猫はシブヤにいます   作:大森依織

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えっと、どなたですか……?






48匹目 あなたは猫

 

 

 

 

 いつものようにセカイに来たら、知らない茶髪のお姉さんがセカイに佇んでいた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 このセカイの中では1番高そうな身長と、無表情気味な顔のせいか、少し威圧感がある。

 服装はミクやリンに似ているように見えるけれど、2人のような少女らしさはない。

 

 大人で、1歩引いてるようで、ただこちらを見ているだけ。

 短い茶髪は少しだけ絵名に近いけど、それ以外の共通点はあまりないように思う。

 

 僕はぐるりと周囲を回り、怪しげな女性を眺める。

 適切な距離を保ちつつ観察した結果、僕が導き出した答えはこれだ。

 

 

(──いや、どちら様?)

 

 

 うん、誰でしょうね?

 奏がスランプになったことで、まふゆが『作り続けるって言ったのに』と不満そうだったこと以外、僕は何も聞いてないぞ。

 

 あまりにも心当たりが無さ過ぎて、僕の方ではお手上げだ。

 相手がミク達と同じ存在なら意思疎通もできる、よね?

 念の為にもう1度、チャレンジしてみよう。

 

 

(僕はこのセカイにお邪魔させてもらっているマロって呼ばれてる猫だよ。あなたは誰なのか、教えてもらってもいいかな?)

 

「……」

 

 

 反応がない。どこか別のところを向いたままだ。

 

 もしかすると、僕の見立てが間違っていたのかもしれない。

 彼女もミク達と同じバーチャルシンガーだと判断したけれど、根拠は僕にしか見えない糸のみ。違う可能性だってある。

 

 

(聞こえてないのならしょうがないか。誰か探さないと……おーい、ミクー! リンー! ヘールプ、ヘルプ僕ー!)

 

「…………聞こえてるわよ」

 

(おや、本当に? じゃあ、お名前は?)

 

「……メイコ」

 

(メイコね、よろしく)

 

「……あなたとも仲良くするつもりはないわ」

 

 

 これはまた、難しそうな相手が出てきてしまった。

 あまりにも線引きがきっちりかっちりしていて、困っちゃうレベルだ。

 

 ミクもリンも僕に親身だったから新鮮である。

 普通、こういう反応だよね。警戒する方が正しいので、メイコは何も間違っていない。

 

 

(了解。僕とよろしくしなくても、まふゆ達のことは見守ってほしいな)

 

「手を貸すつもりはないわよ」

 

(ん、メイコなりの方法で大丈夫だよ。僕も僕なりに見守ってるからね!)

 

 

 猫の手でも何とか力になれる時もあるのだから、大人なメイコならば1歩引いていても大きな力となってくれるだろう。

 彼女にも不穏な糸はないし、後はゆっくりと相互理解を進めていけばいい。

 

 そう判断してその場を立ち去ろうとすると、強い視線を感じた。

 振り返ると、じっとこちらを見ているメイコと目が合う。

 

 

(……えっと、他に何かあるの?)

 

 

 尋ねてみても、メイコは固く口を閉ざしたままだ。

 

 何となく右に行く。遅れて視線がついてくる。

 今度は左へ寄る。少し間を置いて視線が追いつく。

 

 

(メイコ?)

 

「……」

 

 

 返事はないが、こちらを見る目も変わらない。

 

 これはもしや『僕、また何かやらかしちゃいました?』と聞かなくてはいけない案件だろうか。

 まふゆ曰く、度々やらかしてるらしいので、何が『やからし』なのか全くわからない。

 

 

(うぅむ)

 

 

 唸っても大きな反応はゼロ。しかし、視線は変わらずこちらを向いている。

 何かしたみたいなのに、初対面の相手の機微なんて全くわからない僕は頭を抱えるしかない。

 

 

(ねぇ、メイコ)

 

「……私のことは気にしなくてもいいわ」

 

(そんなに見られてたら無理だよ。何かあるならはっきりと言ってくれないかな)

 

 

 こちらの思いをはっきりと告げると、メイコは小さく溜め息を漏らした。

 

 

「ただ、不安定だと思っただけよ」

 

(へ?)

 

 

 自分から尋ねておいて申し訳ないが、僕の頭は理解を拒んでいた。

 が、メイコが変わらずに僕を見てくるものだから、その言葉が僕に向けられたものであると認めるしかない。

 

 

「……そう。あなたはずっと、そうしてきたのね」

 

 

 こちら側に歩いてきたメイコが、僕の頭に手を伸ばした。

 あまりにも自然に近付いてきたので、僕は距離を取ることすらできずに撫でられる。

 

 

「……あなたは『猫』よ。私が保証するわ」

 

 

 カチリ、と。

 メイコにそう告げられた瞬間、僕の中で何かが嵌まった気がする。

 

 

「それと。あなたがあなたのままでいたいのなら、力の使い方には気を付けることね」

 

 

 メイコは撫でていた手をひらりと振って、その場を立ち去った。

 こちらが知らない間に助けられたのに、それを誇らずに立ち去る背中を見つめる。

 

 

(……カッコいいな、あれ)

 

 

 僕は可愛さには自信があるけれど、さっきのメイコのようなカッコよさには憧れてしまうな。

 

 

(今度からメイコさんと呼ばせてもらうべきか?)

 

 

 そう頭の中で考えたけれど、嫌そうな彼女の姿が思い浮かんだのでやめておいた。

 このタイミングで頭に浮かんだということは、これは警告だ。賢い僕は学んだので、恩を仇で返すようなことはしない。

 

 

(それにしても、まさか『おまじない』を貫通してるとは……)

 

 

 メイコの言う通り、むやみに力を使い過ぎたせいで『おまじない』が効かないぐらいに境界が曖昧になってしまったのだろう。

 僕は猫なのである。忘れないようにしなくてはならない。

 

 

(僕は猫、僕は可愛い猫、僕はキュートな猫……ヨシ!)

 

 

 しっかりと『おまじない』を掛けたので完全無欠の可愛い猫である僕、改めて復活だ。

 

 

(復活したのはいいんだけど……眠気、どこに行っちゃったんだろ)

 

 

 昼寝をするためにセカイに来たはずなのに、色々あって眠気も旅立ってしまった。

 目がぱっちりしていて眠気さんは暫く旅から戻ってきそうにない。さて、どうしたものか。

 

 

「あ、いた! 絵名ー、マロがいたよーっ」

 

 

 丸まって眠気さんのお迎えを待とうとした僕の耳に届いたのは、睡魔ではなく瑞希の大きな声だった。

 

 声の方に視線を向けると、大きく手を振る瑞希とそれに呆れたような視線を向ける絵名が目に入る。

 一体何の用だろうか。駆け寄ってくる2人を見る僕に、絵名は肩を竦めた。

 

 

「マロも瑞希に見つかるなんて、運がないよね」

 

「えー、そんなことないって。マロは運がいいと思うよ~?」

 

「ゆっくりしてたところに割り込まれて、運がいいわけないでしょ」

 

 

 運が良いやら悪いやら、傍から聞いていると不安になるやり取りをする2人。

 僕を探していたようだけど、いったい何が始まるのか。前振りが大袈裟なだけだと思いたかった。

 

 

「ねぇねぇ、マロも一緒に旅行に行きたいよね?」

 

(旅行?)

 

 

 猫を旅行に連れていくなんて大変だと思うのは、僕だけなのだろうか。

 

 僕の記憶違いでなければ、公的な交通機関で動物が乗るのは嫌がられるはず。

 イエっ子達なら車に乗って移動するらしいが、瑞希達には難しい話のだろう。

 

 

「猫は電車に乗れないでしょ。頑張っても無理だってば」

 

「マロなら人に見えないし、ワンチャンあるかもしれないじゃん!」

 

「猫ちゃんだからないって。そもそも、他に見える人がいた時が怖いし」

 

「ご(もっと)もだけど、(ワン)ちゃんって言ったんじゃないんだよね……」

 

 

 半目で切り捨てる絵名に、瑞希はぎゅっと目を閉じて抗議する。

 

 

「でもさ、せっかくのミステリーツアーだよ? マロも一緒に行った方がまふゆも喜ぶでしょ」

 

「かもしれないけど、そもそもの目的を言ってみなさいよ」

 

「折角のチャンスを活かして、皆で楽しくエンジョイ☆ミステリーツアー!」

 

「ばか、奏のスランプ脱却でしょ」

 

 

 僕を旅行に連れて行きたいのか、漫才を見せたいのかどっちなんだろう。

 

 話を聞く限り、奏のスランプ脱却の為に『ミステリーツアー』という旅行に行って、気分転換兼遊ぼうってことなんだろうけど。

 瑞希達は僕を連れて行きたいのか、漫才をしたいのか、イマイチわからない。

 

 目の前で戯れあっていてもわからないから、そろそろ僕の方を見てほしいなぁ。

 

 

「……マロ、何してるの?」

 

 

 そんな声と共に僕を抱き上げたのは頼れる我が後輩、まふゆだ。

 今、じゃれ合っている2人をどうにかしてくれそうな第三者であり、置いてきぼりの僕をどうにかしてくれる唯一の希望だった。

 

 

「それで、2人は何してるの?」

 

 

 まふゆは僕の希望通り、早速本題に入る。

 

 

「それが、マロもミステリーツアーに連れて行きたいのに、絵名に反対されてるんだよ」

 

「反対とは言ってないでしょ。私は電車に乗れないから無理って言ってるの」

 

「それを反対って言うんだよ。頑張ったら乗れるかもしれないのにさー」

 

 

 唇を尖らせて抗議する瑞希に、あくまで半目で見るだけの絵名。

 2人の様子を確認したまふゆは根本的な指摘をした。

 

 

「そもそも、マロに聞いたの?」

 

「あっ……ごめん、忘れてた」

 

 

 (ようや)く思い至ってくれたようで、瑞希は苦笑を浮かべたまま目を逸らした。

 そんな瑞希を「ふぅん」のひと言で片づけて、まふゆの視線がこちらに向けられる。

 

 

「それで、マロはツアーに行くの?」

 

「にゃー、にゃっ」

 

 

 無理ならいいし、行けるなら付いて行きたいのが本音だ。

 首振りと声音で気持ちを伝える努力をする僕に、黙っていた絵名が口を開く。

 

 

「別にマロも来たいのなら反対するつもりはないけど、電車はどうするの? まさか、まふゆも乗せたいって言わないでしょうね?」

 

「言わない。セカイがあるし」

 

 

 まふゆが首を振る姿を見て、瑞希は「あっ」と呟いた。

 

 

「そっか! 現地に着いてから、マロをセカイ経由で連れて行けるんだった!」

 

「あー、そういえばマロってそんなことできるんだっけ」

 

 

 絵名は宙に向けていた視線を瑞希へと向ける。

 

 

「ってことは、最初から電車に乗せようとしなくても良かったんじゃ……」

 

「……てへっ」

 

「てへっ、じゃないわよ! あの時間を返しなさいよ、もう!」

 

「きゃー、えななんが怒った〜」

 

 

 今度は追いかけっこらしい。瑞希も絵名も元気である。

 

 蚊帳の外状態のまふゆは2人から距離を取り、周囲を見渡した。

 

 

「……メイコに呼ばれて来たんだけど、何だったんだろう?」

 

「にゃあ?」

 

「わからないけど、いないならいいのかな」

 

 

 良いタイミングでまふゆが来たなと思ったけれど、メイコが呼び出していたのか。

 

 

 案外、僕を助けてくれる為にまふゆを呼んでくれたのかもしれない。

 

 

(……いや、ないか。態々、僕を助けてくれる為に動くとは思えないし)

 

 

 僕の勘違いだろうけど、念のためにお礼は言っておこう。

 そんなことを考えている間に、僕はしれっとまふゆにお持ち帰りされるのであった。

 

 

 






☆マロ知識
本猫が猫だと自己主張している理由は、そうしないと反対側に引っ張られてしまうから。
そちら側に行くのはまだ望んでいないからこそ、否定されるのは困るのだ。


……


・ニーゴメイコさん
どうやらマロのことをある程度わかっているようで……?

(ワン)ちゃん・猫ちゃん
猫は犬ちゃん(ワンチャン)ではないけれど。
メイコさんがまふゆさんにさり気なくヘルプを出したので、今回はチャンスを掴んだようです。



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