夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
――リベール王国 王都イースリー 神機局――
「それで、そのまま席を立ってきたんですね。宰相を相手にそんなことして大丈夫なんですか?」
神機局の局長室。
宰相府から戻るなり放たれた呆れ交じりの声にフィリは歩みを止めることなく窓辺へと向かった。
声をかけてきたのは、ソファーで待機していた一人の若い女性――クララ ホーソーンだ。
手元の資料から顔を上げた彼女は王国伯爵家の令嬢であり、神機局魔法政策部の部長を務めている。
そして同時に、セイス家の親族でフィリの最も身近な側近でもあった。
上司の隙のない手腕と、その裏に秘められた苛烈な本性を誰よりも知る人物の一人だった。
もっとも、彼女自身は神機局の部長という重役を務めるには別の意味で相応しくない存在と言えた。
かのグリーンウッド宰相とは違い、身分という意味では文句のつけようがない。
しかし、それを差し引いても彼女はあまりに若すぎた。
なんと今年でわずか十六歳。
その事実だけで通りすがった官吏は誰もが二度見するだろう。
これほどの若さで一国の行政組織の部を預かっているのだから誰もが「さぞ歴史に名を残す天才児なのだろう」と思うだろう。
だが、残念ながら彼女はそこまで傑出した傑物というわけではなかった。
いや、クララの名誉のために付け加えるならば彼女が怠惰な無能だとか、職務を放棄するような手のかかる分からず屋というわけではない。
むしろ、一個人として見れば十分に天才と言えるだろう。
優れた魔導の才能を持ち、貴族の籍にありながらあえて実力主義の官吏登用試験に臨み首席で突破した才女なのだ。
ただ、神機局の中でも屈指の政治的立ち回りを求められる魔法政策部を率いるには、いささか経験と年齢が足りなすぎたのだ。
(……もっとも、これは彼女に限った話ではないのですが)
フィリは内心で冷ややかな息を吐く。
最近の神機局における課長クラス以上の役職は名門貴族の年若い子息子女で埋め尽くされている。
平民上がりで五十歳をすぎたミラーなどは例外中の例外だ。
そのせいで上部組織である軍務省からは、『神機局はいったいいつから遠足気分の子供どものサロンになったのだ!』と、連日のように怒号混じりの抗議が届いている。
実際、彼らの言い分も一理あった。
今の神機局は若き貴族たちが箔を付けるための「お洒落な腰掛け場所」として皮肉なほど高い人気を誇っているありさまなのだから。
だが、フィリからすれば彼らの言い分は白々しいことこの上ない。
もともとは軍務省が付き合いきれなくなった門閥貴族の穀潰しを厄介払いとして神機局へ押し付けてきたのがことの発端なのだ。
その後、貴族たちの要望に応えて彼らの子供を要職に着けたのはフィリなのは確かだが、だからといっていまさら被害者面で文句を言われる筋合いはない。
フィリが軍務省からくる、それらの抗議文をすべてゴミ箱に放り込んでいるのは彼女にとっては至極当然の権利だったのだ。
フィリはガラス窓の外に広がる王都の街並みに視線を向けたまま、鈴を転がすような、しかしひどく平坦な声で応じた。
「クララ。グリーンウッドはもはや棚ざらしの置物ですよ。一週間が経過しても《死人使い》の事件を知らせに来る者すらいない。それほど味方がいない様では、相手をするだけ時間の無駄です」
「相変わらず辛辣ですね、フィリ姉さん」
苦笑するクララに対し、フィリはゆっくりと振り返った。
その蒼と赤のオッドアイが微かに細められる。
「公務中ですよ、せめて局長と呼びなさい。……それで、違法方具の捜査は進んでいるのですか」
「私のところではなんの進展もありませんね、方具捜査課の人たちは、スラム街が流通元ではないかと睨んでいるようですが……具体的な成果はさっぱりです」
「……進展がないこと自体は構いません。ですが、そもそも方具部のソンバー部長は一体いま何をしているのですか? 下僚のミラーからは定期的に報告が届いているというのに、肝心の方具部の長である彼からは音沙汰がありません。こちらから催促しても『捜査に動きがないため、報告すべき事項がございませんでした』としか返さない」
フィリの冷徹な追及に、クララは困ったように肩をすくめた。
「それはまた……。ご老人がボケているのでもなければ、おそらくですが思うように捜査が進んでいないのが気まずくて局長の前に顔を出せないだけかと……」
「そんな馬鹿げた理由で顔を出さないほど愚かだとは思いたくないのですが……。彼が耄碌しているという形跡も、今のところは見当たらない。……仕方ありません。彼からの報告を待つのは諦めて、私が人員を使って方具部の進捗を監視しますか。ソンバー部長の処遇については、彼の言う『動きがあった』ときに見せてくるであろう、その時の報告の出来次第で決めます」
「もしその報告の仕方が悪かったらどうするんですか局長?」
フィリは言葉を返す代わりにただ冷徹な視線のまま、スッと指先で自身の首を真横に切る動作をして見せた。
容赦なく切り捨てる、という明確な意思表示だ。
それを見たクララは、引きつった苦笑いを浮かべるしかなかった。
その時、静寂を破るように局長室の重厚な扉がノックされた。
「入りなさい。何事ですか?」
フィリが声をかけると、神機局の局員が緊張した面持ちで入室してきた。
「ご歓談中、失礼いたします。――『英知の箱』の佐伯田なる者が方具捜査課の出向軍人と一緒に来局いたしました。どうやら、例の違法方具を売り捌いていた末端の売人を身柄ごと連れてきたようです。局長の事前のご指示通り、現在は帰らせないように受付で時間を稼いでおりますが、いかがいたしましょうか」
「おや、もう来たのですか、予想より早いですね。では局長室まで連れてきてください。エミリーはミラーのところへ」
「承知いたしました。すぐに案内いたします」
局員が恭しく一礼して退室していくと、それまで黙って聞いていたクララが不思議そうに小首をかしげた。
「局長、『英知の箱』だなんて、どこの血社ですか? 聞いたことがありません。局長がわざわざ対応するほどの影響力がある血社なんですか?」
クララの純粋な疑問にフィリは表情ひとつ変えず、ただ手元の報告書へと視線を落とした。
左右で異なる色彩を放つオッドアイには、いかなる温度も宿っていない。
「影響力、という意味ではただの倒産寸前の零細血社ですよ。ですが――」
フィリは言葉を区切り、窓の外に遠く広がる下町の方角へと視線をスライドさせた。
「一人、気になる者がいます。クララ、あなたは半年前の事件を忘れてしまったのですか?」
「半年前……内界のシシャが引き起こした、あの
「その人物です」
クララは納得がいったように小さく得心したが、すぐにまた眉をひそめて小首をかしげた。
「なるほど、それほどの大魔導師相手なら局長が相手をするのも納得です。ですが、なぜそんな英雄とも呼べる男が泡沫血社なんかに埋もれているのですか? 理解に苦しみます」
「気になるのでしたらこの後、本人に直接聞いてみることですね。……結局、
「相当な変わり者だって噂ですよね。事件後、国が用意した功績者のための祝賀式典も、面倒臭いからという理由ですっぽかしたとか」
「おかげで、私にとっては長いこと正体不明の謎の魔導師でした。ですが、じかに見ると……ふふ」
「局長?」
不意にフィリの唇から零れ落ちた、底の知れない含み笑い。
その底冷えするような上司の様子にクララが不穏な気配を感じて背筋を震わせたのと同時に、局長室の重厚な扉が再びノックされた。
案内を命じられていた局員が緊張に声を震わせながら入室してくる。
「局長、お連れいたしました。『英知の箱』の佐伯田 貞久です」
「ご苦労。では、あなたは下がりなさい」
フィリの短い許可が下りると、出ていく局員の背後からだるそうに肩をすくめた黒髪の少年が姿を現した。
神機局局長という王国権力者を前にしても少年の態度には微塵の萎縮もない。
それどころか、露骨に面倒くさそうな色を隠そうともしていなかった。
「うわぁ……凄い……こんなのフィリ姉さん以外で初めて見た」
入室してきた佐伯田の姿を捉えた瞬間、クララは思わず口元を手で覆い素直な感嘆の声を漏らしてしまっていた。
それは立場を忘れた失言だったが、彼女が驚愕したのも無理はない。
クララの卓越した魔導の感知能力は佐伯田の身体に渦巻くマガを捉えていたのだ。
佐伯田から感じ取れるマガの総量は、王国最強と謳われるフィリのそれと比べても微塵も遜色がない。
そんな規格外の怪物を目の当たりにして、動揺するなという方が無理な話だった。
思わず漏れ出たその声につられたように佐伯田はいぶかしげに片眉を上げ怪訝そうな視線をクララへと向けた。
まるで、見慣れない珍獣でも見るかのような目である。
「……クララ?」
一方で、フィリの視線は劇的に冷え切っていた。
ゆっくりとクララへ向けられたその蒼と赤のオッドアイには、およそ身内に向けるものとは思えないほどの、絶対零度の冷徹さが宿っている。
(あ、やっちゃった……)
向けられた上司の冷たい目に射抜かれ、クララは心臓が跳ね上がるのを感じながら凍りついたように硬直するしかなかった。
「局長。私は――」
「なんか言ったのか? 聞こえなかったぞ」
クララが弁明を口にしようとした瞬間、それを遮るように佐伯田がぶっきらぼうに割り込んだ。
――俺は聞こえなかった、あんたも聞こえなかったよな?
そう暗に同意を求めるような、あまりにも不遜で、しかし明確な助け舟。
佐伯田は平然とした顔でクララの失言をなかったことにしようとしていた。
フィリはしばしの間、佐伯田の顔をじっと見つめていたがやがてその薄い唇をごく僅かに綻ばせる。
彼女のローブの魔源石が、まるで彼の意図を汲み取るかのように小さく明滅した。
「……そうですね。恥ずかしながら、私の耳にも何も届きませんでした。クララ、何か言いましたか?」
「あ、あの。……いえ、何でもありません」
「そうですか」
それ以上の追及をしないという上司の態度に、クララは目に見えて安堵の息を漏らした。
そして、消え入るような声で頭を下げる。
「局長、申し訳ありませんでした。……それと、佐伯田様。ありがとうございます」
「私はクララに謝罪されるような覚えなどないのですが」
「俺も礼を言われるような高尚な記憶は持ち合わせてないな。それと、その『様』ってのは二度と付けないでいただきたいね。お貴族様に、んな呼ばれかたなんて背中にさぶいぼが出る」
佐伯田はうっとうしそうに首のあたりを掻きながら、心底嫌そうに顔をしかめた。
――リベール王国 王都イースリー 神機局―― 貞久視点
フィリの奴、めっちゃ機嫌悪いな。
いやまあ横の奴が後で怒られようがどうでもいいんだが、長くなりそうだったからつい助け舟を出してしまった。
「で、何で俺はこんなところに呼ばれたんだ?」
「こんなところ、とはいささか傷つきますね。私たちと話すのは嫌でしたか? 私はあなたとより深い親交を結びたいと思っていたのですが……貞久、あなたはそうではなかったのですね」
急にダルがらみするな、そんな話はしてなかっただろうが。
感情の読めない無表情のままそんなセリフを吐かれても、それが本心からの奇行なのか、あるいはこっちの出方を試すためなのかまるで判別がつかない。
……ハァ、面倒だな。
「おい、俺を揶揄するのが目的なら帰るぞ」
「おや、怒らせてしまいました。貞久の緊張をほぐしてさしあげようと思ったのですが……本当に帰られたら困るので真面目にやりましょうか」
「つまらん、……いや、笑えない冗談だったな」
つまりさっきのはふざけてたんだなお前は。
お前のことを見ている横の奴の顔を見て見ろ、「あの局長が冗談……? おふざけを……?」なんて、世界の終わりでも目撃したかのような信じられないと言わんばかりの表情で固まってるぞ。
「コホン、まずは《死人使い》の捜査に協力していただいて感謝申し上げます。正直に言ってしまうと、貞久はこういった事件での助力は好まない方だと思っていましたので驚きました」
「協力した気は無いぞ。俺が持ってきたチンピラのことを言っているなら別件で動いてるときに引っかかっただけだ」
そう言ってそっぽを向くと、横から怪訝そうな声が飛んできた。
「別件ですか? 局長からの任務で捜査に参加してたわけではないんですか?」
声をかけてきたのは、フィリと似たような顔立ちをしている貴族――クララと呼ばれてた女だ。
先ほどまでの怯えはどこへやら、今度は純粋な疑問といった様子で身を乗り出してきている。
「……それで俺はあのチンピラをぶちのめしただけで特に言えることはないぞ、なにか聞きたいならフィリが売人を尋問すりゃいい」
こいつが俺に話しかけているのはわかってるがこれ以上ここで油を売るつもりはない。
フィリからの用件を済ませてさっさと帰りたいんだこっちは。
無視安定だな。
「佐伯田様~? 私の声は聞こえてないんですか~?」
だが、この令嬢は思った以上に図太かった。
わざとらしく語尾を伸ばした声音で、俺の顔を覗き込んでくる。
おい、お前までフィリみたいにうっとうしい絡み方をするんじゃあない。
聞こえてないかだと? 聞こえていないわけがないだろうが。
こっちはお前とおしゃべりをする気がないから、わざわざ分かりやすく無視してやってるんだ。
それくらい察してくれ。
そもそもお前誰だよ、俺はお前の名前をさっきフィリが呼んだ一言でしか知らないし、あきらかに金がかかっている神機局の制服を着ているからお偉いさんだろうなという推測が立つだけだぞ。
無言で露骨に嫌そうな顔をして見せたのだが、クララはめげるどころかどこか楽しげにクスクスと笑みを深めた。
「もしかして佐伯田様ってシャイなんですか? もし遠慮しているなら気にしないでください、返答してだいじょうぶですよ」
「……うぜえ」
どこをどう解釈したらそんな思考になるんだ。
からかうような視線を真っ向から受けながら、俺の忍耐力は確実に削り取られていく。
「クララ。貞久が困ってるでしょう、からかうのはそのくらいにしなさい……まったく、クララ。彼は佐伯田 貞久。血社『英知の箱』所属の魔導師です」
「はい局長。あらためまして佐伯田様、私は神機局魔法政策部部長クララ ホーソーンです、よろしくね」
「……紹介されたなら返さなければならない、か……。よろしく。それといい加減『様』はやめてくれ」
本当はよろしくする気なんてさらさらないが、馬鹿正直にそれを言ってもさらに絡まれるだけだろうな。
これ以上面白がられて絡まれるのは御免だ、ここは素直にうなずいておくか。
「わかりました、なら貞久くんって呼んでも?」
「勝手にしてくれ」
「じゃあ、次からはそう呼ばせてもらいます。ふふ、貞久くんって思ったより会話を苦にしなさそう。さっきまでずっと口ごもっていたから、私、てっきり言葉に窮しているのかと勘違いしちゃった」
「……目下は紹介がないなら目上に話しかけちゃいけないっていうマナーを守って黙っていただけだ。会話に窮していたと考えられるのは心外だな」
もちろん、俺がそんなマナーを遵守して沈黙していたわけがない。
ただ単に無視していただけだ。
そんなこと、目の前の女も百も承知だと思ってたんだがな、こいつの脳内では一体どんな都合のいい変換が行われているのやら。
もっと言うなら、今の俺の発言は「お前はお貴族様だから最低限の礼儀だけは守ってやったが、それ以上の個人的な親交を深めるつもりは毛頭ないぞ」って宣言なんだが。
「貞久くんは礼儀正しいですね。私にはいくらでも話しかけていいですからね」
「クララ、あなたって子は……」
まじか、あの基本が無表情なはずのフィリが、まるで苦虫を噛み潰したような顔で額を押さえていやがる。
こちらの皮肉をすべて都合よく受け流し、あまつさえ包容力のある先輩を気取ってみせる。
クララ――こいつはある意味、とんでもない大物だ。
妊娠移送(Transfer Pregnancy)
通常呪文/抵抗呪文_生命力
胚または胎児を、母親から魔術師自身の体内(子宮)へ、あるいは魔術師の体内から別の女性の体内へと移送する呪文。
2倍のエネルギーを消費することで、培養槽や成長タンクなどの「人工容器」から移送することも可能です(人工容器の中身を宿主に移送する場合、魔術師は容器に触れている必要があります)。
さらに高いエネルギーを消費すれば、男性に移送して体内に人工的なポケット子宮を作り出すこともできます。
ただし、男性が宿主となった場合の出産は、帝王切開、「妊娠移送」、または「胎児除去」の呪文のいずれかで行う必要があります。
この呪文に抵抗するのは、胎児や胚ではなく、その「移送元」または「移送先」となる人物(宿主)です。
エネルギー消費:胚の場合は4、胎児の場合はその2倍。人工容器からの移送、または人工容器への移送はエネルギー消費2倍。胎児を受け取る側が男性の場合はエネルギー消費3倍。
前提条件:《胎児摘出》(Remove Fetus)および魔法の素質レベル2以上。
胎児変異(Warp Fetus)
通常呪文/抵抗呪文_母親の生命力
成長中の胚または胎児に対して唱えると、その子供は奇形を持って生まれてきます。
呪文に費やしたエネルギー1ポイントにつき、一般的な肉体的不利な特徴10ポイント分(詠唱者が選択)を持って生まれます。
「痙攣発作」や「片腕」など、先天性欠損症や遺伝性疾患の結果として考えられる不利な特徴のみが対象となります。
この呪文は、対象に「HP消耗」や「超常的な特性」などの超常的な肉体的不利な特徴を与えるためにも使用できますが、その場合のエネルギー消費は2倍(特徴5ポイントにつき1エネルギー)になります。
エネルギー消費:変動
詠唱時間:10秒
前提条件:《不妊》または《腕萎え》のいずれか。