ぴー、ひょろろ〜。
……あ、はい。すみません。
シブヤ夏祭りの当日ということもあって、お祭りの会場周りも人が多い。
「おーい、まふゆー」
とんでもない人の群れを前にすると、本当に後から合流できるのかと不安だったけれども。
瑞希の大きな声と手振りによって、その不安は払拭された。
近寄ってみると絵名と奏もいるみたいだし、無事に合流が完了したようだ。
僕を抱えたまふゆが3人の元に行くと、代表して瑞希が労ってくれた。
「お疲れ~、まふゆから早く合流できるって連絡が来た時はビックリしたよ。もしかして、勉強よりもボク達と早く遊びたくなった?」
「ううん。今日は清掃業者が入る日だったみたいで、途中で自習室から追い出されただけだよ」
……まふゆよ、そこまで素直に言わなくてもいいのではないだろうか。
じっと見つめてみたけれど、僕の後輩には効果がないらしい。
僕とまふゆを見ていた瑞希は楽しそうに笑った。
「あはは、早く終わったのならラッキーじゃん。そんな幸運なまふゆにはー、ボクからこのバックをプレゼント♪」
「そう、いらない」
「まぁまぁ、そんなバッサリ切り捨てずに見てってよ。じゃ~ん」
満面の笑みで瑞希が差し出したのは、少し大きめの鞄だった。
口が大きくて、ちょっと籠っぽいようにも見えるけれど、瑞希の私物というだけあって可愛らしい鞄だ。
まふゆも一応、じっくりと見てから小さく頷いた。
「私も鞄は持ってるから、いらない」
「まぁまぁまぁ! そう言わずに!」
「なんで」
「このバッグを見て、何か思い浮かばない?」
瑞希が可愛らしい鞄をゆーらゆらと揺らすが、僕もまふゆも揃って首を傾げる。
いつまで経っても答えが出そうにない状況だ。そんな状況を打破するように、絵名が割り込んできた。
「それにマロを入れたら、まふゆも両手が塞がらないでしょ。マロの運び心地とかも考えて選んでたらしいから、受け取ってあげなさいよ」
「ちょっ、絵名!? なんで全部ネタばらしするのさーっ」
「今日は祭りがメインであって、謎解きしに来たわけじゃないでしょ。さっさと話を進めないと、奏が倒れちゃうかもしれないし」
「あ、わたしは大丈夫だから……」
「あー、うん。そういうわけで、このバッグをどうぞ」
鞄を押し付けられたまふゆは、渋々僕を地面に下ろしてから受け取った。
「マロ、入る?」
「にゃあ」
僕は鬼ではなくて猫なのでね、瑞希が用意してくれたのなら入るとも。
まふゆが広げてくれた鞄の中に入り込み、居心地を確かめる。
意外と固いし悪くなさそうだ。バスのケージと比べると天と地ほどの差があるね。
「ボクの見立て通り、大丈夫そうだねー。ちょっとチャックを閉めて~。ほらマロ、ここから顔を出して」
(その穴だね、了解)
瑞希の指示通りに鞄から顔を出す。
「にゃっ」
ずぼっと顔を出すとジャストフィット。
これは中々、安定してそうだ。まふゆが持ち上げても揺れ過ぎて気持ち悪いってこともない。
「これならまふゆも食べ歩きとかできるでしょ」
「うん。ありがとう、瑞希」
「どういたしまして。っと、お待たせ~。こっちは準備できたよ!」
随分と待たせてしまったのに、奏も絵名も首を横に振ってくれた。
「ううん、そんなに待ってないから気にしないで」
「ライブイベントまでまだ時間があるし。折角だから、屋台でも見て回る?」
「お、いいね~。奏とまふゆはどう?」
「わたしは大丈夫。こういうお祭りは全然行かないから、何があるのかわからないんだけど……」
「皆が行くなら付いていく」
「じゃあ、ぶらぶら~って見て回ろっか! レッツ、ゴー!」
そう言って、1人だけ飛び出していく瑞希。
当然のようにまふゆと奏は追いかけないし、1人で走っても誰も付いて行かないわけで。
「あぁもう、1人だけ飛び出したら逸れちゃうでしょ! 待ちなさいよ、瑞希ーっ」
唯一、傍観できなかった絵名が叫んでる姿を見ると、こう思う。
(うぅん、お祭りだねぇ……)
盛り上がって1人駆けていく瑞希も、逸れる子を呼び止めようとする絵名も。
いつの時代も変わらない賑やかさだ。僕もかなり久しぶりに祭りに来たこともあり、ついつい感傷に浸りそうになってしまう。
(懐かしいな。あの方、お忍びだとか言いながら僕を頭に乗せてたから、周りからするとバレバレだったんだよね)
気が付いた人は皆、知らないフリを徹底していたのを思い出すと──あの方はとても慕われていたのだろう。
(こうして、昔のことを思い出しても苦しくないから、今日のお祭りは良い祭りだよ)
でも、お祭りなのに笛や太鼓の音が聴こえないのは減点。
お祭りの種類とかのせいかもしれないけど、あったらもっと猫ポイントが高かった。
……他所の猫に評価されてもどうなんだって、お祭りを企画した人は思うだろうけども。
(っと、揺れが止まった?)
昔を懐かしんでる間に、まふゆが完全に停止したらしい。
普通なら停止した程度なら揺れるのだろうけど、まふゆの体幹もまた化け物レベル。
全く揺れないのは、運ばれてる僕でも引いちゃうね。
「まふゆ、マロを持ったままできるの?」
現状を確認しようとした僕の耳に、困惑する奏の声が聞こえてきた。
大きく動いた後、また鞄の動きがピタリと止まる。
「大丈夫……ここ、かな」
ポン、ポン、ポン。
ちょっと体が動いたと思ったら、次の瞬間には倒れる音が聞こえた。
何とか首を回して確認した僕の目に映ったのは、射的という字と倒れた景品が3つ。
(わぁお、すっごい)
「1番難しいところまで倒しちゃってるよ……まふゆって射的とかも得意なの?」
「さぁ、初めてだからわからない。ただ、これは当てるのが簡単だった」
瑞希の質問にさらりと答えてるけれど、今のまふゆは文字通り僕というハンデを背負ってるわけで。
猫を背負って正確に撃ち倒せる射的の腕は、得意だと胸を張っていいレベルだろう。
(弓とかが得意なお上の方々に気に入られそうな腕だよねー)
時代が時代なら、巫女さんにでもなっていたのだろうか。
そんなまふゆも、現代では僕の自慢の後輩なんだけどね。ふふーん、羨ましいだろー。
(あ、また当たった)
絵名があらぬ方向に飛ばしてる横で、まふゆはあっさりと的に当てている。
奏はというと、的に当てるどころか引き金を引く時点で苦戦してるので『射的』というゲームを楽しむどころではなさそうだ。
「何も取れてないけど持ってるのも疲れてきたし、もうやめようかな……」
今にも射的の銃を落としてしまいそうなぐらい、手が震えている奏だ。
これは英断だ。傍から見ている僕だけでなく、瑞希も同じ意見のようで頷いている。
「絵名は撃ってるのに取れてないんだし、無理する必要はないよ」
「……なんで私を例にあげるのよ。瑞希だって撃ててないじゃん」
「残念でしたー、ボクにはこのキーホルダーがあるのだ~」
じゃーんと瑞希が絵名に自慢しているのは何とも珍妙な形の人形だった。
僕と同じく珍妙な人形を知らないらしい奏は小首を傾げる。
「それ、何のキャラクターなの?」
「シブヤのご当地キャラクター、シブニャーゴだよ。最近、人気なんだよ~♪」
「それ、猫なんだ。可愛くないね」
「そりゃあ、まふゆにはマロがいるからそう思うのかもしれないけれどさ。この小馬鹿にしたような目とかが人気なんだよ」
上機嫌な瑞希は自分の鞄にキーホルダーを付けてる。
あの珍妙なのが僕を差し置いてシブヤの猫を名乗るとは、けしからん奴だ。
僕もまふゆには完全同意なので、シブヤの顔になろうとする思い上がりを正してやりたい。
「大丈夫」
「にゃあ」
何が大丈夫なのかわからないけれど、今回はまふゆが撫でてくれるのに免じて許してあげよう。
(まぁ、出力が悪いだけで過程は良さそうだもんね)
人間が勝手に決めたにしては『シブヤの顔は猫』というところまで辿り着いた思考は褒めるべきか。
ちょっとお話が必要かなとは思ったけれど、何も知らない人間が考えたことだ。
全く、しょうがないにゃあ……
☆★☆
「──あれ?」
もうすぐイベントが始まる時間となり、夏祭りのライブステージまで移動した僕達。
鞄の中から解放されて体を伸ばす僕の耳に届いたのは、瑞希の小さな呟きだった。
「どうしたの?」
「おかしいな、キーホルダーがない……」
絵名の疑問に瑞希の顔色が変わる。
キーホルダーといったら、あの珍妙な猫の奴か。言われてみれば確かに、鞄から消えてしまっている。
「どこかで落としちゃったのかな」
「だったら、今から探しに行こうよ」
「あぁ……いや、いいよ。こんな人混みだし、もうすぐイベントも始まっちゃうでしょ。探しても見つからないだろうしね。残念だけど、諦めるよ」
「でも、そのキーホルダーは記念だって……!」
お祭りの最中に見せてしまったほんの少しの違和感や、今までの態度や感情の発露による小さな積み重ねとか。
瑞希の行動の1つ1つが、絵名の中にある何かに火をつけてしまったらしい。
「にゃあ」
「うん」
まふゆの顔を見て鳴けば、頷きが返ってきた。
僕とまふゆは目と目で通じ合える仲だからね。きっと、今ので通じたはずだ。
「絵名、ちょっと待って」
「はぁ? 急に何よ」
「絵名のことだから、キーホルダーを探しに行くんでしょ。だったら、闇雲に探さずにマロを連れて行って」
「にゃっ!」
バチャシンの皆がいなくても、僕の考えてることをバッチリ伝えてくれたね。本当に流石だよ。
「瑞希。マロもこう言ってくれてるんだから、行こう」
「でも……」
「じゃあ、私が探したいから瑞希も付き合って! はい、決定! いくよ!」
「え、ちょっ」
(強引なのもアリだけど、置いてかれるのは困るなぁ)
ガシッと瑞希の手を掴んで、引っ張っていく絵名。
臆病な瑞希相手にはあれぐらい強引の方が良いのかもしれないけれど、あまりにも展開が早い。
「にゃっ」
「うん、いってらっしゃい」
「絵名と瑞希のこと、よろしくね」
まふゆと奏に見送られながら、僕も人混みに紛れそうな絵名達の後ろを追いかけた。
まったく、僕という案内
☆マロ知識
マロ的にはシブヤのニャンコといえば自分だと思っている節もあるし、自負もある。
……
・射的
マロ程度ではハンデにならないようです。
・シブニャーゴ
シブヤの顔に猫を選ぶのはお目が高い。
でも、選んだ猫の顔が気に入らないので、ジェラ……ごほん。複雑な心境のようです。