ハッ。こ、これは……?
いつから、町はずっと喧しいままになったんだか。
夜になっても朝になっても明るいままで、車の音やら何かの音が聞こえてくる環境を眺めていると、そう思う。
最近はまふゆの部屋や誰もいないセカイと、静かな場所にばかりいたせいなのか。
朝の公園すらも、少しばかり騒がしく感じてしまうのだ。
「♪────」
今だって、時計は朝の6時を知らせているのに、どこかで聞いたことのある歌声が聞こえてきた。
休日の早い時間から公園で歌うなんて、どこの誰だろうか。
ユラユラ揺れて寝心地の良い遊具の上から落ちないように顔を出して、その正体を見てやらないと気が済まないぐらい力の籠った声である。
(うにゃぁ、もうっ。朝から公園で歌ってる子はだーれだっ……し、知り合いだーっ!?)
ひょっこりと顔を出して見えたのは、見覚えしかないオレンジ髪。
絵名の弟にしてまふゆの猫被り合戦の対抗馬、彰人である。
(絵名は徹夜以外でこんな朝から起きてることなんてなさそうなのに、弟である彰人は朝から練習かぁ)
偉い、とは思う。
でも、目が覚めちゃうんだよね。1時間ぐらい遅くから歌ってほしかったのは僕の我儘なんだろうか。
(でも、こんな朝早くから彰人は頑張ってるんだよなぁ)
それに対して、僕はすやすや寝てただけだし、別にこの公園は僕の場所ってわけでもない。
彰人もご近所さんのことを考えて、人気のない公園を選んだのだろうし、少しばかり僕の間が悪かっただけ。
彰人も絵名も、直向きになれるものがあるのは素晴らしいことなんだから、責めるのはお門違いだな。
ここは先達として、早朝から頑張る少年を応援することにした。
僕は心が広いからね。朝から賑やかなのは先輩面するだけで許してあげよう。
(それにしても、いつになったら冬弥が来るんだろう?)
かれこれ30分近く、変な生き物の形をした遊具の上で先輩風をびゅうびゅうと吹かせていたのだけど。
公園には彰人以外の人間の気配がないどころか、公園の前すら誰も通りかかっていない。
彰人と冬弥がコンビを解散した、とは思えない。
なのに一向に人が来ない理由は何だろう。
(ハッ。まさか、これが瑞希が言っていた『コソ練』というヤツ?)
とある日のセカイにて、何かの話の流れで『絵名は悔しかったらコソ練してそうだよね~』と瑞希が絵名を揶揄っていた時のこと。
言葉の意味が気になったミクが首を傾げた時に『人に隠れてこっそり、コソコソと練習をすることをコソ練って言うんだよ』と瑞希が言っていたのを思い出した。
言葉の真偽は猫の身分じゃ確かめられないけれど、用法は間違えていないと思う。
(人よりも倍、頑張らないとってことか。彰人って物語に出てきそうなぐらい、青春してるなぁ)
他の人よりも才能がないと思うから、量で巻き返すぜってことだよね。
僕、そういうのにも詳しいんだ。
(んー、でも。彰人は別に、才能がないってわけじゃなさそうだけどなー)
その才能が彰人が思い描いているような、わかりやすいモノかどうかは別だけども。
周りの糸も悪くないし、焦って壊れたり諦めなければ──ってところかな。
彼も好きそうな『努力次第』ってヤツだ。
安心して高みの見物ができるので、僕的に高評価である。
(……おや、誰か来たな)
先輩風を吹かせつつ高みの見物までしていたら、やっと公園に近付いてくる足音が聞こえてきた。
足音は1つ。公園の中に入ってきたのは彰人の相棒である冬弥だった。
「早いな、彰人。もう声出しをしていたのか」
「喉を温めるのに時間がかかるからな。そろそろ次のイベントだろ。フルで練習する日は2時間前に来ることにしたんだよ」
(に、2時間前って。それであんなに早かったのか)
コソ練どころの話じゃない。
彰人が歌い出してから1時間ぐらいしか経ってないから、冬弥も予定よりも1時間早いということになる。
(君達、意識が高過ぎるよ。これはもう、僕が見物なんかしなくても安泰だね)
僕が引いている間にも、彰人と冬弥はチームやら何やらと気になることを話している。
はて、コンビではなくチームとは? 遊具が動かない程度に首を傾げていたら、またしても足音が聞こえてきた。
「──あれ? 彰人も冬弥もすっごい早いじゃん」
「東雲くん、青柳くん、おはよう!」
何とビックリ。そう言いながら公園に乗り込んできたのは杏とハムっ子だった。
彰人と冬弥は神高とか街でも見かけたから繋がりがわかりやすいけど、ハムっ子って星乃さんとやらから『小豆沢さん』と呼ばれてた宮女生だったはず。
(そういえば。杏は4人でチームを組んだし、相棒も見つかったとか言ってたような?)
今、いるのも男子2人と女子が2人の合計4人と、野次猫が1匹。
彰人と冬弥、杏とハムっ子が相棒同士でチームを組んだと考えれば、人数はピッタリ合う。
「私達も約束の1時間前に来たのに、もう声出ししてるなんて。何時に起きたんだか」
「何時って、オレは6時ちょっと前には起きてたが」
「はっや。彰人ってば、生活習慣がおじいちゃんじゃん」
「そういうお前も同じ時間に来てるんだから、ばあさんだろ」
「ちょっと! 女子高生なんですけどーっ!?」
僕が計算している間にも、
朝から平和なことである。朝活はご老人の特権じゃないのにね。
2人で変な会話をしてるものだから、ついつい体勢を変えてしまった僕。
……ところで、僕が何処の上で寝ていたか覚えているだろうか?
派手な色の生き物っぽい形をした遊具の上だ。しかも、寝るにはちょうどいいぐらいに揺れるヤツ。
(あ、やば)
そんな遊具の上で不用意に動けばどうなるのか?
不自然に1つだけ、揺れる遊具が出てくるよね。ははは。
「……あれ、猫さん?」
「どうしたの、こはね? ……って、マロじゃん。いつからそこに?」
ハムっ子──小豆沢こはねというらしいあの子が声を出したことにより、杏達もこちらを見た。
「こいつ、もしかして家から抜け出してきたのか?」
「いつからいたのかはわからないが……周りに朝比奈さんはいなさそうだ」
勘違いしている彰人と冬弥がしょうがないと言いたげな表情で、顔を見合わせていた。
むぅ、僕は朝比奈さん家の飼い猫じゃないんだから、朝から何処にいようが僕の勝手なんだけど。
人間的には野良かそうでないかってのは大事みたいだし、訂正するのも面倒だから放置しておこう。
「にゃあ」
「おはよ、マロ。彰人達とも知り合いだってのも驚いたけど、本当に飼い猫になってたんだねー」
4人揃って近付いてきたので挨拶をすると、杏がわしゃわしゃと撫でてきた。
(ぬぅ、僕の毛にあたるのはやーめーてー)
「杏ちゃん、猫さん……じゃなくて、マロちゃん? が嫌がってるみたいだし、そろそろやめた方がいいんじゃないかな?」
「えー。いつまで経っても街に来ない不届きにゃんこには、これぐらいでいいと思うんだけどなー。こはねに感謝しなよ、マロ」
杏はぐりぐりと頭を撫でてから、手を離した。
いつもなら抗議をしていたところだけど、不届きにゃんこであるのも事実なので言い返せない。
ぐぬぬ、杏もやるようになったな。成長を感じるよ。
「それにしても……全員、マロのこと知ってたんだね。私は前からの付き合いなんだけど、皆は何処であったの?」
「オレは姉貴が最近、友達から預かってきたって家に連れ込んでたのが最初だな」
「俺は今年の文化祭の時に、飼い主の方と一緒に回ったのが初めてだ」
「私はつい最近のフェニランで、路上ショーを見てた時にぶつかっちゃったのが初めて会ったんだ」
「ってことは、皆、街以外の場所で最近会ったんだね」
彰人は自宅、冬弥が神高、こはねに関してはフェニランだし、僕の目撃情報が多いのは恐らく宮女だ。
杏のチームはきっとビビッドストリートで活動しているのだろうけど、僕が3人と会ったのは別の場所である。
「そんなに色んなところに顔を出せるようになったんなら、ちゃんとビビッドストリートにも来てよね」
「にゃー」
「もう、何でそこで嫌がるんだか。お父さんも会いたがってるのにさー」
そう言われると弱いけど、僕もまだ街に行く勇気が出てこないので、気長に待っていて欲しい。
僕と杏のやり取りを見ていた彰人はチラリと時計を見た後、腰に手を当てた。
「猫と遊ぶのはその辺にして、4人揃ったんだから練習を始めるぞ」
「……そうだね。こういう時のマロは一筋縄じゃいかないだろうし、気長に説得する」
彰人の鶴の一声で杏も諦めてくれたらしい。
ありがたい助け舟に、僕は心の中で彰人を拝んだ。
このまま僕の話が飛んで歌の練習に入るのかと思いきや、冬弥が小首を傾げる。
「練習するのはいいのだが、この時間で4人揃って歌うのは不味いんじゃないか?」
「ご近所迷惑にならないように歌ってたら練習にならないよね……あっ、そうだ。向こうで歌うのはどうかな?」
「そうだな、あっちならオレ達が歌っても問題ないだろ」
「時間帯を考えたらしょうがないか。マロにも私達の歌を聴いて貰いたかったけど、また今度ね」
折角公園に集まったのに、そんな会話をした4人はゾロゾロと公園から出て行った。
(くぁぁ、ねむねむ……ん?)
再び静寂が戻ってきた公園でひと眠り。
……したかったのだが、情熱的な赤い糸が見えた僕は杏達が出て行った方向へと走る。
(この糸、だよね?)
杏達が向かった場所は、普段から人通りが少ない行き止まりだった。
周囲には誰もおらず、残っているのは消えかけている気になっていた『糸』のみ。
(もしかしてこれ、領域──ううん、セカイに繋がってる?)
招かれていないから、この糸を辿ることはできないけれども。
その糸はどうにも、まふゆが創った『誰もいないセカイ』に似た気配を感じた。
(あっちってのがセカイのことだとしたら、杏達もセカイを行き来できるってこと?)
……もしも、そうだとしたら。
杏には申し訳ないけど、ビビッドストリートへ行くのは更に延期になるかもしれないなぁ。
☆マロ知識
普段見ている糸は、実は結構意識しないと見えないらしい。
……
・やっと
読者の皆様がお気付きのことを、やっっっと勘付いたにゃんこです。
さて、受け身なマロが語り部で、話は動くのでしょうか……心配ですねぇ。