猫はシブヤにいます   作:大森依織

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これは予想外です……困りました。








9匹目 ごめーん寝

 

 

 

 

 

 

 灰色の地面に、四角だったり歪んだ三角錐っぽい造形物や鉄筋みたいな何かが生えている、殺風景な空間。

 

 光のせいか真っ白に見える先は、どこまで続いているのだろうか?

 見渡す限りでは終わりがなさそうな景色に、僕のヒゲがブルリと揺れた。

 

 ──こんなに広い空間(領域)を持ってるなんて、絶対に猫がどうにかできる相手じゃない。

 

 ほぼ何もない状態とはいえ、領域の広さは相手の格の強さだ。

 それだけ、人から強い信仰(オモイ)を集めてる証拠になる。

 僕が警戒する理由に、この領域の広さは十分過ぎた。

 

 

(早くまふゆを見つけて、相手の視界に入る前に脱出しないとまずいな)

 

 

 相手がまだ、冗談等が通じる余裕のあるタイプならまだいい。

 だけど……僕の可愛さが通じない相手なら、一瞬でお陀仏(ピチュン)だ。

 

 

(このご時世で余裕のある存在なんて、それこそ大御所だしね。まふゆがお相手様と一緒にいたら、状況の悪さは最底辺を突破しちゃうよ)

 

 

 冷や汗で床を濡らしてしまいそうな内心のまま、僕は走る。

 どこだ、どこだと探し回る僕の目に入ってきたのは──まふゆとお相手様らしき女の子がお喋りしてるという、底を突破しちゃった後の姿だった。

 

 

(あちゃー、言霊が強過ぎちゃったかぁ)

 

 

 幸いなことに、両者ともにほぼ無表情だから気が合っているのか、不穏な気配は感じない。

 まふゆの安全は保障されてそうなので、その点は安心だ。後は僕が許されるかどうかだけ。

 

 

(こういう時の選択肢はただ1つ──命乞いしかないよね!)

 

 

 追い込まれた状況で僕の天才的な閃きが導き出したのは、勢いと謝罪だった。

 

 

(事前に探ったり、勝手に領域に入ったりしてすみませんでしたぁぁぁーっ!!)

 

 

 勢いよく相手の足元に滑り込み、人間が行う最大級の謝罪の姿勢『土下座』をする。

 許されるまで謝罪の言葉を唱えて、頭を灰色の地面に擦り付けた。

 

 

「マロは普段から変だけど、急に寝るなんて今日は一段とおかしいね」

 

「まふゆ、この子は寝てないよ。すごく必死に謝ってる」

 

「謝ってるって、どうして?」

 

「勝手に入っちゃったって思ってるみたい」

 

「あぁ、ミクには確認してなかったね。あれって勝手に入ったことになるの?」

 

「ここはまふゆのセカイだよ。まふゆが許したのなら、わたしはいいと思う」

 

 

 頭の上で不思議な会話が繰り広げられている。

 まふゆのセカイだとか、聞き逃すには大きい話がポコポコ出てきてるんだけれども。

 

 

(……えーと。申し訳ないんだけど、どういうことか聞かせてもらってもいいかな?)

 

「あなたがそれを望むなら」

 

 

 白髪の少女は僕の表面的な思考を読んでいるのか、当然のようにこちらの疑問に頷いた。

 色々と気になることが多く、彼女の口から何が飛び出してくるのか怖いけれども……今更、逃げられるはずもなく。

 

 擦り付けていた頭を上げて、僕は目の前の現実と向き合うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

(──うにゃあ。とりあえず、命乞いはいらないと?)

 

「うん、そんなに怖がらなくてもいいよ。あなたを消すなんてこと、わたしにはできないから」

 

 

 僕は領域──じゃなかった、この『セカイ』と呼ばれる空間の、管理人みたいな存在である『初音(はつね)ミク』と名乗る少女から、大まかな話を聞いていた。

 

 どうやらこの空間やミクも、僕が知っているものとは少々違うらしい。

 とりあえず「お前、抹消ね〜」というノリで消されることはないということだけは、何回も告げられたことで理解できた。

 

 

(それにしても、ここが本当に1人の人間から──まふゆの『想い』から生まれた場所だなんてね。何回聞いても信じられないや)

 

「セカイは人の想いの数だけ存在してるものだから、嘘じゃない」

 

(あぁ、うん。君が嘘をついてないってのはわかってるよ。それなのに情報を飲み込めない僕が悪いね、ごめん)

 

 

 僕が聞いていた常識と少々違うだけで、ミクの話が嘘ではないのはわかっている。

 

 常識も、古くなったら知ってて当然の知識やルールではなくなる。

 想いの方向性が変わった現代では、この『セカイ』やミク達のような『バーチャルシンガー』という存在が生まれる方が当然となったのだろう。

 

 つまり、僕の化石知識を常識として当て嵌めるのは危険というわけだ。

 領域には無断で侵入できないルールがあるからこそ、中身を知らないこちら側の知識のアップデートが遅れているのも致命的だった。

 

 

(とりあえず、ここが僕の知ってるような領域(セカイ)とは性質が違うのは理解したよ。ただ……まふゆの想いからできたって話なのに、ここはサッパリしてる気がするんだけど)

 

「うん、そうだね」

 

(そうだねって、君もまふゆと似て感情の起伏が少ないなぁ……あぁ、なるほどね。これもある意味、まふゆの想いで創られた空間(セカイ)ってわけか)

 

 

 今はただ、箱が在るだけの空間(セカイ)とは中々の皮肉である。

 わからないものは『ない』なんて、自分で作ったとしても酷い自虐だ。

 

 

「……そろそろ、いい?」

 

 

 ミクから話を聞いている間、ずっと黙ってくれていたまふゆが口を開いた。

 

 

「私には全くわからないけど、ミクはマロの──動物の言葉がわかるみたいだね」

 

「動物かどうかはわからないけど、この子のことならわかるよ」

 

 

 例が1つしかないので断言できないけれど、ミクが僕と意思疎通できるのは少しばかり似た存在だからだと思われる。

 恐らく、ミクは()に近い想いから生まれた存在だ。そう考えると、純粋な動物との意思疎通は微妙だと思う。

 

 僕はもちろん、天才なのでどちらの言葉もわかるけどね!

 

 

「ミク、マロは何を言ってるの?」

 

「何も言ってないけど……たぶん、自慢してるんだと思う」

 

「それは見たらわかるよ」

 

「そっか。それならよかった」

 

 

 いつものように全く表情を変えないまふゆが隣にいるせいか、ミクの口角がほんの僅かに上がったのがわかった。

 

 ……どうやら、本当に『初音ミク』と呼ばれる少女はまふゆの為に存在しているらしい。

 左右にまとめられた長い髪も服もほぼ白という、何とも不思議な格好の存在だけれども──まふゆに関することだけは信じてみてもよさそうだ。

 

 

(ここはまふゆの良い逃げ場所にもなるだろうし……あの子をよろしく頼むよ、ミクさん)

 

「ミクでいい。それと、お願いされなくても一緒にいるよ。あなたも、きっとそうだと思う」

 

(はは、僕はどうだろうねぇ。猫は気まぐれだからさ)

 

 

 長く一緒にいた街にすら、ふらりと行かなくなる気まぐれさが僕にはあるのだ。

 そうで在れと望まれたミクとは違って、僕はまふゆの為に存在してるわけじゃない。

 

 ただでさえ何が起きるかわからない我が身なのだから、ずっと一緒だなんて言えないよ。

 

 

「マロ──」

 

 

 言葉がわからなくても何かを感じ取ったらしいまふゆが口を開く。

 が、僕的にはタイミング良くスマホとやらが鳴ったおかげで、その続きが発せられることはなかった。

 

 

「……お母さんから連絡が来たから帰らなきゃ。ミク、マロのことは任せたよ」

 

(え?)

 

「わかった」

 

(えっ?)

 

 

 こっちの困惑がまふゆに伝わるはずもなく、スマホを見ていたまふゆは光に包まれて消えてしまった。

 気配も何もない。実験的なノリでここに連れてこられた僕は、本当に置いてきぼりを食らったようだ。

 

 

(ミク。僕の後輩ってこういうところがあるけど、見捨てないであげてね……)

 

「わたしはずっと見てるから大丈夫。でも、あなたは大変そうだね」

 

(うむ、先輩は辛いのだ。あぁ、それと僕はマロでいいよ)

 

「うん、わかった」

 

 

 そう言いつつも呼ぶことはなかったけれど、理解はしてくれているのだろう。

 他にやることもないし、とりあえず体を丸めて眠ることにしようかな。

 

 

「あれ、ここで寝るの?」

 

(まぁね。まふゆが戻ってくるまで、やることなさそうだし)

 

「まふゆもいないから、マロは帰ると思ってた」

 

(別に帰ってもいいけど、戻ってこれないからなぁ)

 

「どうして出れるのに入れないの?」

 

(そりゃあ、招かれてないのに入れるわけがないよ)

 

 

 首を傾げるミクに、僕も同じように首を傾ける。

 

 人間だって友達の家を知っていても、招かれていないのに勝手に家に入る人間はいないだろう。少なくとも、シブヤではあまりお目にかかれない。

 僕は都会派の賢い猫なので、不思議そうにされても招かれていない(セカイ)には入らないのだ。

 

 猫は気まぐれだけど、そういうのはちゃんとしてるつもりだよ。

 ……領域関係は特に、線引きをしておかないと命に関わるし。

 

 

「色々とあるんだね」

 

(ミクもこれから経験していくさ)

 

「わたしはここじゃない別のセカイにお邪魔することはないと思う」

 

(ふぅん、そっか)

 

 

 ミクは思う、という割にはほぼ断言しているように聞こえる。

 バーチャルシンガーだったか、そう呼ばれている彼女にもこちらと似たようなルールや制限があるのだろう。

 

 世の中、無制限なんて甘い話はないってわけだ。

 こんな広いセカイを持っていても制限はありそうなのだから、ミクも大変なのかもしれない。僕にはその苦労も何もわからないけど。

 

 

「マロは許可したらセカイに入れるの?」

 

(野良に許可する奴なんていたことないからわかんないけど、たぶん入れると思うよ)

 

 

 飼ってもない猫を懐に入れるなんて、かなりの猫好きか物好きぐらいだからね。

 そんな稀な事例に出会(でくわ)したことなんてないから、断言できない。

 

 

「入れるのなら許可する。これでいつでも来れるよね?」

 

(こんなどこの()の骨ともわからない僕に許可するなんて、君も中々酔狂だね)

 

「酔狂じゃない。きっと、その方がまふゆの為になると思っただけ」

 

(まふゆの為か、なら酔狂じゃないね)

 

 

 特別な許可を出してまふゆのことをお願いするのを考えると、駆け引きとしては上手だと僕は思う。

 

 ここで大人しく受け取るのはちょっと悪手な気がするけれど、理由的に僕も気になるところではあるのでその言葉に甘えるとしよう。

 

 

(ミクが許してくれるのなら、このセカイへの出入りの許可を貰おうかな)

 

「うん……まふゆのこと、よろしくね」

 

(まふゆは僕の後輩だからね。猫にできる範囲なら面倒みてあげるよ。ついでにこっちの後輩っぽいミクも気にしてあげるから、気楽に呼べばいいよ)

 

 

 猫の足も体も短いし小さいから、借りても力になれることは少ないだろうけど、ね──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──って、カッコつけてセカイから出たところまでは、良かったのだ。

 

 

 

「本当に来た」

 

「うん、呼んだら来てくれるんだよ」

 

(君達、僕で遊んで楽しいのかい……?)

 

 

 帰ってから試しに1回。

 まふゆも揃って2回目の呼び出し。

 本日、合計3回目のセカイの訪問だ。

 

 呼んでいいとは言ったけど、こんな頻繁に呼べとは言ってないよ、このやんちゃな後輩達め!

 

 

 

 

 








☆マロ知識
マロが『領域』と呼ぶ場所はセカイとは微妙に違う場所である。
人の想いからできてるのは同じだが、想いの方向性は違うし、人から生まれるセカイと違って、領域は『領』の字が別の字に置き換わる方々によって生まれた危険な場所なのだ。
だからこそ、マロもセカイを見た時は勘違いして警戒したのである。


……

実は……物語の中ではぬるっと1話から1年近く時間が過ぎてます。

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