猫はシブヤにいます   作:大森依織

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……見守るのって、どうしてこんなに難しいんでしょうか。





57匹目 ……ちくしょう

 

 

 

 

 愛莉と瑞希が『グリーンアドベンチャー』とやらに参加しに行ったのだけど、僕はお留守番だった。

 

 絵名や雫が参加しないのであれば、態々、参加側の瑞希が抱いて連れて行く理由もないとなり。

 僕も自然な流れで絵名達と一緒に置いて行かれたのである。

 

 

「くぁっ……」

 

 

 自然豊かで日差しもちょうど良く、更には絵名も観察モードに入っていて静かなものだから、眠くなってきた。

 雫も少し離れた所で写真を撮ろうとしているのか、スマホを取り出している。

 

 かと思ったら、雫がスマホを持って固まった。

 画面をじっと見て首を傾げている姿は、猫から見ても困ってるように見える。

 

 

(えぇ……おーい、絵名ー)

 

「うん? どうしたの、マロ」

 

(雫が困ってるみたいだから助けてあげてよ)

 

 

 絵名の視線を誘導し、スマホを片手に困惑している雫の元へと向かわせた。

 

 猫にはあの板の事はわからないので、絵名だけが頼りだ。

 まふゆもあまり触らせてくれないから、学ぶ機会がないのである。しょうがないよね。

 

 

(む……何か変なのが囲んでるな)

 

 

 一瞬、虫か何かかと思ったけれど、これは違う意味での『虫』かもしれない。

 

 

(無粋だよねぇ。アイドルってのは世間様に顔が知られるお仕事なのかもしれないけれど、今は友達と遊んでるだけの子供なのになぁ)

 

 

 線を引けないのは理性ある人間としてはよろしくないんじゃないかと、畜生でさえも思う。

 しかし、その猫の言葉もわからないのが人間なわけなので、話し合いでわかり合うのは難しそうだ。

 

 

(うんうん、これはちょーっと僕が動いてもしょうがないよねー。お弁当も先に頂いちゃったしー?)

 

 

 それに、雫も絵名もまふゆの友達だ。

 ここは先輩として、飛び回る虫さん達をちょちょいとしてしまっても問題はあるまい。

 

 猫なりの理由付けもできたし、ブンブンと虫の如く周りを飛ぶ糸を叩き落としていった。

 

 

(──ふぅ、やったぜ)

 

 

 まふゆの部屋よりはしつこくないければ、神高よりも量は多くない。

 食後の運動には最適だった。食べて動いたら体は休息を求めて、僕の元へと睡魔を招く。

 

 

(ふぁあ……ねむ。まだ瑞希達は帰ってこないだろうし、ひと眠り、ひと眠り……)

 

 

 体を丸めてしまえば、すやぁと夢の世界に旅立つのは早かった。

 

 

「ふふ。マロちゃん、ぐっすりね」

 

「ほんと、気持ちよさそうに寝てるよね」

 

 

 そんな2人の声も風に運ばれてきたものの、夢の世界にまでは届かなかった。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

(灰色かぁ……嫌な予感がするなぁ)

 

 

 瑞希と愛莉が合流した後。

 蜂に大騒ぎする絵名に急かされて、僕らは4人と1匹で山道を歩いていた。

 

 お昼寝タイムを終わらせた僕も山登りに参加──は、僕を縛る紐(リード)がないということで許されず。

 僕は再び、瑞希の腕の中で高みの見物をするつもりだった。

 

 

(どんどん糸が近づいてきてるよ。これ、どうにか避けられないの?)

 

 

 しかし、僕の目がお気楽な観覧を許してくれない。

 

 山道の先に漂う嫌な感じの気配と、不安に見舞われそうな色の糸。

 最初は山道だし、そういうこともあるのだろうと思っていたけれど、流石に進行方向に漂われては無視できない。

 

 

(上の方々とか、すぐに命に関わるようなモノじゃないみたいだけど)

 

 

 瑞希に運ばれているだけなので、じっくりと観察する時間だけはあった。

 この先に超常現象が〜みたいなことは待ってないのは間違いないが、僕の眼が言っている。

 

 ──この先は地獄(ハプニングエリア)かもしれないぞ、と。

 

 

(うーん、どこかで方向転換できないものか。見守るべきか)

 

「……あら、道が二手にわかれてるわ。どっちに行けばいいかしら?」

 

 

 1匹で悶々と悩んでいるところに、雫の天啓のような声が聞こえてきた。

 

 僕らの進む先に待っていたのは、古い看板と左右に分かれた山道だ。

 前を確認しつつも、手に持っている紙にも視線を落とす愛莉は、紙に書かれている文に目を通す。

 

 

「初級者ルートを通れば、山の周りをぐるっと1周できるって書いてるわね。最後に景色を見ながら、バスまで戻りましょうか」

 

 

 片方が初級者ならば、もう片方は恐らく上級者向けのコースなのだろう。

 嫌な色の糸も左からしか見えないし、愛莉の言う『初級者コース』というのは右で間違いない。

 

 

(なぁんだ、杞憂だったか。心配しなくてもこのまま右に──)

 

「初心者ルートは……えっと、看板の文字が消えかけてて読みにくいわね。たぶん左、かしら?」

 

(何(にゃん)で左!?)

 

 

 何故か、薄らと志歩と初対面した日のことを思い出した。

 

 うむ、敢えて何も言うまいが、本当にその看板には左が初級者コースだと書いているのか。

 雫の発言だけでは猫は心配だよ、何も言わないけどね?

 

 

(……って、僕でも読めないんだけどっ。誰かな、こんな不親切な状態の看板を放置した人は!)

 

 

 ここは管理されてない山だったりするのかな?

 高原のハイキングコースに設定してるのであれば、親切心は大事だって猫でも思うの。

 

 色々と不満はあるけれど、今はそれどころではない。

 早く左に行こうとする雫を止めてくれるような、右側派の人を作らなくては。

 

 

「にゃー、にゃー!」

 

「ん? どうしたの、マロ?」

 

「にゃーっ!」

 

「えっと……何かに嫌がってる?」

 

 

 流石は瑞希、すぐに僕のおおまかな気持ちを察してくれた。

 

 

「そりゃあ、こんな虫だらけの道なんて嫌に決まってるでしょ! ほら、早く進もうよ! 刺されたらどうするの!?」

 

「わかった、わかったから! 押さないでちょうだい!」

 

 

 しかし、余裕のない絵名が急かすように愛莉の背中を押して左に行くせいで、瑞希に伝える前に3人は左側へと進んでしまう。

 

 

(やーっ、やだーっ! 左はやーめーてーっ)

 

「あはは……ごめんね、マロ。虫が嫌みたいだけど、もう少し我慢してねー」

 

(違うんだよ、瑞希ーっ。猫的に虫とかどうでもいいから、右に行こうよ!)

 

 

 こうなったら、瑞希の手から抜け出して誘導──ぐぬぬっ、抜け出せないねぇ!

 

 僕が逃げ出してしまうことを警戒したのか、瑞希はしれっと僕を逃さない抱き方へと移行していた。

 

 

「今、皆と逸れた方が大変だからね。何かが嫌なのはわかったけど、ごめん。もう少し我慢してね」

 

(うにゃあ。撫でられても、危機は去らないんだけどなぁ……)

 

 

 これはもう、ダメかもしれない。

 自ら災難の道に進む子供達に、僕はできる限りの祈願しかできなかった。

 

 

(4人とも幼子じゃあるまいし、あんまり手を出し過ぎるのも良くないのか? 見守れないって反省したばかりだし、ここで見守る姿勢を実践するべき?)

 

 

 見守るべきか、違うのか。そう葛藤する間にも、4人はどんどん山道を進む。

 僕の眼が見たものが気のせいだったら良かったのに、残念ながらこの先の大変さを示すように道が狭く、険しくなっていた。

 

 

「……ねぇ、なんだかおかしくない? ちょっとずつだけど、道が険しくなってる気がするわ」

 

 

 とうとう、この道が初級者向けではないことを悟った愛莉が疑問を口にした。

 

 

「やっぱり? ボクもおかしいと思ってたんだよね」

 

「おかしいわね。看板の通りに進んでるのに」

 

 

 瑞希と雫が揃って首を傾げているが、残念なことにおかしなことなんて起きていないのが現状だ。

 

 

「にゃあ」

 

「あー……もしかしてだけど、マロが嫌がってたのってそういうこと?」

 

 

 思わず漏れてしまった鳴き声に、瑞希は小さく唸った。

 瑞希の異変に気が付いた絵名も、足を止めてこちらに目を向ける。

 

 

「そういうことって何が?」

 

「看板の道でマロ、すっごく鳴いてたんだよね。あれ、間違ってる道を進もうとしてたからなんだろうなーって」

 

「普通は偶然なんだろうけど、マロならあり得そう。面倒だけど、来た道を戻る?」

 

「そうだね。じゃあ、さっき曲がったところを……って」

 

 

 振り返った瑞希の視界に入ったのは、進行方向と殆ど変わらない山の道だ。

 

 

「ボクら、どっちから来たんだっけ?」

 

 

 瑞希の問いかけに絵名と愛莉が同時に反応する。

 

 

「え、右だよね?」

 

「左から来た気がするけど」

 

「「あぁ……」」

 

 

 お互いに違う答えを出してしまい、親友である2人は仲良く天を仰いだ。

 

 遭難という、嫌な2文字が頭の中にチラついているのだろう。

 4人の顔色はあまりよくなかった。

 

 

(山は危険だからなぁ。すぐわかんなくなるよね)

 

 

 人間が本格的に山を登る時は装備や準備など、万全にして挑むと僕も聞いたことがある。

 4人の格好はハイキングとしては適切であっても、登山としては不適切だ。

 

 

(周りの嫌な色も広がってるし、ここは僕が案内して素早く抜け出した方がいいな)

 

 

 僕も山道に詳しいわけではないけれど、危なくない道というのには詳しい自信がある。

 絵名と雫がスマホを片手に山を降りようとしているが、僕の方が確実だ。

 

 瑞希の手から抜け出して、嫌な糸の魔の手が伸びてくる前に送り届けなければ。

 そう決意して前を見た僕の目に映ったのは、絵名の足に巻きつく嫌な色の糸だった。

 

 

「──あ、こっちなら繋がりそう。この方向に歩けば電波も……」

 

「にゃにゃっ、にゃーっ!」

 

「え、マロ? どうしたの……って、絵名!? そっちに行ったら危な──!」

 

 

 僕と瑞希が声をかけたのと、絵名の体が傾いたのはほぼ同時だった。

 

 

(僕のおバカ! 危ないってのはわかってたのに油断してっ)

 

 

 でも、滑りそうになってる絵名をどうにかできるような怪異的なボディじゃないぞ、僕。

 猫の体でできることなんて……飛び込んだら、クッション程度にはなれるか?

 

 そう判断して瑞希の腕から抜け出そうとした瞬間、濃いピンクの人影が颯爽と絵名の元に駆け寄った。

 

 

「え、嘘っ……落ちる……っ!」

 

「絵名っ!」

 

 

 間一髪、愛莉が絵名の手を掴んで支えた。

 周りの緊張感が緩むが、まだ嫌な色の糸が絵名と愛莉の足元に巻き付いている。

 

 

「にゃぅっ、にゃーっ!」

 

「マロ、急にどうしたの? どうどう、絵名は愛莉ちゃんが助けてるでしょ。飛び込んだら二次災害になるかもしれないし、落ち着いてー」

 

 

 僕だけ飛び出しても、2人を助けられないのはわかっている。

 何とか瑞希を2人の元に行くように袖を軽く咥えて引っ張ってみるものの、瑞希は僕を宥めようとして動いてくれない。

 

 

(にゃあもうっ。こういう時にバーチャルシンガーの誰かがいてくれたら良かったのに!)

 

 

 言語の壁が分厚過ぎて悉く上手くいかない。

 普段なら瑞希の言い分も正しいのだけど、今回ばかりは嫌な色の糸が傍観は悪手だと告げているのに……!

 

 

「待って、愛莉っ。足元の石がグラグラして──!」

 

「えっ?」

 

「きゃぁあああっ!!」

 

 

 僕の焦りや動かなかった今までを嘲笑うかのように、絵名と愛莉が滑り落ちていく。

 誰も掴めず、体が傾いた2人は揃って、傾斜の下へと消えてしまう。

 

 看板の時点で早く動いていれば。

 迷って、なければ。

 

 そう考えても、まだ得意な方だった道案内もできず終いで。

 

 

「みっ、みゃぁ……」

 

 

 僕はどうしようもなく──見守ることも、道案内すらもできない畜生(ちくしょう)だった。

 

 

 

 

 

 






☆マロ知識
見守りレベルが低い猫なので、手を出す塩梅に苦労しているらしい。


……

・ちくしょう
悔しいとか、怒りとか。そういう時に使うちくしょうも漢字としては『畜生』なんだとか。
平仮名のままが正解の言葉だと思っていたら、違ってたらしいですね。作者もまだまだ精進が足りません。

・瑞希さん
まふゆさんからマロをお願いされてたので、しっかり見ようとするあまり察知能力が落ちてたかもしれません。

・防げたこと、防げなかったこと
雫さんのイベントはマロによって『無粋』判定を受けて防がれました。
残念ながら雫さんのサインはゲットならずです……
しかし、山道イベントは瑞希さんがまふゆさんからマロのことを頼まれていたこともあり、上手くいかなかったみたいです。マロガードも万能ではないですね。



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