猫はシブヤにいます   作:大森依織

7 / 10




 その音を聞くたびに、心の中に穴が開く気がするのです。








7匹目 大っ嫌いだ

 

 

 

 

 

 

 

 ブチブチ、ブチブチ。

 

 

 

 

 『人間』やら『猫』やらと種族的に分類しても、個体的に苦手なものってのがあると思う。

 僕の場合はそれが『何かが切れそうな音』だってだけで。

 

 それだけなのさ、って──そう言えたら、どれだけ良かったか。

 

 

 

 

 ブチブチ、ブチブチ。

 

 

 

 

 あぁ、嫌だ。

 聞きたくなくて無視しても、耳を塞いでも聞こえてくるあの音が嫌だ。

 

 この音が聞こえてきて、良いことがあった時なんて全くなかったのだから。

 

 

 

 

 ブチブチ。

 

 ブチ。

 

 

 

 

 こんな音、聞こえなければ良かったのに。

 どうして、この目や耳はいらないものまで拾ってしまうのだろうか?

 

 ……ほんと、嫌になっちゃうな。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 最近、ちょっと地面が冷たくなってきた。

 通り過ぎるまふゆと同じ学校の子達も一段と着込んでるし、そろそろ雪が降るのかもしれない。

 

 個人的には見るだけなら雪も悪くないのだけど、歩くのにも一苦労になってくるから、積もるのはやめてほしいってのが本音だ。

 とはいえ、環境相手に文句を言ってもどうしようもないので、寒さへの文句はここまでにしてまふゆの元へと足を進める。

 

 

(えーと、まふゆは……あ、いたいた)

 

 

 誰かに止められるどころか見られることもなく、堂々と中庭を横切って人の少ない所に向かう。

 するするっといつもの場所へ向かえば、校舎の外階段に座って静かに本を読むまふゆの姿が見えた。

 

 

「にゃーん」

 

「……マロ?」

 

 

 今日のまふゆは膝の上に乗るには邪魔になるぐらい、頑丈そうな見た目の分厚い本を読む気分だったらしい。

 僕が最近見てきた人が持ってた本は大体薄くて柔らかそうだったので、凶器的な何かにしか見えなかった。

 

 

(ほれほれ。今日も嫌な音が聞こえてくるから、膝に乗るぞー。本を脇に置いてねー)

 

 

 全く伝わらないだろうけど、まふゆの座っている階段に飛び移ってから膝の上に乗る。

 案の定、猫の言葉なんてわからないまふゆは小首を傾げた。

 

 

「最近、毎日膝の上に乗ってくるね。おやつが欲しいの?」

 

 

 違うから。

 まふゆの為に膝の上に乗っているのであって、普段から食い意地を張ってるわけじゃないからね。

 

 僕の心遣いをそんな勘違いをされているのは心外だ。

 ちょっとばかりむむっとするけれど、それとコレ(・・)とは別の話。

 

 

(むぅ、また切れかかってる。補強しますよーっと)

 

 

 根元をどうにかできなければコレも意味がないだろうけれど、応急処置ぐらいはしておくさ。

 僕はキュートでチャーミングなナイスキャットである。たとえ変な勘違いされていても、後輩の為にできる手は打つのだ。

 

 

「また手招きっぽいことしてる……相変わらずマロはよくわからないね」

 

「みゃーあ」

 

「それは溜息でいいの? ……本当に、何もわからないな」

 

 

 ぽつりと呟いたまふゆは、脇に本を置いてから目を伏せた。

 

 僕が思っているよりも、まふゆの内心はまずい状態なのかもしれない。

 それがわかったところで、猫が人間相手にできることなんてほぼないようなもの。

 

 

(削って補修しても、限界は来ちゃうからなぁ。応急処置以外にも何か良い手段があれば……)

 

 

 そういえば、人間にはアニマルセラピーというのも効果的だと聞いた記憶がある。

 もしかしたら、今のまふゆにも少しぐらいは効果があるかもしれない。

 

 僕の毛並みは安くないけど、癒しになるのならちょっとぐらい撫でさせてあげてもいいかな。

 よし、まふゆ。特別に撫でる権利をあげるから、早く元気になってね。

 

 

「……撫でてほしいの?」

 

「にゃっ」

 

 

 僕は撫でてほしいとは思ってないけど、まふゆがちょっとでも楽になるなら撫でても良いよ。

 中途半端な位置で止まっているまふゆの手に頭を近付けると、ぎこちない動きでその手が僕を撫でた。

 

 目論見通りに僕を撫でているのはいいのだけど、ビックリするぐらい上の空だ。

 この僕を相手にしているのにその態度とは、まふゆも偉くなったものである。

 

 

「にゃあ」

 

「何か……ううん、もしかして痛かった?」

 

「にゃー、にゃーお」

 

「……そう、だね。何かあるのは私の方か」

 

 

 どよーんとした暗い顔で俯くまふゆが見てられなくて、彼女の頬に肉球を押し付けた。

 

 猫を被らないまふゆの表情筋は、相変わらず仕事を全くしていないのだけど。

 ちょっと肉球で頬を押してやれば、雰囲気だけは和らいだ気がした。

 

 

「ありがとう、マロ」

 

「にゃ?」

 

「……うん。今日もサラサラしてると思う」

 

「にゃふんっ」

 

 

 うんうん、それは当然だよね。

 だって僕、キュートなお猫様ですから。己の身嗜みもちゃーんとしてるよ。

 

 僕の毛並みが良いのは毎日のことだとしても、ちゃんと僕の毛並みについて感想を言えるようになったまふゆも偉い。

 「わからない」以外ほぼ口に出さなかった頃と比べたら大成長だ。

 良い先輩に指導してもらったのだろう。僕もそんな素敵な先輩の顔が見てみたいものだぜ! ……鏡を見ても映るか怪しいけどね。

 

 

「……」

 

 

 僕がドヤァッと言わんばかりに自画自賛をしているのに、まふゆはまた思考をどこかに飛ばす作業に戻ってしまった。

 

 僕の渾身の自慢顔も見逃すとは、まだ癒しが足りないらしい。

 僕の可愛さにひれ伏さないなんて、まふゆもやりおる。

 

 

「にゃっ!」

 

「……どうしたの? おやつ、今日は持ってきてないよ」

 

「にゃー!」

 

 

 それはさっき違うって言ったでしょ!

 ないのは残念だけど、今はおやつじゃない。

 

 僕が心配してるのは『何かあるのは私の方』だなんて自己申告してた、まふゆ本人のことだ。

 おやつはどうでも……よくはないけど、やっぱり最近のまふゆは見ていられない。

 

 肌寒くなってからは『サークルの作業』とやらで作った曲を流さなくなったし、僕と一緒にいてもカビが生えちゃいそうなぐらい暗い顔ばかり。

 音も色も見てられないぐらい悲鳴を上げていて、可愛い僕にもまふゆの暗さが移っちゃいそうだ。

 

 

「にゃぁ、にゃっ。にゃーん、にゃーお♪」

 

 

 もしかしたらその『サークル』とやらで喧嘩したのかもしれない。

 ほら、この美声が奏でる歌で伝わるでしょ? このお猫様に話してみなさい。

 

 

「それは……歌、だったっけ」

 

「にゃっ」

 

「……あぁ。そういえば、最近はマロと一緒に曲を聴いてなかったね」

 

 

 これはマズイかも、と思った時には遅かった。

 軽い猫でも踏み抜いてしまえるぐらいの地雷は、目を逸らしたくなるぐらい暗澹(あんたん)とした瞳となってこちらを射抜く。

 

 

「もう、どうでもいいの。どうせ、Kじゃ……あの曲じゃ、私を救えないことがわかったから」

 

「みゃ?」

 

「うん。あの曲でも、私は私を見つけられなかった。見つからなかったよ……」

 

「にゃぁ」

 

 

 まふゆは俯いたまま、苦しいぐらいに僕を抱きしめた。

 いつもなら抱きしめられるのなんて嫌だから逃げるんだけど……流石の僕も、ここまで弱った後輩の姿を見ると、嫌だとか何だとか言えない。

 

 

(こんな時でも泣くことすらできないなんて……本当におばかさんだよ、まふゆ)

 

 

 まるで糸が切れてしまったかのように、心と体が全くもって繋がっていない。

 どうにかしてあげたらよかったのに、この子の中にあるこの糸(ズレ)だけは見えないし、触れなくて。

 

 

「みゃあ」

 

「……」

 

「みぃ」

 

 

 喋らなくなってしまったまふゆの頬に頭を擦り付けて、後は好きなだけ抱きしめられることにした。

 

 僕の見立てだとまだ、何とか挽回できる糸は残されているみたいだから。

 何とかなってくれるまでは、この僕を精神安定剤にしてくれても良い。

 

 僕がここまで許すなんて、後輩であるまふゆだけなんだよ。

 この可愛い僕を独占できてるなんて奇跡はそうそう起きないんだから、しっかり感謝してよね。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 そうして、お互いに無言の時を過ごしていたのだが、続いてほしい時間ほど流れるのは早くて。

 まふゆが『予鈴』と呼ぶ鐘っぽい煩い音が響き、まふゆはよろよろと力なく立ち上がった。

 

 

「ありがとう、マロ。時間だからまたね」

 

「にゃー」

 

「あぁ、この顔は嫌だって? ごめんね、皆はこっちの私の方が好きみたいなんだ」

 

「うぅ、にゃー」

 

「……ごめんね。また明日も、この時間に来てくれると嬉しいな」

 

 

 素早く猫を被ったまふゆは内心も何もかも笑顔で覆い隠して、スタスタと校舎へと歩く。

 その後ろ姿は迷子の子供みたいで見ていられないのだけど……偶に振り返るあの子の為に小さな背中を見送るのも、先輩である僕の仕事だ。

 

 

(あぁ、静かになっちゃったな)

 

 

 まふゆがいた時はずっと聞こえていた、ブチブチと何かが切れてしまいそうな音。

 折角繋がった薄い3本の糸も、雁字搦めの濃い紫の糸も、全部纏めて千切ってしまいそうな嫌な音。

 

 

(日に日に、切れそうな音が大きくなっちゃってさ。まるで、まふゆの心の悲鳴みたいだよ)

 

 

 僕の目に映る、薄れていく糸の色が嫌いだ。

 僕の耳に届く、今にも切れてしまいそうな糸の音が大っ嫌いだ。

 

 薄い糸の方は……僕のことを全く考慮しなければまだ、何とかなる可能性があるから嫌いだと思うだけでまだマシ。

 だけど気持ち(アレ)だけは──千切れてしまうことだけは、僕の力じゃどうしようもない。

 

 

(3本の糸はほんの少しずつだけど、色付いていたな)

 

 

 その糸もまふゆに負けず劣らず不安定だけど、縁が繋がったら悪いことにはならなさそうだと僕の自慢のおヒゲが告げてくる。

 

 

(問題はあの糸達をどう繋ぐか、だよね)

 

 

 僕の予想が間違いないのなら、この良い糸はまふゆの『サークル』とやらと関係しているモノ。

 その上、不思議なことにこの糸達は全て、僕が手を出そうにも出せない状態になっていた。

 

 

(この僕が触れないなんて、上の危ないお方々(かたがた)か、同等のナニカがまふゆに干渉してるってことなんだけど……無宗教だとか取り沙汰されるこのご時世で、そんなことあるかな?)

 

 

 人間(まふゆ)に関わるぐらいのヤツが溢れているのなら、僕だってもうちょっと気楽に猫ライフを満喫してるんだけど。

 この前の金髪君からも似たような何かを感じたし、最近のシブヤはどうなってるんだ?

 

 

(まふゆは僕の大事な後輩なんだ。悪さをするようなヤツなら許さん……って思ってるんだけども)

 

 

 今のところはそれらしい不吉な感じはない。

 ただ、何かを待っているような気配しかわからなくて、正体を見破れない自分がとてつもなく悔しかった。

 

 

(くぅぅ。この僕がよわっよわな子猫ちゃん状態になってなければ、すぐにでもその正体を暴いてやるのに)

 

 

 ごろごろ、にゃーにゃーと転がってみても、事態はまったく進展せず。

 悔しくなるのも飽きてきたので、今日はこの辺で許してやることにした。

 

 

(べべべ、別に負けた訳じゃないんだからね! 一旦、持ち帰って調査するだけなんだから!)

 

 

 僕は超スーパーウルトラデラックスなお猫様である。

 じっくり監視して、まふゆに繋がってるその奇妙な縁の正体を見破ってやらぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 








☆マロ知識
動物には人間に見えない何かが見えているのかもしれないし、みえていないのかもしれない。
少なくとも、マロには誰にも見えない何かが見えているし、聞こえているようだ。


……

結果的にゴールデンウィーク投稿みたいになってましたね。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。