夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話   作:カーキtrpg

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主人公が地球ではなくソーサルカンパニーに転生したら 第三話

――リベール王国 王都イースリー某下町 英知の箱――

 

 

 「……あーあ、余計なことを言っちまったな」

 

 漏れ出た呟きは、我ながら引くほどに泥重く、どん底の響きがした。

 別に疲労があるとか、昨日の野盗どものあれこれでなにか怪我を負ったわけじゃない。

 ただ、自分の口から出した言葉にたいする結果というものをこれ以上なく味合わせられただけだ。

 

 あの後、血社に帰るなりヒューズから文字通り夜通しで説教を食らったのだ。

 『貞久くん、君には礼儀というものがないのですか?! 局長が優しい方だからよかったようなものの、それに甘えてあんな言動を続けることは許さないわよ!』というあいつの怒鳴り声を、俺は朝方まで延々と聞き流し続ける羽目になった。

 

 「おいおい、元気ねえなあ貞久。今日も局長は来るって言ってたのにそんな調子で大丈夫かよ?」

 「ほっとけ」

 

 机に突っ伏したままの俺の頭上から、いかにも他人事といった調子の能天気な声が降ってきた。

 顔を上げずともわかる。

 我が血社の方具バカ社長、マイヤーだ。

 視線だけを向けると、案の定こいつは手元にあるマグカップをだらしなく揺らしていた。

 中身はまるで現在の俺のドロドロとした心境をそのまま液体にしたかのような、黒くて濃いコーヒーだ。

 

 ……ちなみに。

 昨夜、血社のドアを潜った瞬間にヒューズの額に青筋が浮かび、説教のゴングが鳴り響いたまさにその瞬間。

 巻き添えの気配を電光石火の速さで察知したこの男は、『あ、オレ様急に腹が痛くなってきたから寝るわ』などとぬかし、早々に己の部屋へと引きこもった。

 それだけでなく、内側から厳重に鍵をかけて完全に知らぬ存ぜぬを決め込みやがった。

 絶対に許さない。

 絶対にだ。

 俺は机に顔を伏せたまま、心の中でこいつの方具製作は金輪際、1ミリたりとも手伝わないことを誓った。

 

 

 コンコン、と。

 そんな俺の静かな決意をあざ笑うかのように、血社の扉が上品にノックされた。

 

 ガチャリという解錠の音すらさせず、扉がまるで最初から鍵なんてかかっていなかったかのように音もなくスライドした。

 

 「おはようございます。皆様」

 

 そこに立っていたのは昨日と変わらぬ白のローブを纏ったフィリだった。

 ……なるほど。

 ノックは「今から入るぞ」という合図であって、許可を求めるものではなかったらしい。

 鍵がかかっている血社に正面から音もなく押し入って来るのは、不法侵入ではなく神機局流の最先端の礼儀作法。

 ……ということで、ここは一つスルーするべきなのだろう。

 隣でマイヤーが「スルーしよう」と目配せしてきているしな。

 

 「おう、おはよう局長。いやさ、その扉には不審者対策に最新の防御呪文を組み込んだオレ様特製の鍵をつけてたはずなんだがなぁ?」

 

 マイヤーが頭を抱えて、自分の作った不甲斐ない扉の鍵を凝視している。

 だが、フィリはそんなマイヤーの狼狽など一瞥もくれず、完璧なまでに無視を決め込んでいる。

 ずい、と迷いのない足取りで俺の机の前まで歩を進めてくると、その小柄な体を深く折り曲げて未だに机に突っ伏している俺の顔を真上から覗き込んできた。

 

 「おや、ひどい顔色ですね。昨夜はあまり休めなかったのですか?」

 「……別に、なんでもなねえよ」

 

 俺は机に顎を乗せた姿勢のまま、視線だけをフィリに向けた。

 至近距離で対峙するその蒼と赤の眼差しは、さざ波ひとつ立てない静かな海面のように不気味なほどに凪いでいる。

 一切の感情を排したそのオッドアイは、触れ合えばこちらの魂ごと凍りついてしまいそうな美しくも冷徹な光彩を放っていた。

 見てるだけでこっちの精神がゴリゴリ削られそうな人間離れしたプレッシャーだ。

 

 「そうですか。なら良いのですが」

 

 フィリは俺の視線を真っ向から受け止めたまま、やはり瞬き一つしない。

 感情の読めない無表情の代わりに、彼女のローブに組み込まれた魔源石がまるで俺をじっと観察するかのように細かく明滅していた。

 

 「もし疲れているのでしたら、私特製の治癒呪文を使いましょうか? 脳に直接魔力を流し込んで強制覚醒させるため、三日三晩は不眠不休で動けるようになります。……少々、脳の血管が焼き切れる確率が高いのと、施術に多大な痛みが伴うのが難点ですが」

「遠慮しておくわ。それ、治癒じゃなくてただの拷問呪文だろ」

 

 大真面目な顔でとんでもない医療ミス未満の呪文を提案してくるんじゃあない。

 善意で言ってるのか嫌がらせで言ってるのか、まるで判別できない。

 頼むからその物騒な呪文を引っ込めてくれと、俺は全力の拒絶を込めて顔をしかめて見せた。

 するとフィリは「残念です」とだけポツリと呟き、ゆっくりと上体を起こす。

 どうやら、本当に使う気満々だったらしい。

 危うく脳みそを消し飛ばされるところだった。

 

 「それで、局長さんよぉ。今日は仕事の依頼か何かってことでいいんだよな? まさかオレ様たちの顔を見にわざわざ下町まで来たわけじゃねえだろ?」

 

 マイヤーがコーヒーをすすりながら、探るような視線をフィリに向けて言う。

 が、フィリは相変わらず感情の読めない表情のままマイヤーを無視して、かわりにその白い小さな手のひらをするりと上に向けて俺にみせてきた。

 

 「……んん? 何だよその手は?」

 「こうするのです」

 

 言うが早いか、フィリは差し出した手のひらを俺の頬に迷いなくペタリと押し当てた。

 

 「冷たっ!」

 

 氷でも押し付けられたかと思うほどの冷気に、思わず椅子から飛び上がる。

 急に立ち上がった俺を見ても、フィリは冷気を孕んだ手を空中に浮かせたまま相変わらずの無表情で俺をじっと見つめている。

 

 「……おい、何なんだよ急に」

 「いえ。部下に教えてもらった『他人との親交を温めるための、親密なコミュニケーション』の実践です。」

「誰だそんなこと言った奴! あと、お前の手が冷たすぎて親交を温めるどころか心臓が止まりそうなんだよ!」

 

 俺が本気で抗議すると、フィリは何事もなかったかのような顔ですんなりと手を引いた。

 本当に何なんだ、こいつ。

 

 「ふむ、効果は薄いようですね」

 

 ……効果が薄いどころか、マイナスの反応修正がつくような奇行だぞ。

 そんな俺たちのやり取りを特等席で見ていたマイヤーが、耐えきれずに盛大にコーヒーを吹き出した。

 

 「ぶっはっは! 局長、そりゃあ普通『親愛の握手』とかをするべきだろ! なんで頬を冷やすんだよ、ただの嫌がらせじゃねえか!」

 「嫌がらせ、ですか? ……なるほど、局に戻ったら部下に詳しく聞き直す必要がありますね。どうやら、私は間違ったレクチャーを受けたようですから」

 

 その言い方だと、教えた奴の処遇が少し心配になるんだが。

 ……まあ、自業自得だな。

 安らかに眠ってくれ、南無。

 

 

 

 

 「で、結局なんでお前はこんな下町の吹き溜まりに来たんだ?」

 

 俺がため息混じりに本題を切り出すと、横からマイヤーが「おいおい」とわざとらしく肩をすくめた。

 

 「貞久、お前こんなとこ(下町の吹き溜まり)って、ひでえこというなぁ。オレ様たちの愛すべき城だぞ?」

 「……マイヤー、話が進まないから黙っててくれ」

 

 これ以上こいつのノリに付き合うと、ただでさえすり減っていた俺の忍耐力が底をつきそうだ。

 俺が冷ややかな視線を送ると、マイヤーは渋々といった様子で両手を挙げ、口を閉じた。

 

 俺らのやり取りをじっと見ていたフィリは納得したように小さく頷くと、ローブの懐から昨日のどす黒い魔源石が埋め込まれた歪な形状の方具を取り出した。

 

 「昨日押収した《死人使い》の方具です」

 「……見りゃわかる。なんでそんなの持ってきたんだ」

 

 あきらかに面倒ごとになる代物だ。

 そんなもの持ってくんな。

 

 「実はここ数週間、王都イースリー及び周辺地域の裏社会においてこのような禁呪を組み込まれた方具が急速に流通し始めているのです。神機局の調査によれば、現在出回っているこれらの禁呪方具はすべて同一の製作者の手によるものと断定されました」

 「同一人物って、よくわかったな」

 

 俺の疑問に、それまで大人しく黙っていたはずのマイヤーがビシッと勢いよく右腕を挙手してこちらを見てきた。

 その瞳には、隠しきれない熱が宿っている。

 ……出たな、こいつの方具バカが。

 

 「……どうぞ、バカ社長殿」

 「おう。いいか貞久、方具ってのはな、作る奴の癖が嫌でも出るんだよ。マガ回路の引き方、素材の削り方、呪文の込め方……どれだけ隠そうとしても、職人の指先が覚えている独自の歪みまでは消せねえのさ」

 「ええ、製作した方具には個々人の筆跡というようなものがありますので。押収品を見比べれば同一人物の作品なのは一目瞭然です」

 

 なるほど。

 専門家から見れば、それは名入りの看板をぶら下げているようなものだということか。

 

 「あっそう。……で? その方具を持ってきた理由を話す気は無いってか?」

 

 理屈はわかった。

 だがこいつは俺が最初に聞いた、方具を持ってきた理由には触れてない。

 

 「そう受け取っていただいて構いません。私があなた方に渡す情報は、これ以上は無いので。付け加えることがあるとしたら――その方具は預けるので、その癖をよくよく覚えていてほしいと言うことだけです」

 「要らねえ。持って帰れ」

 

 俺は一秒の躊躇もなく即答した。

 なんでそんな面倒なことをしなければならんのだ。

 俺がしたいのはこんな裏でこそこそと動き回るネズミのことを嗅ぎまわるようなことではない。

 もっとわかりやすい、呪文を打ち合ったり剣で斬りあったりするようなことだ。

 こういう地味なシティシナリオも嫌いではない、ないが、それよりも戦闘がしたいんだよ。

 

 「まあまあ、そうつんけんすんなよ貞久。局長、それはオレ様達「英知の箱」に対する依頼って認識でいいんだな?」

 「はい。これは神機局局長として「英知の箱」に正式に依頼します。この《死人使い》の方具をあなた方の元で保管して、一か月以内に方具の作者の癖を完全に把握していただくこと。これが依頼の内容です」

 「よし、その依頼。「英知の箱」社長であるこのオレ様が、確かに引き受けたぞ!」

 

 嬉々とした声を上げ、マイヤーは我が物顔で胸を張った。

 安請け合いするのはまあ、社長の勝手といったらそれまでだが、ヒューズがどう思うか想像できないのか?

 

 「おいマイヤー。勝手に決めたら、後でヒューズが怖いぞ」

 「先生にはオレ様が上手く言っておくって! いいか貞久、こんな禁呪方具を合法的に弄くり回せる機会なんて、この先滅多にないんだぜ? そんな貴重な機会、逃せるわけねえだろ!」

 

 目の前の禍々しい方具を、まるで極上の宝物でも見るかのような目で見つめるマイヤー。

 ……だめだこいつ、完全に方具バカのスイッチが入ってやがる。

 俺は、後に控えているであろうヒューズの二晩連続の説教を想像し、盛大なため息を吐き出すしかなかった。




《神託》
情報呪文

《神託/ゲノム占い(Genomancy)》とは誰かのDNA内にあるイントロンのパターンを調べることによって行う占いです。
血液サンプルと、イントロンを観察するための何らかの手段(遺伝学研究所など)が必要です。

前提条件: 遺伝解析(Analyze Heredity)、治癒系呪文2つ、および肉体操作系呪文2つ。

安産(Ease Labor)
通常呪文

陣痛が始まった母親に唱えることで、痛みを和らげ、比較的トラブルのない出産を保証します。
20ページの「代理母出産」のルールにおける出産ルールを適用する場合、陣痛の全期間にわたってこの呪文を維持すれば、問題の発生を防ぐためのHT判定に +2 の修正を与え、陣痛の後半のみ維持した場合は +1 の修正を与えます。

持続時間:1時間。

エネルギー消費:詠唱に4、維持に2。

詠唱時間:6秒。

前提条件:《バイタリティ賦与》。
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