夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
――リベール王国 王都イースリー 王城内 勘定吟味役室――
ガチャン、ジジジ……と、武骨な真鍮製のレバーが下ろされ、歯車が噛み合う機械音が部屋中に響き渡っている。
長机にずらりと並べられた機械式計算機の前で、何人もの同役がレバーを上へ下へと忙しなく動かしていた。
入力された数値を手元で確認しては横のハンドルを勢いよく回転させ、膨大な租税と帳簿の計算の調査閲読をこなしていく。
その一隅で、吟味役下役であるハンフリー ペイジは、壁に固定された魔電話の呼び出し音を前にただひとり立ち尽くしていた。
黒塗りの魔電話が、まるで命を持った虫のようにけたたましくジリリリと鳴り続けている。
あまりにも動こうとしないで、ハンフリーが電話の前で立ち尽くす様子に近くの吟味役下役が「さっさと諦めろよ」と言わんばかりの冷ややかな視線を投げかけた。
それでもなお金縛りに遭ったように固まっているハンフリーを見かねたのか、同役は舌打ちをひとつ漏らすと自ら受話器を取った。
「勘定吟味役室です」
瞬間、同役は苦虫を嚙み潰したようになった。
「ハンフリー、ローワンから、宰相の直通電話だ」
受話器から漏れ出す声の主が予想通りの人物だったと理解した同役はハンフリーに受話器を突き出した。
「……ああ」
ハンフリー ペイジは家禄三十ポンドを世襲する下級士族の家系であった。
三十四代にわたって王家に仕えてきた士族にしては歴史だけ無駄に長い家の現家長である。
同心として十年のあいだ全く芽が出ない地味な役人生活を送っていたが、昨年のこと、二十七歳にしてようやく吟味役下役へと引き立てられたばかりだった。
吟味役下役は勘定吟味役の支配下であり、勘定吟味役は大蔵省の、特に勘定奉行支配の各役の監察を任務としている。
そのなかで吟味役下役は吟味方改役並の令によって大蔵省の文書を調査、各役人の探偵をしていた。
「おぬしの上役は、……たしか御代官証文改め係であったな」
「言うな」
同役の憐みのこもった声にハンフリーは拒絶を見せた。
受話器を耳に当てるまでもなく、宰相からの要件など痛いほどよく分かっていたからだ。
御代官証文改め係とは地方の代官から提出される帳簿や証文を精査し、過去の諸式登録帳場と突き合わせるのが主たる業務だ。
しかし時には、不正を働く代官の調査、罷免、さらには逮捕の手配まで他部署に代わって代行することすらある。
勘定吟味役の支配の中で特に監察の色が濃い係であり、そしてその御代官証文改め係の役人を今の時期に宰相が必要とする事柄など、王宮の人間なら誰でもわかることであった。
「ローワンの奴、遂に堪忍袋の緒が切れたか。……はあ、あのど田舎代官の件だろうが……、あのクソ代官は大馬鹿者だ、破滅するなら勝手にしやがれってんだ。よりにもよって俺ら吟味役を巻き込む方法を取るなんて……」
心底この件に関わりたくないと頭を抱え、いっそこの魔電話のコードを引き抜いてしまいたい衝動に駆られたハンフリーだったが、そんなことができるはずもなく諦めて受話器を耳に当てた。
「御代官証文改め係です」
受話器に触れた瞬間、耳の鼓膜を破らんばかりの大声が弾けた。
「ハンフリー! 貴様どうなってる、バカヤロー! いつになったら仕事をするんだ!」
あまりの音量に受話器を少し耳から遠ざけ、ハンフリーは空いていた手で額を押さえて天を仰いだ。
「宰相閣下、一体何の御用でしょう」
言葉の端々に、思わず隠しきれない冷めた感情が滲み出る。
ローワン グリーンウッド。
今は宰相として廷臣の頂点になっているが、もとは大蔵省の下級官吏に過ぎず、ハンフリーとは王軍経理学校以来の付き合いである。
現在のグリーンウッド宰相は大蔵大臣であるレッドヒル率いる旧臣派の猛烈な足の引っ張りに遭い、ありとあらゆる政治の権限を骨抜きにされていた。
だが、勘定方の役人にはグリーンウッドの王軍経理学校時代の同期が多く存在していた。
グリーンウッドが大蔵大臣の抵抗にあってなお数少ない宰相の影響力を行使できる数少ない領域であった。
逆に言えば、同期の縁を頼れないのであれば、特に反抗をしていない(だからといって積極的に協力する気もない)領域にすらまともに権を振るえないのがグリーンウッドの限界であった。
本来は各大臣に直轄している勘定吟味役のただの下僚に過ぎない、それも下っ端である吟味役下役のハンフリーに直接連絡をしているあたりにグリーンウッドの実際の権勢が大したものでないことを如実に表していた。
「なんの御用だと?! この多忙な時期に宰相自ら動くような案件が他に幾つあると思うんだ! ティルヴォ村の徴税問題はいつになったら正常化するんだコノヤロー! 現場の怠慢だぞ! そんなんだからお前は経理学校の卒業試験で二浪なんてやらかすんだ!」
(これは、相当頭にきているな)
魔電話の向こうから容赦なく浴びせられるグリーンウッドの罵倒が続くなか、ハンフリーはもはや反論する気力もなく閉口した。
「お前! いつまでも呑気出来ると思うなよ! 勘定吟味役が多忙なんていつまで先送りにするつもりだ!」
「……ああ、大臣か……」
「ハンフリー! 今すぐ宰相府までこい!」
ハンフリーはグリーンウッドの機嫌を逆なでしたのが大蔵大臣であるレッドヒルのタヌキ寝入りだと感づいたがどうしようもない。
二人の政治闘争のしわ寄せが、めぐりめぐって末端の自分へ跳ね返ってきているのだ。
「わかりました。すぐに参ります」
ハンフリーは受話器を置くと、すぐに勘定吟味役室のドアを開けて廊下に出る。
「いくら腹が立つからといって、同期の俺を八つ当たりに使われてちゃたまらん」
廊下を歩きながらの愚痴は止まらなかったが、さすがに宰相にまでなったグリーンウッドの呼び出しを無視することは出来ない。
いや、正確には無視は出来る。
勘定吟味役はあくまでも各々の大臣に直轄している役であり、宰相に口を出されるいわれはないからだ。
大臣からならそれがまるで関係の無い、例えば陸軍大臣や外務大臣、はては宮内大臣だろうが呼ばれたならばいかなければならないが、宰相には何を言われようが従わなくても何の問題もない。
だからといって、宮中職の頂点である宰相を無下にする度胸など役人にあるはずもないので実際には従うのだが。
だが、今のグリーンウッドは何もできない存在、本来は無視すべき相手だ。
(結局、話を聞きに行くあたり。俺って甘いなあ……)
まあ、同期の頼みだ仕方ないと、ハンフリーは区切りをつけた。
それ以上の文句を口の中で飲み込むと、ハンフリーは足早に宰相府を目指して王城の回廊を走り出す。
――もしハンフリーがこの先の顛末を知りえたのならば、頑として呼び出しに応じることはなかっただろう。
この宰相府への呼び出しが結果的にハンフリーをティルヴォ村で、はた迷惑な老魔導師オクタヴィウスとめぐり合わせ、長年にわたって彼から無茶振りをされることとなるのだから。
急速育成タンク(FORCED-GROWTH TANKS)
これらは、内部の生物に害を与えることなく、その発育を劇的に加速させる機能を備えた育成タンクです。
現時点では、このようなことが可能かどうかすら不透明であるため、急速育成タンクは超科学として扱われます。
GMは、この技術がどのTLで利用可能になるか(あるいは一切利用不可能とするか)を決定しなければなりません。
急速育成タンクがなければ、人間が成体に達するまでに時間がかかるため、クローン作成の劇的な可能性の多くは無意味なものとなります。
急速育成タンクを用いれば、誰かから細胞サンプルを採取し、クローンを作成して成体まで、あるいは細胞ドナーと同じ年齢まで急速育成することが可能となり、実質的にクローンの替え玉(ダブル)の作成が可能になります。
また、クローン人間や遺伝子改変された人間の軍隊を大量生産することも可能です。
急速育成タンクは成人サイズの育成タンクに似ていますが、内部の生物がはるかに迅速に発達する点が異なります。
標準的な急速育成タンクは、細胞から子宮外で生存可能な赤ん坊へと人間を成熟させるのに最低3週間を要します。
タンクから取り出さなければ、成長はさらに急速なペースへと加速され、生物が25歳に達するまで、1日あたり生理学的に1年以上成長します。
急速育成プロセスは停止させることができ、通常の育成タンク内と同様に正常な方法で成長させることができます。
一度停止させると、生物を死に至らしめることなく再始動することはできません。
あるいは、人工睡眠プロセスを用いて生物を安定化させ、タンク内に留まる限り、意識のない状態で希望の生理的年齢に維持することも可能です。
急速育成されている間、本人の意識はありません。
急速育成タンクから目覚めたばかりの人物は白紙状態であり、記憶や技能を一切持ちません。
急速育成タンク(TL^)
急速育成タンクの価格は育成タンクの10倍、重量は2倍になります。
標準的なタンクで$100,000、20ポンド。LC2。