猫には見えています。
今日はミステリーツアーに行く日だ。
今頃、まふゆ達は電車で移動していることだろう。
いくら透明猫さんだとはいえ、堂々と電車に乗るのは躊躇われる。
そういう理由もあって、今の僕は事前の打ち合わせ通りにセカイで待機中だった。
(今回の小旅行は奏のスランプ脱却が目的、だっけ)
移動中はかなり暇だし、打ち上げの時のように今日は別行動で~とスルーする選択肢もあったけれど。
新しいことをする為に少し遠くに行くというのであれば、僕にとってもチャンスである。
(ふふふ、外には沢山の糸があるからねー。良い糸を結べたら一石で二鳥や三鳥、四鳥だって夢じゃない!)
今こそ、最近下落気味の先輩の株をドドンと上げる時……!
周りに誰もいないので、思う存分企んでいると、前の方に光が現れた。
「お待たせ、マロ。行くよ」
どうやらもう、まふゆ達は現地に到着したらしい。
迎えに来てくれたまふゆに返事をする間もなく持ち上げられ、そのまま現実世界へ直行。
何もないセカイから連れ出された僕を待っていたのは、視界の悪過ぎるトンネルだった。
「マロも連れて来たし、早く入ろう」
「えっ、入るって本気なの!?」
早速、真っ暗なトンネルに突き進もうとするまふゆを引き止めたのは、絵名の素っ頓狂な声だ。
まふゆは呆れた目をしながら振り返り、淡々と尋ねる。
「奏が曲を作れるのなら、入らなくていいけど……作れそう?」
「うっ……ほ、ホラーみたいな曲なら……」
「ほ、ほら! 奏も曲を作れるって!」
奏の返答にパッと表情を明るくする絵名だが、そんなか細い返答ではまふゆの勢いは止まらない。
「ふぅん。その曲で、誰かを救えるの?」
「ぅぅ……」
「奏、入ろう」
「ぅっ……うん……」
片手で僕を抱いてるとは思えないぐらい強く、奏を捕まえたまふゆは当然のようにトンネルに入っていった。
(ミステリーツアーって『行先とか目的地をお任せする旅行』って聞いてたんだけど……絵名と奏を見る感じ、肝試し旅行にしか見えないなぁ)
トンネルには変な糸が全くないので、僕の目には照明の付け所が悪いだけの真っ暗な穴にしか見えない。
しかし、それは猫としての目と別の存在としての眼で見ている僕だからわかることだ。
奏や絵名にはそれがわかるはずもないし、周りも見えないから恐ろしさも増しているはず。
(最初からこんなに怖がっていて、スランプ脱却とかできるのかなぁ)
猫にとってはただの穴でも、人間にとっては怖い道だ。
最悪のことも考えると、この暗いトンネル並みに旅行の先行きが心配になってくる。
(うぅむ。頼れそうなのはまふゆだけだね)
奏と絵名は恐怖でそれどころではなさそうだし、瑞希なんて『何もないから~』と怖い話をして、絵名を怯えさせようとしているし。
ひたすら奏の曲作りの為に動いているまふゆが頼みの綱だ。主目的を達成する為に、是非ともブレないでほしいものである。
(……おっと、そろそろ終点かな?)
まふゆの腕の中で考え事をしていると、出口が見えてきた。
反対側からこちらに向かって走ってくる狸か空き缶にぶつかり、甲高い音を響かせる。
見えてる僕からすると可愛いハプニングだが、怖がりさんにとっては恐ろしい出来事だ。
その音にビックリした奏は、黙ったまま弾丸の如く出口に向かって走ってしまう。
更に追加で絵名が「きゃーっ」と悲鳴を上げるものだから、まふゆも瑞希も注意が逸れて奏に気がついていない。
「にゃあっ」
「マロも狸に驚いたの?」
「にゃー!」
「違う? ……そういえば、奏がいないね」
「にゃっ」
「出口の方に走って行ったんだ?」
「にゃん」
前足と首、鳴き声を駆使して何とか奏の行方を伝えることができた。
絵名は瑞希を掴んでるので、奏のように走り去ってしまうことはなさそうだ。奏を迎えに行くことを優先すればいい。
(って、僕が判断してもね。まふゆはどうするのかな?)
顔を上げると、まふゆと目が合った。
暗いから僕の方を見ていただけだとは思うけれど、安心しろと言わんばかりにこちらの頭をひと撫でしてから、動転する絵名の方へと目を向ける。
「絵名、狸」
「はぁ、誰が狸よ!? 茶色いからって喧嘩売ってるの?」
「売ってない。絵名が怖がってるのは狸が缶を蹴った音だよ」
「……へ? 狸ってそういうこと?」
「そう言ったよ」
どう考えても言葉足らずだったけれど、絵名の恐怖がどこかに消し飛んだようなので結果オーライか。
絵名が落ち着いたことで周りを見る余裕ができた瑞希は、1人いないことに気が付いて素っ頓狂な声を出した。
「あれ。奏、周りにいないよね? おーい、奏ー? いたら返事してーっ」
「音の問題が解決したと思ったのに、今度は奏がいないの!? やっぱりこのトンネル、呪われてるんじゃ……!?」
奏がいないことに気が付いてしまったせいで、絵名の恐怖心がまた帰ってきてしまったようだ。
まふゆは僕の肉球を触りつつ、絵名を宥めた。
「絵名、落ち着いて」
「いや、奏がいないのに落ち着いてなんて──」
「奏は出口の方に行ったらしいよ。だから、落ち着いて?」
「ひぇっ……う、うん」
暗い中だというのに、まふゆは声だけで絵名をおとなしくした。
「えぇっと。こんなに暗いのに、奏が出口に走って行ったのが見えたの?」
まふゆの圧の影響が隣にも及んでいたようで、尋ねる瑞希の声も少し震えている。
「マロが教えてくれたから、間違いないと思う」
「そういえば、猫って夜目が利くんだっけ。じゃあ、ボクらよりも見えてるか」
「奏も出口にいるならさっさと行こうよ。こんなところ、早く出た方がいいって!」
瑞希が慎重に行動しようとしているのに対し、出口に行けると決まった絵名の判断は早かった。
これは何を言っても聞かなさそうだ。瑞希も僕と同じ意見らしく、苦笑していた。
「じゃあ、皆で出口に行こっか。絵名は慌てて怪我しないようにね」
「何で私だけ名指しなのよ」
「長くなるなら私、先に行くから」
まふゆは2人を置いて、さっさと出口に向かって歩いた。
前方から微かに聞こえてくる「痛い」という声も気にすることなく突き進み、出口付近で蹲っている奏を見つけてしゃがみ込んだ。
「奏、足ひねったの?」
「まふゆ……うん、そうなんだ。心配かけてごめん」
「マロが見てたから気にしなくていいよ。それより、痛みは?」
「歩けないほどじゃないよ」
まふゆは僕を下ろして奏の足を確認する。
「……腫れてないから、軽いのかな。背負って駅まで戻る?」
「大丈夫だよ。それに、誰かを救えるような曲を作れるようにならないといけないからね」
「そうだね……」
納得するような言葉を口に出しているのに、まふゆの視線は奏ではなく下を向いている。
そのまま僕のことをじっと見てから、小さなため息をついた。
「私も奏には曲を作ってほしい。でも、無理をしてほしいとは思ってないみたい」
「え?」
「だから、どうしても足が痛い時は早めに言って。私が背負ってでもツアーを回るから」
「はは……ありがとう。それは大変だと思うから、気持ちだけ受け取っておこうかな」
そんな会話をしている間に、まふゆが置いてきぼりにした瑞希と絵名が追い付いてきた。
「おーい、まふゆー」
「1人で先に進まないでよね、もう!」
「でも、奏は見つけたよ」
まふゆは僕を再び抱き上げつつ、奏を指さした。
「えっと、逸れちゃってごめん」
「こんな怖いところ、逃げちゃうのもしょうがないって。そんなことよりも、奏が無事でよかったよ」
申し訳なさそうな奏に、目の前まで駆け寄った絵名は砂糖菓子みたいな対応だ。
絵名が奏に甘いのはいつものことなので、瑞希は特に気にすることなく話を進めた。
「うんうん。奏も歩けそうなら、次に行こっか〜」
「え、まだ次があるの!?」
「そりゃあ、奏のスランプ脱却旅行だしねー。奏が曲を作れるのなら、まふゆも許してくれるかもだけどー」
自然と集まる視線に、奏は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん。まだ、難しそうで」
(そもそも、トンネルで誰かを救う曲が作れるかって話だよねぇ)
まふゆが残念そうな顔をしているけれど、この結果は当然だろう。
「もう、じゃあ早く次に行くわよ! 次!」
「はは、りょーかい。案内するね」
絵名の悲鳴に近い訴えに、瑞希は了承する。
やっと、この暗いだけのトンネルから僕らはおさらばできたのであった。
☆★☆
次に瑞希が案内してきたのが古い神社だった。
トンネルと違って見通しもそこまで悪くないということもあり、僕はまふゆの腕の中から解放されて、好き勝手に探索する。
(神社、か)
古めかしさがどこか懐かしさを感じるけれど、それは同じ神社だからであって、僕がこの場所を知ってるからってわけじゃない。
(糸はもう、焼き切れちゃってるか)
瑞希が「姉妹が〜」などと遠くで語っているけれど、この神社には糸が殆ど残っていない。
こんな状態では、呪うどころか縁切りすら難しいだろう。
(また縁があればこの世にも呼ばれるかもしれませんが、今はゆっくりとお休みください)
焼き切れた糸に一礼したのに、糸は諦めきれないと言わんばかりに僕の足に絡みついてくる。
(今も昔も、僕に求められてるのは『猫であれ』ってことなんだよね。だから、ソレには答えられないよ……ごめんね)
しつこくて悪い子をペイッとはたき落としても、糸は諦められないのか這い寄ってくる。
こんな畜生と呼ばれる猫にも助けを求めるなんて、世知辛い世の中だ。
(はぁ……僕は神社に残れないけど、覚えたよ。覚えたからもう、ゆっくり休んでいいんだよ)
そこまで言ってやっと、糸は溶けて消えていった。
(これでまた、覚えるものが増えちゃったわけだ)
──今までずっと、見送る側だったから……そろそろ疲れてきたな。
「マロー、どこー?」
「そろそろ出発するから戻ってきなさいよー」
遠くから、瑞希と絵名の声が聞こえる。
僕は古い神社を背に、4人の元へと走った。
☆マロ知識
マロはずっと、見送ってきた側である。
1匹になってもずっと、見送り続けているのだ。
……
・実は
本猫が思い出さないようにしてることはぼかしていて、自覚していない気持ちは透明な文字表示にしています。
探してみると、出てくる話もあるかもしれませんね。
・お化けキャンセル
マロがいてお化けのくだりは起きないだろうなと。
絵名さんの1枚絵のくだりや神社の話が気になる方は、是非ともイベスト『シークレット・ディスタンス』をどうぞ。
・まふゆさん
猫は情操教育に良いのかもしれません。
・見送りにゃんこ
マロは1匹になってからもずっと頑張ってます。
……そりゃあそう思うよね、ということです。