夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話   作:カーキtrpg

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第十三話

――安座等県 某港町――

 

 

 逃げた。

 俺は逃げた。

 

 なにからって?

 ソリアからだよ、チクショウが。

 

 昨日からあいつの機嫌が最悪なのである。

 理由は簡単。

 小田のくだらないたわごとのとばっちりを清算するため、俺はまたソリアへの献上品――つまりアイスクリームを買わされる羽目になった。

 問題は、そのソリア懐柔用に買ってきたアイスを俺が冷凍庫へ入れ忘れたことだ。

 当然、分室のテーブルの上でドロドロに溶けた。

 

 その結果。

 溶けたアイスを見た後、静かに俺へ視線を向けたソリアは感情が抜け落ちた顔でこちらを見た。

 無言で。

 ……普通に怖い。

 人間、無表情が一番怖いと思い知らされた。

 

 「貞久」

 

 その一言だけで胃が痛くなる。

 絶対あれだ。

 次に続く言葉は「どうしてくれるんですか?」とか、「ケジメ、つけてもらいますよね?」とか、そういうタイプのやつだ。

 だから逃げた。

 仕方ないだろう。

 人類は生存のために逃走本能を獲得したんだ。

 これは進化の結果だ、つまり俺は悪くない。

 

 そんなわけで俺は、岩木竹のくだらない依頼に飛びついた。

 曰く。

 

 「魚のコスプレをした不審者が海岸に出たと通報があった、深きものかもしれないから確認してくれ」

 

 いや、普通に変質者じゃないか?

 そう思った。

 思ったが、もし本当に深きものなら多少は面白い。

 少なくとも、分室でソリアの冷気に耐え続けるよりは遥かにマシだった。

 

 「受けた、俺は行くぞ」

 

 俺は即答した。

 すると岩木竹は何とも言えない微妙な顔をしやがった。

 ……あいつ、たぶん俺がソリアから逃げようとしてるの察してたな。

 

 まあいい。

 察していても口にしないのは評価してやるよ。

 少なくとも、俺は岩木竹が余計なことを言ったら呪文を打ち込むつもりだったからな。

 

 

 

 

 そして現在。

 

 「なんで僕まで連れて来られてるんですか?」

 

 潮風の吹く海沿いの道を歩きながら、連れてきた小田が半目でこちらを見ていた。

 

 「お前、防護点だけは高いだろ」

 「はい?」

 「盾役だ、突っ立てるだけでいいから、お前でもできるだろ」

 「最低だこの人!」

 

 ぎゃあぎゃあうるさいな。

 ……まあ、流石に肉壁扱いはやりすぎたか?

 いや、こいつの普段の行いを考えればこれくらい働かせても罰は当たらないだろ。

 魔術の触媒や霊薬をねだるわ、魔化を「ロハで頼みます」などと抜かすわ。

 挙句の果てに「主人公なんだから奢ってくださいよ」が口癖。

 

 最近では「佐伯田さんの財布、もう僕たちの共有財産みたいなものですよね?」とか抜かし始めた。

 なんなんだこいつは。

 強盗か?

 

 こういう時くらい働いてもらわないと収支が合わない。

 というか、こういう時に動かないなら俺にも考えがあるぞ。

 

 とは言っても小田は、ぶつぶつ文句を言いながらも結局ついてきていた。

 こいつの良いところは、なんだかんだで逃げないところだな。

 文句は多いが、ちゃんと来る。

 ……まあ、来なかったら後で海に沈めるつもりだったが。

 

 

 海沿いの空気は湿っていた。

 潮の匂いが鼻につく。

 波が防波堤を叩く音だけが、やけに大きく響いていた。

 人気は少ない。

 街灯もまばらだ。

 

 安座等県のこの港町は、昼間こそ漁師や観光客でそれなりに賑わうが、夜になると急に人の気配が薄くなる。

 海そのものが眠っているみたいな静けさだった。

 その静寂が、逆に嫌な感じを強めている。

 

 目撃地点は海岸の端。

 古びた倉庫街の近くだ。

 俺は歩きながら、岩木竹から渡された資料を見返した。

 

 魚っぽいマスク。

 夜の海岸を徘徊。

 奇声。

 目撃者は「魚が二本足で歩いていた」と証言。

 

 ……。

 

 「やっぱ、ただの変態じゃね?」

 「僕もそう思います」

 「だよなあ」

 

 深きものならもっとこう、禍々しさとかあるだろ。

 対策のしていない一般人が深きものを見たのなら精神的にダメージを受けたはずだ。

 いわゆる、SANチェックというやつだ。

 少なくとも、「変なもの見ちゃったなあ」で済む存在ではない。

 だというのに、今回の目撃者は軽く怯えた程度だったらしい。

 それなら、深きものではなく魚人のコスプレをした酔っ払いの方がまだ現実味がある。

 

 「だが、岩木竹は本気だったな」

 「疲れてるんじゃないですか?」

 「たぶんな」

 

 岩木竹にとっては今が正念場だからな。

 あいつも神経を尖らせているんだろう。

 海沿いで怪しい情報が出れば、とりあえず疑う。

 そういう精神状態なんだろうな。

 岩木竹にしても、本当に深きものだと思っているわけじゃないだろう。

 どちらかというと、そうであってほしいと言う、藁を掴む気持ちだろうな。

 

 「……あれ?」

 

 小田が足を止めた。

 

 「どうした」

 「誰かいます」

 

 小田が指差した、防波堤の先に誰かいる。

 男だ。

 黒いパーカーを着ている。

 海の方を向いたまま、じっと動かない。

 そして背中には、ここ最近すっかり見慣れたマークが描かれていた。

 

 絡みつく触手と、開いた魚眼。

 ダゴン救世団のシンボルだ。

 

 「うわっ、いるじゃないですか」

 「……まじか。岩木竹の奴、妙なところで引きが強いな」

 「それはどうでもいいです。それよりもあの人、めちゃくちゃ分かりやすいですね」

 「ああ、潜伏する気ゼロだな。……だが、深きものじゃあないな、人間だ」

 

 男は海を見ながら、ぶつぶつ何かを喋っている。

 

 ……海に誘われたか?

 それとも電波(SANゼロ)か?

 どちらにせよ、ろくでもないな。

 

 「どうします?」

 「小田、話しかけてこい」

 「えっ、僕がですか?」

 「行きたくないのか? ならここで、お前を海に蹴り落とす選択肢もあるんだが、どうする?」

 「会話を選びましょう!」

 

 小田が慌てて走っていった。

 その背中を見送りながら、俺は肩をすくめる。

 

 「こんばんはー!」

 

 小田が妙に明るい声を出しながら男へ近づいていく。

 ……男は反応してないな。

 海を見たまま、ぶつぶつと何かを呟き続けている。

 

 「すみませーん!」

 

 小田がもう一度、今度は少し大きな声で呼びかける。

 すると男はぴたりと呟きを止めた。

 ゆっくりとこちらに振り返る。

 

 ……普通のおっさんだった。

 いや、普通というにはだいぶ不気味だが。

 

 目の下には黒々とした隈。

 伸びっぱなしの無精髭。

 脂でべたついた髪。

 潮の匂いに混じって、生臭い腐敗臭のようなものまで漂ってくる。

 頬は痩せこけているのに、目だけが異様に爛々としていた。

 

 「あのー、何してるんです?」

 

 小田が聞くと、おっさんはカッと目を見開いた。

 

 「海が……呼んでいる」

 「うっわ」

 「もうすぐだ……! 父なる海神が目覚める! 我らは選ばれし――」

 「あ、駄目だこれ」

 

 小田は即座におっさんとの対話を諦めたようだ。

 露骨に一歩後ずさる。

 まあ、気持ちはわかる。

 俺もこいつと会話したいとは思えない。

 

 だが男はそんなこちらの空気など意にも介さず、両腕を大きく広げた。

 

 「深き海より神が現れ、人類は浄化されるのだァ!!」

 

 夜の防波堤に、おっさんの絶叫が響き渡る。

 

 「……小田」

 「はい」

 「警察(岩木竹)にパスするぞ」

 「賛成です」

 

 だが次の瞬間。

 おっさんは勢いよくパーカーを脱ぎ捨てた。

 その下から現れたのは――全身魚柄タイツ。

 

 「「…………」」

 

 しかも、妙に出来がいい。

 鱗の質感が無駄にリアルだし、光の加減でぬらりと反射している。

 どこに情熱を注げばこんな完成度になるのか理解に苦しむ。

 男は胸を張り、陶酔したように叫んだ。

 

 「見よ! 我が祝福された肉体を!!」

 「いやキツ……」

 

 小田が素でドン引きしている。

 だが、変質者は止まらない。

 

 「この鱗! この流線形! 神の加護を受けし証である!!」

 

 くるり、とその場で一回転。

 タイツが月明かりを受けてぬめりと光る。

 

 「うわ、背びれまで付いてます」

 「完成度が嫌に高ぇな……」

 

 しかも無駄に筋肉へフィットしているせいで、視界への圧が強い。

 

 「我ら人類はやがて海へ還る! さあ貴様らも脱ぎ捨てるのだ! 陸という呪縛を!!」

 「嫌です」

 

 小田は真顔でそう返した。

 そして、おもむろに懐へ手を突っ込む。

 取り出したのは、細長い黄金製の筒だった。

 金色の表面には細かい刻印がびっしり刻まれている。

 小田は慣れた手つきで筒の蓋を回した。

 

 カチリ、と乾いた音。

 中から現れたのは、いくつかの小物だった。

 

 透明なガラス製のボーン。

 黒と白のチェス駒。

 小さな金属片。

 見覚えのない符。

 

 ……相変わらず、無駄に金のかけた触媒ケースだな。

 

 おっさんはそんなこちらを気にも留めず、両腕を広げたまま叫び続ける。

 

 「神の降臨は近い! 深き海の祝福を受け入れるのだァ!!」

 「だから嫌だって言ってるじゃないですか」

 

 小田は心底うんざりした顔で、ガラス製のボーンを摘まみ上げた。

 細長いそれは、月光を受けて青白く光る。

 そして。

 

 ――握り潰した。

 

 ぱきん、と乾いた音が鳴る。

 瞬間、空気が変わった。

 周囲の音が、一瞬だけ遠のいた。

 

 波音が遠のく。

 風が沈む。

 世界そのものが一瞬だけ水底へ沈み込んだみたいに、あらゆる音が鈍く濁った。

 小田の指の隙間から、砕けたガラス片がさらさらと零れ落ちた。

 次の瞬間。

 

 「――ぇ?」

 

 おっさんの動きが止まった。

 見開かれていた目から、急速に力が抜けていく。

 

 「な、なんだ……海神、さま……」

 

 膝が折れる。

 そのまま前のめりに崩れ落ち、防波堤へ顔面から突っ伏した。

 ……動かない。

 数秒の沈黙。

 波音だけが響いていた。

 

 「……」

 「……」

 

 俺と小田は、なんとも言えない顔で互いを見る。

 

 「小田」

 「はい」

 「今の必要だったか?」

 「だって怖かったんですよ」

 「怖いと言うより、むしろきもかったぞ」

 

 おっさんは魚タイツ姿のまま、ぐうぐう寝息を立てていた。

 なんなんだこの絵面。

 最終的に変質者が防波堤で寝てるだけじゃねぇか。

 

 「……小田」

 「はい」

 「岩木竹に連絡しろ」

 「了解です」

 

 

 

 

――安座等県 九智依羅分室――

 

 

 

 

 あれから数時間後。

 分室のソファへ腰掛けた俺たちの前で、岩木竹が疲れ切った顔をしていた。

 奴の持っている缶コーヒーはすっかり冷めている。

 それでも飲まなければやっていられない、そんな顔だった。

 

 「……それで、結局ただの変質者だったんですか?」

 

 小田がコップ片手に訊ねる。

 岩木竹は眉間を押さえながら首を振った。

 

 「半分正解で、半分ハズレだ」

 「嫌な言い方するな」

 

 机へ数枚の資料が置かれる。

 拘束されたおっさんの写真。

 押収物一覧。

 そして、ダゴン救世団の紋章が印刷された資料。

 

 「男の名前は鈴木宗助。五十歳。表向きは港湾関係の作業員だ」

 「表向き、ねぇ」

 

 つまり裏があると。

 岩木竹は深くため息を吐いた。

 

 「尋問した結果、ダゴン救世団の末端構成員であることは認めた」

 「うーわ、本物だったんですか」

 「ただし、本人はほぼ下っ端だ。儀式にもまともに参加させてもらっていないらしい」

 「じゃあ、なんであんな格好を?」

 「神への信仰心を示すためだそうだ」

 「最悪だ……」

 

 小田が本気で嫌そうな顔をした。

 気持ちはわかる。

 俺もできれば人生で二度と見たくない代物だった。

 岩木竹はさらに続ける。

 

 「鈴木の証言によればダゴン救世団の高司祭が、これまで儀式に参加できなかった末端信者にまで召集をかけている」

 「前にお前が言っていた、この町に司祭が集まってくるって話があったな」

 「おそらくこのことだろうな。今回の件で正確な日時がつかめたよ」

 「……いつだ?」

 

 俺の問いに、岩木竹は短く答えた。

 

 「三日後の深夜だ」

 

 三日か。

 準備を整えるには微妙に短い。

 

 「場所は?」

 「沖合だ。港からかなり離れた海域らしい」

 「……奴ら、船を出す気か」

 「おそらくな、こちらも海上保安庁に協力を頼んでいる。お前が最後まで事件に付き合いたいなら、現場には海保の船で向かうことになる」

 

 最後まで付き合うつもりなら、か。

 ずいぶんな言い草だ。

 けれど、そこに悪意は感じない。

 たぶんこいつなりに、「今回は今までの依頼とは比べものにならないくらい危険だ。無理に来なくていい」と言っているんだろう。

 ……にしても、口下手すぎるだろ。

 

 「海保の船って、巡視船だろ? 俺らも乗っていいのか?」

 「問題ない、三日後の正午までに船に来たなら乗船できるように手配してある」

 

 ずいぶん話が早いな。

 つまりこいつ、最初から俺が断らない前提で動いていたわけだ。

 

 「……来なくてもいいんじゃなかったのか?」

 「止めても、お前は来るだろう」

 

 即答だった。

 思わず鼻で笑う。

 ああ、その通りだ。

 俺はもう、雑魚狩りには飽きていた。

 

 ――ガチャ。

 

 その時だった。

 分室の扉が静かに開く。

 聞き慣れた足音。

 硬質で、規則正しく、妙に耳へ残る歩き方。

 俺は反射的にそちらを見て――固まった。

 

 そこには、静かにこちらを見据えるソリアがいた。

 

 「ゲェッ」

 

 思わず変な声が漏れた。

 自分でも驚くくらい自然に出た。

 たぶん人間は、本当に危険を感じると語彙が死ぬんだろうな。

 

 「……」

 

 ソリアは無言のまま、ぎろりと俺をにらんだ。

 怖い。

 なにが怖いって、怒鳴ってこないところが怖い。

 いつものように感情を爆発させてくれた方が、まだ対処のしようもある。

 

 だが今回は違った。

 静かなまま、圧だけをかけてくる。

 そのせいで胃が痛い。

 

 「貞久」

 「……なんだよ」

 「私を放っておいて、こそこそとどこかに行ったかと思えば、まさか()を置いて事件に向かうとは」

 「いや、それはだな……」

 「あなたが、これほど愚かだとは思いませんでした」

 

 冷え切った声だった。

 だが逆に、それがまずい。

 ソリアは本気で怒ると声量が落ちる。

 今がまさにそれだ。

 

 「勘違いしていないか。今回はただ岩木竹から不審者が出たと聞いて見に行っただけで危険なことは――」

 「それは結果的に危険がなかっただけでしょう?」

 「……」

 

 いやまあ、おっしゃる通りですがね。

 少しは手加減してくれよ。

 俺が嫌な汗を流していると、ソリアはゆっくりと視線を細めた。

 

 「貞久。自分が何をしたか理解していますか? いえ、私が何を言っているのかわかってるのですか」

 「いや、まあ、ある程度は――」

 「理解していたら、()を置いて行くなどという愚行はしません」

 

 正論だった。

 ぐうの音も出ない。

 というか今さらだが、なんで俺こんな説教されてるんだ?

 いつからソリアは俺の保護者になったんだ?

 

 「……あの」

 

 その時、小田がおずおずと手を上げた。

 

 「僕、ちょっと用事を思い出したので」

 「奇遇だな。私もだ」

 

 岩木竹が即座に立ち上がる。

 おい待て。

 お前ら、なに逃げる空気出してんだ。

 

 「では佐伯田。三日後の件、よろしく頼む」

 「佐伯田さん、頑張ってください!」

 「お前ら待てコラ!!」

 

 二人は恐ろしい速度で分室から飛び出していった。

 扉が閉まる。

 静寂。

 

 ……。

 

 終わった。

 俺はゆっくりとソリアへ視線を戻した。

 彼女は無言でこちらを見下ろしている。




ステルス外骨格(TL10)

この軽量外骨格は、ジャケットやズボンのような厚手の衣服の下に隠すことができる。
装着できるのは薄手の衣服の上からのみである。

隠密作戦に有用であり、高重力世界では来訪者や第一世代入植者が通常衣類としてステルス外骨格を着用することもある。
また、地球のような惑星を訪れる低重力世界の住民にも有用である。

ステルス外骨格は 追加荷重体力+4および追加攻撃体力4を与える。


下半身外骨格(TL9)

下半身外骨格は、運搬人、兵士、その他、負担をかけずに重荷を運ぶ必要のある者によって使用される。

これには、最大70ポンドの荷物を運搬可能な外骨格支持式バックパック、「ペイロード」が含まれる。
電源が入っている間、この荷物は重量に数えない。

《バトルスーツ》技能が制限するのは、近接攻撃や跳躍のような、下半身の敏捷性を必要とする行動に関わるDXおよび技能のみである。

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