夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話   作:カーキtrpg

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主人公が地球ではなくソーサルカンパニーに転生したら 第二話

――リベール王国 王都イースリー郊外 西道――

 

 

 「おい貞久ぁ、さっきから乗り心地が最悪なんだけど! 走るたびにオレ様の繊細な脳みそががたがた揺れてシェイクされてるぞ! お前、実は運転下手くそなんじゃないか?」

 

 (なら今すぐドアを開けて、時速六十キロの車内から街道に放り出してやろうか?)

 

 後部座席から響く、これ見よがしに頭を押さえたマイヤーの緊張感のない声に対する苛立ちを口にしないだけ俺は大人になったのだろうか。

 正直に言って、このバカに呪文を打ち込まない俺の忍耐力を誰かに褒めて欲しいくらいだ。

 

 リベール王国の西へと続く街道――王都のすぐ側だというのに、ここは珍しいほど舗装の行き届いていない悪路だった。

 そこを、大型の六輪車がけたたましい駆動音を立てて爆走していく。

 

 ――魔動車。

 魔力で動く機関を内蔵した車両自体は、この世界においてそこまで珍しいものではないらしい。

 だが、俺がこれまで目にしてきた一般普及型の車はどれもスマートな四輪車だった。

 それに対し、俺たちが今乗っているこの六輪の巨体はどうだ。

 どこに行っても無駄に目立つ上に、とにかくうるさい。

 

 それもそのはず、これは社長であるマイヤーが趣味の方具製作に必要な材料を方々からかき集めるため「だけ」に調達した代物だからだ。

 

 『血社の全員が乗れて、かつ重い機材を山ほど積み込める大型車が必要なんだ。つまりこれは、必要な投資なんだよ先生ぇ!』

 

 などと、かつてヒューズに向かって涙目で言い訳していたのは記憶に新しいことだ。

 「必要な投資」など建前で、実際はただの趣味の延長であることは積載スペースの半分以上を占拠している怪しげなガラクタの山を見れば一目瞭然だった。

 

 当然のように運転席を押し付けられた俺は、激しく振動するハンドルを両手で押さえつけながらバックミラー越しに背後の間抜けな顔を一瞥し、淡々と言い返した。

 

 「がたがたなのは、お前が金をケチって買ってきたこの車が廃車寸前のおんぼろのゴミだからだ。これでも俺が新車のように修繕したからまともに走れてるんだよ。文句があるなら元のスクラップに戻してやろうか?」

 「ひえっ、それは勘弁! 走らなくなったら困る!」

 「なら黙ってろ。このガラクタがまともに動くだけでも有難いと思え、このバカ社長」

 「……二人とも、少しは落ち着いてちょうだい」

 

 マイヤーの隣で、俺たちと一緒になって上下にシェイクされていたヒューズがずり落ちた眼鏡を中指で押し上げながら深々とため息をついた。

 大事な書類の束を文字通り命綱のように抱え込んでいるが、その目はすでに半分死んでいる。

 このバカの巻き添えを食らっているという意味では、こいつも被害者の一人だな。

 

 「貞久くんの言う通り、この車が動いていること自体が奇跡なのですから社長は口を慎んでください」

 「先生までそんなに冷たいの?! オレ様、被害者だぞ?!」

 「加害者の間違いね、この粗大ゴミを廃車置き場から買い取ってきたのは社長でしょうに」

 

 ヒューズのとげのある言葉がマイヤーに突き刺さる。

 だが、マイヤーの面の皮はうちのボロ車よりも遥かに厚い。

 そんな言葉一つで大人しくなるタマじゃあない。

 

 「オレ様の手腕によってたった200マギスで魔動車を所有で来たんだぞ。新車でこんな高級車を買ったら5000マギスはかかるからな!」

 「社長が買ってきたのは200マギスの鉄の塊です。貞久くんが魔動車にしたんですよ」

 「貞久はオレ様の血社の社員、社員の手柄は社長の手柄、つまりオレ様の手柄だ」

 「……今回の依頼の報酬が出たら、まず真っ先にこのポンコツの維持費と、血社の赤字の補填に回しますからね。社長には一マギスの融通も認めません」

 「オレ様の取り分わぁぁぁ?!」

 

 この世の終わりみたいな声を上げて、マイヤーが再びシートに突っ伏した。

 ぜひともその勢いでドアを開け、街道へダイブしてほしいものだ。

 その時は喜んで後ろから突き落としてやる。

 

 まあ、こんなのはいつも通りの不毛なやり取り。

 だが、今日に限ってはこの騒がしい車内にもう一人、よそ者が同乗している。

 俺は視線をわずかに動かし、助手席を見る。

 

 「…………」

 

 助手席には、フィリがただ黙って座っていた。

 神機局局長なんて大物がなぜここにいるのかはさておき、こいつのせいで車内の空気がとにかく重い。

 車体がどれだけガタガタと激しく揺れようが、隣のフィリは微動だにしないのだ。

 白いローブに仕込まれた無数の魔源石が淡く光を放ち、周囲のマガを抑え込んでいるらしい。

 おかげで助手席側だけ、まるで空気の密度が違うかのように張り詰めていた。

 

 フィリはオッドアイの視線を外に向けたまま、流れていく外の景色をじっと見つめている。

 整った横顔は相変わらず冷え切っていて、こんな泥臭いおんぼろ車の助手席に収まっている光景はどう見ても場違いでしかなかった。

 

 バックミラー越しに、ヒューズが「なんで局長が本当に乗ってるんだ……」と言いたげな、引き攣った視線をこちらに送ってくる。

 ――そんなこと、俺が一番聞きたい。

 

 これから向かうのは、野盗が出没したとかいう西道脇の林だ。

 後部座席には、騒ぐことしか能のないバカ社長と、目が死んでいる会計担当。

 そして助手席には、なぜか同行することになった王国最強の魔導師。

 

 ……なんで俺がこんな奴らのために運転手をやってるんだ?

 ハンドルを握る俺の口から、今日何度目かも分からないため息がまた一つ零れ落ちた。

 

 

 

 

 そんな騒がしい道中を経て、ようやく西道脇の林に辿り着いた。

 結果から言えば、やはりというか助手席でずっと黙っていたフィリの必要性なんて最初から最後まで微塵もなかった。

 

 野盗討伐の任務は、マイヤーが豪語していた秘密兵器――鉄パイプの先端が壊れた傘のように無様に広がった、おもちゃのような造形の方具――が引き起こした大惨事と、それに巻き込まれた野盗たちの自滅によってあっけなく終わった。

 

 はっきり言って、野盗の討伐そのものよりも林の奥深くに隠れているこいつらのアジトを見つけるほうがよっぽど時間がかかったくらいだ。

 まあ、その捜索の手間にしても俺とフィリが展開した広範囲探知呪文の網によってものの数分であっさりと位置を特定できてしまったわけだが。

 

 「うぇっ……ゲホッ、ゲホッ! くそ、いくら何でも広がりすぎだろ……!」

 

 マイヤーが袖で鼻を覆いながら必死に毒づいている。

 林の周囲には、未だに微かな硫黄の臭いが漂い、マイヤーたちの鼻を衝いているようだ。

 重い黄色いガスの雲は、ゆるやかな傾斜に沿って泥臭く地面を転がり、野盗たちの地下拠点を完全に包み込んでいた。

 

 「《悪臭》とはね。マイヤーにしては、えらく地味な呪文を選んだな」

 「ゲホッ……地味でも被害はシャレではすまないですよ。もう絶対にあの方具、使わせないですからね、社長……」

 

 ヒューズがハンカチで口元を押さえて涙を拭いながら、ものすごい形相でマイヤーを睨みつけている。

 怒りのあまりか、その目は一ミリも笑っていない。

 

 「す、すまん先生……オレ様もここまでガスが広がるとは思わなかったんだよ……。でもほら、結果を見ろよ! 野盗は全員ノックダウンしたし、オレ様たちの完全勝利! 結果オーライだろ?」

 「社長を王都のゴミ処理場に叩き込む件、帰還次第、極めて前向きに検討させていただきます」

 「待って?! 目がマジだよ先生?!」

 

 ガスの範囲にいた野盗どもは1分に1度訪れる地獄の生命力判定に耐えられるはずもなく、すべての判定に失敗したらしい。

 全員が白目を剥き、文字通り泡を吹いて転がっていた。

 風が弱かったのもあるが、よりによって地下室に陣取っていたのが不運だったな、あいつら。

 いや、俺が《土を石》の呪文で扉を岩で塞ぎ、物理的に逃げられないようにしたのが決定打だったわけだが。

 

 「なぁ貞久、お前どうしてそんなに平然としてるんだよぉ……」

 

 涙目で激しく咳き込むマイヤーが恨めしそうな声で話しかけてきた。

 

 平気に突っ立っている俺の様子が疑問か?

 はっきり言ってお前の自爆なんだから、そんな恨めしそうな顔をされても困るんだが。

 

 「呪文で空気の膜を作ってるんだよ、お前の出したガスを吸っていないんだから、平気なのは当たり前だろ」

 「なんだよそれ、ズルいぞ。オレ様にも分けてくれよ」

 

 むしろ、自分でガスを発生させるのに何の備えもなしに特攻したお前の脳みその方に俺は心底びっくりしているぞ。

 

 「俺のことはいいだろ。それより野盗どもはどうする? ざっと見て十人もいるんだが、こいつらを縛って連行するのは面倒だし、抵抗が激しかったってことにして埋めちまうか?」

 

 俺としては手っ取り早い方法だと思ったんだが、マイヤーの顔が分かりやすく引きつった。

 

 「お、おいおい……流石にそれは茶化せないぜ、貞久」

 

 追い打ちをかけるように、ヒューズまでマイヤーと一緒になってトゲのある視線をこっちに飛ばしてくる。

 

 「貞久くん、そういう冗談は笑えませんよ! そんなこと言うなんて帰ったら説教です!」

 「……あー悪い悪い。俺、冗談が下手みたいだわ」

 「あのなあ、頼むぞ貞久。今のはオレ様も肝が冷えたぞ」

 

 二人がかりでぶつぶつと非難してくるのを適当に聞き流しながら、俺は小さく息を吐いた。

 

 別に、冗談のつもりで言ったわけじゃなかったんだがな。

 いつもはソリアやシモンと一緒だったせいで、こいつらはそういうこと(殺人)には口うるさい方なのを忘れてた。

 

 「貞久」

 

 鈴を転がすような冷たい声が、俺の鼓膜を叩いた。

 まだマイヤーの方具がぶち撒けた、吸えば一発で昏倒する有毒ガスの残滓が漂う野盗のアジト。

 マイヤーたちが咳き込んでいるのを余所に、平然とした顔で地下から戻ってきたフィリが俺の前に立ち塞がってきた。

 

 「……ん? なんかあったのか?」

 

 俺は内心の引き攣りを隠してフィリに問いかけた。

 正直に言おう。

 俺はフィリとあまり関わりたくない。

 関わるとろくなことがないと俺の生存本能が告げている。

 

 俺の問いに対し、フィリは感情が抜け落ちた無表情のまま掴んでいた布切れをバサリと払った。

 現れたのは、どす黒い魔源石が埋め込まれた歪な形状の方具だった。

 悍ましいマガが、その表面を這うように脈動している。

 

 「これはご禁制の品です。……あなたは、これが何か分かりますか?」

 

 フィリのオッドアイが、じっと俺の反応を値踏みするように細められる。

 横から覗き込んだマイヤーが、そのまがまがしい実物を見て露骨に顔をしかめた。

 

 「うわ……なんだよ、そのまがまがしいやつ。見てるだけで鳥肌が立ってきたぜ」

 

  マイヤーが身震いしながら、フィリの手元にある歪な方具を凝視する。

 

 「良くないもの、ですね。呪い……の類でしょうか。これが何なのかは私にも分かりませんが、ろくでもない性質のものだということだけは分かります」

 

 知識豊富なマイヤーやヒューズすら、その方具に刻まれた呪文の正体には見当もつかないらしい。

 当然だ。

 この世界の一般的な呪文の系譜からは、明らかに外れている。

 だが、俺にとっては一目で見分けることが出来る物だった。

 

 「《死人使い》だな。死体に偽りの命を与え、使役する呪文だ」

 「し、《死人使い》ですって?! 王国法にのっている禁呪筆頭じゃないですか!」

 「あーあ……最悪だ。野盗退治の裏で、とんでもねぇヤマを引き当てちまった。オレ様は今すぐ記憶を消して、見なかったことにしたいぜ……」

 

 頭を抱えて大袈裟に身悶えするマイヤーたち。

 その喧騒から切り離されたかのようにフィリの左右で色の異なる瞳が、じっと俺の瞳の奥を覗き込んできた。

 

 「……分かるのですか。この呪文は一般には名前以外は秘匿されている筈なのですが」

 「わかるだけだがな。いくら秘匿されていても呪文は呪文。ある程度の奴なら自然と理解してしまうものだ」

 「なるほど」

 

 フィリは淡々と、しかし明確な肯定の意を込めて頷いた。

 

 「確かに、魔導は体系化された学問でもあるのですから、《死人使い》がどれほど秘匿されていようとも自然と他から逆算して理解してしまう……ということもあるでしょう」

 

 フィリは俺の言葉を肯定した。

 

 「ただ。その領域にまで至った魔導師を、私が把握していないはずがない。……私はあなたのことを今まで、全く知りませんでした」

 

 じっとりとした沈黙が、その場を支配した。

 横で聞いていたマイヤーとヒューズは、完全に借りてきた猫状態だ。

 これ以上はヤバいと察して、空気と同化しようと必死に息をひそめているのが分かる。

 まあ、賢い選択だ。

 俺がそっち側でも絶対にそうする。

 

 フィリの左右で色の異なる瞳が、まっすぐ俺を射抜いていた。

 その眼差しには、敵意は感じない。

 感じないが、「私の前で大人しくカードを開け」という無言の圧がゴリゴリに伝わってくる。

 この空気感、あれだ。

 ソリアが「貞久、お菓子は?」と無表情で問い詰めてくるときの、あの胃がキリキリ痛む感覚に酷似している。

 その無表情、本当に体に悪いからやめてほしい。

 

 ここでフィリにおとなしく従い、「実は俺、異世界転生者なんだよね」とすべて白状する選択肢もあるのだろう。

 だが、大人しく従うのは俺の性分に合わない。

 第一、朝にあれほど退屈な日常にため息をついていたというのに、ここですぐに白旗をあげたのではつまらない。

 

 「……俺を知らなかったね。なら、これからはもっと世の中を見るんだな。それなら、自分が王国の魔導師すべてを知っているなんていう大言で、もの知らずをさらさずに済む」

 「…………」

 

 一瞬、空気が凍りついた。

 王国の重鎮に対してまさかの真っ向からの挑発に、マイヤーたちは信じられないと言わんばかりの様子だ。

 ヒューズの顔が真っ青になり、マイヤーが「お前マジかよ……」と呆れた顔で俺を見ている。

 うるせえ、俺の会話の引き出しなんて煽りくらいしかないんだから仕方ないだろ。

 

 だが、フィリは俺の言葉に怒ることも、否定することもしなかった。

 ただ、そのオッドアイで俺をじっと見つめ返し、最後にポツリと独り言のようにつぶやいた。

 

「なるほど。世界はまだ、私に退屈を許してはくれないようですね」

 

 その無表情とは裏腹に、彼女の魔源石が今日一番の妖しい光を放って脈動していた。

 ……どうやら、なにか変なスイッチ押してしまったようだな。

 ちくしょう、これならまだソリアについて行ってたほうが良かったぞ。




妊娠促進(Accelerate Pregnancy)
通常呪文
この呪文は、胎児の安全な発育速度を速めます。
持続時間:永続(胎児が産まれるまで)。
エネルギー消費:発育速度を2倍にするには20、さらに速度を2倍(4倍、8倍……)にするごとに10を追加。例えば、16倍の速度(消費20+10×3=50)で発育させる場合、わずか2週間で満期(出産期)を迎えることになります。
詠唱時間:20秒。
前提条件:《安産》(Ease Labor)および《韋駄天》。

ナノウイルス改変(Alter Nanovirus)
通常呪文
休眠状態(バイアル瓶に保管されているなど)、または宿主の体内にあるがまだ変異(改造)が完了していない、特定のナノウイルス(12ページ参照)の性質を変化させます。
呪文を唱えるたびに、魔術師はウイルスから1つの有利な特徴またはオプションを追加または削除できます。
エネルギー消費:(T-8)*10。Tは9か、あるいはそのオプションや能力をナノウイルスに追加するのに必要な最小TLの、いずれか高い方の数値。
前提条件:《ナノ感知》(Sense Nano)および《DNA操作》(Manipulate DNA)。

遺伝解析(Analyze Heredity)
情報呪文
対象の遺伝に関する質問を(詠唱者のTLの知識の範囲内で)1つ行うことができます。
例えば、生物学者ではないTL3の魔術師なら「彼はリチャード王の息子か?」や「この牝馬は子馬に血の病気(遺伝病)を遺伝させるか?」といった質問をして正しい答えを得られます。
TL7以上であれば、DNA鑑定(9ページの「遺伝子プロファイリング」参照)と同等の回答を得ることができます。
エネルギー消費:3。
前提条件:《方向探知》または《生命感知》。
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