……猫ですけど、馬とか鹿とか言われる自覚はありますよ。
今日もまた、シブヤに
(迷子の迷子のお相手さーん、あなたの行き先はここじゃないですよー)
黒い
「にゃあ」
迷子のところまで案内してくれた黒い野良っ子が一声鳴く。
迷子がいなくなって、周りが落ち着いたお礼に狩りの成果を差し出そうとしてくる。
……気持ちは有難いけど、
僕も「にゃー」と鳴き返してから、再びいつものパトロールに戻った。
(うーん……やっぱり、増えてるよねぇ)
気のせいだと思いたかったけれど、やっぱり外から来る迷子が増えている。
僕がバカをやらかしてしまった結果がじわじわと今、目に見えて現れているのか。
若しくは外の生き残りがまた減って、こちらの負担が増えてしまったのか。
(早くこっちの仕組みを更新しないと、何もしないままに僕がくたばってしまうなぁ……ははっ)
人間でいうところの『過労死』が猫にも適応されるのは、流石に笑えない。
そんな消滅理由はできれば遠慮したいが、頼れる宛も専門性も僕にはなく。
(何か、そういうのに詳しい有識者が突然現れてくれないものか)
過労
何とかして僕が見える上に、僕の言葉を理解できて、自動化のような仕組みに詳しい人に会って、この件について相談しなくては──
(……いや、無理じゃない?)
最初の時点で躓いて、次で派手に転んでズタボロの雑巾になる未来しか思い浮かばないんだけど?
これはもう、ダメかもしれない。
過労
(皆、ごめん。もしかしたら僕、合流した後に頭を殴られるような逝き方になるかもしれないよ……)
ある方から『任せられた仕事も全うせずに何やってるんだ、この畜生めーっ!』ってぶん殴られる未来まで見える。
これ以上考えていたら、頭がどうにかなってしまいそうだ。
今悩んでもどうしようもないので、必殺・棚上げを使うことにした。
(おっと、考え事をしてたらビビッドストリートまで来ちゃった)
うっかりしてた。
来ないぞ、と言いながら前を通り過ぎるなんて、僕のポンコツは今日も変わらず絶好調らしい。
このままウロウロしてたら杏達に捕まっちゃうかもしれないし、早々に立ち去らなくては。
「──はぁ。何でいないんだよ、あいつ」
そう思ったタイミングで、大きなひとりごとを言う不審者オヤジ──
厳つい格好と黒いサングラス姿は久しぶりに見たけれど、相変わらずのコワモテスタイルである。
(久しぶり、大河。相変わらず威圧感のある格好だよねー)
「……探し回ってたせいか、あのバカ猫の自慢げで憎たらしい顔が見える気がするな」
(あはは、本当に見えたら良かったのにね)
この糸がちゃんと繋がれば、大河にも僕の憎いぐらい可愛い顔を見せてあげられたのに。
しかし、探してくれていた大河や僕の望み通りにはいかず、今の僕では糸が全く反応してくれない。
(力が足りない、か……わかっていたけど、寂しいなぁ)
このまま、残念無念と立ち去ろうと思っていたのに。
僕の体はどうしてか、大河の隣に座っていた。
「……たく。この大河様の礼も受け取らずに消えるとは、相変わらず可愛げのない猫だな」
(いやぁ、残念だよ。こんなに可愛いお猫様が近くにいるのに、お礼も受け取ってあげられないなんてねー)
「いないはずなんだがな。何故か今、お前がいるような気がするのはどうしてなんだろうな」
(……さて、どうしてだろうね)
今までの絆だよ、とか粋なことが言えたら良いのだけども。
生憎、『バカ猫』と呼んでくるような『不審者オヤジ』との仲は良好ではないのだ。
「マロの写真を送り付けたら、あいつも飛んで帰ってきそうなんだがなぁ」
(あ、凪とは別行動中なんだ?)
「奇跡の復活を果たしたら、もっとパワーアップして帰らないとマロにも杏にも顔向けできないってなんだよ。杏は気にしねえだろうし、あいつは未だに見つかんねえよ」
唸るような愚痴を溢してから、大河は急に口を閉ざした。
そのまま口に手をあてて、ゆっくりと周りを見渡す。
「何でだろうなぁ、今日は妙に呟いちまうと思ってたんだ。最初は珍しく感傷的になってると……そう、思ってたんだが」
深く、本当に深く息を吐く大河。
その真っ黒なサングラスの向こうにある目は、どんな目をしているのか。
わからないはずなのに、不思議と鋭い眼光を向けられてるような気がした。
「──マロ。お前、ここにいるんだろ?」
「にゃっ!?」
大河には、見えていないはずだ。
隣にいるのに全く目が合っていない。思わず出してしまった叫び声にも反応しない。
だから、大河には僕が見えてもいなければ、声も聞こえていないはずなんだ。
「残念だなぁ、おい。バカ猫は絶対に驚いてるだろうに、全く見えやしねえ。昔から変だとは思っていたが、これはまた一段と突き抜けたもんだな、ええ?」
(うぅ、返す言葉もないね)
人に見えない猫なんて、いくら猫だと主張してもどうしようもないってことは僕も本当はわかってるんだ。
それでも、大河のように変だ、おかしいって思いつつも受け入れてくれる人が街に多かったのはきっと、凪のおかげだ。
その凪がいない今、僕はどうしようもなく否定したい事実を並べ立てられるし、街に行くのも苦しくなる。
思わず逃げ出しそうな僕に対して、大河は低い声を出した。
「なぁ、マロ。お前が街に来ないのは──消えちまったのは、俺のせいか?」
(へ? 何で、大河のせいになるの?)
意味がわからない。
どうして大河はそんな考えに至ったのだろう?
「お前のことだ。どうせ『意味がわからない』とか、思ってるんだろ」
(うっ)
「良い意味でバカだからこそ、変で怪しくても、愛されてるんだろうな……お前はよ」
(結局、僕の評価はバカなんだ)
「バカだから、放っておけなかったんだろ。あの頃は皆、必死に隠しつつも、周りのヤツらがふとした拍子に嘆いていたよな。覚悟を決めたつもりの俺でさえ、奇跡が起きてくれないかと……柄にもなく、神頼みしちまったぐらいだ」
大河に言われて、表面上は大きなイベントが開かれることになって明るく振る舞ってるのに、裏側では悲しそうだった街の記憶が蘇る。
「そうやって周りに願われてしまえば、バカなお前は動くだろ。で、おかしくて変な猫のお前は、ありえない奇跡を手繰り寄せてしまったわけだ。お前自身を犠牲に、な」
(大河……)
「俺達にとっては凪の為のラストライブのつもりが、奇跡的に凪が回復して、大団円だった。だが、それは──お前がその身を犠牲にして掴んでくれた結果だったんだろ」
(違うよ。そんな、自己犠牲的な話じゃないよ)
「なら、これは美談でも何でもねえ。見えない所に負債を押し付けて、自己犠牲を強要した最悪な話だ。俺も、それを否定もせずに飲み込んだお前も、バカばっかりだよな」
大河はサングラスの
そんなに溜め息ばかりしてたら、幸せが逃げちゃうぞ。
あ、もう逃げてるのかな? って、足を動かさないでよ、危ないなぁ。
「無性に腹が立つんだが、絶対にあいつのせいだろ。そんなんだからバカ猫なんだよ、お前は」
(そっちはそんな厳つい姿で可愛い猫を蹴ろうとするから、お巡りさんに大人気なんだよ。不審者オヤジの心根が漏れ出てるんだ)
「おい、大人しく足元に座ってろよ? いつもは凪に止められてたが、今日という今日は止まらねえぞっ」
(やーだーよー。誰が危ないってわかってて話を聞くもんか〜)
べろべろば〜。
珍しくしみったれた空気にしてくれた大河の扱いなんて、こんなもので良いでしょ。
「おい、マロ」
(うん?)
「杏も良いチームを組んだみたいだし、近いうちにあの日の夜を超えてくる可能性が出てきた。そうなれば必然的に、凪も動くぞ」
(まぁ、だろうね)
「お前がもし、あの日のことは自己犠牲でもなければ、自分勝手に引き起こした結果だったと。そんなバカな主張を貫き通すつもりならよ……せめて、見えるようにはなっておけよ」
(うげ、無茶言うなぁ)
「お前があの日のことを自己犠牲の美談にしたいのなら、姿を消していればいい。だが、そうでないのなら──次は元気な顔を、見せてくれ」
(……うん)
「それと、遅くなったが、助かった。お前のおかげで俺達には今があるんだ……ありがとな」
大河は足元に紙の包みを置いてから、街の中へと歩いていった。
これ以上は大河も話すつもりはないらしい。
それならしょうがないので、置いていった紙の包みを鼻先でそっと開ける。
紙の包みの中には僕が昔、大河と一緒に食べていたチーズのチップが積み重なっていた。
(あ、これ好きなヤツだ。大河、覚えててくれたんだ)
僕が普通じゃないって感じると、凪の近くにいるのをよく思ってなさそうだったのに。
普通じゃないのに溶け込んでいて、何を企んでるのかわからない小憎らしいバカ猫だってのは大河自身が言ってたことだ。
(バカだの何だのと悪口言うけど、大河も僕のこと好きだよねー……僕も大河のこと、嫌いじゃないけどさ)
あの服装のセンスを常日頃から発揮してるのだけは、色々と勿体無いと思うけど、嫌いじゃないんだ。
……本当に、あの厳ついセンスは怖がる子が多いし、もう少しまろやかな感じに仕上げたら文句がないんだけどね!
(アメリカとかいう国に行ったら、変わると思ったんだけどなぁ)
せめてサングラス常用はやめとかないと、肝が据わった子しか近寄らないんじゃないだろうか。
実はそれが狙いだったりするのかな。人間を理解するのはまだまだ難しいね。
(それにしても、課題ばかりが増えていくね)
再び、周りに見えるようになること。
その為に『セカイ』というのを調べること。
その時間を稼ぐためにも僕の命の危機を救う仕組みを再構成すること。
(まずはセカイのこと、だよね)
時間制限もついてしまったし、頑張らないと。
☆マロ知識
大河達とは彼が学生時代からの付き合いなので、遠慮なんて殆どない関係らしい。
……
・大河さん
本話でメインのように話をしておりますが、ビビバスストーリーのサブキャラです。
マロの評価は『第一印象で損してるタイプだよね……』とのこと。
・大河さんとマロ
凪さんが拾ってきた変で怪しい猫と、声をかけるのに勇気がいりそうな厳つい男。
お互いにそんなふうに呼び合ってる仲だったものの、案外悪い関係ではないそうです。
・課題
大河さんから課題を出されてしまったマロ。
さて、どうするのでしょうか……?