むむっ、あれは……ふっふっふっ。
何とか絵名から先頭を譲って貰い、瑞希の記念品との糸を辿る。
(絵名と瑞希は……よし、付いてきてるね)
会場に行くまでに通った道を遡るように目的地に向かうのは、間違った気遣いではなかったらしい。
猫と人間の価値観は違うのは当然のことなので心配だったけど、絵名達が付いてきてくれているから一安心だ。
「あのさ、マロ。こんなに見回ってもないんだし、別に無理に探さなくても……」
「に゛ゃっ!」
「あ、うん。ごめん」
いつもよりも強めに鳴くことで、瑞希の弱気を引っ込めた。
謝る瑞希を見て、絵名が笑みを浮かべる。
「猫に怒られる人間なんて、瑞希ぐらいじゃない?」
「むー。こういう時にマロを例に入れるのは卑怯だと思いまーす」
「でも、私もマロと似たようなことを思ってるわよ? 怒る側が猫から人に変わっても良いなら、考えてあげてもいいけど」
「……このままでいいでーす」
判断が早い。
瑞希も反論がないのであれば、これからの道は人間にとっての最短距離でいこう。
人の足や建物の隙間を通れば更なる短縮になるのだけど、猫にしか行けない道を進むのは今じゃない。
ちゃんと人の道を案内してこそ、できる案内役なのだ。
(えーと、失せ物はどこかなーっと)
人間も通れる道を選別して進むこと、大体数分ほど。
失せ物を求めて糸を辿った先には、屋台と比べると明らかに大きいテントが建っていた。
「あれ、ここって……」
「本部ね。確か、落とし物とかもここにあるんだっけ」
「落とし物ってことは、まさか」
「まさかも何も、マロが案内してくれたんだし間違いないでしょ。落とし物として届いてないか、聞きに行こ!」
瑞希と絵名が掛け合いの中から答えを導き出し、僕を置いて中に入っていった。
(おーい、待ってよ2人共ーっ)
ここで置いていかれると洒落にならない。
慌てて追いかける……前に、僕が周りに見えてないか確認して、と。
(うーむ、たぶんヨシ!)
周りの反応はない。透明猫さんが通っても大丈夫のようだ。
大丈夫だと信じて、お邪魔します。
「──彰人、ダンスシューズ無くしてない?」
急いで2人の糸を辿ると、絵名が電話している姿が見えた。
隣にいる瑞希の手には『シブニャーゴ』と呼ばれていた珍妙な猫の人形がいる。
(見つかったんだね)
「あ、ここまで来てくれたんだ。マロもありがとね。落とし物として届いてたみたいで、無事に見つかったよ」
僕に気がついた瑞希はじゃーん、と珍妙な顔の猫を見せてくる。
……やっぱり、これが『シブヤの顔になり得る猫』なのは、僕への風評被害ではないだろうか。
クレームってのは誰に言えばいいのか、僕はとても不満だった。
「お待たせ。って、マロもいたんだ?」
「にゃあ」
「今から彰人の所に靴を届けに行くんだけど、マロも来る? それともまふゆ達の方に合流する?」
絵名の気遣いはありがたいけど、よろしくと言われた以上、僕の返事は決まってる。
「にゃ! にゃー!」
「付いてくるのね、わかった。じゃあ皆で行こっか」
絵名も随分と僕のことがわかるようになってくれて、何なく同行が決まった。
「マロはボクが抱えた方がいいかな」
「にゃー」
「嫌がってそうだしいいんじゃない? 瑞希がどうしてもしたいのなら、交渉してね」
「そこまでじゃないし、マロは引き続き放流だね」
放流って、僕はお魚さんじゃなくてお猫様なんだけど。
あまりにもあんまりな扱いだから「うにゃあ」と低く鳴くと、2人は揃って笑った。
ぎこちなさもない良い笑顔である。
僕的にはそこまで良くないけど、2人にとっては良かったみたいだ。
(まぁ、笑ってるのならいいのかな)
猫1匹で笑ってくれるのなら。
苦しい顔や悲しい顔よりは、ずっといいか。
☆★☆
「彰人、お待たせ!」
恐らく、まふゆ達がいるところからは反対側。
ステージに出るような関係者以外は近付かないであろう会場付近にて、チロチロと動く赤い糸の中心に彰人と冬弥が立っていた。
この2人、どうやらステージに出るらしい。
こちらの姿を見た彰人は、安堵の息を漏らした。
「本当に助かった! あるのとないのとでは、本番に差が出ちまうからな」
「なら、届けに来た甲斐があったわね。ほら、これ。見覚えのある靴があってビックリしたよ」
絵名の手から彰人の手へ、大きめの派手な靴が手渡される。
意図せぬ失せ物だったのだろう。靴の糸も赤い糸と合流できて嬉しそうだ。
「本当に、ありがとな。絵名」
「別にいいけど。あ、なら今度チーズケーキ奢ってよ。前に行ったケーキ屋さんの、1番高いの!」
「あぁ、わかったよ」
いつもならば嫌がりそうな要求も、感謝が上回っている彰人は快諾している。
この姿だけでも、届けて良かったんだろうなって思うよね。
「弟くんと冬弥くん、イベントに出るんだねー。2人の出番も楽しみにしてるよ!」
「暁山も、こんなことに付き合わせて悪かったな」
「偶然だから、気にしてないよ。靴、見つかって良かったね」
瑞希と彰人が話してる横で、絵名が黙っている冬弥に話しかける。
「冬弥くん、彰人のことよろしく。頑張ってね!」
「はい、ありがとうございます」
「彰人は折角届けてあげたんだから、中途半端なパフォーマンスはしないでよね」
「当然だろ。どんだけ練習したと思ってんだよ」
自信満々に頷く彰人に、絵名は柔らかい笑みを見せた。
「ヘトヘトになってか帰ってからも、結構練習してるもんね」
「……知ってたのかよ」
「まぁね……それにしても、まさか彰人がここで歌うなんてね。あの時とは違って、いい顔になったじゃん」
「もしかしてお前、あの時のこと覚えて……」
彰人が何かを言いかけた瞬間、スタッフさんらしい人から彰人と冬弥を呼ぶ声が聞こえてきた。
そろそろお暇する時間なのだろう。絵名は途切れた彰人の言葉に気にした様子もなく、声をかける。
「じゃ、私達は戻るね。ちゃんと見ててあげるから、失敗しないでよ?」
「2人とも、頑張ってね!」
そう言ってまふゆ達と合流しようとする絵名達を追いかける──フリをして、僕は彰人達の様子を伺った。
さっきから、赤い糸が強く主張してるのが気になるのだ。
その狙い通り、彰人達が籠に入れたスマホから金髪の少年がひょっこりと出てきた。
『靴、見つかってよかったね!』
(そうだねぇ。2人には頑張ってほしいし、しっかりと応援しようね)
『うん、オレも応援してるよ! ふたりとも、ファイトー!』
「おう、行ってくる」
僕の声なんて聞こえていない彰人達はそのまま、ステージの方へと向かっていく。
そして、僕の存じ上げないバーチャルシンガーである少年はというと、小さく『あれ?』と呟いてから首を傾げた。
『あれ? そういえばさっき、誰かの声が聞こえたような』
(それはこんな声じゃなかったかい?)
『そうそう、こんな声──って、誰!?』
(こっちこっち。美しい三毛が特徴的な、可愛い猫さんが見えるだろう?)
中々視線が合わないので、僕の方からスマホに歩み寄る。
『ほ、本当に猫がいるっ!? え、本当の本当にキミが喋ってるの!?』
(喋ってるというか、君達が僕の考えてることを読み取れるってのが正しいみたいだけどね)
『君達って……どういうこと?』
ポカンと口を開ける少年の隣に丁度良い空間があったので、僕はそこに座る。
(君は、恐らくだが彰人達の『セカイ』ってところのバーチャルシンガーと呼ばれる住人だろう? 僕は君とは違うセカイの住人を知ってるから、君達と言ったんだよ)
『じゃあ、君が知ってるセカイのオレと会ってるから、声をかけてきたの?』
(いや。君と接触したのは僕が馴染みのあるセカイ以外の存在を、ハッキリと確定させたかったからさ)
『存在の、確定? えっと、そうなんだね……?』
何を言ってるんだろう、という顔をするぐらい、少年達にとっては別のセカイが存在してるのは当然のことらしい。
常識の違いか。
人間ともバーチャルシンガーとも違うプリティーキャットな僕からすれば、常識の壁が高くて困っちゃうなー。
(ごほん、では改めて。僕はマロと呼ばれる、少しばかり変わった三毛猫だよ)
『あ、君が杏が言ってたマロ? オレは
(レンね、よろしく)
……というか、知らないセカイの子にも知られているなんて、杏はどれだけ僕のことを話してるのだろうか。
僕は知らないのに相手は知ってるなんて、首根っこを掴まれてるようでムズムズする。
(さて、レン。初対面で申し訳ないんだけど、1つお願いがあるんだ)
『お願い? オレにできることなんて、あんまりないと思うけど』
(個
『許可? 来れるのなら別に、来てもいいと思うよ。ミクやメイコも杏の友達にダメとは言わないと思うし』
(……そんな簡単に許可を出してもいいのかい?)
何というか、バーチャルシンガーって善性の塊なのかもしれない。
僕は自分でも怪しいにゃんこだと自覚してるのだけど、こんなにもあっさりと侵入する許可を出すなんて無防備過ぎる。
『んー、大丈夫じゃないかな。だってマロは悪いやつじゃないでしょ。オレにはすっごい良い子に見えるよ』
(う、うぅむ。そっか、ありがとう……それじゃあ、お言葉に甘えてまた今度、君達のセカイに訪問させてもらうよ)
『りょーかい。メイコ達にも伝えておくし、セカイで会えるのを楽しみに待ってるよ!』
まさか、あっさりと許可を貰えるとは思わず、拍子抜けしつつも僕は彰人達のセカイのレンと別れた。
セカイの痕跡を見つけたら、そのセカイにも入って見学したいと思っていたのは僕だけど……あまりにも順調過ぎて怖い。
(……本当にレンの言う通り、入っても大丈夫なんだろうか)
心配だけど、無理なら謝って抜け出すしかない。
それよりも、夏祭りの会場で接触できた幸運を喜ぶべきだろう。
(力もちょっと戻るし、セカイのヒントも見つかるし、夏祭りはいい日だなぁ)
ただ、僕が見える理由が本格的にセカイ由来でありそうなことが決まってしまった、という事実と。
この後、しれっと合流しようとして、真っ先に僕を見つけたまふゆに握り潰されそうなぐらい強く抱き締められることになった現実とで。
……残念ながら、運の合計はプラマイゼロだったかもしれない1日だった。
☆マロ知識
マロが今まで会ったことがあるバーチャルシンガーは全員女性だった為、実はレンと出会った時、少し驚いていたんだとか。
……
・観測成功
意外とバーチャルシンガーが現実世界を見てる時って少ないんですよね。
やっと1つ目のセカイと交渉が成功しました。
・実を言うと
マロも許可を得るなどの手段を選ばなければ、糸を見たセカイなら問答無用で入り込むことはできます。
全く手掛かりがないのはステージのセカイだけですので、唯一、マロがまだ乗り込めないセカイとなってます。