夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
これは便利とばかりに注釈を使ったプロットを見せたら、
「横山光輝オマージュが出来の悪すぎる形でそこはかとなく出てる」
「仮想戦記ばっかじゃなく、ラノベやハーメルンの評価良い小説読め。説明がくどい」
「面白いかどうかはおいといて、今までは小説としての体裁は保っていたのにただの作者が考えた設定の垂れ流しになってる」
と散々な評価に……。
全面書き直しとなりました。
締め切り落としかけてひやひやしました。
――リベール王国 王都イースリー某下町 英知の箱――
やはり、魔法を勉強しているか方具をいじっている時は心が安らぐ。
いやなに、別にマイヤーみたいに「方具こそが人生のすべて! ないなんて耐えられない!」などと極端なことを言うつもりじゃあない。
ただ前の人生では存在しなかった魔法、――そしてその魔法が込められた方具を扱うのが純粋に面白いというだけの話である。
ん、なに? 「魔法ばかりに専念しないでもう少し外の世界に目を向けたらどうだ?」だって?
……あのな、俺だって仕事で出ている以外では
だがな、英知の箱で受けている仕事なんて人探しか、逃げたペットの捕獲か、あるいは「ちょっと家具が壊れたから日曜大工をしてくれ」「屋根の補修を手伝ってくれ」といった雑用ばかりなんだぞ。
少なくとも俺が楽しいと思えるような事態が持ち込まれるのは二、三十回に一回程度なんだぞ?
せめて自分の時間を楽しく過ごせる魔法関連に時間をかけるくらいは許されたっていいはずだ。
――だというのに、目の前のこいつときたら。
「貞久殿。日も浴びずに家にこもりっぱなしは体に悪いであります。よろしければ、東区のヴェニソン・ストリートの表通りで最近評判になっているレストランがあるのですが……私と一緒にどうですか?」
……知るか、一人で行ってろ。
と、吐き捨てられればどれほど楽か。
だが、そんな雑な対応をしたら後で余計に面倒なことになるだけなのは目に見えている。
何か角の立たない理由つけて追っ払うしかないな。
「……俺を誘う暇があるならヒューズでも連れてけよ、お前らのことはマイヤーも目に余るって言ってたぞ」
事実、二人の仲ときたらどうしようもない有様なのだ。
あの方具バカのマイヤーが、わざわざ俺に「先生と仲が悪いみたいだから、オレ様達で何とかできないか?」とこっそり耳打ちしてきたほどなのだ。
対人関係のソレが壊滅的な俺にすらすがってくるほどなのだ、マイヤーがこの件をどれほど重症だと捉えているかがよく分かるというものだ。
だが、当のエミリーはといえば、至極心外だと言わんばかりにきょとんと目を丸くしてみせた。
「アシュダンテ殿と、ですか? ……仲が悪いなどと思われていたとは驚きましたね。では、彼女はまたの機会に誘うといたしましょう。ですが――」
ふっと、エミリーの纏う気配が変わった。
「――私は今、貞久殿を誘っているんです」
普段のこいつが人を包み込むようなやわらかな陽だまりだとするなら、今のそれは肌をジリジリと焼き切る夏の陽射しそのものだ。
射抜くように向けられたその眼光に、思わず皮膚がひりりと痛むような錯覚すら感じてしまう。
(め、めんどくせえ……)
喉元までせりあがってきた本音を間一髪で口の中に押し留めた自分を誰か褒めてはくれないだろうか。
いくらデリカシーに欠ける俺だって、これを言う気は流石に無い。
少なくとも、エミリーの腰に剣がぶら下がっている今は特に言いたくない。
……誤解しないでほしいが、普段の俺の言動が無用な『問題』を引き起こしかねないことくらい、俺だって自覚はしている。*1
というかむしろ、俺はその『問題』を引き起こしたいから馬鹿な言動をなおさないのだ。*2
しかし、俺が望んでいる『問題』ってのはスリルであって――決して、こういう面倒くさい人間関係なんかじゃない。
「はぁ……わかったよ。今日くらいは付き合う」
「ありがとうございます! では行きましょうか」
結局、俺が折れる羽目になるのだ。
まあ、絶対に嫌だと言えばこいつはそれ以上は突っ込んでこないだろうがなあ。
食事の誘いを断るためだけにそんなことしていても逆に疲れるだけ、か。
「あー悪いけど
「表に停めてある魔動車を使わせていただきますね、社長。さあ、早く行きましょう貞久殿!」
そう言うやいなや、エミリーは逃がさないとばかりに俺の腕を抱え込んだ。
有無を言わせぬ腕に囚われ、俺は内心で盛大なため息をついてしまう。
こうなったらもう、エミリーは梃子でも動かないだろう。
抵抗するだけ無駄な消費だ。
俺は半ば魂が抜けかけた顔のまま、エミリーに引きずられるようにして表へと歩き出した。
――リベール王国 王都イースリー東区 ヴェニソン・ストリート――
「――こちらへどうぞ、貞久殿」
エミリーに案内されたのは、街の喧騒を忘れるほどの品格と静寂に包まれた高級レストランだった。
磨き上げられたオーク材の調度品、柔らかな光を落とす燭台、そして洗練された衣服に身を包んだ客たち。
下町の雑用屋で受ける日常の泥臭い仕事とはおよそかけ離れた空間だ。
(……やっぱ断ればよかったな、急にハードル跳ね上がってんじゃないか)
店に入った瞬間、入口に立つ給仕の視線がすっと一瞬だけ俺の全身を舐めるように走ったのを俺は見逃さなかった。
日本の感覚で外食ならファミレス程度、と勝手に勘違いしていた俺の完全な目算違いだ。
ここは大半の庶民なら身なりで入店すら断られ、立ち振る舞い次第では給仕にうまいこと理由をつけられて追い出されかねないレベルの店だ。
……いや、少し考えればこれは当然だったな。
現代日本のように、誰もが気軽に外食へ金を落とせるほど豊かな時代や世界ではない。
そこらの酒場や屋台ぐらいならいざ知らず、質の高い食事を提供するだけの店がそうそうやっていけるわけがない。
となればこの手の店が客層を厳しく絞るのは当然のことだ。
格式と安全、そしてステータスを売る以上、一定水準以上の身分や教養を持つ者しか通さないのは当然だ。
とはいっても、
品定めを自然な所作で受け流し、案内された席につく。
「いらっしゃいませ、お客様。本日の献立でございます」
慇懃なお辞儀とともに給仕がメニュー差し出した。
(おいおい、紙の四隅が金付けときたか。……はあ、食うところって感じはしないな。あくまで社交を楽しむため空間だな。近代、ブルジョワ向けに開放された外食産業が近いか?)*3
注文を済ませると、対面に座るエミリーがどこか上気した頬を緩ませ、にこやかに微笑みかけてきた。
「今日はありがとうございました。前からここに来てみたかったのですが、なかなか機会がなくて……」
「別にいつ来たっていいだろ。……それとも、それすら何かの建前か?」
「もう、意地悪ばかり言わないでください。貞久殿と一緒に来たかったんですよ。それに……こんな立派なお店、私一人で入るなんて恥ずかしくて無理ですよ」
「あっそう」
上目遣いになにか言いたげな視線を送ってくるエミリーに対し、俺は取り留めもない返事を返す。
徹底的に興味がないというポーズを取りながら、俺は運ばれてきた鴨肉のローストにナイフを入れる。
「あ、そういえば貞久殿。英知の箱の近くにある広場、最近少し雰囲気が変わったと思いませんか?」
「……広場? 別に。いつも通り浮浪者とハトが群がってるだけだろ」
さもなければマイヤーがどこからかかき集めてきたガラクタの博覧会を開き、飛んできた警官と押し問答を繰り広げているか、だ。
俺の雑な返答に、彼女は「違いますよ」と手を止め、眉をひそめてこちらを見た。
「最近、妙に手入れの行き届いた綺麗な服を着た人たちが、あの広場に集まってなんでも『奇跡の札』というお札を配っているのだとか」
「ふん、胡散臭いな。どうせ新手の新興宗教か、出来の悪い詐欺だろ。関わるだけ無駄だ」
「そうですね。私も怪しいとは思ったのですが、流石にこの程度のことでしょっ引いてしまうわけにもいかないですから、立ち止まりはしませんでしたが……なんだか、どうにも気にかかるであります」
「ふーん?」
目の前のエミリーを見ると、彼女は相変わらず優雅にスープを味わっており、今言った話がどんなの意味を持つか深く考えていない様子だった。
彼女にとっては、単に「巡回で見かけた珍しい出来事」として世間話の種にしただけなのだろう。
(『奇跡の札』……ねえ。ただの紙切れを奇跡と偽る詐欺なら日常茶飯事だ。……だが、もしそれがマガを込めた『粗悪な初級方具』の類だとしたら?)
素人にそんなものを配って回れば、ろくなことにはならないだろう。
「……おい、エミリー」
「はい? なんでしょう、貞久殿」
「その『奇跡の札』……配ってる連中の特徴か、札の見た目について、もう少し詳しく教えろ」
急に食いついてきた俺に対し、エミリーは一瞬驚いたように目を丸くした。
――そして次の瞬間、してやったりと言わんばかりに、悪戯っぽい笑みをその唇に浮かべるのだった。
「……なんだその顔は」
露骨に嫌な予感がして眉をひそめると、エミリーはスプーンを置いて満足そうに両手を頬に当てた。
「ふふ、やっぱり。こういう怪しげで危険そうな話になると、急に乗り気になりますよね、貞久殿は」
「……乗っかっちゃいねぇよ。ただ、余計なトラブルに巻き込まれる前に害虫を潰しておきたいだけだ」
「はいはい、そういうことにしておきます。――でも、タダで教えちゃおうかなぁ、どうしようかなぁ」
語尾を伸ばしながら、彼女は意地悪くワイングラスの脚を指先でつつく。
「……チッ。おいエミリー、条件は何だ」
「まあ! 話が早くて大助かりであります」
彼女は待ってましたとばかりに花が咲いたような笑顔を見せ、すっと人差し指を立てた。
「今度はあっちの……東区の新しいカフェのデザートに付き合ってください。そうしたら、私が警備の巡回で見かけた『奇跡の札』の形状と、配っていた人物の特徴、全部教えます♪」
「……お前、最初からそれが目的だったろ」
「さあ? どうでしょうね。でも、街の平和を守るためなら、安い投資だと思いませんか?」
悪びれもしないエミリーに、俺は深く溜め息をつき、冷めかけた鴨肉を口に運ぶしかなかった。
スチームパンクにおける生体工学
産業革命およびヴィクトリア朝時代の科学は、生命のプロセス、そして実験と操作によって何が成し遂げられ得るかについて独自の見解を有していた。
ジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズの描いたビジョンが現実となるスチームパンクの世界において、生体への干渉を試みる暴挙に出た科学者は、即ち「神の領域」を侵す者と同義である。
彼らの生み出した創造物は、往々にして「人間の無制限に見える力であっても、決して足を踏み入れてはならない領域が存在する」という事実を物語る忌むべき歪形と化すのだ。
これらはスチームパンク・ジャンルにおける生体工学の伝統的な役割であったが、一方で、進化論や遺伝学、あるいは病原体説やワクチン接種といった黎明期の科学に対し、明るい未来を見出すこともまた可能である。
そうした世界において、生物学者は科学的指導に基づく選択的交配を用い、遺伝子改変生物と同等の特性を備えた驚異的な新種の作物や家畜を創出する。
また医師たちは、あらゆる疾病に対するワクチンを開発し、実質的な不老不死をもたらす薬品を作り出す英雄として称えられるであろう。
品種改良
遺伝および進化の解明に伴い、19世紀の科学は突如として生命体の進歩に対する大いなる可能性を見出した。
農民たちが何世紀にもわたり経験則で行ってきた選択的交配に対し、体系的なアプローチを導入することで、わずか数世代の間に種全体へ劇的な変容をもたらし得るようになったのである。
親が生涯で獲得した形質を子孫へ継承させるとする(現在では否定された)ラマルク説の理論は、繁殖者に対し、そうした変容を意図的に誘導し、妥当な期間内で解剖学的な劇的変化をもたらす手法を提供した。
共通の祖先から進化してきたとされる種間に存在する著しい差異を説明するため、オランダの生物学者ヒューゴ・ド・フリースは、種は単一の世代で突発的かつ大規模な変化を起こし、一挙に新種へ変貌し得ると提唱した。
意図的な交配、あるいは薬剤の投与によってこのような大突然変異を引き起こすことは、スチームパンク世界の生物学者たちに、生命をさらに迅速に変革せしめる手段を与えるのである。