猫はシブヤにいます   作:大森依織

62 / 69



諸事情で、先払いには弱いんですよね……





62匹目 猫と先払い

 

 

 

 

 

 野良っ子達に呼ばれて現場である乃々木公園に急行すると、雨の中で青白い影が右往左往していた。

 

 どこにいけばいいのかわからず、あっちへふらふら、こっちにゆらゆらしてたらしい人影。

 お相手さんは想像よりも長い間彷徨っていたらしく、周辺が妙に寒い空間になっている。

 

 夏だと謎のヒヤリスポットとして人気が出る可能性もあるけれど、その『ヒヤリ』が牙を剥く前に対処するのもお勤めなわけで。

 

 

(はいはいお待たせ、送り届けるから落ち着いてね)

 

 

 彷徨うお相手さんを見つけるまでが手間だけど、見つけた後はあっという間。

 

 

(ほーら、怖くないよー。可愛い猫さんがお見送りするよーっと……よし、いってらっしゃい。もう迷わないでね)

 

 

 糸を繋いだらもう、お見送り完了だ。

 ひと仕事を終えて欠伸をすれば、口に水滴が入ってしまった。

 

 

(うげ、雨が酷くなってきちゃった。急げ、急げ)

 

 

 最近はずっと雨だから、縄張りのパトロールも億劫である。

 こういう時ほど、自動化ってのができればいいんだけど……イマイチどうすればいいのか掴めないのが、直近の悩みだった。

 

 

(ふぃー、びっちょびちょだよ。見てる分にはいいけど、雨の中は突っ切るもんじゃないね)

 

 

 風は凌げないけれど、雨なら凌げる木の下に走る。

 雨も少し凌ぎきっていないものの、ポツポツ程度なら僕を濡らした水の糸ごと弾けば終わりだ。

 

 

(ていっ)

 

 

 糸を纏めて猫パンチすると、水滴がパンッと音を立てて周辺に弾け飛んだ。

 

 うーん、気持ちいい。一気に水が弾け飛ぶのを見るとスカッとする。

 まぁ、濡れる不快感の方がとっても強いので、自分から濡れようとはぜっっったいに思わないんだけども。

 

 

(そろそろ、雨の日でも迷わないように対策するべきなんだけど……アイデアが出てこないなぁ)

 

 

 今の僕の考え事はパトロール中ということもあって、お相手さん方が迷子になってしまうことだった。

 最近、どうにも迷ってしまう子が多くて、僕の限界がこんにちは〜ってしてるのだ。

 

 あまりにも多いものだから、猫1匹でシブヤという土地を舞台にモグラ叩きをしてる気分である。

 だからこそ、仕組みを自動化した方がいいのでは、と考えたわけだけど……言葉の意味はわかっても、それを仕組みにするのはまた別の話だ。

 

 急ぎたくても急ぐことができない。全く笑えない状況だった。

 

 

(いくらお相手さんの元が良い人であってもなぁ。大勢の感情が渦巻くこの土地で直接、感情を浴び続けていたら……たぶん、十年もあれば影響を受けて堕ちちゃうし)

 

 

 悪霊程度で済めばまだマシな方で、祟り神に成られてしまうと僕でもお手上げだ。

 だからこそ、完璧な仕組みを作りたいのだが……その手掛かりすら全くわからないから、困ってしまう。

 

 

(最近は他から流れてくるお相手さんも増えてるし……他は大丈夫なのかと心配するべきなのか、対策できてない僕が悪いのか)

 

 

 気分が落ち込んだり疲れてしまうと、愚痴が多くなって良くない。

 僕は思考を振り払うように頭を振って、嫌な考えを追い出した。

 

 

(考え事は晴れてからにしよーっと。僕の感情がお相手さんの堕ちる原因の1つになると、いけないからねー)

 

 

 こういうのを『あんがー(アンガー)まねじめんと(マネジメント)』とかいうんだっけ? 

 あれ。でも、僕は怒ってないから、まふゆが言ってたソレとは違うのかな?

 うぅむ、海の向こう側の言葉はわからない。あれもこれもぜーんぶ、棚上げだ。

 

 

(……おや?)

 

 

 何もかも棚上げしていく僕の前に、見覚えしかない糸が2つ、流れてきた。

 

 この糸は恐らく、奏と瑞希だろう。

 そもそも奏が雨の日の公園に来てるのもそうなんだけど、珍しい組み合わせだ。

 

 気のせいの可能性もあるから目を瞬かせてみるものの、糸はそのまま。

 何なら傘を手に持った2人が遠くからやってきた。

 

 

「──あ、あんな所に猫が雨宿りしてる」

 

「本当だね〜。ボク、マロと関わるようになってから色んな猫に目がいくようになっちゃったよ」

 

「わたしも。外に出た時に猫を見ると、つい顔に模様がないか見るんだけど……あれ?」

 

「噂をすればってヤツかな? おーい、マロー」

 

 

 向こう側も僕に気がついたみたいで手を振ってくる。

 

 雨も止んでるし、知らぬ中でもないから駆け寄ってあげよう。

 水溜まりに気をつけて駆け寄ると、奏と瑞希が笑って出迎えてくれた。

 

 

「やっぱりマロだ」

 

「やっほー、マロ。って、あんまり濡れてないじゃん。今日は1日、雨宿りしてたの?」

 

(1日雨宿りとは失礼な、僕は縄張りのパトロールをしてるんだよ。今は待機中なの)

 

「うーん……聞いてみたけど、わかんないね! 奏はわかった?」

 

「わたしもわからなかったよ。でも、不満そうな顔だし、何かしてたのかもしれないね」

 

 

 念の為に答えたけれど、細か過ぎるせいか伝わらなかった。

 伝わらないのはいつものことなので気にしないにしても、2人は何しに公園に来たのだろうか。

 

 首を傾げる僕に、瑞希がタイミングよく疑問の答えを口に出した。

 

 

「あ、そうだ。マロはこの公園の中で、カーネーションの花畑を見てない?」

 

「にゃ?」

 

「奏の思い出の場所なんだけど、公園を回っても見つからなくってさ。最後にお気に入りのスポットを教えて帰ろっかーってなってたんだよねー」

 

 

 花畑と呼ぶぐらいカーネーションが咲いてる場所は、シブヤ暮らしが長い僕も心当たりがない。

 

 雨の中の公園を回ってたってことは、思い出の話から探そうとしてるのかもしれない。

 小さい頃に見た花畑っぽい場所、と考えると──よし、引っかかった。

 糸は……あれ、すぐそこの噴水?

 

 

「にゃあ」

 

「え、マロ?」

 

 

 瑞希の呼び声を背に、噴水の近くにある大きめの花壇に向かって走る。

 これを花畑と呼ぶとは、随分と幼い頃の記憶を辿っていたらしい。

 

 

(……奏の幼い頃の記憶、ね)

 

 

 思い出を手繰る理由はルカの言葉が原因か。奏も引き篭もりのように見えて、行動的なところもあるようだ。

 

 

(行動的なのはいいとしても。奏にとって過去を振り返るのが吉と出るか、凶と出るか)

 

 

 この場にいるのは、見えない傷でズタボロの2人である。

 負荷が高過ぎて出血しないか、この心配が猫の杞憂であることを願うしかない。

 

 

「この花壇……」

 

「奏、どうしたの?」

 

「──ここ、お母さん達と一緒に来た花畑だ」

 

「えっ、ここが? ……あ、そっか! 奏もすごく小さかったから、こんな大きめの花壇でも花畑だと思っちゃったんだね」

 

「たぶん。勘違いしててごめんね」

 

「ううん、見つかってよかったよ」

 

 

 花壇を見つめる奏と瑞希は、今のところは穏やかだ。

 

 

(生きていて、傷付かない生き物はいないか。ダメだなぁ、僕)

 

 

 まふゆを懐に入れたせいか、どうにもその周りにも過敏になってしまう。

 猫は人間じゃないから、人間への適切というのが難しいのだ。

 

 

(うぅむ、わからん。だけど、今回は見守るのが正解かな?)

 

 

 2人から数歩離れた場所で、僕は邪魔しないように座り込む。

 その間にも瑞希と奏はカーネーションの花壇の前で、複雑な表情を見せていた。

 

 

「──ここが奏の、大切な思い出の場所なんだね」

 

「えっ」

 

「ちょっと嬉しいんだ。奏はいつも、自分を押し殺してる感じだったけど……この花壇を見てた時は、すっごく幸せそうに見てたから。だから、良かったなって」

 

「……瑞希」

 

「あっ、ごめんね。ボクみたいな他人が、わかったような口を利いちゃって」

 

「ううん、そんなことないよ。ここに来なかったら、何も思い出せなかったから」

 

「ねぇ、奏。よかったら、昔ここに来たことを教えてくれない?」

 

「あ、うん。えっと──」

 

 

 生きてる人間は僕が思っているよりも強くて、2人もそれは例外ではないようだ。

 僕が後ろにいることも忘れて、思い出話に花を咲かせている2人を見ていると余計にそう思う。

 

 

(今のところは大丈夫、っぽい?)

 

 

 糸は今、2人の危機を伝えてはいない。

 しかし、何かを間違えてしまえばするりと落ちてしまう危うさが垣間見える。

 

 

(いや、それは2人だけじゃないか)

 

 

 奏や瑞希だけでなく、まふゆや絵名、どこかの誰かや……僕でさえも。

 世界はどうにも、平和そうに見える裏側に1歩間違えれば簡単に終わってしまうような危機が蠢いているらしい。

 

 

(種類が変わっただけで、命の危機ってのは今も近くに潜んでるのかもね)

 

 

 昔のように直接、見える形の方がまだ良かったのか。

 今みたいに見えないところで、肉体の外だけでなく内側からも危機が這い寄ってくる方がいいのか。

 

 

(うぅむ、わかんにゃい)

 

 

 あまり難しい話は増やさないでほしい。僕は三毛猫の親から生まれて、育ちがちょっと特別なお猫様だぞ。

 昔の仕組みを維持するので精一杯だ。考えることが増えるのはとても困ってしまう。

 

 

「──ボクのお気に入りの場所が奏の思い出の場所だったなんて。えへへ、ちょっと嬉しいな!」

 

「うん、わたしも。ありがとう、瑞希」

 

(わからな……って、あれ?)

 

 

 わからなくて悩んでるせいかもしれない。

 一瞬だけ、瑞希に微笑む奏の後ろに白い人影が見えた気がした。

 

 

(……奏って、僕の想像以上にすごい子なのかな?)

 

 

 本人が心の殻にこもってほぼ拒絶してるような状況なのに、あんなにハッキリとしてる守護霊は初めて見た。

 いくら関係が強い場所に来たとはいえ、周りに影響された迷子並みに姿が見えるのも珍しい。

 

 

(あんなに凄いのがいらっしゃるのなら、そりゃあ綱渡り生活をしても生還するよね)

 

 

 奏は今まで、どうやって生き残ってきたのか不思議だったけど、その答えを目撃してしまったかもしれない。

 だって奏、野生だったら絶対に生き残れそうにない生態だもの。あの後ろ盾によって生き延びているのなら、僕も納得である。

 

 

(これはもう、特に奏を心配しなくてもいいのでは……ぬ?)

 

 

 奏の後ろの人影が、何故かこちらをじっと見ていた。

 

 

(む、す、め、を、よ、ろ、し、く……ファッ!?)

 

 

 口をぱくぱくと動かして、スッと姿を消す人影。

 しかも、奏との糸もしっかりと繋がれて、僕の力もちょっぴり回復するおまけ付きだ。

 

 

(や、やられた……先払いされてしまったぁ)

 

 

 こっちの性質をよくご存知でっ……!

 お上の方々といい、普段は可愛い可愛いってしてくるのに、いざって時は都合よく僕を使うんだから、もう!

 

 

(わかったよ、よろしくされるよ。今まで通りにしかしないけどね!)

 

 

 しかし、よーく覚えておいてほしいんだけど。

 僕、猫だから。人間みたいなことを期待されても、物理的に無理だよ。

 

 そこは理解して、お願いだから祟らないでね?

 

 

 

 






☆マロ知識
マロの目には迷子などの姿は見えているものの、何を言いたいのかはわかっていないので、意思疎通はできないらしい。


……

・かーねーちょん
と、幼き奏さんが言ってるイベントストーリーです。かーねーちょん。

・白い人影
どなたかはわかりませんが、マロ曰く守護霊らしいです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。