夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
――リベール王国 サニーデイル州
先月十歳を迎えたエミリー スミスにとって、じっと大人しく過ごすことほど難しい難題はなかった。
スミス村を治める領主――武骨な魔道騎士*1である父の子三姉妹のうち、もっとも父の血を色濃く引いた長女である彼女はどこまでも活発でたくましく、そして小生意気に育っていた。
春先のとある早朝、柔らかな木漏れ日が差し込むなかでエミリーは狩猟地を目指して馬を走らせていた。
お供に引き連れているのは、八人の家士と十体の木兵だ。*2
狩猟地に到着してまもなく、エミリーの鋭い視線が林の奥に一頭の鹿を捉えた。
彼女は手綱を握り直すと馬上から手慣れた動作でライフルマスケットを構える。
鉄の冷たい感触と、綿火薬独特の香ばしい匂い。
引き金を引いた時に感じる反動と標的を穿つ確かな手応えが彼女の幼心をどうしようもなくくすぐるのだ。
――パァン!
静寂に包まれていた森林に綿火薬の爆裂音が鋭く響き渡る。
放たれた椎の実型の鉛弾は三百五十ヤードも離れた鹿の急所を一撃で撃ち抜いていた。
「やった!」
エミリーの口から無邪気な歓声が弾けた。
彼女にとって三百ヤード以上も離れた動的目標へ弾を命中させられる確率は、普段の練習でも三回に一回程度だ。
それを一発で仕留められたのだからこれは嬉しくないはずがなかった。
倒れた獲物のもとへ駆け寄るやいなや彼女はすぐさま小さな声で呪文を呟いた。
すると魔法の光が鹿を包み込み、汚れが一瞬で拭い去られるとともに部位ごとに最も調理しやすい形へと手際よく切り分けられていく。
エミリーが唱えたのは《解体》の呪文だ。
勿論彼女は自分の手でナイフを振るって解体する技術も十分に持ち合わせている。
呪文に頼らずとも獲物の解体は出来る、……出来るのだが今回は解体に時間をかけるわけにはいかず呪文で手間を省いたのだ。
エミリーにしても呪文でパパッと終わらせてしまうのは気が進まないのだ。
手作業での解体まで含めてこその狩猟であると考えるエミリーにとって、魔法で手軽に済ませてしまうのは本意ではない。
しかし、今日ばかりは時間をかけるわけにはいかなかった。
(早く帰らないと……!)
父からは最近、「十歳という節目の年なのだから、これからは淑女としての嗜みを重点的に学びなさい」と言われているのだ。
……リベール王国では乗馬と呪文を使った狩猟なら「魔導師の嗜み」とみなされるが、泥臭くライフルをぶっ放す猟師のような真似は淑女とは見られない。*3
つまりはそう言うことだった。
そのため、父が目を覚まして気づく前に屋敷へ戻らなければならないのだ。
急ぎ足で肉をまとめさせながら、エミリーは一刻も早く帰路に就くべく指示を出した――その矢先のことだった。
「……? みんな止まって」
森を抜け、開けた場所へ出た直後。
エミリーの鋭い魔法知覚が至近距離に潜む奇妙な気配を察知した。
胸騒ぎに背中を押されるように周囲へ視線を走らせると、青々と茂る野原に深い溝を穿つように青草をなぎ倒しながら蠢く「それ」が目に入った。
「あれは……大野槌……!」
彼女が視線を向けた二百ヤードばかり先にいたのは、体長およそ
全身を粗い毛で覆われた太い蛇のような姿をしているが、目も鼻もなく、頭部にぽっかりと巨大な口が開いているだけだ。
――山野のマガが集まり人知れず誕生する精霊たち、その中の野の精霊にしてなかなかの大物である大野槌だった。
「お嬢様、むやみに刺激してはいけませぬ。ここは迂回しましょう」
お供の家士の一人が青ざめた顔で進言した。
彼らがここまで焦るのも無理はない。
普通の野槌ならまだしも、「大野槌」となれば危険度は段違いだった。
大野槌は魔法を伴わない純粋な物理攻撃に対して異常なまでの耐性を誇り、腕利きの魔導師でも同行していない限りは一小隊ほどの歩兵程度なら易々と蹴散らすほどの脅威なのだ。
そのうえ、人間と同等の知能まで持ち合わせている。
幸い、知能が高いゆえに無駄な争いは好まないためこちらから刺激しない限り積極的に人間を襲うことは少ない。
ただ気性自体は激しいため、迂回は兵として立場から見れば極めてまっとうな判断だった。
「でも、大野槌を放置したら村の家畜が食べられちゃうじゃない」
エミリーは眉をひそめ、家士の提案にきっぱりと否定を示した。
「村の次期領主として、これを見過ごすわけにはいかないわ!」
彼女はすぐさま腰の杖を引き抜くと大野槌へ向けて真っ直ぐに突きつけた。
短く滑らかな詠唱とともに、杖の尖端に眩い光の結晶が生成される。
勢いよく放たれた光球は大野槌の頭上へと舞い上がると一瞬で弾けた。
直後、空気が爆ぜるような重低音とともに降り注いだ九本もの光線が巨躯を穿つように大野槌を次々と撃ちぬいていく。
大野槌はエミリーたちの存在を認識することすらできず、悲鳴を上げる間もなく全身をズタズタに引き裂かれて絶命した。
「みんな見た?! 私の呪文、すごかったでしょ!」
正規軍の兵士すら恐れおののく大野槌を苦もなく葬り去ったというのに、当のエミリーは年相応の子供らしくキャッキャと声を弾ませて大喜びしている。
家士たちは己の主の娘の腕前に感心しきりだった。
「……あら? 大野槌の死体がマガに溶けていかないわね」
「どうやら、かなり長くこの現世に留まっていた個体のようですな」
首をかしげるエミリーに、家士が感心したままに答えた。
「じゃあ、少なくとも一年はこのあたりに居座っていたのね。でもちょうどよかったわ! 大野槌の素材って、錬金術で使い道がたくさんあるもの」
思わぬ大収穫にますます機嫌を良くしたエミリーは、木兵たちに大野槌の巨躯を担ぐよう指示を出し、意気揚々と屋敷への帰路についた。
――だが、その大収穫の後始末こそが運の尽きだった。
巨大な大野槌を木兵に担がせて屋敷の裏門へたどり着いたまさにその時、腕組みをして仁王立ちする父の姿があったのだ。
朝駆けの狩りだけでも言い訳が苦しいというのに、仕留めた怪物の搬入まで見つかっては隠蔽工作など望むべくもない。
「エミリー。……朝の訓練の時間になっても姿が見えんと思えば、またその筒切れを持って出ていたのか」
「あ、お父様……これには深い理由が――」
「ほう、どんな理由があるというのだ? いま手に持っているのは父が家士やゴーレムどもに支給するのに適当か確かめるために取り寄せた最新式の鉄砲ではないか。海のものとも山のものとも知れぬそれを手に勝手に城を抜けるほどなのだ、よほど深い理由なのだな?」
「……」
結局、父が納得するほどの理由などあるわけもなく。
雷のような小言をたっぷり二時間も食らった末、エミリーは「今日明日は反省のため村から一歩も外へ出てはならない」と厳重な謹慎を言い渡されてしまったのだった。
「はぁ……。せっかく大野槌を仕留めたのに……」
大野槌の相手をしなければ隠蔽工作は間に合ったろうが、いまさら言うことではない。
仕方なく彼女は館が建つ丘の上に立ち、退屈そうに眼下に広がるスミス村を眺めていた。
スミス村は丘の上の居城を中心に家々が集まる集村の形態をとっている。
居住地の周囲は全方位を警戒する十二の櫓と空堀、そして頑丈な石壁でぐるりと隙間なく囲われて防壁としての役割を果たしていた。
防壁の外には百二十エーカーほどの耕地が広がり、牧草と穀物飼料を用いた牛や羊、豚の畜産業も盛んに行われている。
のどかな風がそよぎ、家畜たちののんびりとした鳴き声が聞こえてくるような、実に牧歌的な村だった。
村の戸数は三百二十五戸、人口にして千九百六十三人。*4
リベール王国においてはごく平均的な規模の村であり、エミリーの父が領主として治めていた。*5
――中世の常識から見れば、いや近代に至るまで村ひとつの人口はせいぜい数百人程度が関の山。
二千人弱ともなればそれはもはや都市の規模であり、百二十エーカーの畑など猫の額ほどでしかない。
どういった理屈で二千人弱の人間を養っているのか。
そのからくりの背景には、領地を治める領主貴族の過半数を魔導師が占めているという事実が強く関係していた。
そう――秘密の正体は「魔法」である。
魔導師たちにとって、作物に祝福を与えて生育期間を短縮しながら収穫量を何倍にも引き上げたり、害虫や病気を一瞬で駆除したりすることは朝飯前だった。
土壌を魔法で限界まで肥沃にし、干ばつが起これば恵みの雨を降らせるなど彼らには造作もないことなのだ。
その結果、わずか一エーカーの畑から約二百七十ブッシェル以上*6という凄まじい量の麦が収穫されるようになった。
……約二百七十ブッシェル以上である。
わかりやすく重量にするなら約七千三百キロほどの収量である。
現代地球の技術でも平均六、七十ブッシェル、条件が良い農地でも百三十ブッシェル程度であることを考えれば、異常な規格外の収量だった。
そのうえ連作障害すら魔法で踏み倒してしまうため休耕地は概念上の存在になり、連作は容易に可能となった。
秋撒きの麦ならわずか半年たらずで収穫が完了し、残りの半年で夏野菜や牧草を栽培するサイクルが確立されたのだ。
それどころか、多種多様な商品作物の栽培にまで手を広げられるほどの余裕すら生まれていたのだ。
地球の歴史における貴族と平民はどこまでいっても同じ人間であり、その差といえば教育や境遇による程度のものに過ぎなかった。
しかし、この世界は違う。
魔法という誰の目にも明らかな能力差があり、それが生み出す莫大な恩恵によって貴族の絶対的な立場は揺るぎないものとなっていた。
平民――とりわけ恩恵を直に受ける農民たちにとって彼らはただの領主ではない。
魔術神の血を受け継ぐ「高貴なる青い血」の持ち主であり、人々に豊かな実りをもたらす半神半人の存在として深い敬意と信仰を集めているのであった。
「『青い血のお貴族様が、今日もお恵みをくださった』……か」
領民たちの深い敬意と期待の視線を背中に感じながらエミリーは遠い目をする。
「私だって魔法は使えるけど……やっぱり自分の手で引き金を引いて、自分の足で野山を駆け回る方がずっと楽しいのになぁ」
小生意気な未来の領主様は頬杖をつき、次なる密かな冒険の計画を練り始めた――その時だった。
「……ん?」
ふと、雲の切れ間に視線を向けたエミリーの眉がぴくりと動いた。
父譲りの鋭い魔法知覚と、普段からすべてのポテンシャルを強化している彼女の視力が南東
「……え? 空から……あれは
雲を割って進んでくるのは脚を持たぬ巨大な蛇に巨大な皮膜の翼が生えたような異形の大獣――有翼蛇。
そしてその背には、陽光を反射して煌めく
「……
エミリーはおどけて呟いてみせたが、その胸の中は急激に膨れ上がる疑問で埋め尽くされていた。
これがワイバーンを駆る飛空騎士や、巨大なドラゴンに跨る大龍騎士の襲来であれば何の疑問もない。
彼らは魔導師であり、
しかし、アンピプテラを駆る「翼蛇騎士」となれば話はまったく別だった。
翼蛇騎士とは他の飛空騎士と違い――基本的に非魔導師の騎手によって構成される部隊なのだ。
この世界においては魔法を使えない非魔導師の貴族は軍門において影響力が少なく、大体は営門少佐がせいぜいに過ぎない存在だ。
かわりとばかりに宮廷政治に明け暮れているのだが……そんな彼らがわざわざ中央の影響力がとぼしい地方の田舎領主に直接乗り込んでくるなど、滅多にあることではなかった。
(中央からの急報? それとも……何かの事件?)
抑えきれぬ好奇心を胸に、エミリーは謹慎中であることも忘れ城へと向かって駆け出していた。
収容チューブ (TL9) (Containment Tubes)
巨大な垂直の試薬管のような形状をしており、大人が立って入れる大きさがあります。
架台部には生命維持装置と強力な真空ポンプが内蔵されています。
人間サイズの標本を収容するために用いられます。超科学者の研究所には、捕らえたスーパーヒーローや実験体を閉じ込めるために、これが数基は置いてあるはずです!
チューブは密閉されていますが、内部の空気を再循環させる外部エアコンに接続されています。
また、ポンプで内部の空気を排出し、30秒で真空にすることも可能です。
チューブにはキャニスターを取り付けることができ、ガスや液体(睡眠ガス、神経ガス、病原菌、プロテウス・ウイルスなど)を注入したり、異なる大気状態を維持したりできます。
チューブ内を満たすのに適したガスキャニスター(どのようなガスや薬剤であれ5回分が必要)は重量5ポンド、300ドルです。100回分のガスを保持できます。
チューブへの出入りは透明なスライドドアで行われ、チューブの一部がスライドして開きます。
ドアの鍵はチューブの内側から開ける(鍵開けする)ことはできません。
ドアの開閉や生命維持の制御は、架台のコントロール部または外部の計算機端末から行います。
収容チューブ本体はプレキシガラス状の素材で作られており、DR30、HP55です(「脆弱/脆い」特性も持ちます)。
より高いTLではDRが増加します:TL10でDR45、TL11でDR60、TL12でDR90。
収容チューブ1基につき20,000ドル、400ポンド、LC4。建物の電力で動作します。
コストを2倍にすると収容チューブのDRは2倍になり、コストを4倍にするとDRは3倍になります。
人間より大きい存在のための収容チューブも可能です。
平均的な人間と比較した重量比を、コスト、重量、容積、必要電力に乗算してください。
成長タンク、強制成長タンク、クロノ・ウーム(時間胎盤)には、収容チューブの機能を装備できます。
成長タンクや胎盤の重量、コスト、容積に、チューブの重量、コスト、容積の半分を加算してください。これは危険な存在を育成する際に役立ちます。