夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
いまやリベール王国は魔道ラジオの世であった。
都市の裕福な市民の邸宅にはもちろんのこと、貧しい農村にあってもヴィレッジ・ホールに一つは必ず大型の魔道ラジオが鎮座している時代である。
もっとも、その放送内容はお世辞にも娯楽性に富んでいるとはとてもではないが言えなかった。
耳を傾ければ誰もが退屈そうに欠伸を噛み殺すような、お堅い政府発表や国政ニュースが主で、あとはせいぜいが窮屈な教養番組がたまにはあるかもしれないという程度のものであった。
地方の貴族領においては、領主の気まぐれやアイデア次第で趣向を凝らした娯楽番組が流れることもあったが、それらは他領へ漏れ出さぬよう意図的に受信感度が絞られていたため、大多数の者からすればやはり関係がなかった。
だがそれでも、これまで魔法の恩恵からはいささか距離があった今までの庶民からすれば魔道ラジオから流れる音声は途方もない革新であり、画期的な物であることは間違いなかった。
彼らは確かに、自らの世界がぐっと縮まったような高揚を覚えていたのである。
――リベール王国 王都イースリー 宰相府――
「今年の租税収支は、極めて順調に推移しております。特に農産物の生産状態は極めて良好で、前年度比で三パーセントの上昇となりました。グリーンウッド宰相」
広々とした宰相執務室のなか。
羊毛紙の報告書をめくる大蔵大臣レッドヒルの声は、実に淡々としたものであった。
王国の宰相ローワン・グリーンウッドは、苦い虫を潰したような表情で前宰相でもある老大臣を睨みつけた。
「……順調だと? 大蔵大臣、君は私に対して他に何か報告すべき大事な件がないというのかね?」
絞り出すようなローワンの問いかけに対し、レッドヒルはさも今思い出したかのようにポンと手を叩いて言葉を出した。
「ああ、失念しておりました。来年度からの増収を目指して推進している王国営塩工場の改善活動も、ようやくの事めどが立ちました。これによって千フィート四方におよぶあの大工場は、年間十五万トンの生産能力を十全に発揮できるでしょう。来月の工場の起工式には宰相閣下にも御出席願いたいとの主税局局長から要請がありましたので対応してください。専売事業課が血道あげてのぞんだ事業ですので是非とも親愛なる宰相殿に、その手で華々しくテープをカットしていただきたいと現場も熱望しておりますよ」
レッドヒルは白髭を優雅にしごきながら、さも誇らしげに言葉を重ねる。
「残る課題は貴族たちとの価格競争ですが、改修による効率的な生産規模の拡大、ひいては運用コストの希薄化によって我らが絶対的な優位に立つものと確信しております」
「そんな話を聞いているのではない!」
ローワンは我慢の限界に達したように、激しく拳を叩きつけた。
ローワンが私物として運び込んだマホガニーの机が大きな音を立ててゆれ、書類の山が崩れていった。
「レッドヒル大臣は今年の租税徴収に何の問題もなかったと、本気でそう思っているのか?!」
「……はて? 宰相閣下は一体何をご懸念なのでしょうか?」
白々しく首を傾げる老大臣の態度に、ついにローワンの額に青筋が浮かびはじめた。
「ティルヴォのはねっかえりを忘れたとは言わさんぞ!」
「ああ……」
ローワンに言われてようやくレッドヒルは思い当たったように小さく手を打ってみせたが、その瞳の奥には冷ややかな笑みが隠されずに浮かんでいた。
「確かにティルヴォからの税は来ていませんが……取るものがないのなら仕方がないのでは? 生け簀に魚がいないのなら、いくら釣針を垂れても釣れないのと同じですよ。払えないのなら税の延滞が認められる規定も確かに存在するでしょう?」
「あんなもの、代官の嘘だと目に見えているではないか! もし本当に民が困窮して税が納められないというのなら、なぜ肝心かなめの農民からの租税免除の願いが来ていないのだ! 毎年徴税期には各地の代官郡代から蜂の巣をつついたように、御用便を使って農民からの減免を求める請願が回されてくるというのに!」
「まあ……そういう奇妙なことも、たまにはあるのではございませんか?」
どこまでも暖簾に腕押しの対応を貫くレッドヒル大臣に、ローワンはたまらず椅子から立ち上がり、怒りを露わにした。
「他人事が過ぎるのではないかね大蔵大臣殿! 林奉行からも問題だと声があがっているのだぞ! あの代官はティルヴォ森の官林であるダンジョン産の銘木の伐採をしておらず、再三の改善要求にも頬かむりを決めているとな! それも三年にわたってだ!」
「それにつきましても、鋭意調査中ですので……今しばらくはお待ちください」
「本当に調査しているのか! 今の今までなんの進捗も見られないぞ!」
「いやはや、ティルヴォはいささか王都から遠いようで……勘定吟味役も多忙で手が回らない様子で、なかなか現地へ人員を派遣する手が回らないのが実情でしてね」
「大臣が言ったことだぞ! 勘定吟味役に調査をさせろと言ったのは! 私は検非違使か目付を出すと言ったのに!」
ローワンの度重なる追求に対し、レッドヒルは緩やかに首を横に振った。
「お言葉ですが宰相閣下、少々勘違いをなさっておられるようですね。……代官の能否は勘定吟味役の職責のうち。それを差し置いてそのような方々を出すのは牛刀を持って鶏を割くようなものでございます。宰相が役人の縄張りを荒らすような真似をしては、みな感心しないことでしょう」
「貴様が私の悪評をばらまくからか?!」
ついに抑えきれなくなったローワンの悲痛な叫びが、広大な執務室に空しく響き渡る。
「はて、一体何のお話でしょうか? いくら政争の末に宰相の座を退かされたからといって、そのような見苦しい逆恨みをこの私がするとお思いで? 宰相ともあろうお方があまりに軽薄な中傷を口にされるのは、外聞がよろしくございませんな」
レッドヒルは冷ややかな視線で若き宰相を見据えた。
「……どうやら宰相閣下は、本日は少々お機嫌が優れないご様子。私のような老骨は、これで下がらせていただきます。それでは、御免」
レッドヒルが去っていく後ろ姿を、ローワンは目を血走らせて見送った。
「おのれ。覚えておけレッドヒル。いつまでも貴様のような老いぼれが宮廷でいい顔を出来ると思うなよ」
グリーンウッドがこぼした怨嗟は、幸いなことに誰の耳にも入らずに消えた。
――リベール王国 ティルヴォ村――
「お偉いさんはそういって今度のことも政争の具にしちまう。だが、いくら上司に触るなと言われても、美味そうなヤマが見えたら首を突っ込みたくなるのが人情ってもんだろ?」
「知ったことか」
オクタヴィウスは冷ややかにそう吐き捨てた。
今、オクタヴィウスの目の前の床で縄を打たれ、ぐるぐると簀巻きにされている若者の名前はハンフリー ペイジ。
グリーンウッド宰相がしびれを切らし、レッドヒルの目を盗んで密かに現地調査の手として送り込んだ吟味役下役である。
「ならなんで俺を簀巻きにしたんだよ! 話を聞くためじゃないのか?!」
「貴様が周りをうろちょろしているからだ。目障りなハエがぶんぶんと動いていたら、手で叩き潰したくならないのかお前は」
「俺はハエかい! 政府の役人を虫扱いとはさすが
皮肉たっぷりにハンフリーは叫んだ。
ハンフリーは大蔵大臣に直属する勘定吟味役の配下にあるしがない下級役人に過ぎなかったが、レッドヒル大臣が主導する不服従の政争と不毛な派閥争いには前々から嫌気がさしていた。
そこへグリーンウッドから吟味方改役並への昇進をちらつかせられ、それに乗ったことでティルヴォ村へやってきたのだ。
現地に着くとロジャー リーヴ代官の「民が困窮して税が納められない」という主張が真っ赤な嘘であることなど立ちどころに判明した。
これで証拠は揃ったとすぐに王都へ引き返そうとしたのだが、田舎の寂れた村に似合わぬ気立てのいい仕立ての絹の服を着て歩く、魔導師と見られるオクタヴィウスたちを見つけたのが彼の運の尽きだった。
興味本位でオクタヴィウスのことを聞きまわる姿はしっかりと村に放たれていた二人の使い魔の目に捉えられ、あえなく御用となったのだった。
「くそっ、やっぱりあの村の門前にいた野良猫だな?! 俺をずっと追いかけてるような気がしておかしいと思ってたんだ!」
「……阿呆が、あれは文字通りただの野良猫だ。サッダは猫ではない。ここでいくらか調達した即席の使い魔もただのドブネズミだ。貴様は目の代わりにガラス玉でも詰めているのか」
「んなバカな!」
「あれほどわかりやすくサッダが貴様を付け回していたというのに、まったく気づかぬとはな」
オクタヴィウスは心底呆れたとため息をついた。
「んなことはどうでもいい!」
ハンフリーは必死に体を揺すりながら食ってかかる。
「用がないなら俺を開放してくれ! 言えることは全部言っただろ! 俺には王都へ戻って宰相閣下に報告する大仕事が待ってるんだ! これが成功すれば俺は改役並なんだよ!」
「そんなことは知ったことではない。まあ、折角なのだから最後まで付き合え」
「はぁぁぁ?! 付き合えって、何をだよ!」
「クソ代官の身柄。お前が手土産として王都へ持って帰るがいい」
オクタヴィウスの口元が薄暗い部屋の中で冷酷な笑みを描き、ハンフリーは白目をむいた。
育成タンク(Growth Tank)(TL9)
通常の育成タンクは、人間の赤ん坊の大きさまでの単一の生物を1体育成するのに使用できます。
より大きな育成タンクの場合、重量と価格は10ポンドの赤ん坊に対するその生物の重量比に応じて乗算します。
例えば、100ポンドの子馬用の育成タンクは、価格も重量も10倍になります。
10トンの恐竜を成体まで育てるには、通常の2,000倍の大きさのタンクが必要となります。
人間の赤ん坊用のタンク:$10,000、10ポンド、LC3。