猫はシブヤにいます   作:大森依織

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お楽しみは後に取るタイプですか? 後の楽しみもいいですよね。
野生的には、先に取るべきなんでしょうけど……





60匹目 猫と今後のお楽しみ

 

 

 

 

 

 今夜は珍しく、セカイやまふゆの部屋ではなく外にいた。

 

 

(やっぱり、そう簡単にはいかないかぁ)

 

 

 今日もシブヤの空はよくわからない。

 ずっと昔は綺麗な空が見えていたのに、今ではまともに見えやしない。

 

 

(空も己の心模様も同じってわけだねー)

 

 

 なーんてね。

 

 つまんないことを考えてないで、散歩の続きをしよう。

 登らせてもらっていた塀の上から、僕は民家を移動する。

 

 最近のご家庭は怪我しそうな物騒な金属がついてるから、そういうのがないご家庭は貴重なのだ。

 できる限り壊さないような道を見つけてから、記憶を掘り起こす。

 

 

(んー……振り返ってみても、あの時の雫に絵名を嗾(けしか)けなければ、セカイの住人を見れたのかなぁ。でも、困ってたみたいだったし……)

 

 

 ここ最近、僕の方でも他のセカイを観測できないかチャンスを窺っていたのだけど、高原ハイキング以外にそれっぽい接触ができていない。

 まふゆレベルに他者へ密着できていない僕では、他のセカイの繋がりを見つけられなかった。

 

 

(片手間じゃダメっぽいのは理解したけど、難しいよねぇ)

 

 

 僕の最優先事項はあくまでまふゆやその周りであり、次に僕が見えてる子や縄張り等の見回りになる。

 他のセカイを観測するのは二の次だし、仮説段階のもので緊急性もない。

 

 ハイキングの時もその基準で動いていたからこそ、瑞希の方を優先したわけだし。

 セカイ優先だったら、たぶん雫辺りにくっついていた方がチャンスがあったことぐらい僕も理解しているさ。

 

 

(うむ、やっぱり基準はずらしちゃダメだね)

 

 

 そもそも仮に、僕が見える条件にセカイが関係しているということがわかったとしても。

 それがわかって何になるのかって言われると、その……微妙な話なのだ。

 

 あるとしたら僕が知ってるセカイが増えて、何かヒントが掴めるかもっていう推測ぐらい。

 新たなセカイを見つけても透明猫状態は変わらないだろうし、好転させるならばきっと──何かを、削ることになる。

 僕にはセカイに干渉するような力もないし、そんな力を使ったら消滅まっしぐらなのも目に見えているからね。猫の頭では八方塞がりである。

 

 

(他のセカイを知りたいのも、どちらかというと猫の好奇心だし)

 

 

 これがシブヤの中の話ならば、僕ももっとできることがあるんだけど……セカイとなると、僕の専門から離れていてどうしようもないんだなー。

 余裕があれば話は別だけど、実験する余裕すらないカツカツキャットでは手も足も出ない。

 

 え、猫に手はないだろうって?

 はは、それはそう。猫にあるのは前足だね。

 

 

(まぁいっか。変なことばっかり考えちゃうし、後回しにしよっと)

 

 

 星は煌めいていいないけど、今日の糸は悪くない。

 糸が良い時は慌てないに限る。下手に動くと嫌な糸に絡まれるのは経験済みだ。

 

 

(そういえば最近、この辺は回ってなかったな。ぐるっと見てからセカイに戻ろっと)

 

 

 縄張りの平和は日頃の積み重ねでできてると、僕は思っている。

 数日程度なら平気だろうけど、僕はエリートキャットなので小さな積み重ねも忘れないのだ。

 

 

(──うーん、ヨシ! 異変はなさそうだ)

 

 

 いつも通り迷(・)子(・)はいたものの、溢れてしまうぐらいの数ではない。

 

 

(けど、3日間放置できるほどの仕組みじゃないんだよね。こっちもそろそろ、僕がいなくても動くようにしないと手が足りなくなりそうだ)

 

 

 人間もメンテナンスフリーだとか、自動化だとか大事だって言うもんね。

 猫は人間に付いて行かなくてもいいけれど、環境はまた別だからなー。頑張らなきゃいけないのが辛い所だよ。

 

 

(僕がいなくても回るようにするには……っと、何だあれ?)

 

 

 ピカピカと点滅している何かが、広めの庭を彷徨っている。

 人魂と判断するには人工的な光だ。他人の気配もないので何かの機械(からくり)なんだろうけど、小さくて安定した浮遊ができるものが思いつかなくて首を傾げてしまう。

 

 

(他人の家に勝手に入ると面倒なことになるんだけど、気になるなぁ)

 

 

 光ってて飛んだら届きそうなところでふわふわと浮かれてると、こう……ね?

 本能的な部分を擽られてしまって、飛びつきたくなるのを抑えるのも大変だ。

 

 

(あー、捕まえてみたい。けど、あれが機械(からくり)だったら拙いんだよねぇ)

 

 

 僕としては飛んでるのが気になるだけで物体の価値はどうでもいいんだけど、人間からすると機械(からくり)はとても価値のあるものらしい。

 

 『ラジコン』とかいう、今、飛んでる物体よりも不安定で煩い機械(からくり)が壊れて嘆く大人がいることを、僕は実際に見て学んでいる。

 ここで欲求に従うと、何人目かの犠牲者が出てしまう。

 理性ある猫として、叩き落すのは我慢した方がいいのも……頭では理解しているつもりだ。

 

 

(でも気になるんだよねぇ。もうちょっと、ちょっとだけ近付いてみようかな……)

 

 

 触らないから。僕、わかってるから。

 下からそーっと、何が飛んでるのかだけ確認を──

 

 

「──おや。その特徴的な顔の模様はもしかして、マロくんかな?」

 

「にゃっ!?」

 

 

 突然、背後から声をかけられて飛び跳ねてしまった。

 ぴょーんと飛びつつ、距離を取って方向転換すると、見覚えのある長身が目に入る。

 

 

「ふふふ。そこまで飛ぶとは、よほど驚かせてしまったようだね」

 

(え、なんでこんなところに類が?)

 

 

 どうして類が他所(よそ)様の庭にいるのだろうか?

 よく考えればわかるはずの疑問に悩んでいると、類はガレージを指さす。

 

 

「僕は部屋でショーの仕掛けを作っていたところなんだ。マロくんが興味深く見ていたのはその仕掛けの1つだよ」

 

(部屋……ってことは、あの倉庫が類の部屋なの!?)

 

 

 笑みを浮かべる類が指を指す先には明かりが灯った倉庫しかない。

 あの中が類の部屋であり、僕がいる庭は類の家の敷地内というわけだ。

 

 

(あー、その。お邪魔してます)

 

「猫が入り込むのはよくあることだし、マロくんなら歓迎するよ」

 

 

 少し頭を下げると、類は「あぁ、そうそう」と呟きながら飛ばしていた『仕掛けの1つ』とやらを手元に戻した。

 

 僕が知っている機械は小さな操作用の機械で動かすのだけど、類の手にはそれらしい大きなものはなさそうだ。

 それなのに自由自在に動かしているように見えるということは、僕が考えているよりも高度なモノらしい。

 

 飛び掛からなくて正解だったみたいだね。

 よく我慢した。偉いぞ、僕。

 

 

「こういうところを見ると、マロくんも猫なんだね」

 

(そりゃあもう、僕はまごうことなき三毛猫だよ)

 

「自信満々、といった様子だね。胸を張ってるのを見る感じ、マロくんは猫であることに誇りがあるのかな?」

 

(そりゃあ、僕は可愛い猫なんだもの。当然だよね~)

 

 

 大袈裟に胸を張れば、類は笑って頷いてくれた。

 

 類も結構、僕のことをわかってるよね。瑞希と友達ってのも関係してるのかな。

 2人の場合はこちらの気持ちがわかっていても、まふゆみたいな怖さを感じないから有難いよ。

 

 

「……マロくん、少し君の時間を貰えないだろうか?」

 

「にゃ?」

 

「おやつは鮭とばでいいかい? あぁ、念の為に猫用にしてるから、塩分は大丈夫だと思うよ」

 

 

 オレンジっぽい物体を差し出してくる類の顔から、笑みが消えていた。

 

 ほんの少しの罪悪感を持った、覚悟が決まっている人間の顔だ。

 何が彼をそんな顔にしてるのか、向けられる側は気になって仕方がない。

 

 

「……にゃっ」

 

「ありがとう。それじゃあ、先に渡しておくよ」

 

 

 後払いでも良かったのだけど、先に貰っちゃったら益々、話を聞かないわけにはいかない。

 食べるのは程々に、僕は類が話を切り出すのを待った。

 

 

「マロくんは不思議な猫だとは思っていたけれど、想像以上に特異だったみたいだね」

 

(まぁ、ただの長生きにゃんこではないね)

 

「きっかけは、えむくんの所にいる着ぐるみさんだけ、マロくんを見ていないと聞いたことだったんだ」

 

 

 あまりにも心当たりのあり過ぎるきっかけから、類は語り始めた。

 

 

「僕もマロくんの危機察知能力には興味があったから、少しばかり調べようと思ってしまってね」

 

(あちゃー)

 

「マロくんは普通のカメラや赤外線カメラ、サーマルカメラといった機械類には映っているのに、何故か人には認識されないという、おかしな体質であること」

 

(うっ、おかしくてごめんよ……)

 

「僕ら以外の人には見えてないって所までは、僕個人で調べてしまったんだ。すまないね、マロくん。秘密だったろうに、暴くなんて申し訳ないことをしてしまった」

 

 

 そこまで調べられたら天晴れとしか言いようがないのだけど、僕個人とな?

 

 

(あれ、えむ達は?)

 

「今言ったことは僕個人の秘密として黙ってるから、そこは安心してほしい。えむくん達とマロくんは、良き隣人であってほしいからね」

 

(類……)

 

「知っているのも、勝手に嗅ぎ回ったのも全て僕だけだ。だから──何かするのであればどうか、対象は僕だけにしてほしい」

 

(あー、そういうわけかぁ)

 

 

 僕の秘密であろう透明猫さん状態を知ってしまったから、先に開示してえむ達を巻き込むまいと類は動いたわけだ。

 

 

(秘密と言いつつもニーゴの皆は知ってるし、あくまで騒ぎにしたくないだけの秘密だからなぁ)

 

 

 巻き込むまいと覚悟を決めた類には申し訳ないけど、僕ができることはあまりにも少ない。

 祟りじゃーってする元気もなければ力もない。仮にできても、実行した時点で僕の体は力不足でオサラバだ。

 

 今の僕ができることといえば、黙っててくれると嬉しいなーって思うことと、鮭とばを貰えてラッキーだと喜ぶことぐらいかな。

 拍子抜けさせちゃって申し訳ないと、謝りたくなるレベルである。

 

 とはいえ、勇気を出して告白してくれたことには素直に感謝を述べたい。

 ありがとう、類。

 

 

「にゃあ」

 

「それは、許してくれるって解釈でいいのかな?」

 

「にゃっ!」

 

 

 そういう意味で手を叩くと目を丸くされたので、ちゃんと大きく頷いておいた。

 

 これで祟りっぽいことが起きても、僕のせいだとか勘違いすることはないだろう。

 雲の上の方々は兎も角、僕みたいなカツカツにゃんこにそんな強い力はないから、類の杞憂でしかないんだけどね。

 

 

「ありがとう、マロくん。どうやら君は僕が思っていた方よりも、あちら側に近い隣人だったみたいだね」

 

(あちら側って、まさか?)

 

「気になるだろうけど、僕が勝手に紹介するのも憚られるからね。それはまた、別の機会かな」

 

(うぅむ、無理は良くないか)

 

 

 類と仲が良い人の中に、司がいる。

 頭に浮かぶのは、まふゆと司の類似点だ。

 

 もしもその仮説が正しいのであれば……うん、類の気持ちも理解できる気がする。

 僕は理解がある猫なので、ここはおとなしく身を引こう。

 

 

(用事はそれぐらいかな? なら、鮭とばは貰ってくからね。夜遅くにお邪魔しました)

 

「あぁ、お世話になってる人にバレないようにしてから、気をつけて帰るんだよ」

 

(はーい、っと……?)

 

 

 匂わせてくれた影響だろうか。

 一瞬だけだが、安堵の笑みを浮かべる類の周りに、明るいオレンジの糸が強く見えた。

 

 

(これは、楽しそうな糸だね)

 

 

 どれぐらい先になるかわからないけれど、交わる日が楽しみになったよ。

 

 

 

 

 






☆マロ知識
実は空飛ぶ物体が気になって飛びついた結果、大人のお兄さんを泣かせてしまった経験があるらしい。


……

・飛行物体
滅多に反省しない猫でも、飛びついてはいけないと反省する出来事があったそうです。

・類さん
まぁ、調べてないことはないですよね。
マロは光のにゃんこなので何もありませんでした。


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