夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
……八十という齢を重ねたその男は、頭上に豊かな白髪を戴き、顎には整えられた髭を蓄えている。
身に纏うローブも、手に握る杖も、すべてを深い黒で覆い尽くしていたが、その佇まいには老いを感じさせる陰りは一切なかった。
五フィート七インチばかりの背丈と無駄なく鍛え上げられた体躯。
不自然なほどに溢れ出す生命力は、彼が探求する生命の原理そのものが身に宿っているからかもしれない。
彼と対峙する者は否応なく悟ることになる。
目の前にいるのは確かに健康な人間でありながら、すでに人間という枠組みを超えた異質な何かへと変貌を遂げつつあるのだと……
――リベール王国 ティルヴォ森――
「……《清掃》」
オクタヴィウスは短く呟き、長年愛用している黒檀の杖を軽やかに一振りした。
次の瞬間、鬱蒼とした森の中をなりふり構わず逃走したせいで泥と腐葉土まみれになっていた彼の高級なシルクのローブや、つま先まで泥をかぶっていた革ブーツがまるで今朝あつらえたばかりの新品のようにぴかぴかと光沢を取り戻した。
「ふん、狼は全部マガへ溶けて消えたか。残ってれば錬金術の材料にはなったろうに」
「残ってたら奴らが森のダンジョンの外で長く居座ってたことになるだろうが。どんだけここらの領主は無能なんだ?」
「ええい一々口うるさい小僧め。言われんでもわかっておるわ!」
アルフレッドの言葉が気に障ったのか、オクタヴィウスは眉間に深いシワを寄せてぶんぶんと目の前で杖を振ってあからさまな不機嫌を顕わにした。
「わかった、わかったよじいさん。俺が悪かったからそうへそを曲げないでくれよ。ほら、さっさと村に向かおうぜ。いつまでもこんな薄暗い森で突っ立ってても仕方ないだろ」
「はー? いつ俺がへそを曲げたなどと抜かすか! 勝手な憶測で人を……」
「わかったって! 行こうぜジジイ!」
「人の話を聞かんかクソガキ!」
これ以上この頑固老人とやり合っても時間の無駄だと踏んだアルフレッドは、ひょいと両肩をすくめると、生い茂る草むらを大雑把に手で押し分けて歩き出した。
「おい待て小僧! せっかく服を綺麗にした直後に草露を撒き散らすな! 泥が飛ぶだろうが!」
オクタヴィウスは苛立ち混じりに杖を振り、自身の周囲に薄い魔術障壁を張り直すと草露を弾きながら渋々といった重い足取りでその後を追う。
頭上の大木から差し込む木漏れ日が、オクタヴィウスの先頭を行く少年の短い髪を金色に眩しく照らし出していた。
広大なティルヴォ森は、リベール王国と北方のヴェンティスカの都市との国境付近に広がる、豊富なマガに満ちた原生林だ。
ここではマガの影響で時空すら歪み、実際の地図上の面積以上に果てしなく広い領域が広がっている。
怪異な動植物や貴重な薬草が群生し、空間が異界化したこのような場所は、俗に「ダンジョン」と呼ばれていた。
二人はそれぞれこの森の素材を求めてやってきて、麓の村を目指す道中で奇妙な同行者となったのだ。
「村への近道と思って森を突っ切ったのは失敗だったと思うかじいさん? 俺ぁこれ以上ない正解だったと思ってるぜ」
「……フン」
「じいさんは学院のオクタヴィウス教授だろ? 家の叔父さんが言ってたぜ、『先生は偏屈だけど腕は良い魔導師だった』ってさ」
オクタヴィウスの眉がぴくりと動いた。
「……アルジャーノンか。奴は不出来な生徒だった。書物をめくるより、場末の連れ込み宿の酒場で踊り子の腰布をめくるのに熱心な大馬鹿者であった。俺の四十年の教職人生で受け持った生徒のうち、初の留年生となるかハラハラさせられたぞ。……で、小僧、お前は誰だ?」
「へえ! どうして俺がアルジャーノン叔父さんの話をしてるって分かったんだ?」
「アルジャーノンらスミスの一族は、陽光を抱き込んだような鮮やかな金髪が特徴だからな。リベールではブラウンやジンジャーばかりでブロンドなど滅多におらん。特に小僧のようなゴールデンブロンドは珍しい。……それに、へらへらした顔の輪郭がそっくりだ」
オクタヴィウスの観察眼に、アルフレッドは素直に感心したように頷く。
「いやあ、流石は元教授様だな。参ったよ。俺はアルフレッド スミス。アルジャーノン叔父さんの甥っ子さ」
「アルフレッドか。挨拶はいいから前を向け。足を止めるな。日が暮れる前にこの忌々しい森を抜けたい」
「へいへい、分かりましたよ教授殿」
ニシシと笑いながらアルフレッドは再び前を向き、勢いよく草むらを掻き分けて進む。
会話が途切れ、森の中に二人の足音と、遠くで鳴く小鳥の声だけが響くようになった。
オクタヴィウスは前を行く少年の後姿を見つめながら、かつての記憶を反芻していた。
アルジャーノン スミス。
あまり他人に執着しないオクタヴィウスにとっても、悪夢のように記憶に焼き付いている男だった。
授業の遅刻や課題の期限遅れは日常茶飯事。
実技試験では型破りという言葉では済まされない危険な魔法の使い方をして、実験室の厚い石壁を吹き飛ばしたことも一度や二度の話ではない。
挙げ句の果てには自分の酒代をオクタヴィウスの研究室にツケにして回すという暴挙に出た。
厳格なオクタヴィウスの教職人生において、唯一停学処分を食らわせた伝説の落第生であったのだ。
(……あの落第生をまた思い出すことになるとはな)
オクタヴィウスはアルフレッドの後ろで一人ため息をついた。
――リベール王国 ティルヴォ村――
二人はこれ以上のトラブルもなくティルヴォ村についた。
森で狼から逃げ回っていたため一刻も早く、もう宿にでも腰を下ろしたい気持ちでいっぱいだった。
魔導師にとっては周囲のマガからエネルギーを引き出し、活力を回復することなど簡単なことであったが、こればかりは気持ちの問題でありどうにもならない。
二人は口数を減らし、足早に宿へと向かう。
傾いた陽が、あたり一面を赤々とした夕焼けで染め上げていた。
ティルヴォ村は、低い丘の斜面に張り付くようにして家々が密集していた。
丘の頂点には、強固な城壁に囲まれた百フィートほどの塔がそびえ立っている。
しかし、一見してここが寂れた村であることは明白だった。
一般的な農村に見られるような活気とは完全に切り離されている。
ここら一帯は王国辺境の荒涼とした地域であり、人の往来も少ない半ば孤立した集落が点在する地域であった。
すぐ北にはヴェンティスカ帝国との国境があり、帝国のノルトマルク州との交易のほうが王国とのそれよりも多いほど、王国の中央からは遠く離れた地とみられていた。
ティルヴォから北へ少し行ったところに領地を持つアンドレ卿などは、以前わざわざ王都まで出向いてきた際、『中央からの知らせなど、ここ十年届いておらん!』と苦々しく愚痴をこぼしていた。
シーズンにも顔を出さないほど社交を億劫に感じるあの男が、激怒してわざわざ王都まで足を運ぶ羽目になるほど宮廷から目を向けられぬ土地だったのだ。
当時オクタヴィウスは『お前が普段から議会に出ぬほどの出不精だからだろう』と冷ややかに返したものだが、実際に足を運んでみれば確かに頷ける荒涼ぶりだった。
「陰気臭い村だな……。なんでこんなに閑散としているんだ?」
周りを見渡しながら呟くアルフレッドに、オクタヴィウスは苛立たしげに鼻を鳴らした。
「無駄口を叩く暇があるなら宿を探せ、アルフレッド。お前が『近道だ』などと抜かして森へ引きずり込んだせいで無駄な労力を使ったのだからな」
「わかってるって! ほら、あそこに見える看板が宿屋だろ」
アルフレッドが指さした先に、宿であるエール亭があった。
五階建ての、土地階が食堂兼酒場、一階以上が客室となっている旅籠である。
二人は入り口をくぐると、店主に部屋を確保するように言って、そのまま酒場へと向かい、空いているテーブル席に腰を下ろした。
とにかく何か温かいものを口にしたい気分なのだ。
女中に注文を伝え、運ばれてきた食事にさっそく手を付ける。
ウサギ肉のシチュー、グリーンピースのバター煮、白パン、チーズ、そして芳醇な雪葡萄のワインを喉に流し込む。
アルフレッドがさらにワインのおかわりを頼もうと給仕を呼びかけた瞬間、向かいのオクタヴィウスからの無言の圧が突き刺さった。
冷ややかな眼力に射抜かれ、アルフレッドの手がぴたりと止まる。
「なんだよ、食いもんくらい好きにさせてくれよ」
「阿呆が。酒でゆであがった頭で物を考える気なのか小僧。これからの森での採集計画を詰めるというから席まで付き合ってやったのだぞ」
「んなもん、明日になったらここの領主を訪ねて、許可と手伝いの人夫をもらえば済む話だろ」
「……何も調べずにここまで来たのか、お前は?」
オクタヴィウスは呆れたように深いため息をつくと、手元の杖をせわしなく弄りながら苛立ちを隠さずに続けた。
「ここは王領直轄のティルヴォだ。いるのは王宮から派遣された代官と数人の役人だけ。領主貴族でもなければ魔導師でもない。俺たちの役に立つような代物ではないわ」
「いやいや、さすがにそれは役人を舐めすぎだって。代官っつうことは王から領主権を委任されてここにいるってことだぞ? ちょっとした採集許可と、手伝いの人夫を数人手配してもらうくらい、朝飯前だろ」
「ふん……代官なんぞ年貢を絞り上げる以外には大した権能もないただの文官だ。王の威光も届かぬこの忘れ去られた王領で、あのような手合いが威勢よく村人を動かせるなどと思わぬことだな。期待するだけ無駄だ」
「えー……」
そう吐き捨てたオクタヴィウスは、それきり冷めたスープに視線を落として不機嫌な面持ちのまま黙り込んでしまう。
「なんだよもう。……女中さん! 俺チョコレート飲みたいんだけど」
アルフレッドはオクタヴィウスの口を開かせることを諦め、代わりに甘いものを求めて声をかけた。
だが、頼まれた女中は怪訝な顔で首を振るだけだ。
都市のカフェで出されるようなハイカラな代物が、この王国辺境のひなびた村にあるはずもない。
「……あるわけないだろうが、そんなもの」
オクタヴィウスの二度目のため息が、賑わいのない酒場に虚しく響いた。
人工配偶子形成(Artificial Sex Cell Production)(TL9)
患者が生存可能な配偶子を産生できないことが不妊の原因である場合、クローン技術が救いとなります。
一人の親のDNAを用いて胚のクローンを作成するのではなく、この手法では成体細胞から親のDNAの半分を含む「単相(半数体)配偶子」を精製します。
これをパートナーからの通常の配偶子(または別の人工生成配偶子)と結合させることで、受精卵(接合体)を形成します。
この方法により、通常であれば不妊である個人も、パートナーの遺伝子と自身の遺伝子を組み合わせるという「性的生殖」を行うことが可能になります。
多くの人々は、これをクローン作成という選択肢よりも自然なものと捉えるでしょう。
この手順を実施する場合、体外受精(IVF)治療の費用は2倍になります。
代替DNA混合(Alternative DNA Mixing)(TL9)
「僕には一人目のお父さんのヘーゼル色の目と、二人目のお父さんの赤い髪がある。でも、僕の方向感覚は遺伝子バンクから買い取ったものなんだ」――チャンス・マッキントッシュ
同性パートナー同士であっても、遺伝子工学を利用して互いの遺伝物質を融合させることができます。
女性同士の場合、男性を一切関与させる必要はありません。
男性同士の場合は女性の卵子ドナーが必要となりますが、卵子の核にある遺伝物質を取り除き、男性パートナーたちから抽出した遺伝物質と置き換えることができます。
関与する男性たちがミトコンドリアDNAも提供することが重要である場合、ドナー卵子は母系の親族(母親、母方の祖母などから母系で継承した人物は全員同じミトコンドリアDNAを共有します)から提供を受けることができます。
同性パートナーの遺伝物質を接合する処理には追加で10,000ドルがかかり、1週間を要します。
費用はTL10で半額になり、TL11以降でさらに半額になります。
TL9では、最大46人(人間の染色体数)までのパートナーのDNAを1つの受精卵に融合させることも可能です。
これには、各提供者のDNAから特定の染色体を選択して、1つの完全なゲノムを形成する作業が含まれます。
子供は複数の親のそれぞれから一部の特徴を継承することになります。
TL10までに、任意の数の親から個々の遺伝子(染色体の一部)を融合できるようになります。
これらは、特定の遺伝的特徴を意図的に選択することも、ランダムに選択することも可能です。
またTL10では、男性の親がドナー卵子のミトコンドリアDNAを自分自身のものと置き換えることが可能になります。
最終的にTL11では、ネオジェネシス(新生)(p.27)に似た技術を通じて、ドナー卵子すら必要とせずに生存可能な胚を発生させることができ、男性は女性を完全に必要としなくなります。