猫はシブヤにいます   作:大森依織

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苦しいのは苦手なんですよね……





52匹目 おにゃんこどうぶつ

 

 

 

 

 

 今日も良い日だ。

 まふゆも部活や委員会もなかったので、真っ直ぐ予備校に向かってもういない。

 

 つまり、だ。

 

 

(ふふ、ふはは。今から僕の自由時間、だーっ)

 

 

 まふゆというストッパーもない僕に、怖いものはあんまりない!

 というわけで──これから僕は、宮女の開かずの間である『屋上』へと潜入する!

 

 

(神高の屋上を知ってるから、宮女の屋上も気になってたんだよねー)

 

 

 授業中の屋上は施錠されてるようで、気になっていても入り込むのは難しかった。

 お昼休みは大体まふゆの先約があるし、他の時間だって眠たかったり先約があったりして、後回しにしてしまっていたのだ。

 

 

(いつまでも後回しにしていたら、僕の好奇心が泣いちゃうからね。今日こそは潜入作戦を実行するぞ)

 

 

 校舎内から屋上までの道は既に予習済みなので、スルスルっと通り過ぎる。

 殆どの人は僕が見えないけれど、油断はしない。

 階段も慎重に登って、屋上の扉の前まで辿り着いた。

 

 

(さて、問題はここからだぞ)

 

 

 猫の前足(おてて)じゃ固く閉ざされた扉を開けるのは、鍵が開いていてもひと苦労だ。

 ここから先は、気合を入れて……

 

 

(おろ、開いてる?)

 

 

 近付いてみたらわかる程度にだけど、微妙に扉が開いている。

 どこかの慌てん坊さんが扉をちゃんと閉めてなかったのかもしれないけど、僕としてはありがたい。

 

 

(それじゃあ、お邪魔しまーす)

 

 

 誰かさんのうっかりに感謝しつつ、僕は扉の隙間に顔を入れた。

 

 神高は特に人が過ごす場所という感じではなかったし、フェンスに囲まれた広い場所という印象だった。

 しかし、宮女はその辺りは違うようで、フェンスと広さはそこまで変わらないものの、花壇もあればベンチもあるという景観と過ごし易さも重視されているように思えた。

 

 

(これ、普段からここで過ごすことも考えられてそうだな。ということは、この前施錠されてたのは、偶然かな?)

 

 

 ベンチもあるし、花壇もあると考えたら、普段から解放されてると考える方が普通なわけで。

 今までの僕の運が悪かっただけのようだ。この可愛い猫の運が悪いなんて、どこで帳尻を合わせているのやら。

 

 猫にもわからないことは棚にあげて、今度は顔だけでなく、ちゃんと屋上に潜入する。

 覗いているだけでは気が付かなかった微かな音楽の音と、掛け声に目を向けると、見知った人影が動いていた。

 

 

(おや、あれは……みのりって子だっけ?)

 

 

 絵名と比べると明るめの茶髪にグレーの目の少女が、屋上で踊っている。

 間違いない。初対面で手を上げて「花里みのりです」と自己紹介をしてくれた、あの『みのり』だ。

 

 

(そういえば、雫や愛莉達と一緒にアイドル活動をしてるんだっけ? ははーん、ここは秘密の練習場ってわけか)

 

 

 この屋上が秘密の練習場でないと、アイドルがこんなところで踊ってるわけがないだろうし。

 秘密ということは、まじまじと見ていいものではないのだろう。僕は賢いので完全に理解した。

 

 

(目標である屋上は見ることができたし、ここは退散するべきだな)

 

 

 そう判断したら話は早い。

 さっさと帰ろうと振り返ったのと、半開きだった扉が完全に開いたのはほぼ同時だった。

 

 

「あれ……あなた、マロって子だったよね?」

 

「みっ」

 

 

 扉を開いて現れたのは、この間みのりと一緒にいた青髪の少女、遥がそこにいた。

 遥はこちらをじっと見つめつつ、小首を傾げる。

 

 

「あなたはこんなところで何してるの?」

 

「みぃー」

 

 

 探索中でした、なんて言っても通じるはずもなく。

 抜け出そうにもしっかりと扉を閉められてしまい、出口を失った僕は借りてきた猫状態になるしかない。

 

 

「あ、遥ちゃん! 戻ってきてたんだ……って、マロちゃんも一緒に来たの?」

 

「私は後からだから、みのりを見てたのはマロが先だね」

 

「そうだったんだ。もしかしてだけど、マロちゃんは迷い込んじゃったのかな?」

 

「どうだろう。扉から帰ろうとしてたし、校舎からここまで来たのは間違いなさそうだけど」

 

 

 遥に気がついたみのりも合流してしまったせいで、更に逃げる道が消えてしまった。

 

 僕の冒険もここまでか。

 目の前が真っ暗になった……って、終われば話が早いんだけど、現実はそんなに甘くない。

 

 

「もしかしたら、愛莉ちゃんや雫ちゃんに会いに来たのかも。ごめんね、マロちゃん。今日は2人とも、来るのが遅れるらしくって」

 

「にゃー」

 

 

 あ、お構いなく。

 

 みのりはしゃがんでまで僕に視線を合わせ、申し訳なさそうに伝えてくれたけれども。

 こっちとしては2人に会いに来たわけではないので、そんなに深刻にならなくても全く問題ない。

 

 僕には構わず、少し扉を開けて練習に戻ってもらっても大丈夫だ。

 はい、強がりました。そうしてほしいのが本音です。

 

 

「その子、本当に2人に会いに来たのかな。案外、好奇心でここまで迷い込んだだけかもしれないよ?」

 

「そうかなぁ。2人はマロちゃんはすっごく賢い子だって言ってたし、探してるかもしれないよね」

 

「うーん……事実はマロ以外に、わからなさそうだね」

 

 

 事実を言い当てた遥は肩を竦める。

 その間も扉に手を掛けられることはなく、僕の気持ちは素通りしていた。

 

 

「うーん、あっ!」

 

 

 それぞれがどうしたものかと頭を悩ませている中、声を出しながら隅に置いていた鞄に駆け寄ったのはみのりだった。

 

 

「ねぇ、マロちゃん。良ければこれ、付けてくれないかなっ」

 

 

 勢いよく振り返った手が持っていたのは、小さな被り物みたいな布だ。

 人間が付けるには明らかに小さいソレ。それこそ丁度、僕の頭に付けるような……

 

 

(付けるってソレのことなの!? そんな窮屈そうなもの、僕が付けるわけが──)

 

「えっと、ダメかな。付けてくれるなら、愛莉ちゃんから貰った猫用のクッキーをプレゼントッ」

 

(──うむ、早合点は良くないな。話を聞こうではないか)

 

 

 はやる気持ちを抑え込んで、そろりと手の内を覗いてみる。

 みのりが手に持っているのは、愛莉から貰った供物(おやつ)の中でも記憶に残るぐらい美味しかったクッキーだった。

 

 ……その場で被ったら終わりの布を頭に巻くだけで、そのおやつが貰えると。

 まぁ、どうせ一瞬の出来事だし? それでおやつが貰えるのなら、考えるのも一興か。

 

 

(……何で今、まふゆの顔が思い浮かんだんだろ)

 

 

 しかも、呆れるようなジトッとした目をした時の顔。

 不思議なこともあるものだ。いやぁ、どうしてだろうなー。

 

 

「それでマロちゃん、付けていいかな?」

 

「にゃあ」

 

「わぁ、ありがとうっ」

 

 

 1匹ですっとぼけてる間にみのりがじりじりと近付いてきたので、しょうがないから頭を差し出す。

 みのりは意外と器用だったらしく、手間取ることなく僕の頭へ被り物を装着させた。

 

 

「じゃーん、ペンギン猫〜! マロ眉がちょーっと隠れちゃったけど。似合ってるよ、マロちゃん!」

 

「にゃ」

 

 

 あ、別にそういう感想はいいんで、クッキーを貰ってもいいかな。

 

 

「あっ、ごめんね。これが欲しいんだよね。はい、どうぞ!」

 

 

 そういう意味を込めて前足を手の上に乗せると、みのりは慌ててクッキーを差し出してきた。

 

 

(うむ、良きにはからえ。サクサク、うまうま……うにゃ?)

 

「……」

 

 

 ふと顔を上げると、遥の目と僕の目があった。

 さっきまでどこか一歩引いた立ち位置から見ていたその目は、不思議と熱を感じる。

 

 

「みゃあ?」

 

「……」

 

 

 気がついたら、みのりよりも近くまでにじり寄ってきていた遥。

 

 

(怖いって。急にどうしたの?)

 

 

 遥という女の子は涼しげな顔をしつつも、端々に自分への厳しさを感じる子だとは思っていたのだけど。

 僕にこんな熱視線を浴びせてくるようなタイプには見えなかったから、ビックリしてしまう。

 

 困惑が勝つと、猫でもどうしたらいいのかわからない。

 まじまじと観察する遥の視線を甘んじて浴びていると、漸く固く閉ざされていた口が開いた。

 

 

「ペンギンと猫って、いいね。うん……すごく可愛い」

 

 

 しみじみと呟かれた感想に、みのりが花が咲いたような満面の笑みを湛えた。

 

 

「遥ちゃんが好きそうだなーって思ってたから、気に入ってもらえて嬉しいよ! マロちゃんもありがとうっ」

 

 

 これはつまり、アレかな。

 遥はこの被り物の元になった動物が好きで、あんな反応をしていたと。

 

 みのりも遥の好きなものを知ってて、ちょうど良く僕がいたから被せたわけか。

 これ、僕じゃなくても良かったのではと思っちゃうぐらい、複雑な気分だよ。

 

 

(はーあ、可愛いのはこの被り物でしょ。じゃあ、もう脱いでも良いよね?)

 

「待って」

 

 

 ペンギンの被り物を脱ぎ去ろうとしたら、遥に止められた。

 片手にはスマホが握られており、絵名が写真を撮る時に向けてくる黒丸部分は僕に向けられている。

 

 

「その可愛い姿を写真に収めないのは勿体無いと思うんだけど、どうかな?」

 

「……にゃう」

 

 

 何だろう、まふゆとは違う凄みというか。

 遥が真剣に何ともいえないことを提案されるから、怖く感じてしまう。

 

 

(んー、まぁ。勝手に撮るぐらいなら)

 

 

 みのりから貰ったクッキーも多かったし、帳尻合わせで勝手に撮るのは許しても良いだろう。

 ただし、ポーズは別で。僕はそこまで安い猫ではないからね。

 

 

「にゃあ」

 

「いいの? ありがとう」

 

「わたしも愛莉ちゃん達に送る用に……」

 

 

 しれっとみのりも混ざって、被り物をした僕を撮影し始めた。

 

 ──結局、愛莉達が来る前に扉を開けてもらえて、ぼくは帰ることができたのでこの時は特に気にしてなかったのだけども。

 

 翌日、みのりが宣言していた通りに愛莉や雫に被り物を付けた僕の写真が共有されたせいで、中庭で色んな動物の被り物をすることになり。

 中でも兎の被り物をした僕の姿を気に入ったらしいまふゆが、どこでも僕を兎にしてくるようになるとは……想像もしてなかった話である。

 

 

(僕、猫なんなけどなぁ)

 

 

 兎に負けるとは、解せぬ。

 

 

 

 






☆マロ知識
マロの食いつきは食い意地もあるけれど、性質でもある。


……


・おにゃんこどうぶつ
喧しい猫? ではあるものの、本猫が『僕は可愛い』と自称するだけあって土台はとても良いです。
好きな動物を着せると、遥さんでも思わず写真を撮りたくなるらしいですね。

・どこでも兎に
猫もいいけど、まふゆさん的には兎にもびびっとくる何かがあったそうです。
マロ的には不服みたいですけどね。猫ですし。

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