夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
――リベール王国 王都イースリー某下町 英知の箱――
「はぁ……」
気づけば、本日何度目かも分からないため息が口をついて出ていた。
地球で胡散臭い女に「ねぇ、今の人生に退屈してるなら、ちょっと転生してみる?」なんて声をかけられ、その怪しい誘いに乗ってから、もう半年が経つ。
結果として、俺は今、異世界にいた。
……いや、異世界転生そのものに文句を言うつもりはない。
問題は、事前に聞いていた話とあまりにも違いすぎることだ。
本来なら、俺は現代日本、それもクトゥルフ神話の世界に二度目の人生へ転生するはずだった。
少なくともあの女はそう説明していたし、俺もそのつもりでいた。
だが実際に目を開けた先にあったのは、スマホもネットも存在しない、剣と魔法の異世界だった。
――どう考えても、話が違う。
この文句を、俺はこの半年で何百回心の中で繰り返したか分からない。
もっとも、いくら愚痴を吐いたところで現実は変わらないのだが。
俺が今いるのは、王都イースリーの下町にある弱小血社「英知の箱」。
毎日やっていることといえば、帳簿整理に荷運び、材料確認、そして騒がしい連中の相手だ。
……いや、本当に話が違う。
異世界転生といえば、普通は勇者とか英雄とか、せめて冒険者だろう。
なのに現実の俺は、倒産寸前の零細血社で雑務に追われる毎日だ。
そんな理不尽に胸中で抗議していると、向かいの机から冷ややかな声が飛んできた。
「貞久。先ほどから何をそんなに嘆いているのですか。正直、うっとうしいです」
ソリアは迷惑そうにこちらを見る。
相変わらず容赦がない奴だ。
「……そりゃあ悪かったな。だが、あのうるさいバカの声を聴いていたらため息の一つも出てくるのは仕方ないだろ」
俺がアゴで部屋の真ん中を指し示すと、案の定、我が血社の社長であるマイヤーがこれ見よがしに机に突っ伏しながら、この世の終わりとばかりに妄言を喚き散らしていた。
「うぉぉぉぉっ?! 嘘だと言ってくれ先生ぇぇぇ!! こんなことがあっていいのかよ?!」
「いい加減、現実を見てください。社長」
ぴしゃりと言い放ったのは、会計担当のヒューズだ。
彼女は手元の書類を軽く振りながら、あきれたような眼をマイヤーへ向けていた。
「このまま魔化の実験を続ければ、、英知の箱は来季の決算を待たずに確実に破産します。会計担当として、これ以上社長の方具趣味に資金を回すことを認めることはできないですからね」
「オレ様の野望が……。世界に轟く最強方具工房計画がぁ……!」
「まずその前に、積もり積もった借金を減らしてください」
「これは夢だ。そうだ、悪い夢に違いねぇ……」
「現実逃避してないで仕事をしてちょうだい。
ヒューズは深々とため息をつき、額を押さえた。
その様子を見ながら、俺も椅子にもたれかかる。
……いやほんと、なんで俺こんな場所にいるんだ?
異世界転生。
誰もが一度は夢見るような非日常。
なのに俺が手に入れたのは、借金まみれの弱小血社で、奇人変人たちに囲まれて働く日常だった。
――こんなの、絶対おかしいだろ。
心の中で何度目か分からない文句を吐きながら、俺は天井を仰いだ。
せめてもの救いがあるとすれば、こいつらが原作リプレイキャラたちだと言うことだ。
残念なことに、こいつらの
だが、この世界の主人公である《英知の箱》の連中が、これからも厄介ごとに巻き込まれていくことだけは間違いなかった。
そして、その厄介ごとは大抵の場合、唐突にやって来る。
例えば――そう、今日のように。
――リベール王国 王都イースリー中心街 神機局――
「依頼?」
俺は掲示板の紙を見ながら眉をひそめた。
王都の中心街に位置する神機局の本部は、朝からひどい騒がしさだった。
職員たちの慌ただしい話し声と、靴音が複雑に交錯する中、マイヤーは得意げに胸を張っている。
「そう! 依頼だ!!」
「いや、なんで急にやる気になってるんだよ。普段あれだけ依頼を嫌がるくせに」
「金がねぇからだ!!」
清々しいほど真っ直ぐな答えだった。
隣でヒューズが死んだ目のまま頷く。
「今月の収支が壊滅的なんです」
「ちなみに、誰のせいだ?」
「十割、そこの社長です」
「解せぬ!!」
いつもの流れである。
俺は改めて依頼書を見る。
《王都郊外西道周辺に出現した野盗の討伐》
記載されている報酬の額は、確かにそこらの雑用とは桁が違う。
少なくとも、いつもの地本商店街相手の便利屋稼業とは比べ物にならない。
だが、問題はその内容だ
「……なんで血社が野盗討伐? 傭兵か騎士団の仕事だろ? お前もよくもまあ、神機局の掲示板からこんなの引っ張ってきたな」
「フフン、オレ様特性方具の実戦テストにうってつけだからよ!!」
「嫌な予感しかしねぇ」
マイヤーは背負っている大きなケースを叩きながらにやりと笑う。
「今回は秘密兵器を持ってきた」
「よし、俺はもう帰る」
「おい待て信用ねぇな!?」
「普段の行いを振り返ってから言え。その台詞の後に安心できた試しが、ただの一度でもあったか?」
過去を振り返るだけで胃が痛くなる。
暴走、爆発、誤作動、巻き込み事故。
こいつの方具は、だいたいその辺りの単語とセットだった。
「ですが、貞久くん。背に腹は代えられないのも事実です」
ヒューズが眼鏡を押し上げながら、小さく溜息をついた。
「これ以上の赤字は『英知の箱』の存続に関わります。受けるしかありませんね」
「ほら見ろ! 先生は分かってるぞ!」
「ただし社長。今回の報酬すらも、実験にかこつけて予算ごとドブに捨てるような真似をしたら、その怪しげなケースごとあなたを王都のゴミ処理場に叩き込みますので、そのつもりで」
「無茶言うなよ先生、オレ様死んじゃう!」
無茶じゃない。
最低限の条件だ。
「まあ、それはいいとして……」
俺は周囲を見回した。
「野盗討伐ってことは戦闘になるぞ? お前ら、まともに戦えるのか? 今、《英知の箱》ってまともな戦闘要員がいないぞ?」
ラングは出席日数が危険域に達して魔導学院で缶詰状態。
シモンは傭兵として「割のいい稼ぎを見つけた」とほざいて遠征中。
ソリアもあの後すぐにシモンの護衛として同行するために行っちまった。
結果。
「戦える奴、見事に消えてるんだが。言っておくが、俺一人でお前らの面倒は見切れないからな」
俺がそう言った瞬間。
マイヤーは、やたらと自信満々な笑みを浮かべた。
――その顔、絶対ろくでもないこと考えてる時のやつだ。
嫌な予感が、一気に膨れ上がる。
経験上、こいつがこういう顔をした時に碌な目に遭った試しがないのだ。
「安心しろ貞久! 今回のオレ様には秘策が――」
マイヤーが得意げに言いかけた、その時だった。
――ゾクリ。
背筋を、氷の指でなぞられたような悪寒が走る。
嫌な感覚。
この世界に来てから、何度か味わったことがある。
何かが近づいてくる感覚だ。
「……貞久?」
マイヤーがこちらの異変に気づき、怪訝そうに眉をひそめる。
だが、その声すら、急激に遠ざかっていく。
音が鈍い。
空気が重い。
まるで世界そのものが軋んでいるみたいだった。
そして。
視界の端で、白い影が動いた。
「――ッ!」
反射的に振り向く。
だがそこには誰もいない。
神機局の職員たちは変わらず騒がしく動き回っていて、異変に気づいている様子はまるでなかった。
「どうした?」
マイヤーが首を傾げる。
「……今、何か見えなかったか?」
「いや、何もないぞ?」
「貞久くん、疲れてるんですか? ……シフトを見直すべきかしら」
ヒューズも不審そうにあたりを見回すが、何も感じていない様子だ。
……錯覚か?
そう思って、冷や汗を拭おうとした。
だがその時。
「――ようやく、見つけました」
鼓膜のすぐ裏側で直接、鈴を転がすような、冷たくも美しい少女の声が囁いた。
ぞわり、と全身の毛が逆立つ。
心臓が跳ねるのを自覚しながら、再び振り返る。
そして。
彼女は、そこにいた。
さっきまで、確実に誰もいなかったはずの空白の空間。
そこに、一人の白い少女が静然と佇んでいた。
年齢は十六前後だろうか。
だが、どこか年齢という概念そのものから外れているような、不気味な存在感がある。
小柄な体躯。
長く床まで伸びた白髪。
そして、赤と青――左右で色の異なる瞳。
彼女が身に纏う白を基調としたローブには、無数の細かな魔源石が精密に組み込まれており、淡く脈動する光が彼女の周囲に漂うマガを高度に制御していた。
だが、それは戦うための武装というよりは……。
あまりに肥大化しすぎた魔力に、その華奢な肉体が耐え切るための生命維持装置──そんな印象を抱かせた。
何より異常なのは、彼女の存在そのものが放つ空気だ。
彼女がそこに立っているだけで、神機局の喧騒がまるで遠い世界の出来事のように遮断される。
周囲の空間そのものが、張り詰めていた。
「……っ」
息が、うまく吸えない。
この世界に転移してきてから、何度か命のやり取りは経験してきたつもりだ。
化け物とも戦ったし、狂った方具の暴走事故にも巻き込まれた。
だが。
目の前の少女から感じる何かは、それらとは比較にならない。
静かなのに圧倒的だった。
「局長?」
ヒューズが驚いたように目を見開く。
局長?
その言葉に、俺は少女のことを思い出した。
神機局局長。
フィリ セイス。
王国最強の魔導師。
神機局そのものの象徴。
そして、人ではないのではないかとまで噂される化け物。
……待て。
そんな奴がなんでこんな場所にいる?
「お久しぶりです、ヒューズ アシュダンテ、マイヤー マイヤー」
「い、いえ……その、局長自らこちらへ来られるとは思わず……」
「なんだ、局長かよ。オレ様達に何の用だ?」
普段冷静なヒューズが明らかに緊張している。
対してマイヤーは、いつも通り不遜ではあるものの、露骨に面倒くさそうな態度を取っている。
だが、フィリは二人の反応など最初から眼中にないと言わんばかりに、まっすぐ、ただまっすぐに俺だけを見つめていた。
その神秘的なオッドアイが、俺の魂の奥底まで覗き込むように、微かに細められる。
「あなたが、貞久ですね」
「どーも。……お前と会ったこと、あったっけ? いきなり名前呼びとは、随分とフレンドリーだな、局長さん」
軽口を叩きながらも、背中には嫌な汗が流れていた。
この女は危険だ。
理屈じゃなく、本能がそう警鐘を鳴らしていた。
そんな俺を、フィリは瞬きもせずに見つめている。
「貞久。妙な表情をなさるのですね。……なぜ、笑っているのですか?」
「え?」
予想外の指摘に、思わず声が漏れた。
言われて、自分の右頬に指先で触れる。
……あぁ、本当だ。
指先に触れた俺の唇は、奇妙なほど滑らかに、三日月のように吊り上がっていた。
自覚した瞬間、自嘲めいた笑みがさらに深く刻まれる。
横からマイヤーが「あ? 貞久の奴、笑って……うわ本当だ、きっしょ!」と声を上げたが、それすらもどうでもよかった。
「現金だな、俺……。今朝はあんなに文句を言っていたのにな」
ぽつりと、自分に言い聞かせるように呟いた。
この世界に来てからのいざこざなんて、どれも退屈な憂さ晴らしの喧嘩レベルだった。
だが、目の前の怪物は違う。
今までのすべてが児戯に思えるほどの、剥き出しの死がそこにある。
本物の殺し合いを予感させる圧倒的な存在。
それが、恐怖を通り越して、どうしようもないほどに俺の内側を熱として満たしていた。
フィリのオッドアイが、わずかに細められる。
同時に。
彼女のローブに埋め込まれた魔源石が、一瞬だけ強く脈動した。
「……局長? 貞久くんに何か御用でしょうか」
場の異様な空気に耐えかねたか、ヒューズが割って入る形で尋ねた。
「いえ」
フィリは静かに首を横に振る。
表情は変わらない。
だが。
その瞳だけは、獲物を値踏みする肉食獣のようにじっとこちらを観察し続けている
「少し、興味を持っただけです」
絶対それだけじゃない。
空気を察したマイヤーが、これ以上関わるのは危険と判断したのか、わざとらしく面倒くさそうに口を開いた。
「あ~局長殿? それで、本日はどういったご用件で? オレ様たち、これからちょっとお仕事で忙しいんですけどねー。できれば、お引き取り願えませんかねぇ」
フィリは、ゆっくりとマイヤーへ視線をスライドさせた。
「野盗討伐任務」
「へ?」
「私も同行します」
「……は?」
ピキリ、と場が凍った。
神機局局長が?
野盗退治に?
俺だけじゃない。
ヒューズも、マイヤーですら完全に固まっている。
フィリはそんな周囲の驚愕などどこ吹く風で、淡々と淡白に言葉を継いだ。
「手が空いていますので。お手伝いをと」
「いやいやいや、お言葉ですが局長クラスが直々に来るような仕事じゃないですよこれ?!」
「何か、問題ありますか?」
「問題しかないですよ?!」
ヒューズが珍しく素の怒声を上げた。
だが、フィリの無表情は揺るがない。
「お気になさらず」
「気にします!!」
神機局局長。
それは国の最終戦力だ。
そんな存在が、たかが野盗退治に同行するなどあり得ない。
だが。
フィリの視線は、俺を見逃すまいと向けられている。
……やっぱり目的は俺かよ。
嫌な予感しかしない。
これからの道中を想像するだけで、頭が痛くなってきた。
「……フィリ局長だっけ?」
俺は慎重に口を開く。
「さっき、『見つけた』って言ったよな。どういう意味だ?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、フィリの瞳の奥が細められた。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのような平坦な声が返ってくる。
「独り言です」
「絶対違うだろ」
「気のせいでは?」
「いや、鼓膜の裏までバッチリと聞こえたんだけど」
「そうでしたか」
完璧にはぐらかしてきやがった。
しかも、全く悪びれる様子がない。
俺が露骨に眉をひそめると、フィリは小さく頭を下げ、静かに言葉を紡いだ。
「改めまして、よろしくお願いします。佐伯田 貞久様。私は神機局局長フィリ セイス。どうぞ気軽に、フィリとお呼びください」
無表情。
淡々とした声音。
なのに、その一言には拒絶を許さない、奇妙な重圧があった。
「準備が終わりましたら出発しましょう」
「……本当に、来る気なんですか?」
「はい」
フィリは淡々と頷く。
そして。
ほんの僅かにだけ。
その冷徹な無表情の奥に、仄暗い、それでいて深い興味の色が混じった――ような気がした
「
言いながら向けられたその視線は。
やはり、明確に俺だけを射抜いていた。
魔法バイオテクノロジー
不妊治療や生殖に関する魔法は、人類の歴史と同じくらい古いものです。ファンタジー文学に登場する魔法使いは、常に奇妙な生物を培養槽で生み出し、妖精のゴッドマザーはしばしば胎児に贈り物や呪いを与えます。魔法と高度なテクノロジーが共存する世界では、バイオテクノロジーと魔術の融合がどのような奇妙なハイブリッドを生み出すのか、誰にも想像がつきません。
ここに紹介する呪文は、バイオマジックを専門とするあらゆる魔術師の武器庫となるでしょう。それぞれの呪文が属する系統は以下の通りです。
肉体操作系呪文(Body Control)
妊娠促進(Accelerate Pregnancy)、安産(Ease Labor)、胎児摘出(Remove Fetus)、妊娠移転(Transfer Pregnancy)、胎児変異(Warp Fetus)
魔化系呪文(Enchantment)
キメラ創造(Create Chimera)、呪文移植(Spellgraft)
治癒系呪文(Healing)
安産(Ease Labor)、胎児摘出(Remove Fetus)、疾病感知(Sense Disease)
知識系呪文(Knowledge)
遺伝解析(Analyze Heredity)、ゲノム占い(Genomancy)
移動系呪文(Movement)
胎児摘出(Remove Fetus)、妊娠移転(Transfer Pregnancy)
死霊系呪文(Necromancy)
ヘルスポーン/魔界の落とし子(Hellspawn)
技術系呪文(Technology)
ナノウイルス改変(Alter Nanovirus)、DNA操作(Manipulate DNA)、ナノ感知(Sense Nano)、DNA配列決定(Sequence DNA)
技術系統の呪文がTL7(技術レベル7)より前に登場することはまずありませんが……こればかりは、何が起こるか分かりません!