後悔さんが先に立たないのから、猫も立たないですよ?
意地でも座りますとも……え、意味が違う? うにゃあ。
絵名の悲鳴を聞いた瞬間、頭が真っ白になったのが良かったのだろう。
瑞希を怪我させてしまう〜だとか、見守らなくちゃーとか。
ごちゃごちゃと考えていたことがすっ飛んで、僕は滑り落ちた2人の元へと駆け寄った。
(よ、良かった……糸の色は悪くない)
上から見た限りでは黒い糸も見えないし、絵名も愛莉も起き上がっていた。
猫の眼にも大きな怪我は見えず、手遅れだと思うような状況には陥っていなかった。
「おーい、ふたりとも!」
「怪我はない!?」
「私達は大丈夫だよ! ちょっと滑り落ちただけだから!」
瑞希と雫が呼びかけて、絵名の大きな声が返ってくるのを横目に、僕は滑り落ちた現場を確認する。
大きな石がごっそりと抜けた斜面には、人の届きそうな距離に木や岩などの突起物はない。
(僕なら降りるのも登るのもできそうな道だけど、山に登り慣れていない人間には厳しそうだな)
今は緊急事態だ。見守るだとか迷っている場合じゃないので、全力で
絵名達がいる周辺の植物は掴んだら抜けるか千切れるかしてしまいそうで、パッと見た限りでは絵名達が自力で戻ってくるのは難しそうだ。
(他の道は……ダメだ。絵名達と糸が繋がってない)
何か道具なり何なりを使わないと、絵名達が戻ってくるのは難しい、と。
愛莉が「モアモアジャーンプッ!!」と、気合の入った駆け上りを見せてくれたが、元の場所に逆戻りしてるし。
根性ではどうにもならなかった姿を見れば、自力でどうにかできないのは猫でもわかった。
(となると、助けを求めるしかないか)
瑞希の手からも離れた状態である今だからこそ、動かなくては。
愛莉達がいる斜面から離れ、僕は1番早く確実に助かる
「──待って、マロ。ボクも連れて行ってよ」
「にゃ?」
「マロの行き先に絵名達を助けられる人がいるんだよね? 人がいた方が話も早いと思うよ」
瑞希の言い分は正しい。
頭が混乱していたけれど、今の僕は大多数には見えない透明猫だ。
僕が1匹で駆け抜けたところで、人を呼べるわけがなかった。
「にゃ!」
「うん、ありがとう……雫ちゃん! ボク、マロと一緒に助けを呼んでくるよ」
「えっ、大丈夫なの!?」
「ヘーキ、ヘーキ。それじゃあ絵名! 愛莉ちゃん! ボク、マロと一緒にちょっと走ってくるよ! 時間がかかっちゃうかもしれないけど、待っててね!」
雫の声にも強く頷いて、瑞希は斜面の下にいる2人にも呼び掛ける。
「1人で行くなんて、道はどうするのよ!!」
「……瑞希ー、マロから逸れないように気を付けてよね!」
「えっ、絵名!?」
下の方から絵名の返事と素っ頓狂な愛莉の声が聞こえてくる。
瑞希は「大丈夫だよー!」と声をかけてから、雫の方へ向き直った。
「雫ちゃん、ボクらは助けを呼びにいってくるから、ここで待っててね」
「……わかったわ、瑞希ちゃんも気をつけてね」
さて、そろそろ出発してもいいだろうか。
そういう意味も込めて視線を向けると、瑞希は首を縦に振った。
「よし、行こう。マロ」
「にゃーん」
真剣な顔をする瑞希に僕も大仰に頷いてみせた。
僕が付いていながら絵名達に怖い思いをさせてしまったのだ。
汚名返上のためにも、しっかりと案内してみせよう。
(手早く確認、素早く移動、最後の心がけは身も
絵名があそこで僕に何も言わなかったということは、ある程度は僕のことを信じていると受け取ってもいいはず。
であるならば、僕ができることは助けの可能性の元まで瑞希を無事に送り届けたうえで、4人揃って無事に帰れるようにすること。
(ふむ、この道は僕なら簡単に通れるけど、瑞希の衣服が危ないかもしれないな。右側ならまだ瑞希の靴でも通れるぐらい緩やかだから、こっちに進もう)
にゃあ、とひと声鳴いてから瑞希の歩く方向を誘導する。
ジグザク進んでしまっているのは気になるかもしれないけれど、派手に転んでしまうよりはいいはずだ。
糸と周りの道を眺めつつも後ろを見ると、何故か思い詰めた顔をした瑞希がいた。
「にゃあ?」
「……あっ。ごめん、すぐ行くよ」
「……」
そう返事をした瑞希はまた黙々と走っているので、話の続きは聞けないまま。
気をつけたつもりだったけれど、体のどこかを痛めたのかもしれない。
振り返ったタイミングで観察してみるものの、猫の目では何もわからなかった。
(気になるけど、集中、集中)
瑞希に気を取られてヘマしたら、返上どころか上塗りだ。
後ろから前へと意識を向けることに集中し過ぎたせいか、僕は案内対象が隣に立ってるのに気がつけなかった。
「──ごめんね、マロ」
「にゃ?」
「看板の前の鳴き声。あれ、ボクらが曲がるのを止めようとしてたんだよね?」
「……にゃあ」
「はは、やっぱり。そっかぁ」
はぁ、と溜め息をついた瑞希の気持ちを表すかのように、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
「こうやって案内してくれてるのを見てると、マロはわかってたんだなーって思って」
雨が降っても足を止めずに、瑞希は僕の隣を並走する。
「ボク、邪魔してたんだよね。ボクがマロを捕まえて、離さなかったから。絵名や愛莉ちゃんが……」
「にゃー!」
このおばか!
自分を責めだした瑞希の足に、てしてしと尻尾で叩いてやった。
そりゃあ、瑞希が抱いてたから動けなかったのもあるけれど、それはまふゆから『マロをよろしく』とか言われたからだろうし。
僕だって瑞希を傷つけてしまうかも、見守るべきじゃないかと言い訳して、無理を通さなかったせいで絵名達を危険に晒した結果が今である。
僕は僕が全面的に悪いと思ってるけれど、瑞希も自分が悪いと思った。
それぞれ、悪いと思い当たるところがあって、それが積み重なってしまった結果が現状なのだ。
1人を責めても解決することなんてあり得ない。
(犯人探しよりも、今は絵名や愛莉を助けるのが先。そうでしょ?)
「えっと、悩むのは後にしろってこと?」
「にゃ!」
「……そうだね。ボクも今は絵名を、愛莉ちゃん達を助けたいし!」
(うむ、よく言ってくれた!)
ぐっと握り拳を作った瑞希が望みを口にしてくれたことで、眼に映る糸がよく見えるようになった。
どうやら瑞希との縁が強いようで、終点まではっきりと見える。
(ここまで見えるのならもっと早く辿り着けそうだ。瑞希、急ぐよ)
「あ、急ぐの? それなら、服とか気にしなくてもいいからね」
(……いいのかい?)
「はは、首を傾げてくれてありがと。お気に入りの服だけど、服はまた買えばいいからね」
瑞希の覚悟は受け取った。
道もハッキリと見えたし、怪我だけはしないように急ごう。
「よっ、ほっ。電波は……繋がりそうだけど、怪しいなぁ」
(こっちはそろそろ着きそうだから、足元には注意してね)
そう思っても通じないから、こっちで細心の注意を払うんだけれども。
服を気にしなくてもいい分、早く駆け抜けれた僕達の耳に、微かに声が聞こえてきた。
「──想像よりも、早く降り出したねえ」
「……うん。早めに気が付いてくれたから、雨宿りできたし。ありがと」
まだ山道の途中だけれど、少し遠くから見てもわかる屋根のある場所が見えた。
どうやらあれは休憩所らしい。糸はそこと繋がっているが、何が待っているのやら。
「すみませーん!! 助けてくださいっ、友達が斜面の下に落ちて──って」
「……瑞希と、マロくん?」
瑞希が休憩所に勢いよく飛び込んだ後を追うと、目を丸くする類と寧々がいた。
糸は間違いなく、類を指し示している。
(……これは確かに、頼りになるねぇ)
たぶん、大人が1人休んでるよりも頼りになる援軍に、僕の体が少し軽くなった気がした。
☆★☆
「マロ、大丈夫?」
「にゃぁあ〜」
「あはは、ちょっと不安な声だねぇ」
バスを降りて解散した後も、腕の中でクタクタな僕に瑞希は苦笑いを浮かべる。
──そう、斜面を滑り落ちてしまうハプニングを乗り越えて、僕らは無事に高原ハイキングからシブヤへと帰還していた。
類と寧々に出会った後はトントン拍子に進み、僕の本領を発揮して雫達と合流後、絵名と愛莉の救助。
その後は安全なルートまで戻ってから類と寧々と別れ、僕らは駐車場まで何とか帰還。
こうしてシブヤに戻ってきた僕は、絵名達と別れて瑞希と共に帰路に着いたのである。
「今日はすごかったね。ある程度土は落としたけど、ちょっとシミになりそう……なんだけど、マロは毛も足も綺麗だね?」
(いつも身嗜みに気を遣ってる猫ですから)
「たぶん自慢してるな〜? この、この」
瑞希の好意で運ばれてることもあり、好き放題に頭を弄られた。
鳴き返そうかと思って上を見ると、眉を下げた瑞希と目が合う。
「あのさ……マロはボクが絵名達に隠してること、知ってる?」
「にゃあ」
僕も積極的に知ろうとは思わなかったけれど、知らないと言うのは嘘になる。
「やっぱり、そっかぁ……学校にもよく侵入してるみたいだし、知ってておかしくないか」
「にゃ」
「今日の絵名達を見た感じ、知ってて黙ってくれてたのかな? ありがとね」
黙ってたのは偶然だから、お礼を言われても困る。
しかし、瑞希には僕が困ってることなんて1ミリも伝わらない。
「あのさ……マロには迷惑かけちゃうかもしれないけど、ボクが内緒にしてることを黙ってて欲しいんだ」
聞かれてないから言ってないだけの奇跡的な状況を都合よく解釈した瑞希は、重ねて願う。
「絵名も奏もまふゆも、大丈夫なんだろうなって思うんだけどさ。それでも……どうしようもなく怖くて、言えないんだ」
(……大切だからこそ、言えないこともあるか)
「だからお願い。3人に……ううん、誰にも言わないで」
僕を抱き抱える手の力が強くて苦しい。
どうしようもなく、今の瑞希は不安なのだろう。震える手に尻尾を巻きつけて、僕は強く頷いた。
「にゃっ!」
「! ……ありがとう、マロ」
「にゃん」
これもお礼を言われることではない。
こういうのは外野が伝えるよりも、本人の口から言う方が良い結果になると、相場が決まってるのだ。
僕は無粋なことはしない、デキる猫なのである。
(いつか瑞希の方から、言えたらいいね)
逃げるのは悪いことじゃないけれど、逃げ続けると後悔が追いかけてきちゃうからさ。
瑞希には、悔いることがないようにして欲しいなって、逃げ続けてる先輩は思うよ。
──と、そう思うのと絵名の依頼とは別なわけで。
(申し訳ないけど、瑞希の件に関しては僕が間に挟まっても良くないからさ。時期が来たら瑞希から直接、話を聞いてあげてほしいな)
次の日。
絵名とセカイで会った僕は、リンの通訳に頼りながら所感を伝えた。
「どういうこと?」
しかし、僕の伝え方が悪かったみたいで絵名はみるみるうちに不満な顔に。
その場にいるリンも絵名の味方寄りだったので、危うく崖っぷちに立たされる──前に、颯爽と現れたまふゆに助けられてその場は何とかなった。
……軽率な獣には、人間は難しいよ。
☆マロ知識
マロは知ってるフリではなく、ちゃんと瑞希の悩み事も把握した上で黙ってる猫である。
……
・救助部分は?
マロが狙ってるチャンスタイムもありませんし、類君ならどうとでもできる信頼の元、スキップされました。
・先輩
猫の先輩でもあるし、逃げ続けてる先輩でもあるらしい。
・実際のところ
マロの言葉選びなどももちろんあるけれど、通訳によって細かいニュアンスが伝わらずに誤解を招いていることは多々あったりします。
人と猫の壁は高いですね。