夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
「貞久くん、僕に何か言うことがあるんじゃないかな」
九智依羅教団のビルから戻った後、これからのために夜が明けるまで魔術道具の製作をしていたが、気づいたら登校時間になっていた。
学校をサボるわけにもいかず家を出た矢先に虚華が待ち構えていた。
朝日を背に杖を携えて立つその姿は、まるで刑の執行を待つ処刑人だ。
「これは縫殿頭殿、いきなりの詰問とは穏やかではないですな」
俺がおどけて返すと、虚華の眉間がピクッと動くのが見えた。
しかし、いつもの様に激昂することはなく、ただその瞳の鋭さを増すだけだった。
「そう言って誤魔化すつもりかい、僕は寛容だけど今度のことは流石に見過ごせないよ」
寛容だと?何を言っているんだこいつは。
寛容のかの字もないだろうに、臆面もなく自称できるとは余程面の皮が厚いのだろうか。
「これは心外ですな、此度のことは拙者にも言い分がございまする、こちらの事情も汲んでいただかねば」
「いい加減、そのふざけた口調を止めることだね、それとも僕にその手足を砕いてほしいのかい」
虚華は威嚇をするように杖の石突でアスファルトの地面を鳴らす。
地面の乾いた音がやけに遠くまで響いた。
……これ以上は駄目だな、このままだと朝の登校路で虚華相手に大立ち回りを演じる羽目になる。
「ふざけた口調とはね、俺はまじめにやっているつもりだったんだがな、少なくともその厚化粧ほどはふざけていないつもりだ」
「僕はノーメイクだよ、貞久くんの視力は高かったと記憶しているけどいつもはコンタクトをしていたのかな」
皮肉には煽りで返してくるか、相変わらず負けん気の強い奴だ。
「いやいや、俺の目は裸眼でもバッチリだ、だって悪鬼羅刹の類が寛容を口にするなんてな、厚化粧と言っていいんじゃないか?」
「僕が厚顔無恥と言いたいのかい?君がそんな命知らずとは知らなかったよ」
虚華は俺の言葉にもまだ平静を装い会話を続けている、普段ならとっくに杖が飛んできているはずだ。
どうやら怒りが一周回って、逆に冷え切っているのだろう。
「貞久くんが来ると信じて待っていた僕たちに対する言葉がそれなら、君のこれからの生活は大変残念な結果になるよ。今までの僕たちは君のプライベートに対してそれなりに尊重してきたつもりだったんだけどね」
何が信じて待っていただ、わざわざ名前を呼び捨てで圧をかけて約束を取り付けたうえに念押しの確認までしていたじゃないか。
そのうえ聞き捨てならないことを言ってやがる。
「プライベートの尊重だって?鍵のかけた自室に押し入ったり外出にも常に目を光らせて一人にさせないことがプライベートの尊重というのか?一度辞書を見てみたらどうだ、そういうのは軟禁って言うんだよ」
俺は虚華にそう言うがまるで意に介していない。
「少なくとも軟禁ではないよ?君は昨日一人で遊べたろうにそんなことを言うのなら軟禁がどういうものか味わってみるかい、僕はそうしても構わないよ」
「遠慮しておく、ようやく楽しみが出来たんだ邪魔をしないでくれ」
冗談ではない、13年越しに来た非日常が俺を待っているのだ、家で遊んでなんか居られない。
「ようやく楽しみが出来た……ね、僕たちとの生活は苦痛だとでも?」
「そんなことは言ってない、お前らといるのは面白かった、それでも捨てきれない望みが俺にはあったんだ」
前世を捨てて転生を選んでまでこの世界に来たのは神話生物などの刺激を求めていたからだ。
前世の家族を愛していたし、今世でもそれは変わらない、虚華だって瞬間湯沸かし器の暴力装置と評しつつ、嫌いではなかった。
それらを含めたうえで俺は非日常に惹かれているのだ、この気持ちは捨てられない。
「そんなにあの魚とのデートは楽しかったと言うんだね、それは少し傷つくじゃないか」
思考が止まる。
魚だと?
「……何の話だ」
虚華の言っていることが理解できない、なぜこいつの口から昨日のことが出てくるんだ。
「半径五十メートル十秒ごとの探知呪文、規則的すぎる。あれでは範囲外で尾行するのは簡単だったよ」
「虚華、お前は……」
虚華の言葉が俺の耳に入るたびに顔が強張っていくのがわかった。
「……いい顔だね、でもその顔を僕に向けるのは10年は遅かったかな」
虚華はさっきまでの怒りをどこかになくして楽しそうに続ける。
「僕はずっと一緒にいていつ気づくのか楽しみにしていたのに君はまるで気づかない、ずっとやきもきさせられたんだから、せめてこのくらいは楽しませてもらわないとね」
言い終わるや否や虚華の雰囲気がガラリと切り替わる。
高度に維持された複数の術式。
世界がわずかに軋むほどの魔力が、虚華から溢れていた。
魚乃目とは比較にならない。
いや、比較すること自体が失礼だ。
「ある意味では嬉しく思うよ、貞久くんは僕に対してまるで注意を払っていなかったってことだからね、近くで呪文の発動をしたこともあったのに気付かなかったね?」
違う、俺は気付いていた。
だが虚華から感じたこともあって気のせいと片付けてしまっていたのだ。
「……なんだよ」
思わず笑いが漏れる。
「お前が
本当に待っていたんだ、転生してからずっと付き纏っていた退屈を晴らすようなものが現れるのを、だというのにこいつは俺をじらすような真似をしていただなんてどんだけ意地が悪いんだ。
「13年間だって?……生まれてからずっと退屈だったというつもりかい」
虚華から楽し気な雰囲気が消える。
「君と過ごした日々に価値がないと言われているようで、少し傷つくね」
空気が重い、虚華は杖の握りを確かめるように持ち手をミシミシと鳴らした。
「違うと言ったろう」
張り詰めた空気、だが俺は笑う。
「俺にとっていつもの日常は楽しかった、それは嘘ではないんだ虚華」
沈黙。
俺の言葉に虚華は無言で反応を返さない、そして、ゆっくりと目を細めた。
怒りでも、悲しみでもない。
――それは
歓喜だった。
ぞくり、と背筋を冷たいものが撫で上げた。
虚華は――いや、目の前の“それ”は、これまで俺が知っていた幼馴染の皮を被った何かへと、明確に変質していた。
「……そうか」
低く、甘やかな声音。
「楽しかった、そう言ってくれるんだね」
その言葉に込められた魔力が、空気を震わせる。
通学路の景色が、まるで薄膜一枚隔てた向こう側にずれていく感覚、通り過ぎるはずの自転車の音も遠く、歪んで聞こえる。
結界。
しかも、即席のものじゃない、事前に仕込まれ、重ねられ、位相ごとずらされた多層構造。
「……最初からやる気だったのか」
「そうだね、最初はそうだったよ、君が僕たちを放っておいてやることが国にしっぽ振っているんだから、頭に来てね。でも今は違うよ、貞久くん」
虚華はくすりと笑う。
「これは確認だ。君がどこまで本気なのか」
瞬間。
視界が、置き去りにされた。
気配の移動を感知するより先に、虚華が目の前にいる。
地面を蹴った音も、風を裂く気配もない、意識の隙間を縫うように、するりと距離が消えた。
杖が振り下ろされる。
「《
一息に二つの呪文を使い、振り下ろされた杖との間に盾を出現させ、受け止める、手に持った盾から金属がへこむ衝撃が伝わり破壊音が響いた。
「うっそだろお前!これは鋼鉄製の盾だぞ?!」
こいつ、たった一撃で盾を半壊させやがった。
視界を遮らぬために小振りの円盾に形成したのは失敗だったみたいだな、戦闘開始早々に一手間違えたか。
舌打ちをしながら左腕を胸元に引き寄せ、小振りの盾で急所を隠すように身を固め次の攻撃に備える。
「そら、どうしたの?受けてばかりかい」
虚華が鋭い刺突を放つ、金属の円盤が鋼の石突を火花を散らしながら斜め後方へと受け流した。
即座に受け流された杖を引き戻した虚華は素早く手元を翻して続けて袈裟に振るう。
「うおッ!」
ついに盾が壊された。
鉄くずとかした盾を放り捨て、呪文を発動させるために精神の集中を試みた。
「クソがこれでどうだ、《マナの剣》、《すばやさ》」
魔力を物質化させた剣を手に、《すばやさ》の呪文で引き上げられた能力によって達人と言っていい領域まで高められた剣技を俺は虚華に振るった。
「それじゃ駄目だよ」
余裕たっぷりな軽い声。
「僕に剣で勝てると思っているのかい?君の片手間の技で斬られるほど、僕は甘くはないよ」
虚華の杖と俺の剣が切り結ぶ。
だが打ち出した一撃は、巧みな杖捌きによって、赤子の手をひねるように流される
反撃の隙すら与えられず、一方的に打ち据えられる。
常に維持していた呪文の守りのおかげで傷ついてはいないが、その守りが一撃ごとに大きく削れていく。
これは無理だ、こいつと白兵戦なんてとても出来ることではない。
結界に取り込まれてまだ5秒程度、それだけで俺の堅牢な呪文の防護が削りきられる。
専門の白兵強者を相手にすることができるほどの装備なんて普段から持ち歩いていない。
生身でまともに相手するには、準備が足りなすぎた。
「シッ!!」
「《瞬間回避》」
虚華が鋭く杖の石突でマナの剣を突き上げてがら空きになった俺の横腹に杖を一文字に振るう。
呪文の守りごと俺をねじ伏せただろうその一撃を転移で強引に躱す。
続けて《瞬間移動》を使い一気に20メートルの距離を稼いだ。
「虚華、俺の勝ちだ、悪いがここからは俺の間合いだ」
これ見よがしに手に炎球を浮かべ勝ち誇る。
もはや白兵戦で張り合う気はない。射撃呪文で削り倒すのみ。
「お前が杖を振るうためにここまで来るのに俺は5回は呪文を発動してみせるぞ」
出来ることなら真正面から倒してみたかったがそんな遊びが許される相手ではなかった。
呪文で相手との距離を保っての引きうち、魔術師がこの戦法をとって追いすがれるのは相手が同じ魔術師か車両などにでも乗っていなければ無理だ。
虚華は魔術師だが呪文は補助として使う魔法戦士型と見た、本気で距離を離したらもう白兵距離に持ち込めないだろう。
「残念だったな、せめて結界に《瞬間移動阻止》ぐらいの呪文は組み込むべきだったようだな。せっかく俺が油断していたのに《人払い》代わりに使うとはちょっと勿体なかったな」
「そうやって自分の能力に慢心するのが貞久くんの欠点だね、まだ勝負は終わっていないのにもう勝ったつもりになるなんて」
虚華が負け惜しみとはね、確かにお前は強かったが距離があったら何もできないのが戦士の弱点だ、届かない攻撃に価値はない。
「――は?」
「カラスが鳴いて、夜が明けた。……それで終わり」
昔話の締めくくりみたいに、淡々と言う虚華。
一歩。
それだけで距離が消えた。
20メートルを一瞬で詰め、杖を振るう虚華。
あまりの速さに視界が追いつかない、俺はその速さにぼやけてしまった。
それでも無意識に盾を作り出し防ごうと体が動くも杖がまるで消えたように視界から外れた。
(――そうか、フェイントに引っかかったのか)
極限まで引き延ばされた時間の中で、他人事のように思う。
魔法のように軌道を変え、視界の外で空気を裂きながら迫る杖の音が聞こえる、その向こう側にある虚華の顔を、俺はぼんやりと見つめていた。
「次は勝つ」
そう言いながら俺は内心で苦笑する。
日常に飽きたと言いながら、その象徴であるはずの幼馴染に、敗北の最中でさえ甘えた言葉を吐いている。
俺は、まだ子供だったのかもしれない。
衝撃。
視界が白く弾けた。
(ああ、悔しいな)
薄れていく意識のなか、俺は敗北を噛み締めた。
なんで主人公と虚華が戦っているんだろう?
いや最初は虚華が約束をすっぽかした嫌味をチクチク飛ばして主人公が会話の内容に違和感を感じて正体に感づく……なんて展開を考えてたんですが。
虚華の性格を考えて嫌味なんかで済ましてくれるわけねえわと思ってこんな展開に。
主人公が負けたのは虚華より弱いからではなく慢心のしすぎが原因です。
虚華はちゃんと装備を整えてこれなら勝てると思ってから来てるのに対して、主人公は抵抗呪文に対する備え以外はしていないので、まあせっかく持ってきた装備を使うまでもなく勝手に主人公が自滅したんですが。
主人公はスペックは強いんですが、距離を取って呪文を飛ばすタイプのくせに最初は白兵戦に付き合った挙句最後に距離を中途半端にしか離さなかったんで、流石にこれでは勝てないです。
虚華なんて普段身に着けてる上着一つとってもこんなのですからね。↓
Crafting Imbuements/虚華のコート
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