夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
ビルの外に出て数分。
近くにあるソイゼリアというファミリーレストランに、俺とソリアは並んで座っていた。
初めて名前を見た時は思わず眉が動いた。
前世の某イタリアンファミリーレストランを思わせる、どこか胡散臭い響きだ。
パチモン感がすごい。
もっとも、この世界ではどうやらこの店がそのポジションらしい。
店内を見渡してみると、その印象はさらに強まった。
赤と木目を基調にした内装。
壁際に並ぶテーブル席。
ファミリー層や学生らしい客のざわめき。
厨房から漂ってくる、チーズとトマトソースの匂い。
細かい部分は違うのに、全体の空気が妙に既視感を呼び起こす。
前世の記憶がある身としては、どうにも落ち着かない。
だが、そんな感慨に浸っている余裕はすぐに消えさった。
理由は単純。
目の前のテーブルに、料理の皿が山のように積み上がっていたからだ。
ハンバーグ、グラタン、ピザ、ドリア、パスタ。
ジャンルも何もあったものではない。
頼めるものを片っ端から頼んだようなラインナップで、しかもその数はすでに二桁を軽く超えている。
そしてその料理は、すべてたった一人の幼女の胃袋へと消えていっていた。
「……」
俺は腕を組み、目の前の光景を黙って見ていた。
ソリアは真剣な顔でフォークを動かし続けている。
無言でただひたすらに食べる。
その速度がまた異常だった。
ハンバーグを一皿平らげる。
すぐ次の皿へ。
咀嚼のリズムがほとんど変わらない。
店員が追加料理を持ってくるたび、テーブルの余白がわずかに埋まっていくと思ったら空いて行った。
「……お前、胃袋どうなってんだよ」
ようやく口を開いた俺に、ソリアはフォークを止めることなくあっさり答える。
「お腹が空いています」
「あっそう」
そういうことを聞いたわけじゃなかったんだが。
流石にリプレイキャラクターの能力なんて覚えてないが、もしかして『消費が多い』でも持っているのかこいつは?
「それで、何で俺を連れだしたんだよ。まさか、おごらせるためだけにってわけじゃないだろ?」
正直なところ、ソリアというキャラクターのことはそこまで詳しく覚えていない。
だが、ソリアはそこまで傍若無人なキャラではなかったはずだ。
第一、知らん奴に飯をおごらせるためにわざわざ会いに来るような性格でも……ない、と思いたい。
「聞いていないのですか?」
ソリアは短く問い返してくるが、俺に心当たりはない。
「聞いていないって、何をだ」
少なくとも、魚乃目からそれらしい話を聞いた覚えはない。
「あの
「……誰だそれ」
一瞬考えて、すぐに思い当たる。
「ああ、魚乃目か」
ソリアは静かに頷いた。
「彼はどこかに口を忘れてきたようですね」
「……もしかして、魚乃目と仲が悪いのかお前」
俺がそう聞くと、ソリアは不思議そうな顔をした。
「いえ?」
フォークは動かす手は相変わらず止まらないが、即答だった。
「そういうわけではありません。ただ」
そこでソリアは、ほんのわずかだけ言葉を区切った。
「……あの中年が、水底で泥を啜るだけの魚だったのだと。今、思い知らされたので」
めっちゃ口悪いなこいつ、こんな性格だったか?
思っていた以上に容赦がない。
というか、ここまで他人を罵るキャラだっただろうか。
――いや、待て。
そもそも俺が覚えているのは、リプレイの中のソリアだ。
つまり、プレイヤーが動かしていた時の彼女。
もしかして、目の前でピザを飲み込んでいるこの幼女の姿こそが、彼女本来の性格なのかもしれない。
そう思ってあらためてソリアを見ようとした、その瞬間。
不意に、視線がぶつかった。
俺と視線があったソリアは、ほんの一瞬だけ面食らったような表情を見せる。
だがすぐに目を細め、こちらをじっと見返してきた。
「ようやく、私の中に誰かの面影を探すのをやめたのですね」
「……何を言ってるのかよくわからんな」
俺は肩をすくめて誤魔化した。
「お前みたいな目立つ奴なんて二人もいないよ」
ソリアは数秒こちらを見つめ、それから小さく頷いた。
「なら、いいのです」
そして、独り言のように静かに付け加える。
「私は、誰かの記憶に合わせて自分を削るような趣味はありませんので」
満足そうに首を縦に振り、フォークを再び動かし始める。
まるで、さっきまでの会話など存在しなかったかのように。
俺はしばらくその様子を眺めてから、ふっと息を吐いた。
……俺って、そんなに分かり易いのか?
みんなあっさりと口にしていないことまで見抜いてくる。
魚乃目もそうだったし、こいつもそうだ。
自分では隠しているつもりでも、案外顔や態度に出ているのかもしれない。
ここまでくると、さすがに少し情けなくなってくる。
俺はコップの水を一口飲みながら、目の前でピザを消滅させ続ける幼女を見た。
……そういえば、魚乃目が言い忘れたことって何なんだ?
結局、何の説明もないままだ。
まあ、今の空気で聞くことじゃないか。
時間はまだあるんだ、後で聞けばいい。
「……とりあえず、俺も何か頼むか」
俺は店員を呼び止める。
その間にも、ソリアは黙々とグラタンを処理していた。
店を出る頃には、太陽はすでに頭上の真ん中に居座っていた。
じりじりと照りつける光がアスファルトを白く反射させ、空気がわずかに揺らいで見える。
ソイゼリアのガラス扉が閉まると、店内のざわめきが一気に遠ざかる。
代わりに、通りを行き交う車の音と人の話し声が耳に入ってきた。
俺は軽く腕を伸ばし、固まった肩をほぐす。
「……食ったな」
正確には、食ったのは俺じゃない。
隣を見る。
ソリアは涼しげな顔で店の前の歩道に立っていた。
さっきまで二桁の皿を空にしていた人物とは、とても思えない落ち着きっぷりだ。
「満足しましたか?」
「俺の財布はな」
俺が言うと、ソリアはほんのわずかだけ首を傾げた。
「あなたは、あまり食べていませんでした」
「お前が食べてたからな」
内心でため息をつく。
まさかファミレスでカードを切る羽目になるとは思わなかった。
ファミレスで諭吉分隊では人数が足りない日が来るとはな。
「では、行きますか」
会話を切り上げるように、ソリアはそう言って歩き出した。
振り返ることもなく、当然のように俺がついてくる前提の足取りだ。
「行くって、どこにだよ?」
問いかけても答えはない、ただ一定の速度で前へ進むだけだ。
どうやら目的地はすでに決まっているらしい。
仕方なく、俺もその後を追う。
少し歩いたところで、ソリアがぽつりと口を開いた。
「魚乃目から聞きました。貞久、あなたは強力な魔導師だと」
魔導師?
……ああ、魔術師のことか。
ソーサルカンパニーでは魔導師って言うんだったか、思い出してきたな。
「俺は確かに魔導師だが、それがどうしたんだ」
「私とのペアにちょうどいいと。それで顔を見に来たんです」
ペア?
「ペアって、もしかしてお前と二人で行動しろってことかよ」
「感動してください。私と仕事が出来ることに」
誇らしげに言われても、反応に困るんだが。
「……さいですか」
ソリアの言葉には棒読みで返すしかない。
俺は、別に一人でも大丈夫なんだが。
まあ、こんなことを口にしたらろくな目に合わないのは流石にわかるから言わないがな。
「で、お前と何をしろって?」
「簡単なことです、聞き込みをしてくるように頼まれたので行くだけです」
彼女の話を要約すると、こうだ。
最近この町に出来た宗教施設、ダゴン救世団が運営しているそこに聞き込みに行ってほしいと岩木竹から依頼されたらしい。
「つまり、俺たちに餌になれってか」
「そういうことになりますね」
かつて壊滅したダゴン救世団だが、現在の再建された組織はまだ決定的な違法行為を見せていないらしい。
そこで、手っ取り早くボロを出させるために奴らを刺激して手を出させたいらしい。
俺たちはそのためのおとりということか。
子供二人なら食いついてくるだろう、って判断をしたのだろう。
「やりたいことはわかったが、都合よく連中が出てくるのかよ」
「岩木竹は大丈夫と言っていましたよ」
岩木竹はそんな辛抱が効く連中ではないと判断したらしい。
こんな問題のある手を使うとはな、奴はお堅い役人だと思ってたのが、意外とそうでもないみたいだな。
面倒ではあるが、確実に尻尾を掴むには手っ取り早い方法なのは確かだ。
まあ、俺としても長々と調査するよりは楽なのはたしかか。
深きものの残党とチンピラ紛いの構成員が相手の雑魚組織に地道な情報収集なんて、正直やってられない。
「……わかった。乗るか」
そう結論を出してから、ふと思いつく。
「それなら俺一人で大丈夫だろう、ソリアは外で待っていてくれ」
「それは、私が力不足だと言いたいのですか」
どうやら気に障ったようだ、ソリアの声が低くなった。
「それなら私の剣を味わってみますか。今までの人たちは、一度味わえば大変素直になってくれましたが」
「違うわ。俺が言いたいのはお前みたいな恰好で連中が警戒しないかってことだよ」
なにせグレートソードを担いで歩き回っているのだ。
ファミレスで店員は二度見していたし、道行く人もちらちらとこちらに注目しているのだ。
本物ではなくコスプレか何かだと思われているようだが、それでも目立ちすぎだ。
このありさまでは、いくら我慢が出来ない連中でも自制というものを思い出しかねない。
「でしたら、これを」
そう言ってソリアは、ポケットから出した金色のコインを俺に渡そうと手を差し出してきた。
「なんだこれ?」
「幻覚を作り出す中級方具です。私には使えませんが、貞久なら大丈夫でしょう?」
……なるほど。
確かにこのコインには呪文が魔化されている。
だがこんな物、俺には無用だ。
そんなパワーの低い呪文がかけられている物をわざわざ使う意味はない。
「ほれ、出来たぞ」
コインを受け取ることなく、ソリアに見せるためだけに軽く指を動かす。
それだけで、ソリアの姿に幻覚をかぶせた。
剣は見えなくなり、服装も周囲に溶け込む一般的なものへと変わった。
「……せっかくの方具だったのですが。貞久はあまのじゃくです」
ソリアが何か言っているが無視だ無視。
俺に方具を使わせたいなら覚えていない呪文が使えるものを持ってこい。
「上級方具なら俺もうれしかったがな、使える呪文の中級方具なんて、もらっても困る」
「ガーン」
わざとらしい反応に、俺は小さく息を吐く。
なにはともあれ、これで準備は整った。
あとは、連中が期待通りに食いつくかどうかだな。