追いかけるよりも逃げる方が得意なんですけどね。
「……ふぅ、終わった」
日の光だけで照らされた室内で、奏がひと仕事を終えたと言わんばかりに息を吐く。
何か重大なことを成したような達成感を感じているようだが、奏がしたことは凡そ、人間の生活で必要なことのみ。
『奏、お疲れさま。頑張ったね』
(生命維持行為を褒めることになるとはねぇ……)
奏の生活レベルの低さに嘆けばいいのか、倒れるところまで飛び越えなかったことを喜べばいいのか。
野生ならまず奏は生き残れないので、猫としては色々と複雑である。
奏のお宅にお邪魔している僕が机の上でそんなことを考えていても、通訳がなければ伝わるはずもなく。
事前に準備してもらった食事を取って、その他必要だというタスクを熟した奏は僕らに目を向けた。
「ありがとう。マロとミクのおかげで予定が終わったよ」
『よかった』
(うむ。これで家事代行の人が来た時に、事件現場になってることはないだろうね)
最近、奏の希望もあって家事代行から日が開く時は、僕とミクが奏の家に来るようになった。
理由は生活リズムの改善の為。言葉のミクと行動の僕が組むことにより、奏のストッパーを担っているのである。
その甲斐もあって、最近ではセカイでまふゆが「曲を作り続けるっていったのに」と倒れている奏に苦言を呈することは目に見えて減った。
セカイの居心地の悪い時間も減らせたし、僕的には目的達成である。
頑張った奏にはサービスで猫パンチをしておこう。ていっ。
「あ、また何かしてくれたんだ?」
(軽くだけどね)
「ありがとう。それをしてもらうと曲作りにもっと集中できるから、助かるんだよね」
(……やっぱり、色々と複雑だよ)
最初は曲作り以外の行動を渋ってたのに、最近は乗り気だった理由が『サービスの猫パンチ』である可能性が高いなんて。
悪い糸を取り払ったら気分が良くなることもあるだろうけれども、不健全過ぎる。
サービス停止も検討しなくてはいけない段階なのか、悩みどころだね。
(長居するのも悪いし、僕はそろそろお暇するよ)
「帰るの? 今日はありがとう、マロ」
ミクを通して言葉を伝えた僕は、尻尾を振ってから机から飛び降りるついでにセカイに移動した。
(よっとっとー)
初見の時はまふゆも固まるぐらい驚かれたけれど、今となっては慣れたもの。
移動前の奏から驚きの声は上がらなかったし、移動先にいた絵名も小さく「あっ」と言った程度で大きな反応はなかった。
「──あ、マロじゃん。まふゆは……って、この時間にいるわけないか」
私服姿の絵名は今の時間を思い出したようで、気まずそうに頭を掻いた。
「セカイの誰かに用事? 今、この辺には誰もいないよ」
「にゃー」
ミクは奏のところにいるし、メイコは出てこないのはわかってるので、特にセカイで誰かに会おうとは思っていない。
そういう意味も込めて鳴くと、今回は上手く伝わった。
「用事で来たわけじゃなさそうね。じゃあさ……マロはこの後、時間ある?」
そう尋ねてくる絵名の声が、どことなく元気がないように聞こえた。
何かに悩んでいるのか、気になって観察してみると少し元気がないようにも見える。
「にゃあ?」
「今から神高に行って、瑞希の様子を見てくれない?」
(そもそも、瑞希は学校にいるの?)
「ついさっき、リンに瑞希の様子を見に行って貰ったから。今日、学校にいるのは間違いないみたい」
(それなら、間違いようがないか)
「ただ、私が学校に行く時間には瑞希も帰ってるし……だからマロにお願いしようかなって」
(別にいいけど、絵名が直接会った方が早いんじゃない?)
間に猫を挟んだ方がややこしいだろう。
そう思って首を傾げていると、絵名が苦笑した。
「瑞希、ミステリーツアーの後からちょっと変な気がするんだよね。普段はいつも通り明るく見えるんだけど、遊びに誘っても最近は断られるし」
(む、それは確かにちょっとした異変だね)
「この後、電話しようとは思ってるんだけど、タイミングを考えないと断られるかもしれないからさ。念の為にね」
あの瑞希が、絵名にわかるぐらいの隙を見せているのも気になる。
表面上は気にならなかったけれど、絵名に改めて聞いた後だと瑞希の異変も感じ取れるかもしれない。
奇跡的に会話が成立しているので、絵名が求めることも大体理解できた。
「にゃあ」
「一方的に話しておいてあれなんだけど、行ってくれるの?」
「にゃっ!」
任せたまえ。皆の頼れる・手を借りたいにゃんこランキング1位とはこの僕のことよ。
……そんなランキングの集計があったなんて僕も知らないけど、あったら1番に違いないよね。
「じゃあ、お願いしてもいい? リンにも話しておくから、よろしくね」
「にゃっ」
一体、瑞希は何を考えているのやら。
それを知るためにも、瑞希のいる神高に行かないと話は始まらないか。
ま、僕ぐらいの猫になれば人探しだってお手のもの。すぐに瑞希を見つけてみせよう。
☆★☆
……見つけてみせよう、と言ったよね。
あれ、撤回しても許されないかな? だめ?
(うにゃあ……糸があるのに本人がいなーいっ)
絵名が避けている、というのも気のせいではなさそうなぐらい、瑞希と会えない。
ここまで会わないとヒゲがムズムズしてくる。学校の校舎の中でなければうにゃーって叫んでたかもしれないぐらいだ。
(この僕を土俵にも上げないなんて、瑞希もやりおる)
僕は後輩からの薫陶も素直に受け入れる優秀な先輩キャットなので、瑞希が見つかりそうにないってこともセカイに戻ってからリン経由で絵名に伝言を頼んだけれども。
こうも逃げられてしまうと、意地でも捕まえたくなるのが猫の本能というもの。何とかあの神高のピンクを捕まえたい。
(もう1回、糸を辿るか)
今度こそ、瑞希の尻尾を掴んでやる。
そう息巻いて校舎をずんずん進むと、瑞希の糸は別の見知った糸に紛れて消えてしまった。
やはり人が多い所で人探しは難易度が高い。
また瑞希の糸の痕跡を探すところから始めなくてはいけないから、少しげんなりしてきたぞ。
「おや、そこにいるのはマロくんじゃないか」
(あ、類と寧々だ)
瑞希を探して校舎を彷徨っていたら、類と寧々に出会ってしまった。
まだ司じゃないだけ良かったのだろうか。校舎の中に侵入しているのに、大声で喋られると僕も困るし。
「あれ、今日はえむと一緒じゃないんだ」
「どうやら、マロくんがここに来たのは別件のようだね」
きょろきょろと周囲を見渡す寧々を一瞥してから、類はこちらをじっと見る。
まるで、こちらの意図を見逃さないと言わんばかりの観察眼だ。あまり期待していないけれど、もしかすると瑞希を探していると伝えられる可能性があるかもしれない。
ここは1つ、猫にできる最大限のモノマネを披露してみよう。
「にゃにゃ、にぃ~」
「……なにそれ」
「ふむ」
じとっとした寧々の視線が痛い。
僕が下手だってのもあるのだが、猫と人間の壁はまだまだ分厚そうだ。
勝手に見切りをつけて諦めようとした瞬間、こちらを見ていた類が声を出した。
「マロくんは瑞希を探しに来たのかい?」
「! にゃっ、うにゃっ!」
まさか僕の気持ちをどんぴしゃりと言い当ててくれるとは思わなくて、激しく頷いてしまった。
「暁山さんを探してるの?」
「ああ、瑞希とマロくんも親しいみたいでね。心当たりをあげただけだけど、当たってよかったよ」
単なるあてずっぽうだと類は謙遜しているが、それでも意思疎通も難しい僕の考えを当ててくるのは普通ではない。
瑞希が類は凄いんだよ、と言っていた理由がわかる。類は凄いよ、僕も認めちゃう。
「瑞希なら昼休みに見かけたけれど、やはり何かあったのかな?」
「にゃっ」
「それなら力になってあげたいが、今日の補習はもう終わったみたいでね。さっき教室の前を通ったけれど、瑞希の姿もなかったよ」
「うにゃあ」
それは瑞希に会えないわけだ。いない人を追いかけても見つかるはずがない。
今まで探した時間はただのお散歩時間だったようだ。学校の中を探検できたという意味では良かったと思おう。
「にゃーん」
「どういたしまして。力になれたのなら良かったよ」
「……猫とも意思疎通してるし」
寧々が信じられないものを見るような目を向けているけれど、僕的には大変ありがたい。
(瑞希もいないのなら、学校にいても迷惑なだけだね。僕はそろそろお暇するよ、2人共ありがとう!)
「おや、もう帰るのかい?」
「そんなこと言ってるの? ……えっと、気を付けてね」
類は当然のようにこちらの気持ちを汲み取り、寧々は訝しげつつもそれぞれ手を振ってくれた。
お気遣い感謝である。2人に迷惑を掛けない為にも窓から校舎の外へと飛び出して、僕は人気のないところで誰もいないセカイへと跳んだ。
(──ひょーい、ほいっと……リン、いるー?)
「いるよ」
「おかえり、マロ。瑞希を探してくれてありがとね」
リンを呼んだら絵名も一緒に来た。
僕の途中経過で待っていてくれたのかもしれない。僕の前に来た絵名が頭を撫でてきた。
「瑞希、家に帰ってたみたい。ついでに用件も伝えられたけど、マロには動いてもらったでしょ。これ、家にあった残りだけど」
絵名は僕の前にちくわを乗せたラップを置いた。
食べやすいように一口サイズに分けているのを見るに、かなり気を遣ってくれたらしい。
まさかおやつをもらえるとは思ってなかったので、これだけで許しちゃう。
(食べてもいいの?)
「マロへのお詫びだからね」
(やったーっ。いただきまーすっ)
「嬉しそうに食べるわね……あ、そうそう」
はぐはぐと食べる僕に、絵名は頬杖をつきながら告げる。
「マロ、日帰り高原ハイキングに興味ない?」
(もぐもぐ……はい?)
日帰り、高原ハイキングとな?
リンの通訳がなくても内心がわかるぐらい、首を傾げる僕に絵名は笑みを浮かべる。
「愛莉や雫だけじゃなくて、瑞希も誘って4人で行くんだけど、どう?」
(……それ、お邪魔して大丈夫?)
通訳を聞いた絵名は笑顔のまま、頷く。
(大丈夫なら、僕もまふゆ以外に障害はないけど……うむ)
その笑みが『逃さん』と言わんばかりの圧を感じてしまって、僕には瑞希の未来をお祈りするぐらいしかできなかった。
☆マロ知識
本当に思ってることがわかってるっぽいのが神代類で、たまにわかってくれてる気がするのが東雲絵名というのが、マロの認識らしい。
……
・にゃにゃ、にぃ〜
三毛猫、渾身のモノマネでした。
・絵名さんと類君
絵名さんとは感覚的なものが合うようで、たまに通じ合ってる気がする。
類君は……まぁ、えむさんとも何故か通じ合ってますし、マロとも意思疎通はできるんじゃないでしょうか。