偶には、本音を言ってもいいと思うんです。
え、いつも本音だろうって?
……うにゃあ。
ふぅっ、ふっふっふっ。
後輩なのに、先輩の僕を振り回すとはまふゆも偉くなったもんだ。
この僕が暇を盗んで訪ねているのに、忙しいって理由で断るとはなんという無礼。
我、猫ぞ? 人類を虜にしてしまう愛らしい猫ぞ?
前に、絵を描く人と
僕は楽しくないねぇ! そういうのは事前に連絡してもらわないと困るよ、連絡手段なんてないけども。
……あれ、これって僕が悪いの?
いや、猫たる僕が悪いことなんてないね。僕の方が小さくて可愛いから無罪!
この僕を
(いいもーんだ。そっちがそうするなら、僕も音楽に関係するところに行くもーん)
僕は孤高の猫様なんだから、寂しくないやい。
曲ばかりで構ってくれない後輩のことなんて気にせずに自由を謳歌してやるぞ。ふーんだ!
(たぶん、まふゆのとは曲の種類ってヤツが違うんだろうけど、まぁ同じ音楽でしょ。久しぶりにこの僕が街の見回りに行ってやろーっと)
シブヤで歌が溢れている場所といえば、最近だと1つしか思い浮かばない。
ライブハウスとか他にもあるんだろうけど、猫が入っても絶対に許してくれると思うところという条件がつくと、僕が行ける限られてくるのだ。
とはいえ、そんな時間も今は昔。
こんな状態になってしまってからは、懐かしい思い出なんだけどね……
☆★☆
──ちょっと昔を振り返っている間に、周囲の風景が少しずつ変わってきた。
壁に描かれた
服が並んでいる店や薄い板っぽい箱の並んだ店ばかりなので、ここ数年は全く立ち寄っていなかったのだけど……ビビットストリートと呼ばれるこの場所は、いつも賑やかで良い気分になる。
(良いモノは良いんだよね。僕としたことが、ちょっと感傷的になり過ぎていたのかもなぁ)
感傷的になりつつも声を頼りにふらりふらりと道を歩いていると、何かを囲むように集まっている人だかりが見えた。
どうやら今日も、外でバチバチと歌い合っている子達がいるらしい。
(ちょいと失礼ー)
僕は足のジャングルを抜けて、最前列の1番いい場所に座る。
どんな子達が火花を散らしているのか確認して、僕は首を傾げた。
(うーん、なるほど?)
数年留守にしたせいか、対面している4人の顔が全くわからないね!
2人組対2人組ってことはわかるけれども、ニューフェイス過ぎてどっちがどうなのか見当もつかないのが困りものだ。
せめて、どっちが何かぐらいの情報が欲しいんだけど、誰か説明してくれないだろうか。
「あの新顔、まさかBAD DOGSに喧嘩を売るとはな」
(にゃんと、知っているのかおっちゃん!)
僕が困っているタイミングでなんとビックリ、中年の男が顎ヒゲを擦りながら情報を漏らしてくれた。
彼は知っている。ビビッドストリートに通っていた頃の僕のファンだ。
よく自分で作ったという干し芋をくれたので、記憶に残っている。
「あっちの身長差がある方が新顔で、明るいメッシュ髪と2色髪の若いのがBAD DOGSだぞ……って、俺は誰に喋ってんだ?」
「にゃんっ」
首を傾げてるところ悪いけど、前みたいに喋ってくれてサンキューだよ、おっちゃん!
「はっ、BAD DOGSが何だ。俺達の方がすげぇっての!」
「おうよ、みせてやろうぜ
懐かしい顔と解説に少し嬉しくなっていると、BAD DOGSとやらと新顔さん達の対決が始まった。
先攻は新顔さん。顔は似てないけど
僕にとってはどっちも新顔なんだけど、周囲の反応的にはBAD DOGSが上、と。
最後に聞いたライブに比べると物足りない新顔さんに比べて、前評判のいい少年達はどこまでやるのか。
ちょっと楽しみにしている僕の視界に映ったのは、呆れた様子で黄色いメッシュの入ったオレンジの髪を搔く少年だった。
「ったく、めんどくさいことになったな」
「そういう割に、
「ちげぇよ、オレ達が舐められてんのが嫌ってだけだ……行くぞ、
「あぁ、今度は俺達の番だ」
濃紺と
2色の髪が特徴的な少年が返事をした後に、BAD DOGS側が歌い始める。
「「♪──!」」
(おぉーっ)
新顔さん達よりも歌い込んでるのがはっきりとわかる、力強い歌声。
流石にこの街を離れる前に聴いたあのライブと比べるとアレだけれども、僕のキュートボイス並みに見込みがある。
(確か『今日みたいなライブを、いつか私もやるんだ!』だったかな)
ふと、思い出すのはキラキラした目で語る女の子のこと。
そのいつかは……僕が離れている間にも1歩ずつ近づいていたのかもしれない。
「──くそ、覚えてろよっ!」
少しぼんやりとしてしまっていたみたいで、いつの間にか新顔さんが捨て台詞と共に走り去っていた。
人の円はBAD DOGSを囲むように移動しており、僕が円の外に移動しても誰もそれを気にも留めない。
「……にゃぁ」
いい曲が聴けたお礼にひと鳴きしてから、僕は再び移動を再開する。
誰も振り返りもしないので、後ろ髪を引かれるなんてもことないのはちょっと傷付いちゃう。
まぁ、僕にあるのは髪じゃなくてサラッサラで自慢の毛なんですけどねー。
(道や店の場所は記憶通りだね)
あっちもそっちも、それからこっちも、入れ替わっちゃった店舗は少しはあっても大きくは変わっていない。
僕の記憶力を試してくるとは、この街もやりおる。
だがしかし、僕は素晴らしいお猫様。
目的地が家でなくても、1匹だけで行きたい場所に迷うことなく行けるのだ。
目的地に辿り着くと、タイミングよく店の扉を開けるお客さんの姿が。
あの店の扉を開けるのは難しいので、僕も便乗して店内に入り込んだ。
「にゃーん」
お邪魔するよー。
と鳴いても、僕に対する反応はない。
僕はひょいとカウンターの上に乗って、いつもの場所まで移動する。
ここならいつも『いてもいい』と言われていたので、場所を借りても怒られないだろう。
くるりと丸まって店内を見渡すと、僕と一緒に入ってきた男が頭を下げながら大声で謝る。
「杏ちゃん、すまーん! 遅れちまった!」
「いらっしゃーい、ギリギリ間に合ってるから大丈夫! ほらほら、頭下げてないで歌おうよ」
「……よっしゃ。なら、謝罪も込めて思いっ切り歌うぞー!」
「そう来なくっちゃ」
ちょっと残念臭が漂う男が駆け寄った先には、黒い長髪の少女が立っていた。
彼女の名前は
(僕の記憶が正しければ、杏はまだギリギリ中学生の年だよね)
縄張りの一部であるこの街も昔はよく見回っていたし、杏のことは本当に小さい時から見てきたのだ。
青が混ざった不思議な色合いの黒髪は猫パンチをするのにちょうどよくて、よく「猫じゃらしじゃないよー」って橙色の目を細めて笑っていた幼い頃も知ってる僕が言うのだから、間違いない。
(後数ヶ月でまふゆと同じ高校生になるのかぁ……お祝いとか、できたら良かったんだけどねぇ)
自分で選んだことだからしょうがないけど、気持ちの折り合いは結構難しい。
だって猫だもの。気ままな生き物だから、しょうがないさ。
「──♪」
(上手くなったなぁ、杏)
最後に、僕に向かって歌ってくれたのは数年前。
いつも「
──私、凪さんが帰ってくるのを待ってるよ! その間にいーっぱい練習して、あのライブを超えるぐらいの歌を歌えるようになってさ。凪さんにも成長した私の歌を披露するんだ!
伝説と呼ばれるようになったライブが終わった日の夜、何も知らずに無邪気に『待つ』なんて言っていた少女は、あの頃と同じ熱量で歌っている。
(……変わってないし、自分の行動に後悔もしてないんだよ。それは嘘じゃない)
きっと僕は、懲りずに何回でも同じような行動をするのだろうけれども──思った以上に、気が付いてもらえないのは寂しいよ。
…………………………
──にゃーん、と。
懐かしい鳴き声が聞こえた気がして、杏は扉の方を振り返った。
しかし、開いた扉には待ち望んでいた姿はなく、杏の父親である白石
周りを見渡してもそれらしい三毛猫はいなくて、杏は小走りで謙の元へと駆け寄った。
「お父さん、おかえり! 扉を開けた時に、猫はいなかった?」
「ただいま……って、猫? この店に入ってくる猫なんてマロぐらいだろ。あんな綺麗な三毛猫、俺でも見逃さないぞ」
「……そう、だよね。空耳だったのかな」
あの日の夜、謙や大好きな人達が魅せたライブ──RAD WEEKEND。
ライブの感想を話して、いつも通りに別れたその日から……杏が小さい頃からいつも歌を聴かせていた美しい三毛猫は、街から姿を消した。
街の人にも人気者だったその猫は、まるで最初からいなかったかのように姿を消してしまって。
街の人が「もしかして」と口にする最悪な想像にも耳を塞いで、杏は歌いながら三毛猫や大好きな人の帰りを待っていた。
「はぁ。さっき、猫の声が聞こえたと思ったんだけどなぁ……凪さんも黙って海外に行ったっきりだし、マロも勝手にどこかに行っちゃうし。人間も猫も白状だよねー」
「それぞれ、理由があったんだろう」
「理由があったとしても、一言ぐらい言って欲しいじゃん」
「凪はともかく、猫に理由を述べよって言うつもりか? にゃーんって鳴いても伝わらないだろう?」
「そんなのわかってますー。寂しいねって話なんだから、そこは乗ってくれてもいいじゃん!」
杏が唇を尖らせると、謙は豪快に笑う。
「はっはっはっ。ま、気持ちはわかるぞ。俺も会えるなら、マロにお礼を伝えたかったんだがな」
「マロに? どうして?」
「どうしてって、いつも杏が世話になってるだろう?」
「いや、猫に世話されてないから! もう……私、歌の練習に戻るね!」
杏はぷりぷりと怒りながら、離れていた集まりの方へと戻っていく。
その後ろ姿を見送った謙は、誰にも聞こえない声で本音を漏らした。
「……奇跡が起きた日に、あいつが『マロが枕元にいた』って言ったんだ。お礼も言いたくなるさ」
そろそろ尻尾が2つに増えてもおかしくないぐらい長い間、専属のアイドルのように愛されて、この街を見守ってきた野良の三毛猫。
もうどうしようもないと諦めていたその時、鳴き声と共に奇跡を運んできてくれて──その猫は何も知らない少女を残して、そのまま何処かへ消えてしまった。
街の一部の人が言うように本当に消えてしまったのか、ひょっこり帰ってくるのか。
それは
☆マロ知識
マロは変だけれども猫なので感情的に動くことが多く、その度にやらかしたことを可愛いからと言い訳したり、振り返っては後悔している。
苦しいのも痛いのも嫌だし避けようとは思ってるんだけど、やっぱり感情的な根っこは変えられないので、ついつい気まぐれに動いてしまうのだ。
……
間に挟むのは1話だけとは言ってないぞ!
引っかかったな、猫の悪戯に!
……と申しております。
(※本作品は部分的に該当するタグがありますが、一部タグを入れてません)