよく連れてってもらってたけどさ。もう案内はいらないよ」
杏はニッと笑みを浮かべてから、僕の頭を撫でた。
「マロがいなくても夢に向かって駆け抜けるから、今度はちゃんと見守っててよね」
「……にゃっ」
──その想い、承ったよ。
その瞬間はいつ来るかわからないけれど、まふゆにも何とか伝えて、現地に駆けつける。
今度こそは願われた通り、僕も杏やそのチームがあの日の夜を超えるまで、見守ることを約束しよう。
「……本当にわかってる?」
「にゃ!?」
こっちは本気で応じたつもりなのに、杏は訝しげに目を細めている。
これがやらかしてしまった弊害か。
僕がやらかしたのが悪いんだけど、信頼度が底辺レベルなのが悲しい。
「あー、ごめん。マロにも来れなかった理由があったのに、意地悪言い過ぎたね」
(本当に申し訳ない……)
杏は瑞希から聞いた話を思い出し、慰めるように撫でてくれるけれど。
元はといえば僕がバカだったので、頭を下げることしかできなかった。
「今度また、街に来てよ。私の自慢の相棒やチームを紹介したいからさ」
「にゃー、にゃあ」
それはもちろん、杏が自慢する相棒の子も気になるし、チームの子達もどんな相手なのか気になるから見定めるつもりだ。
……街に行くかは約束できないけど、チームや相棒は気になるからね。
街の人や何より杏自身が選んだのだから問題ないとは思うけれども、人間はダブルチェックを大切にしているとも言うし。
別に猫が確認したって構わんだろう。
変な人を選んでたら糸を叩いて、ちょっとチームから縁が遠くなる程度のことしかできないもの。
「私もそろそろ練習があるし、帰る準備しなくちゃね。マロはどうするの?」
「にゃー」
「付いてこないってこと? なら、ここで解散だね。今度はちゃんと、私達の歌を聴いてってよね」
「にゃーん」
手を振って校舎に戻っていく杏に、僕も尻尾を振り返した。
(ふぅ。やらかして逃げ回ってた件も、やっと向き合えたかなぁ)
あまりにも偶然に助けられたけれど、杏とも向き合えたのでヨシ!
何とか綺麗に収まったことだし、今日は良い1日だった。
僕はいい気分のまま、山盛りの宿題でぐったりとした瑞希が出てくるまで、ベンチの上で待っていたのだった。
☆マロ知識
本猫が嫌な人とは最初から糸を繋がないようにしたり。
ややこしいなー、面倒になったなーと思う相手とは糸を切ったりしてるせい──というのが怖い話の真実である。
……
・顔合わせ
これで全員、完了しました。(漏れはないはず)
マロもそろそろ目撃チャンスが出てくるかもしれませんね。
・来月
9月までは大幅な増量更新となりますが。
来月からひょえーってなりますので、増量はあまり望めないかもしれません。
・私情(どうしても言いたい感想)
今回のイベントがあまりにも深刻なバチャシン不足。
手札が無さ過ぎて酷過ぎる編成しかできず、涙が止まりません。
範囲が、範囲が狭いですよ、公式様……!