首を突っ込むなら、場所を選びたいですね。
「──みんなっ、早くセカイに行こーっ!」
(むむ、セカイだって?)
まふゆ達が『放課後』と呼ぶ時間に宮女の校舎に潜入していると、元気いっぱいの声が聞こえてきた。
この声は聞き覚えがあるぞ。
比較的、僕におやつをくれるお客さんの1人──咲希の声だ。間違いないね。
どうやら咲希は一歌や志歩、奏がいつもお世話になっている『望月さん』こと穂波という、いつもの4人で固まっているらしい。
あの4人は僕が見える子達であり、セカイという空間を持ってるかもしれない候補である。
(今度こそ、まふゆ達以外でセカイに行くところを見れるかな?)
廊下の踊り場となっている壁に体を隠して、耳を澄ませる。
動く尻尾も踏みつけているので、頭隠して尻隠さずみたいなことも対策済みだ。
(僕は準備万端だよ。さぁ、何時でもセカイに──)
「今日は周りに人が多いから、もう少ししてからね」
(……ですよねー)
水をかけられるような志歩の声に、僕は肩を落とした。
残念無念、そう簡単に現場は目撃できないようだ。
(それはそうだよね。こんな人の多いところで消えたら事件だよ、事件)
それすら思い浮かばないとは、何という浮かれにゃんこだろうか。
恥ずかしいけれど、セカイ目撃チャンスはまだ逃していないはず。
気を取り直して、廊下を進む咲希達を追いかけよう。
(お、誰もいない教室に入ったね。今度こそチャンスかな?)
抜き足、差し足、忍び足。
……なーんてしなくても、特に大きな足音も出ない猫の足で、人気のない教室に入った4人を尾行する。
4人が教室の前の扉から入ったのを確認して、僕は後ろの扉の隙間に体を滑り込ませた。
「──これから、私達がプロになるために何が必要なのか話していこうと思う」
その瞬間、耳に飛び込んできたのは志歩の真剣な声。
一歌や穂波だけでなく、咲希もいつものニコニコ笑顔が神妙な顔になっていた。
(あちゃー、違うところを目撃しちゃった)
違うんです。
僕はあくまでセカイに行くところを目撃したかっただけで、凄そうな作戦会議を盗み聞きするつもりはなかったんです。
(……まぁ、僕が盗み聞きしたから何だって話だけどさ)
猫ではライバルどころか、敵役や悪役にさえもなれない。
良い所、背景役だろうけど……透明猫の僕ではそんな役ですら与えられないだろう。見えない背景って、背景の意味がないもの。
(それにしても、プロかぁ。高校生にしてもう、辛くて険しい道を進むことを選んだんだね)
それか、そういう選択をできるからこそ、セカイなんて場所を創り出せるのか。
まだ予想の段階ではあるものの、僕が見える人はそれぞれ、苦難の道を歩む勇気を持っているように感じる。
(違うか。似たような強い想いを抱いて、同じ船に乗る仲間──うん、そう考えた方がカッコいいよね)
僕が見えている子の中でまふゆ達はちょっと毛色が違うようにも思うけど、似たような想いを抱いているという点ならきっと一緒だ。
(セカイが船みたいな場所の場合、僕もまふゆ達の船の隅っこの方に乗せてもらえているって解釈でいいのかな?)
それとも、無賃乗車状態なのだろうか。
謎の悪寒でも流行っているのか、少し体が震えてきた。
盗み聞きしてるのも気分が悪いし、外で作戦会議が終わるのを待っておこう。
(……あれ。出て待っていたら、目撃タイミングとかわかんないのでは?)
外に出てから暫くして、そのことに思い至った。
僕のバカというか、何をやってるんだと自分のことながら呆れてモノも言えない。
幸いなことに声は聞こえないけれど、人の気配はまだ残っている。きっとここからでも間に合うはずだ。
慌てて教室の後ろからまた首を突っ込んで、教室へと侵入した。
(ばかばか、僕のおばか! それはフラグだって瑞希に教えてもらったでしょーっ!)
が、1歩遅かった。
教室に入ったのとほぼ同時に目の前が真っ白になる。
それでも何とか中に入り込んだ僕の眼に映るのは散らばった青い糸だけ。
唯一見えている青い糸ですら、唖然としている間に消えてしまった。
(いや、ここは逆に考えるんだ。糸が見えただけでも収穫さ、と)
……だめ?
現場を押さえることが目的なら、ダメかぁ。
(でも、糸は見たもんね。僕が見てないのは雫達のところだけになったし、半歩ぐらいは前進したんじゃない?)
杏達が赤で、類達がオレンジ。
で、教室に残っていた色を見るに、穂波達が青のようだ。
(まふゆの時に見た色が紫だったから、髪の毛の色が関係あるのかと思ってた予想も大ハズレかぁ)
うぅむ……僕の予想、全く当てにならないな。
探偵でもなければ、見通せる目を持ってるわけでもない猫ではこの大きな謎には太刀打ちできそうにない。
何なら予想しない方が当たる気がしてきたのは、僕の気のせいではないはず。
雫達と繋がってる糸の色とか、予想したら絶対に外す自信しかないもの。
ここは何も考えない方が賢明だろう。
個
(ここで待つのもいいけど、いつ帰ってくるのかわからないのがなぁ)
何時ぐらい、というのがわかればいいのだけど、寝ずに待ってられる程、僕は暇じゃない。
暇なら良かったのだけど、自分の人気具合が憎いね。この後はセカイでリン達と遊ぶ約束をしてるのだ。
(他セカイ探索隊はここまでにしよう)
セカイっぽい糸の痕跡を見ることができたのだ。
まふゆの時と同じなら、粘っている間にそれらしいのと遭遇できるはずだ。
この悠長さはお上の方々譲りだけど、慌てて仕損じるよりはマシだと信じよう。
僕はまた教室の隙間に体を滑り込ませて、他の誰かに見つかる前に学校を抜け出したのだった。
☆★☆
(──とーうっ! って、ありゃ。誰もいない)
ちょっと格好つけて、誰もいないセカイの地面に華麗に着地したというのに、目撃者はゼロである。
猫でなかったら、羞恥心で倒れていたかもしれない。
(何もないセカイなのに、こんな罠があるとは……セカイ、恐るべし)
自分で仕掛けた罠に自分から飛び込んだようにも思えなくもないけれど、きっと気のせいだな。そういうことにしよう。
(さてと。寂しい寸劇は置いておいて、リン達はどこかな~)
本人がいないので糸を手繰るのも苦労しそうだし、勘に従って歩く方が削られないだろう。
そう判断して真っ直ぐ歩くことにした僕の目に入って来たのは、探していたリンではなくメイコだった。
(あ、メイコ。こんにちは)
「ええ」
今日もメイコはこのセカイと対抗できそうなぐらい寡黙である。
静かだけど、最初の頃のように何を話しても声が返ってこないことはないので、順調に親交を深められていると思う。
僕の願望込みの評価なのだと思っているのだけど、今日のメイコは何故か立ち去ることなく、じっと僕を見ている。
まさか、本当に親交が深まっているとか? ……うん、冗談はやめておこう。
(それで、今日はどうしたの? 僕になにかついてる? 毛虫とかが付いているのなら、早急に教えてもらえると助かるんだけど)
特に虫を持ち込んでたら、絵名に何をされるかわからないので早く教えてほしい。
僕の切実な願いが伝わったようで、メイコは無視せずに首を横に振った。
「何もついてないわ」
(じゃあ、何を見てたの?)
「……あなた、また変なことに首を突っ込んでないでしょうね」
(ぎくぅっ)
って、言ってみたけれど、僕が突っ込んできたのは教室の扉という『ところ』にであって『こと』ではないか。
(その、ごめん。思わせぶりな反応をしたけど、僕が突っ込んだのは教室の扉の隙間だから心当たりがないよ)
「……あなたは何をしてるのよ」
正直に打ち明けたら溜め息をつかれるぐらい呆れられてしまった。
メイコの反応も当然だ。
校舎に侵入して好き放題してますって宣言したようなものだもの。僕でも呆れちゃうね。
「……もういいわ」
たぶん何かを言いたかったはずなのに、メイコは何処かへ立ち去ってしまった。
僕のおバカ具合はメイコも匙を投げるレベルらしい。
悲しいけど否定できないので、気持ちを切り替えてリン達を探そう。
「マロ」
「お話、終わったんだね」
(おや、リンとミクじゃないか。迎えに来てくれたの?)
探そうと思っていたのに、リンとミクの方から来てくれた。
タイミングの良さに嬉しくなった僕に対して、何故かリンとミクはピタリと揃って動きを止めた。
「マロ、何したの? 白状して」
(へ? いや、何のこと……?)
「マロの存在感が強くなってるから、何かあったのかわたしも、それからリンも心配になったの」
「心配してないから。急に変わったから驚いただけ」
存在感とミクに指摘されて、蘇るのは『よろしく』された雨の日のこと。
前払いによって急に回復したから、さっきのメイコやリンとミクも、僕に違和感を覚えたらしい。
(そういうことか、心配してくれてありがとう。ちょっとお願い事をされて、報酬が多かっただけだから大丈夫だよ)
「また変なことに巻き込まれてるんじゃないの?」
(またって、いつも変なことに巻き込まれてるみたいに言うなぁ)
「じゃあ、トラブルに首を突っ込んでる」
(そんな物騒なものに首なんて突っ込んでないよ!?)
「ふふ……2人とも、仲良いね」
「別に良くない」
さっきまで言い合ってたリンに食い気味に否定されると、少しショックだ。
プイッと顔を逸らすリンと、落ち込んでしまう僕を交互に見て、ミクは口角を少し上げる。
(ミクは嬉しそうだね)
「うん、仲が良いのは嬉しいよ」
(そっか。それは良かったよ)
さっき、リンに思いっきり否定されたところだけど、ミクが嬉しいのならそれで良いか。
(そろそろ遊ぶ? 今日は何するの?)
「ルカに教えてもらったあやとり。マロも手伝ってね」
(うーむ、ミクが望むお手伝いができればねぇ)
この肉球はあれど人間のような指はない猫の手で、あやとりを手伝えるのなら手を貸そう。
「じゃあ、マロ。まずはこの輪に首を突っ込んで」
(その糸の輪に!?)
まさか、猫の手じゃなくて首を求められるとは思わなかったよ……
☆マロ知識
マロの中で『さん』付けで呼びたいぐらい尊敬しているのは穂波とメイコらしい。
……
・尊敬
メイコさんは真似したい相手として。
穂波さんは『あの奏をお世話してくれてる家事代行の人だって!?』と気持ちから、マロの尊敬対象になってるらしいです。
・マロの調子
いつぞやの時に守護霊の方から前払いをいただいてしまったので、比較的元気になりました。
……マロは「よろしく」の言葉から前払いだと勘違いしていますが、霊の方は『いつも娘がお世話になってます』の気持ちが強かったらしいです。