ありふれてない呪言師は世界最悪   作:オワタ+式=サン

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落ちて 堕ちて

 

オルクス大迷宮の何処かで、一匹の魔物が微睡んでいた。

 

その魔物の名はベヒモス、旧誓約書に登場する陸の怪物の名を冠した魔物だ。

 

ベヒモスは退屈だった、この迷宮で自分と張り合える様な存在が居らず、力量差を理解せずに挑んで来る魔物も、片足で潰すか威嚇するだけで逃げてしまう。

 

それ故に、迷宮からの『要請』をベヒモスは受け入れた。

目の前に現れた魔法陣を、ベヒモスはゆっくりと立ち上がり、その魔法陣へ歩みを進める。

 

願わくば、己と対等に戦える強者が、この先に居る事を願って

 

 

 

 

そして、転移トラップによって全員が転移した場所は、石造りの大きな橋の上だった。

 

全員が一瞬だけ呆気に取られるものの、メルド団長が立ち上がり、生徒達へと指示を出そうとする

 

 それとほぼ同時に、橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣が現れる。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物…トラウムソルジャーが溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイとハジメとシュウヤの本能が告げる。

 

 十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような角を生やした魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の角は赤熱する様に赤く輝いている。

 

「…まさか…ベヒモス…なのか…!?」

 

 メルド団長が呆気に取られながら呟いた、ベヒモスという魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「ッ!?」

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……!」

 

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、最強と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、見捨てる事等出来ないと踏み止まる光輝。

 

 どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

 そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――《聖絶》!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防いだ。

 

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 

隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

我先に、と逃げる生徒達に反して、ハジメとキョウヤはトラウムソルジャーを相手に立ち向かう。

 

「《その骨の足は崩れる》!」

 

無数にある、トラウムソルジャーを召喚し続ける魔法陣から供給される新しいトラウムソルジャーのみをピンポイントでキョウヤが呪言を放つ事で着地と同時に転倒、そして新しく供給されるトラウムソルジャーは地面ではなく同胞を踏み潰しながらバランスを崩して転倒…と、連鎖的な転倒事故を起こす事でこの場に現れるトラウムソルジャーの数を少なくする。

 

「錬成!!」

 

 ハジメは逃げ惑うクラスメイト達の周囲に居るトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。

 

 誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣からシュウヤの妨害もあってか細々ではあるものの、続々と増援が送られてくる。

 

「なんとかしないと……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……天之河くん!」

 

 ハジメは走り出した。光輝達のいるベヒモスの方へ向かって

 

「骨の山が出来たし、行くか」

 

それとほぼ同時に、シュウヤも光輝達の方へと走り出した。

 

 

 

 ベヒモスは障壁越しに敵達を見つめ、同時に落胆する。

 

 (なんだ、この有象無象の集団は?)

 

骸骨に追われパニックを起こし、駄々っ子の様に泣きながら武器・魔法を振るう者

 

その場に座り込み、わんわんと泣く者

 

目の前の仲間を引き倒し、我先にと逃げ出そうとする者

 

(こんなものを始末する為に、呼ばれたのか)

 

この場においての強者であろう存在は、目の前で言い合いをする者達とその仲間

そして、その後方から走って来る、この戦場では場違いな程に弱い存在。

 

(そもそも、あの咆哮でこの様なら、あの者達の方が歯応えはあった)

 

かつて自らと対峙した冒険者を思い出しながらも、ベヒモスは目の前に置かれた瓦を破る様に、邪魔な障壁を叩き割る為に突進を繰り返す。

 

 障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、クソッ!もう持たん!!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

 

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時に…わがままを……」

 

 メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。

 しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

 

その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は状況的にメルド団長を置いていくという判断がどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

 

まだ若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようだ。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出てしまっている。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎……ありがとな」

 

 しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「…チッ…!状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿ども!」

 

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。

 

 その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。

 

「天之河くん!」

 

「なっ、南雲!?」

 

「南雲くん!?」

 

 驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。

 

「早く撤退を!皆のところに!君がいないと!早く!!」

 

「いきなりなんだ?それより、なんでこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて南雲は……」

 

「そんなこと言っている場合かよ!!!」

 

 ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、ハジメは吠える様に乱暴な口調で怒鳴り返した。

 

いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。

 

「あれが見えないの!?みんなパニックになってる!リーダーがいないからだ!」

 

 光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

 

 その方向には骨の山を乗り越えたトラウムソルジャー達に囲まれ、戦う意思すら持てずに右往左往している者やそんなクラスメイトを守ろうと泣き叫びながら必死になって無茶苦茶に攻撃を繰り返す者も居る。

 

訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ!皆の恐怖を吹き飛ばす力が!それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ!前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ…」

 

「下がれぇーー!」

 

 「《獣、その力を緩めろ》ぉぉ!」

 

障壁を叩き割らんと勢いを付けたその突進はシュウヤが血を吐きながら放った呪言によってその勢いを7割程に抑えられる。

 

しかし、弱まったとしてもベヒモスの突進だ。障壁を突き破るが、呪言によってその力を中途半端に弱められた結果その足をもつれさせ、前のめりに倒れ込む。

 

メルド団長の絶叫に等しい声の下がれという言葉に、光輝は目の前のハジメの制服を掴んで即座に飛び退く事で押し潰される事を回避する。

 

ベヒモスが倒れ込んだ事により発生した暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ、吹き飛ばされるものの、勢いの殆どは相殺する事が出来たようだ。

 

舞い上がる埃は、ベヒモスの姿を覆い隠す。

 

「…全員、無事かっ!?」

 

「何とかね…でも…ベヒモスはまだ目の前に…」

 

「ゲホッ…まだ呪言発動出来て良かった…」

 

赤黒くドロリとした血を吐き出しながら、シュウヤは光輝達の元へ追いつく。

 

「…っ!ちょっと大丈夫なの!?影野…!」

 

「ああ、平気だっての…ハジメぇ…錬成はどれだけやれる…」

 

「…多分、後五回…」

 

ぜぇぜぇと息を荒げながらハジメは答え、同時に何をするのかを理解する。

 

「上等だ、退路を作れる余裕はある」

 

ニヤリと笑い、杖を支えにしながらシュウヤは土煙の向こうに居るベヒモスを見つめる。

 

「影野…何する気なの…?」

 

「南雲くん…影野くん…?」

 

「団長、僕らで時間稼ぎします。その間に後方に安全地帯作ってください。そしたらせーので離脱するんで、追いかけてくるベヒモスに魔法を全力でぶち当てれば…まぁ逃げ切れると思います」

 

「…ただ、長い足留めは無理です。なので早めに助けてください」

 

シュウヤはそう言って土煙の先を見つめ、ハジメは恐怖で頬を引き攣らせながらもその目は覚悟を決め、いつでも錬成が出来るように地面に手を付ける。

 

それは、自分達が生贄になる様なモノだった。

 

「…分かった、必ず助ける」

 

メルド団長はそう言うと、直ぐに光輝達へ指示を飛ばす。

 

「撤退だ!ベヒモスは坊主達に任せて退路を作る!」

 

「…っ、そんな…!ここに南雲くん達を置いて行くなんて…!」

 

香織のその言葉に、メルド団長は鋭く返す

 

「馬鹿野郎!坊主達の覚悟を無駄にするな!急いで戻り、退路を素早く作れるのなら助かる道はある!だから今は急げ!」

 

「分かりました…!」

 

光輝と龍太郎は素直に応じて走り出し、香織もハジメをチラリと見た後に走り出す。

 

「…こんな所で、死なせないから」

 

「安心してくれ、死ぬ気は微塵もない」

 

雫とシュウヤは短く言葉を交わすと、雫は香織達の跡を追って走り出す。

 

それと同時に土煙は晴れ、ベヒモスの姿が顕になる。

 

しかし、ベヒモスはハジメとシュウヤを見つめ、その場を動こうとはしなかった。

 

「なんだ…?強者からの慈悲か?」

 

「…?動いて来ない?」

 

ただ、じっと。ベヒモスの赤黒い瞳はハジメとシュウヤを見つめる。

 

「ってんな悠長にしてる暇ねぇわ!《獣の四肢は崩れ落ちる》!」

 

「錬成!!」

 

ベヒモスは四肢を埋められるも、抜け出そうと足に力を入れる。

 

「《その力を緩めろ》…ゲホッ!」

 

「錬成…っ、大丈夫なの?シュウヤ!」

 

「どうやらMP的なのが足りないなら生命力で代用出来んのが呪言師らしい。人を呪えば穴二つって訳か」

 

こんな状況でも、シュウヤは笑う。

 

「安心しろ、今頃後ろに退路は出来てる…《その力を緩めろ》…ゲホ…まぁお陰で呪言師って天職がどんなのか分かってきたよ」

 

そう言うとほぼ同時に、メルド団長の声が響く

 

「坊主達!退路は出来た!離脱しろっ!」

 

「分かりました…!錬成っ!離脱するよ!」

 

「おう、先に行け、今は足遅いんだよ」

 

シュウヤの言葉にハジメは足を止めかけるも、真っ直ぐに走る。

 

後ろをチラリと見れば少し遅くはあるものの、シュウヤもしっかり走っていた。

 

そして走り出すと同時に無数の魔法が雨の様にベヒモスに向けて放たれる。

 

ベヒモスは拘束から抜け出すと、二人を逃さないとでも言う様に、走り出す。

 

そんなハジメとシュウヤの走る石橋はあちらこちらに亀裂が走り、ミシミシと音を立てて悲鳴を上げていた。今はまだしっかりしているが何かの拍子に崩れるのは誰の目から見ても明らかだ。

 

目の前をスレスレで通り過ぎる色とりどりの魔法に、当たらない様にと願いながら、がむしゃらに走る。

 

ハジメとシュウヤの距離は1mまで縮まり、ベヒモスからは50mも離れる事ができた。

 

ハジメは思わず、頬が緩む。

しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。

 

無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

……ハジメの方に向かって。

 

明らかにハジメを狙い誘導されたものだ。

 

(っ…なんで!?)

 

疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。

 

「だぁぁ!クソがぁ!」

 

そんなハジメの目の前に影が立つ…それはシュウヤだった。

 

「ハジメぇ!先に行っとけぇ!」

 

右手でハジメの腕を掴むと、勢い良く前へと放り投げる。

同時に、左腕を火球への盾にする。

 

火球は左腕と接触すると爆ぜ、その爆風でシュウヤは後方へ吹き飛び、ハジメはより前方へと押し出される。

 

同時にシュウヤの左腕が紫の炎に包まれると飛び散る様に霧散する。

 

同時に、魔法を放っていたクラスメイト達の中で、誰かが呻く声がした。

 

そして、この爆風が崩壊へのキーとなったのか、石橋は一気に崩壊する。

ベヒモスはその重さから真っ先に落下し、奈落の底へと落ちて行く。

ベヒモスの近くに吹き飛んでいたシュウヤもベヒモスと共に奈落の底へと落ちる。

 

「…ぁ…」

 

その光景を、雫はただ、見つめている事しかできなかった。

 

「…っ!南雲くんっ!」

 

しかし、ハジメは幸運だった。

シュウヤの投げと爆風がブースターになり、安全地帯となった階段のすぐ近くにまで飛んで行く事が出来た。

 

香織は自分が落ちても構わないと、身を乗り出す勢いで手を伸ばす。

 

……指先だけは、触れる事が出来た。

 

「…あ…」

 

ハジメは、奈落へと落ちた。

 

「…あぁ…嫌!南雲くんっ!南雲くん!!!」

 

「くっ、香織、落ち着け!光輝も抑えるのを手伝ってくれ!」

 

龍太郎の言葉に、光輝は即座に反応して止めに入る。

 

「香織!君まで死ぬ気か!南雲はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。

 

「無理って何!?南雲くんは死んでない!行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

「くそっ、こんなに力あったのか!?」

 

「雫も、香織を抑えるのを手伝ってくれ!」

 

奈落へと落ちるハジメを追いかける程の勢いで、香織はその身を乗り出そうとするのを光輝と龍太郎は必死に抑えながら、雫にも止める様に言うが

 

「…うそ…うそよ…影野が……シュウヤが奈落に、落ちたなんて…幻覚に決まってる…」

 

雫は瞳を黒く濁らせ、か細い声で現実逃避をするだけで動こうとはしなかった。

 

そんな二人へ、メルド団長が手刀を首に入れる事で気絶させる。

 

「…もう一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。……彼女達を頼んだぞ」

 

「…わ、分かりました」

 

メルド団長の圧に押され、光輝も思わず頷き、香織を光輝が、雫を龍太郎が背負う。

光輝は、呆然とするクラスメイト達に向けて声を張り上げる。

 

「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

こうして、オルクス大迷宮での訓練は、2名の死亡者が出た事で幕を閉じる。

 

その日

香織は目を覚ます事はなく

雫は部屋から一歩たりとも出ようとはせず、現実から逃げる様に眠り、懐かしい…シュウヤと無邪気に遊んでいた、あの頃の夢へと逃避した。

 

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