夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話   作:カーキtrpg

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第十話

 こいつら、馬鹿なのか?

 そう言いたげに、俺は首を傾げた。

 いや、正直に言っていくら壊滅したカルト教団の残りカスとはいえ、ここまで露骨に尻尾を出すとは思っていなかった。

 多少は警戒して、もっと回りくどいやり方で迫ってくると考えていたのだが……、どうやらその想定は、いい意味でも悪い意味でも外れたようだ。

 

 予想以上というより、予想以下だ。

 頭の出来がな。

 

 「ハァッ!!」

 

 鋭い気合いとともに、ソリアがグレートソードを振るう。

 とはいえ、流石に刃は抜かれていない。

 だが、鞘に収まったままだというのにその一撃は鈍器として十分すぎる威力を持っていた。

 一振りで二人、三人とまとめて吹き飛ばされ、壁や床に叩きつけられる救世団の構成員たち。

 悲鳴を上げる暇すら与えられず、意識を刈り取られていく。

 

 俺は少し離れた位置でその様子を眺めながら、小さく肩をすくめた。

 どう見ても、俺の出る幕はない。

 

 「……いや、さすがに棒立ちは暇だな」

 

 呟きつつ、まだ動いている連中に向けて《誘眠》を発動する。

 要するに、脳内のスイッチを強引に睡眠へと切り替える、極めて平和的な呪文だ。

 見えない波が広がり、一人、また一人と膝を折る。

 抵抗する暇もなく、彼らはそのまま床に崩れ落ち静かに眠りへと落ちていった。

 援護といえば聞こえはいいが、実際のところはただの暇つぶしだ。

 これでは、いつもの不良相手の喧嘩と大差がない

 俺はもっと別の何かを、心のどこかで期待していた。

 理性の皮を裏返したような魔術師だとか、海の底から這い出してきた深きものの群れだとか。

 そういう、こちらの常識を少しは揺さぶってくれる存在を。

 

 だが、現実はこの程度だ。

 蓋を開けてみれば、中身はそこらの不良と変わらない。

 いや、むしろ質が低いと言っていいだろう。

 喧嘩に慣れている分、いつも相手をしているチンピラたちのほうが骨があるくらいだ。

 あまりにも歯ごたえの無い連中にため息をつきそうになってしまう。

 救世団相手に呪文の的あてにして暇つぶしにいそしみながら、ふと、この建物に足を踏み入れたときのことを思い出した。

 

 最初にダゴン救世団の施設を訪れたとき、連中は一応まともそうな顔をしていた。

 にこやかな笑み、柔らかな口調、慈善活動を謳う看板。

 いかにも善良な団体を装った、よくある表向きの顔だ。

 

 だが、救世団を訪ねた俺たちを建物の奥へと案内した途端、それはあっさりと剥がれ落ちた。

 目の色が変わり、態度が豹変し、躊躇なく襲いかかってきたのだ。

 

 曰く、今夜の儀式の贄にちょうどいい、らしい。

 こんなのでよく今まで問題を起こさなかったな。

 

 「っと。これで終わりか」

 

 戦いは拍子抜けするほどあっさりと決着した。

 最後までこちらの予想を裏切るようなものは何一つ現れず、幕引きだけが妙に早かった。

 残ったのは、床に転がる連中と、踏み荒らされた跡ばかりだ。

 

 「お、おのれぇ。このような真似をしてただで済むと思っているのか」

 「……そのまま転がっていればいいだろうに、どうしてわざわざ立ち上がるんだか」

 

 意外に、根性のある奴もいたらしい。

 だが、今さら一人が起き上がったところでどうにもならない。

 

 「まっ、これで終わりだ。《(Arrow)》」

 

 俺は短く指を弾いた。

 空気がわずかに震え、突き出した指先の前に、鉄の矢が形を取る。

 次の瞬間、乾いた破裂音が空間に鳴り響いた。

 矢は弾丸のような速度で空気を裂きながら一直線に飛び、最後の一人の胸を貫いて完全に沈黙させる。

 

 「貞久」

 

 すぐにソリアが呼びかけてきた。

 やっちまったな。

 

 「せっかく、私が手加減をしていたのに」

 

 呆れたと言わんばかりの様子だ。

 まあ、気持ちはわかるよ。

 

 「悪かった。これは流石に正当防衛じゃ通用しないか?」

 「そんなことは気にしていません。情報を聞き出すために生け捕りにしようとしていた私の努力を、何だと思っているんですか」

 

 そっちかい。

 てっきり、死人を出したことを咎められるのだと思っていた。

 だがソリアが惜しんだのは命ではなく、情報のほうだった。

 さすが、中世の傭兵あがりだ。

 人のことを言えた身ではないが、彼女にとって知らぬ他人の命の重さなど、紙切れほどにしか感じていないのだろう。

 

 「まあ、やってしまったもの仕方ないですね。……私の感覚では、この施設にはもう誰もいないようですが。貞久はどうですか?」

 

 何を言っても、もう意味のないことだと判断したソリアが、俺を非難するジト目で見つめながら確認を求めてきた。

 

 「ああ、俺の探知でも引っかかる奴はいないな」

 

 軽く意識を広げて確認するが、他の部屋での反応はゼロだ。

 この場所には生きている奴はいるが、動けるような状態のやつはいない。

 

 「……で?」

 

 俺は倒れた連中を一瞥しながら口を開く。

 

 「このあとどうする。証拠集めでもするか?」

 

 戦闘は一分とかからなかった。

 これ以上やることといえば、施設の内部を調べるくらいしかない。

 

 「それは他の方たちに任せましょうか、直前に魚乃目へ連絡はしているので」

 「ああ、なら後処理班が来るわけか」

 

 面倒な家探しをしないで済むならそれにこしたことはない。

 そう結論づけた直後。

 

 「私はお腹が空きました」

 

 唐突に、ソリアがそう言った。

 

 「まじかよ。まだ1時間とたっていないぞ。少しは我慢できないのか」

 

 思わず素で返してしまう。

 ソイゼリアで山ほど食ったのに、まだ足りないのか。

 

 「空きました」

 

 短くきっぱりと、淡々とした声音だが、譲る気はないらしい。

 このまま放っておくと確実に面倒なことになる。

 

 「はぁ……仕方ないな」

 

 結局折れるしかない。

 とはいえ、手持ちの食料はない。

 どうするかと周囲を見回し、使えそうなものを探す。

 そこで目に留まったのは壁に飾られていた美術品の一つ、皿だ。

 装飾過多ではあるが、サイズ的にはちょうどいい。

 

 「これならちょうどいいか」

 

 それを外し、軽く埃を払う。

 

 「念のため《除菌》をかけてと……よし」

 

 魔力を流し込み、さらに呪文を重ねる。

 《聖食》

 皿を淡く光る塊が包み込む。

 それはやがて形を整え、滑らかな質感のチョコレートのような固形物へと変化した。

 食の源素を凝縮した即席の栄養物だ。

 

 「ほれ、これでも食ってろ」

 「……ん」

 

 ソリアに差し出すと、皿から変わった様子を見ていたからだろうか、彼女は一瞬だけ躊躇するような仕草を見せた。

 だが、すぐにそれを受け取り、無言で口に運ぶ。

 もぐもぐと咀嚼する様子を見ながら、俺は小さく息を吐いた。

 戦闘よりも、こっちの方がよほど気を遣う。

 だが、これでしばらくは静かになるだろう。

 当面の間は食欲魔人の暴走はさけられそうだ。

 

 「……きたか」

 

 俺は耳を澄ませた。

 すぐに、大勢の足音が施設の入り口から聞こえてきた。

 この速さ、どうやら、すぐにとんできたようだな。

 やがて扉が勢いよく開き、大急ぎで魚乃目が警官たちを引き連れて駆け込んできた。

 

 「シエロからここに来いと連絡があったが、これはどういうことだ小僧。まさか岩木竹の奴に何か吹き込まれたのか」

 

 開口一番で出てくるのはそれか。

 怒鳴るほどではないが、魚乃目は明らかに苛立っている様子だ。

 

 なるほど。

 どうやら、このおとり作戦は岩木竹の独断だったようだな。

 自分の頭の上で話が進められてたと悟った魚乃目は、明らかに不満そうな様子で俺に詰め寄ってくる。

 

 「俺はしらん、何か文句があるならソリアに言ってくれ」

 

 ……自分で言っておきながら、今のは無責任すぎる発言だな。

 ソリアの提案にのってここに来た以上、しらんでは通らないだろう。

 少なくとも、魚乃目は俺の言い分には納得していないな。

 

 「あとで詳しく聞かせてもらうぞ。まったく、なんでファミレスで食事をしに行ったのがこんなことになるんだ」

 

 半ば呆れたような、半ば本気で理解できないというような口調。

 その言葉に、俺はそっと肩をすくめてみせた。

 悪いな魚乃目。

 俺はあとで詳しく聞かせてもらうなんて面倒は御免でね。

 そもそもは岩木竹が発案だからそっちで言い争ってくれ。

 俺はなるべく巻き込まれない位置で傍観していることにするよ。

 

 「シエロ」

 

 魚乃目の視線が横のソリアに滑った。

 名前ではなく、わざわざシエロ(種族名)と言うとはね。

 この二人の関係は、随分と最高のようだな。

 

 「お前が小僧に妙なことを吹き込んだんだな。岩木竹なんて無視しろって言っただろうが」

 

 責任の矛先が、あっさりとソリアに移った。

 

 「魚乃目、私は貞久と仕事をすることにしました。後のことは上手くやってください」

 

 あまりにも淡々とした言い方だった。

 相談でも、確認でもない。

 決定事項の通知。

 魚乃目のこめかみが、ぴくりと動く。

 怒鳴るかと思ったが、奴はぐっと言葉を飲み込んだ。

 推測だが、何を言っても無駄だと思ったんだな。

 

 ソリアの奴が魚乃目の言葉をきれいに無視してるあたり、その判断は間違ってないだろう。

 ここまでくると流石に不憫な奴だと感じるな。

 だからといって、お行儀良くしてやる気はないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいかお前ら。そもそも岩木竹の奴には、現場に口を出す権限なんてねえ。あいつはあくまで事務屋だ。そう思って扱え」

 「ふーん」

 「あっそ」

 

 現場の指揮を放り投げ、俺たちと一緒に分室に戻ってきた魚乃目はさっそく絡んできた。

 自分の知らないところで進められたのがよほど気に食わなかったようだが、そんな事情は俺たちの知ったことではない。

 ソリアに至っては、最初からまともに聞いてもいない。

 

 「お前らなあ、せめて事前に一言くらいあってもよかっただろ。なんで直前にメール一本で済ませるんだよ」

 

 流石に俺たちが完全に無視をしている状態でこれ以上言い募る気はおきなかったようだ。

 魚乃目は肩を落としてうなだれている。

 

 「まあ、過ぎたことはいいだろ」

 

 そう言うと魚乃目はお前が言うなとでも言いたげに睨んできた。

 

 「で、魚乃目は現場にいなくてよかったのかよ」

 

 これ以上同じ話題を続けても不毛だと判断して、俺は話を変えにかかる。

 魚乃目もその意図は察したらしい。

 少しだけ眉をひそめたが、素直に乗ってきた。

 

 「俺がいたところで邪魔なだけだ。俺の持っている御大層な階級はあくまで飾りだぞ。現場で指揮をとれるような能力なんて俺にはねえ」

 「無能」

 

 間髪入れず、ソリアはボソッと罵倒する。

 魚乃目はぎろりと睨んだが、当の本人は涼しい顔で完全に無視だ。

 やがて諦めたように、魚乃目は小さく首を振った。

 

 「無能で悪かったな、言っとくがお前らだって書類上の立場で言えば指揮を執る側だからな。出来るのか?指揮」

 

 出来るわけないだろう。

 ソリアは……、出来そうにないな。

 指揮と聞いた瞬間、露骨に嫌そうな顔をしている。

 

 「ほれみろ。お前らだって人のこと言えないだろう」

 

 魚乃目は腕を組んで、どこか勝ち誇ったように言った。

 だが、その顔はすぐに曇った。

 

 「……で?」

 

 ソリアが無表情のまま問い返した。

 

 「で、とは?」

 「あなたは指揮ができない。私たちもできない。つまりみんな役立たずということでは」

 

 淡々とした結論だった。

 そこには情けも遠慮もない。

 魚乃目の肩が、がくりと落ちた。

 

 「……お前、ほんとに容赦ないな」

 「事実です」

 

 ばっさりだ。

 俺は横でそのやり取りを眺めながら、小さく息を吐いた。

 この二人の会話は、見ていて疲れる。

 

 「まあいいだろ。俺たちは現場要員だろ?上が何か言ってきたら、そのとき考えればいい」

 

 俺がそうまとめると、魚乃目はじろりと睨んできた。

 

 「お前が一番、いい加減なことを言ってるぞ?」

 「気のせいだ」

 

 俺の言葉に魚乃目が深々とため息をついた。

 そのまま椅子の背もたれに体重を預ける。

 

 「とりあえず今日はもう解散でいいだろ。現場も片付いたし、報告はあとでいいだろ」

 「小僧、お前が言う、その報告は俺がするんだが?」

 「岩木竹に投げろよ、いつもそうやってるんだろう?」

 

 無責任極まる俺の言葉に、ついに魚乃目は無言で机に突っ伏した。

 ソリアはその様子を一瞥し、ぽつりと言う。

 

 「私は帰って食事をします」

 「……まだ14時だぞ、さっき食ったばっかじゃないか」

 

 俺は時計を見る。

 壁に掛けられた安っぽい時計の針は、確かに二時を指していた。

 

 「消化しました」

 「まじかよ」

 

 思わず声が漏れる。

 俺はしばらく無言でソリアを見つめてしまう。

 身長は低く体も細い……というより小学生低学年の体躯相応といった程度だ。

 どう見ても大食いとは無縁の外見だ。

 一体どこにあの量が消えていったんだ?

 

 ……まあ、俺には関係ないか。

 俺にはいま、他人の事情を気にしている余裕などないのだ。

 いまこの分室での寝泊まりを言っても魚乃目が認めるとは思えないからな。

 それでも、少なくとも一週間もたたずに家へ戻るわけにはいかない。

 いまのこのこと戻っても待ち構えてるだろう二人のご機嫌取りに奔走する羽目になるのだ。

 想像するだけで、胃のあたりが少し重くなる。

 俺は気づけば、目の前のソリアをじっと見ていた。

 とりとめのないことを考えながら、ただ視線だけがそこに残っていた。

 

 ソリアは俺の視線に気づいたらしく、首をかしげた。

 その仕草には、戸惑いも警戒もない。

 ただ理由が分からない、という顔だった。

 

 「どうしました」

 「いや、なんでもない」

 

 俺は小さく肩をすくめた。

 

 「じゃ、さよなら。俺はここで休んでから帰るわ」

 

 そう言って手をひらひら振る。

 だが、ソリアは一歩も動かなかった。

 じっとこちらを見ている。

 

 「あなたも来てください」

 「はあ?」

 

 思わず間抜けな声が出てしまった。

 なんで俺がお前の食事について行くんだよ。

 

 「断る」

 

 俺は即答した。

 迷いは一切ない。

 転生して13年の経験が告げている、ここでついて行ったら、後々ろくな目に合わないと。

 

 「なぜですか」

 

 ソリアは首をかしげる。

 

 「まあ、あれだ。いろいろあるんだよ」

 

 ……いやいや、我がことながらいくらなんでも口下手すぎだろ。

 こんなのでソリアが納得するわけないだろ。

 

 案の定、次の瞬間にぐいっと袖を引かれた。

 視線を落とすと、ソリアが俺の服をつまんでいる。

 子供が親に駄々をこねるようなしぐさだが、その目にはクソみたいな言い逃れを試みた俺に対する怒りがうっすらとうかんでいた。

 

 「行きましょう」

 

 短い一言。

 だが言外に拒否は許さないと迫っているのが解る。

 ソリアはそのまま踵を返し、外へと歩き出した。

 当然、俺の体も引っ張られる。

 

 「おい」

 「食事です」

 「いやだから待てって」

 

 ずるずると。

 俺は抵抗する間もなく引きずられていく。

 背後で魚乃目が、机に突っ伏したまま小さく呟いた。

 

 「……頑張るんだな、小僧」

 

 他人事だと思いやがって。

 俺はそのまま、ずるずると引きずられていった。

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