夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話   作:カーキtrpg

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主人公が地球ではなくソーサルカンパニーに転生したら 2-5

――ヴェンティスカ帝国 ノルトマルク州 ローテンシュタット都市 ――

 

 

 『朱塗りの爪』の下部組織である『黒の車輪』の社長であるゲッツ グロースは何よりも保身と目先の利益にしか目がない、矮小でくだらない男だった。

 本家である『朱塗りの爪』の幹部層からも「口先だけの無能」と切って捨てられており、実際、大それた野心や謀略を完遂できるような器量など彼にはあろうはずもない。

 

 だからこそ、組織はゲッツのような男でもこなせる程度の雑務――イースリーのスラムで無知な住民を言葉巧みに扇動し、暴動の種を蒔き散らすための工作活動を命じたのだ。

 しかし活動のさなか、密かに懐柔していた庶民院議員の口が急に重くなったのを目ざとく察知するやいなや、ゲッツは後先も考えず着の身着のままでイースリーを脱出。

 王国の追手が動くよりも速くヴェンティスカ帝国へと逃げ延びて見せたのだった。

 この土壇場における危機察知能力となりふり構わぬ決断力だけは本物と言わざるを得ない。

 

 下部組織とはいえ、一組織の長にまでなった者はさすがに何の脳もないということはありえないということだろうか。

 もっとも、ゲッツの機転を褒めるほど『朱塗りの爪』は寛容ではなかったようだが。

 

 「なぜ俺が降格されるんだリヒター! もともと俺は目立たないよう水面下で進めるつもりだったんだぞ! 横から口を挟んできて『派手にやれ』と無謀な指示を出してきたのは上層部の奴らだろうが!」

 

 無駄に豪華な調度品で飾られた部屋のなかで、ゲッツは顔を真っ赤にして血走った目を剥いて叫んだ。

 だがその怒号を正面から受け止める男の表情には、眉ひとつ動く気配すらない。

 

 「私が貴様ら人間の醜い事情など知るか。……それよりイースリーでの顛末を余さず話せ。わざわざ出向いてやったのは、そのためだ」

 

 ゲッツの言い分を氷のように冷たくあしらうその男――リヒターの肌は、死人のような青白色に染まっている。

 その頭頂からは不気味な五本の角が、まるで天を穿つように禍々しく突き出していた。

 

 リヒターは内界より来たりしシシャ。

 この世界の均衡を求める『虚無』からの『使者』であった。

 

 「話すも何もないわ! そんなの俺が聞きたいくらいだ! 急にきな臭くなったから逃げてきただけで、イースリーで何が起きてるかなんて知るか! 逃亡の途中で聞いたのは、集めてた浮浪者どもが軍にとっ捕まってスラムが総ざらいされた、ってことくらいだぞ!」

 「ふん……時間の無駄だったか」

 「なんだときさま! いきなり押し掛けてきてその言い草はなんだ!」

 

 叫ぶゲッツなどもはや視界にも入れず、リヒターは冷ややかに踵を返した。

 

 (愚か者め、これ以上つき合っていられるか。軍がスラムへ突入した際、私は貴様に《死人使い》の使い勝手を聞くためわざわざイースリーの近くまで足を運んでいたのだ。あの地で感じ取った強大なマガの反応。あれは神機局局長とは異なる何者かの気配だった。現場にいたはずのこの男なら何か掴んでいるかと思ったが……全くの期待外れだな)

 

 背後でゲッツが「おい! 聞いているのかリヒター!」と怒号を上げ、デスクの上の調度品を投げつける音が響いたがリヒターは一度も振り返らなかった。

 歩調すら変えず、静かに部屋の扉へと向かう。

 

 その足取りには、人間の小競り合いなど端から意に介していない冷徹な絶対性が漂っていた。

 

 

 

 

――リベール王国 王都イースリー某下町 英知の箱――

 

 

 「あー疲れたなー、なんでこんなに体が重いんだろうなー! ……なぁ貞久、オレ様に対して何か言うべき言葉があると思うんだがなぁ? なぁーんでお前はそうやって他人事みたいに黙ってられるのかなー?」

 「う、うぜえ……」

 「あっ? なんだって?」

 

 スラムを揺るがした大騒動の後始末――そのすべてを押し付けられたマイヤーの機嫌は、控えめに言っても最悪だった。

 眉間には刻印でもされたかのように深いシワが刻まれ、隠す気すらない苛立ちが全身から黒いオーラとなって溢れ出している。

 

 「貞久くぅん? 陰でせっせと骨を折ってやった健気なオレ様に、まずは一言あってもいいんじゃないのかなー? ん?」

 「普通に喋れよ……。まあ、久々に思い切り暴れられてスッキリしたぜ」

 「クソみたいな感想をどうもありがとう! ……ふざけてんのかテメエは! 脳みそ詰まってんのか、あん?!」

 

 普段のひょうきんな態度はいずこへやら、マイヤーの口からは常にないほど品のない罵倒が飛び出していた。

 ヒューズが今のマイヤーを見たら卒倒することだろう。

 

 「開口一番にお礼を言うか、土下座で謝罪するかだろうがよ! それとも何だ? お前の感謝の言葉はケツの穴からしか出ねえってか、あぁん?!」

 

 普段のマイヤーなら絶対に口にしないような罵詈雑言のオンパレードだが、まあ無理もない。

 貞久が好き放題にしでかした大暴れを「なかったこと」にするため、マイヤーは裏で大車輪の活躍を強いられたのだ。

 それなのに当の本人がこの通り、涼しい顔で頬杖をついているのだからこれは口の一つや二つ悪くもなろう。

 

 しかし、貞久はマイヤーの剣幕をどこ吹く風でフッと鼻で笑った。

 

 「いやいや、俺が魔動車修理で稼いだ血社の資金を自分の趣味の方具収集にすべて費やしたマイヤーには負けるよ。なんだっけ? 横領がバレた時のヒューズへの言い訳が確か――『オークションでも滅多にでない貴重な方具を落札できたぜ。オレ様のためにみんなありがとう!』なんていうド級のクソ発言だったよな? ……どうやら、お前の感謝の言葉もケツの穴から出荷されてるようだな?」

 「それはまあ、……いいじゃねえか」

 

 痛いところを突かれたマイヤーは、あからさまに視線を明後日の方向へとそらす。

 脛に無数の傷を持つ身という意味ではこの二人、見事なまでにどっこいどっこいであった。

 

 「ふー、話を戻すぞ。今回の件は『軍がお前を無理やり逮捕しようとした結果起きた事故』ってことになった。局長がゴリ押しでそう通したらしい。それで軍の上層部と手打ちして、まるっと『なかったこと』になった」

 「よくそんなんが通ったな。そんなのちょっと突っ込まれたら一発でボロが出ただろうに」

 「奴らだって事情は分かってるよ。だが、軍の連中が無様にボロ負けしたからな。あまりに不甲斐なさすぎるってことで、軍としても表沙汰にしたくなかったそうだ。あとはまあ、人死にが出なかったからなんとか非を向こうに押し付けられたそうだぞ?」

 「……人死にが出なかった、ねぇ」

 

 呆れ半分に呟く貞久だったが、それには訳がある。

 なんと、マイヤーが知らないだけで実際にはその場で普通に死人は出ていたのだ。

 

 あの大立ち回りで貞久が第三中隊を蹴散らした直後、駆けつけたフィリと二人で死亡した軍人たちに片っ端から《復活》の魔法をかけてまわっていたのだ。

 マイヤーが遅れて現場に到着した頃にはその隠蔽工作もギリギリで完了していたのである。

 

 (まさか、フィリが《復活》をつかえるとはなあ。遺失魔法なんていったところで使える奴は使えるということか……)

 

 「はぁー……思い出すだけで胃が痛い。そもそもお前が素直に軍に身分を明かせばこんな大ごとにはならなかったんだぞ」

 

 マイヤーは頭を抱えて重い溜め息をつく。

 

 「まあ、何はともあれ丸く収まったなら万々歳だろ」

 「収まってねえよ! オレ様の胃にポッカリ開いた穴はちっとも丸く収まってねえんだよ!」

 

 マイヤーはバンと盛大に机を叩き、冷めきったお茶を一気に喉に流し込んだ。

 

 「そうそう、局長からの伝言だが『これは貸しにしておきます』だそうだ。言っておくが『英知の箱』はこの貸しの返済には一切手を貸さねえからな!」

 「フィリからの貸しかよ……ゾッとするな」

 

 思わず顔を顰めて嘆息する貞久に、マイヤーは「自業自得だ」と言わんばかりの冷ややかな視線を向けてくる。

 

 「なら最初からバカをしなきゃよかっただけだろうが」

 「へいへい、悪かったよ。だがなマイヤー、男には引けない時ってのが――」

 「ない! お前の場合は100%ない! 絶対にその場の思いつきと勢いで動いたんだろ!」

 「失礼な。1%ぐらいは意地と誇りがまじっていたはずだぞ」

 「それがまじっていたところでなんだって言うんだよ!」

 

 マイヤーは椅子の背もたれに深く体を預け、天井を仰いだ。

 

 「はぁ……とにかく、局長がくる前にオレ様はズラかるからな。あの女、貸しを作った時の笑顔が一番エグいんだから……」

 「おいおい逃げるのか? 俺みたいな優良社員を置いて?」

 「優良社員? 誰のことだ? オレ様はお前なんていう厄介ごとを撒き散らす歩く災害なんて知らん」

 「冷てえやつ。……あ、じゃあさ。先月お前がやらかしたあの『魔化の材料費』。実は会社の金を横領してて、監査直前に俺が必死に穴埋めして金庫に戻した件……ヒューズに言っちゃおっかなー?」

 

 貞久はあからさまな白々しさで棒読みになると、ポケットから先月に書かせた念書を取り出した。

 チラリとマイヤーの様子を伺う視線には、あからさまな悪意が滲んでいた。

 

 その言葉にマイヤーの動きがピタリと止まる。

 椅子の背もたれに預けていた体をゆっくりと起こすと、青すじを浮かべながらもどこか引きつった笑みを浮かべた。

 

 「……あ、あれ? 貞久クン? 今、何かオレ様の耳を疑うような恐ろしい幻聴が聞こえた気がするんだけど……?」

 「幻聴じゃないぞ。あの時、俺が夜なべして稼いだ金をそっと金庫に滑り込ませなかったら、今頃お前はヒューズに皮を剥がれて壁の装飾になってたところだったろ」

 「頼むから思い出させないでくれ……! 先生の『帳簿の辻褄が合わない時に見せる暗黒の笑顔』は夢にまで出るんだよ……!」

 

 一瞬で顔面を蒼白にしたマイヤーは素早く立ち上がると、貞久の肩を揉み始めた。

 信じられないほど手際の良いゴマすりである。

 

 「いやぁ〜! 流石は我が『英知の箱』が誇る超・優良社員! 持つべきものは頼れる部下だなあ! なあ貞久、お前さっき『喉が渇いた』って言ってなかったか? オレ様がとっておきの高級茶葉淹れてやるから! な?!」

 「急に優しくなると気持ち悪いな」

 

 肩に伝わる必死な振動を感じながら、貞久は念書をポケットに仕舞い直した。

 

 (やっぱ念書書かせて正解だったな)

 

 手のひらを返した社長の無様な擦り寄りぶりに、貞久は心の中でフッと呆れた笑いを漏らした。

 

 「そちらは終わりましたか? ……では、今度は私の話を聞いていただけますね?」

 

 背後からひやりとする気配が漂い、貞久が振り返るとそこにはいつの間にかエミリーが仁王立ちしていた。

 マイヤーが見せていたどこか情けない苛立ちとは一線を画す、どこか静かな圧を孕んだ怒りのオーラを全身から放っている。

 

 「……よう、スミス騎兵旗手殿。どうしたそんなかっかして」

 「どうしたもこうしたもないであります! 貞久殿が正規軍を相手に盛大に問題を起こしたせいで、なぜか無関係な私まで局長にこっぴどく怒られたんですよ?!」

 

 胸の前で腕を組み、ぷくーっと大袈裟に頬を膨らませて抗議してくるエミリー。

 可憐なポーズで誤魔化そうとしてはいるが、目がまったく笑っていない。

 それに対して貞久は心底呆れたように、本日何度目になるか分からない溜め息を深く吐き出した。

 

 「はあ〜……無関係ってお前なぁ。そもそも俺にこの件を持ち込んできたのはお前だろうが。今さら被害者面して何言ってるんだ」

 「私が持ち込んだのはスラムで怪しげな真似をしている不届き者についてです! 王軍相手に相手に正面から大立ち回りを演じて壊滅させろなんて、私、一言も言っていないでありますよーっ?!」

 

 エミリーは憤慨した様子で貞久の机をバンバンと叩き、そこから怒涛の勢いで愚痴をこぼし始めた。

 

 「おかげで本局に戻った瞬間、方具捜査課へ呼び出されて正座ですよ?! 『君が護衛としてついていながら、なぜ彼があそこまで大暴れするのを止めなかったのかね? ああいや、そういえば君は居なかったのだったね。傍にいない護衛とは、そのような護衛方式があるとは初めて知ったよ』なんて笑顔でネチネチ詰問されて……! 私が追いついた時にはもう軍の中隊が全滅して転がってたんです! 止められるわけないじゃないですか! 貞久殿のせいで私の評価はガタ落ち、始末書の山、挙句の果てには今週の休日返上まで決定です! どう責任取ってくれるんですかーっ?!」

 

 ヒステリック一歩手前のテンションで叫び散らかすエミリーに対し、貞久は慌てる素振りすら見せなかった。

 頬杖をついたまま、どこか楽しそうに口元を歪めてフッと鼻で嘲笑ってみせる。

 

 「フハッ、そりゃご愁傷様。だがなエミリー、自分の不手際を人に責任転嫁するのはどうなんだ? お前がノロノロ現場にやって来るのが悪いんだろ。もっと早く来てれば、そもそも問題は起きなかったろうにな」

 「笑い事じゃないです! そもそも貞久殿が私を置いて行ったのが原因であります! 私は本気で被害者なんですよ?!」

 「あ~はいはい、可憐な被害者様。で? 愚痴を言いにわざわざここまで来たんなら、すっきりしたところでさっさと自分の仕事に戻ったらどうだ?」

 「~〜〜っ! 意地悪! 悪魔! 本当に可愛げのない男であります!!」

 

 キーッと抗議を続けるエミリーと、それを一切意に介さずに面白がりながら適当にあしらい続ける貞久。

 完全につんざくような二人の世界が完成しており、事務所の空気はすっかり彼ら中心に回っていた。

 

 ……そして。

 

 二人のやり取りの輪から完全に外され、その場にぽつんと取り残されたマイヤーは手に持った冷めたお茶を虚ろな目で見つめていた。

 

 先ほどまで貞久とあれほど泥沼のやり取りを繰り広げていたはずなのに、今や二人の視界にすら入っていない。

 存在すら忘れ去られているかのようだ。

 

 マイヤーは静かに息を吐き出すと、誰に届くでもない小さな声でポツリと呟いた。

 

 「……オレ様、もう帰っていいか……?」




スーツケース型遺伝子研究所(TL9) (Suitcase Genetics Lab )
小型化された、持ち運び可能な遺伝子研究所。
ごく単純な作業を除くすべての作業において、これは「即席の装備」として扱われます(技能判定に-5の修正)。
収納および展開には10分かかります。12,000ドル、20ポンド。LC4。

ヘルキッチン(TL9) (Hellkitchen)
生物兵器の製造に特化したスーツケース型遺伝子研究所。
普通のキッチンを生物兵器研究所へと変貌させるために必要な精密科学機器(小型化された遺伝子繋ぎ合わせ・PCR装置を含む)、細胞培養液、遺伝子工学用コンピューター・ソフトウェアが含まれています。
ヘルキッチンはほとんどの作業においてスーツケース型研究所として扱いますが、病原体の培養や同様の生物兵器の開発に関しては「小型遺伝子研究室」として扱います。
また、既存または改変済みの培養液から、1時間につき1回分の病原体を追加製造することも可能です。
この準備には修正なしの技能判定を必要とします。

ヘルキッチンがこれほど小型なのは、初歩的な安全装置すら欠いているためです。
ファンブルした場合は、いかなる場合も何らかの災厄(例:使用者の感染、疫病の漏出など)を引き起こします。
これは病原体を改変しようとしている場合でも、その治療法を発見しようとしている場合でも同様に適用されます。
収納および展開には10分かかります。12,000ドル、20ポンド。LC2。
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