送り迎えは得意な方です。
(最後の最後にこれかぁ)
ミステリーツアー、最後の場所として瑞希に案内されたのは廃校舎だった。
パッと見ただけでは趣があるだけなので、老朽化等も考慮して中に入らなければ『雰囲気あるな~』で終わるのだろう。
しかし、僕は猫界のスーパーエリート。
見えなくてもいいものもハッキリと見えているから、この廃校舎の危うさも全部わかる。
(ここまで『そういう糸』が絡まっているのも珍しいな)
瑞希達が話している声を背景に学校の糸を観察していると、不意に視界が動き始めた。
(あの、まふゆさん?)
トンネルでは頼りになる姿を見せてくれたまふゆが突然、単独行動をし始めてしまった。
神社の時とは違って今回は抱かれたままなので、僕も付いて行くことになるおまけ付き。
(昇降口も窓も閉まってるから校舎に入ることはないんだろうけど、あまり遠くにいっちゃ駄目だよ)
それに、さっきから糸が揺らめいていて、どうにも落ち着かない。
不思議と悪い感じはしないんだけど、何が起きても不思議じゃない空気を感じる。
「まふゆーっ」
(ほら、瑞希も呼んでるよ)
「あ、戻らないと」
(そうそう、早く戻らないと来ちゃ……あー、来ちゃったか)
糸の先から、どう頑張って解釈してもあちら側のお子さんがこんにちは~ってしてしまっている。
相性が良過ぎるせいか、目を合わせた瞬間にお相手さんとまふゆの糸が繋がってしまうし、僕は後手に回るしかない。
(うぅむ。危ないタイプじゃないみたいだし、様子見かなぁ)
手を出してきたら一撃必殺できるように準備をするためにも、一旦様子見だ。
背負っているランドセルがビクッと動いたものの、お相手さんはまふゆをどこかに案内する為に姿を消す。
足音や姿を駆使してこちらを誘導するお相手さんを追いかけると、1本の木の下に辿り着いた。
どうやらここが目的地らしく、お相手さんは黙って木の下を指差している。
(あぁ、これのせいで離れられなくなってるのか)
その指先の方向に目を向けると、1足の靴が木に吊るされていた。
随分と長い間、靴紐が枝に結ばれて放置されていたらしい。ボロボロな靴が、お相手さんをこの場に留めている年月を物語っていた。
「……この靴を取ればいいの?」
「……!」
「そう、マロ」
「にゃーお」
まふゆは靴を取るために。
そして、お相手さんが万が一、変な行動をした場合に備えるためにも、僕はまふゆから少し離れるべきだろう。
お相手さんが僕を見てぶるぶる震えているけれど、気にせずに腕の中から飛び降りた。
お相手さんのお願い通り、まふゆが背伸びして枝から靴を取っている間に僕は声をかける。
(一応言っておくけど。変なことしたら──わかってるよね?)
「……!!」コクコク
太めの釘をしっかりと刺せたので、お相手さんも必死に首を縦に振ってくれた。
やんちゃなのも多い中、話がわかるお相手さんで助かるね。
「取れたよ……何してるの?」
「にゃーん」
ちょっとお話ししてただけなので、お構いなく。
お相手さんも何事もなかったように手を伸ばしたので、まふゆは訝しげに目を細めつつも靴を手渡した。
「あ……とう」
「どういたしまして」
「……こっ……て」
お相手さんは受け取った靴を嬉しそうに抱き締めて、再びどこかへ駆け出した。
今度は何かを見せたいようだ。繋がっている糸も悪いものじゃないので、まだ様子見時間だ。
「マロ」
「にゃあ」
行くかどうかはまふゆに任せるよ。
そういう意味も込めてまふゆの腕の中に戻ると、意図を汲み取ったらしいまふゆは小さく頷いた。
「追いかけるよ」
「にゃ」
そこで皆にメッセージを残したら満点なんだろうけど、まふゆの頭にはお相子さんを追いかけることしかないようだ。
(今まで友達とまともに遊んでこなかった弊害かな? ……いや、伸びしろだね。そういうことにしておこう)
ごめんね、3人とも。
細かいことを伝えるなんて行動、猫には無理なんだ。
きっとまふゆを探し回っているであろう3人に心の中で謝罪している間に、追いかけていたお相手さんの気配がスッと消えた。
この曲がり角の先が終点のようだ。まふゆは不思議な出来事の最中にいるというのに、躊躇うことなく角の先へと向かう。
「これは……桜?」
導かれた先で待っていたのは、視界を埋めてしまうぐらい立派な桜の木が咲き誇っている光景だった。
これがお相手さんの報酬だなんて、良い感性をしている。拍手を送っちゃうね。
「──まふゆ!」
僕らが桜を眺めている間に、瑞希達もこちらに向かって走って来ていた。
時間を忘れるほど桜を眺めていたわけでもないのにまふゆを見つけてしまうとは、素晴らしい探索能力だ。
目の前の桜も含めて、僕に手があれば拍手を送りたい気分である。
「……いたんだ」
「いたんだって、もう! こっちは散々探したんだから、勝手にどこかにいかないでよね!」
「ごめん」
「へ? あ、うん。まぁ、わかればいいんだけど」
今にも沸騰しそうな勢いで怒っていた絵名が、まふゆのひと言で沈下した。
そんなタイミングを見計らっていたかのように、奏はまふゆの隣に並ぶ。
「まふゆ、桜を見てたの?」
「うん。なんとなくだけど、目が離せなくて」
(だろうねぇ)
この桜、どうやら普通じゃないようで、キラキラと輝く糸が揺らめいているし。
お相手さんの性質なのだろうか。どうにも、感情が引き出しやすくなっているらしい。
「どうしてこんなに、綺麗なんだろうね──花の、最後なのに」
「本当に。こんなに綺麗に終われるなんて……ずるい」
(ずるい、か。はぁ……何で思い出しちゃうのかなぁ)
──いい子で待ってるんだよ。
そう言って消えてしまったあの方の背中が、息を吞むぐらい綺麗だったことなんて、どうして思い出してしまうのか。
(まったく。僕にも影響が及ぶなんて、恐ろしいお花だよ)
奏とまふゆの呟きと桜のせいか、僕もつられて感傷的になってしまった。
(でも、わかるなぁ。どうせ終わるなら、この桜や皆みたいに──綺麗に終わりたいって気持ちも)
僕はいつも見ていた側だから、いざという時にできるのかはわからないけれど。
苦しかったりする最後よりも、綺麗に終わりたいって気持ちは猫でも理解できた。
「桜かぁ。もしもボク達が同じクラスになったら、どんな感じだろうね?」
しんみりとした空気が流れる中、瑞希の疑問が空気の流れを変えた。
内省の世界から外に引き戻された3人のうち、真っ先に反応したのは絵名だ。
「同じクラスって、皆で体育の授業を受けたりするってこと? イメージできなさ過ぎて、想像できないかも」
「体育って、疲れるよね。あんまりやりたくないな……」
早速悪いイメージに浸食されてウンザリした顔をする奏に、瑞希は明るく声をかける。
「それなら、ボクがスタミナの付け方を教えるよ。運動は得意だし!」
「疲れるのはやっぱり嫌だから、気持ちだけ受け取るよ」
「やっぱり? ま、楽しく運動をしたくなったら、いつでも聞いてね。あ、勉強はまふゆによろしく~」
急に会話のボールを投げ渡されたまふゆは、そっけなく投げ返す。
「……答えは教えないよ」
「それで充分だって。すっごい助かる!」
「いや、答えだけじゃ勉強にならないでしょ」
絵名がツッコんでるけれど、その相手は瑞希だ。
瑞希なら答えと使う式を教えただけで、後は「あ、わかったかも〜」って勝手に理解する気がするのは、僕だけだろうか。
1歩引いた視点で瑞希達の会話を楽しんでいると、ふと、こちらをじっと見つめているまふゆと目が合った。
「マロ」
(んー、なぁにー?)
「皆と同じクラスでも、マロと会えると思う?」
それは……なんとも、難しい質問だ。
とはいえ、僕のポカはそう簡単に治らないだろうし、まふゆの見える条件も変わらないのだとしたら、きっと──
「にゃっ!」
てし、と腕に前足を乗せて、僕は強く鳴いた。
今回はこの自信満々な声でよかったらしく、まふゆの雰囲気が緩む。
「……ありがとう」
(どういたしまして)
君が僕を見つけてくれるのなら。
きっと、どんな時でもまふゆと会えるよ。きっとね。
☆★☆
電車に乗れない僕は、無事にスランプから抜け出せた奏や3人を見送ってから、廃校舎にまた戻ってきた。
まふゆはセカイに帰そうとしてくれたけど、丁重に断ったのでここから先は自由時間。
約束もあるので、ちゃちゃっと桜の木の下に行こう。
(よっと、お待たせ。放置してごめんね?)
「……!」
まふゆから靴を受け取って、姿を消していたお相手さんか首を横に振る。
靴も戻ってきた彼女がいなくなるのも時間の問題だけど、自然に任せると時間がかかって可哀想なことになってしまう。
そういうわけで、良いものを見せてもらったお礼にお節介をしにきたわけだ。
(それじゃあ、そろそろ先に行こうか)
「あ……は、いか……?」
(ん? あぁ、僕はついていかないよ。君は1人で行くんだ)
「ど……て、しば……て……の?」
(僕は一緒にはいけないけど、安心していいよ。悪い方に堕ちないよう、きっちり送り届けるからさ)
目の前で実演すれば、お相手さんも安心したのか頷いてくれた。
糸の色も良好だ。これで僕もしっかりとお見送りできそうである。
(いい子だね──よし、そろそろおやすみの時間だよ)
「!」
(あぁ。よく頑張ったね、今までお疲れさま)
するり、するり。
大事に抱えていた古い靴ごと溶けた女の子は、にっこりと笑ったまま消えていった。
(……いってらっしゃい。もう迷子にならないでねー)
普段から縄張りでしてることなので、慣れた行為なのだけど。
桜の木の下のせいか、少し考えてしまう。
(……綺麗だったなぁ、あの時も)
昔。
僕が生まれた時は綺麗だった土地も寂れて、4回目の大きな飢餓によって餓鬼が彷徨う地獄みたいな場所と化してしまった時のこと。
少しでも足しになればと身を燃やした方々の中に、僕が今も待ってるお方が──僕を今の僕にしてしまった方がいた。
あの行為に意味があったのか、なかったのか。力のない僕にはわからなかったけれど。
この桜の木に負けないぐらい儚くて、蛍みたいな綺麗な光が溶けて消えた景色は覚えている。
(思えば、随分と遠くまで来ちゃったな)
そこからはあの方のいた形跡を全て消しちゃうかのように、ポカポカと知らない建物や鉄の道が生えてきた。
空いた隙間には『セカイ』なんて場所ができてるし……今の世にあの方々が必要な場面は、もうないのかもしれない。
(ねぇ、皆……僕さ、頑張ったんだよ。ずっと、待ってたんだ)
ひらひらと、桜の花びらが散っている。
散っていくこの桜には、次があるのだろうか。
(昔の僕は決めれなかったけど、今なら決められそうなんだ……このまま戻ってこないのなら、僕が迎えに行く方が早いかもしれないよ、皆)
僕らのような存在に次は、あるのだろうか……
☆マロ知識
マロの縄張りのパトロールは、今回のような『迷子』を送ってあげる大事なお仕事らしい。
……
・お見送り
普段はシブヤをメインに担当してるみたいです。
4回目の大きな飢餓の後からずっと、誰とも縄張りが被ってないようで……?
・気がついたら
もう50話ですね。
進行速度はゆっくりですが、宜しければこれからも楽しんでいただけますと、作者も嬉しいです。