夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話   作:カーキtrpg

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 実は今世の主人公の両親は記憶はないですが転生前と同じ人物です、邪神が気を利かせた形ですね。
 (両親が死んだ後に転生後の世界に主人公より先に放り込んだ)

小説の構成を考えて描写から削除してしまったのですが、主人公の通っている学校は私服OKです。


第一話

 「……はぁ」

 

 俺は思わずため息をついた。

 転生してから早くも13年。中学生となった俺は、相変わらず登校したばかりの教室で無聊をかこっていた。

 窓際の一番奥、――いわゆる主人公席に深く腰掛け、教室のあちこちで弾けるクラスメイトたちの声を、他人事のように耳に入れている。

 

 「貞久くん。折角の会話中にそんなため息をつかれると僕でも少しは傷つくんだけど」

 

 そう俺に声をかけてくる幼馴染に対してこちらも口を開いた。

 

 「そうは言ってもな……」

 

 俺は机に頬杖をついたまま、ちらりと隣の席を見る。

 

 「縫殿頭(ぬいのかみ)殿の、あまりにも中身のない近況報告を毎朝毎朝聞かされる俺の身にもなってくれ」

 

 そう言い切った瞬間、場の空気が一瞬で凍りついた。

 俺の言葉を聞いた瞬間、目の前の幼馴染は顔を派手に歪め、スカートの裾を翻して、ためらいなく俺の脛を蹴り上げてくる。

 

 「誰が縫殿頭だって!?僕の名前は、縫殿 虚華(ぬい うつばな)だって何度も言ってるだろ!」

 

 鋭い痛みが走る。

 だが、慣れている、もはや様式美だ。

 

 「まったく、君は本当に学習能力というものがないのかい!」

 

 そう声を荒げ、俺の脛をブーツの先で何度も蹴りつけながら怒りで小刻みに全身が震えているこいつ――縫殿 虚華。

 幼稚園からの付き合いで、小学校六年間、そして中学でもなぜか同じクラスという、筋金入りの腐れ縁だ。

 整った顔立ち、夜の帳すらも切り裂くだろう見事な銀髪。

 腰まで届くそれは、陽光を浴びれば真珠のように柔らかな光を放つ。

 まるで世界から浮いているようなどこか淡い透明感を纏った少女。

 初見では大人しそう、上品そうと誤解されがちだが、実態は感情の起伏が激しく気に障ると容赦なく暴力に訴える危険人物だ。

 

 「はいはい、縫殿 虚華ね、覚えましたよ」

 「なに、その面倒くさそうな態度は、それが可愛い幼馴染に対してかける言葉なのかい!」

 

 虚華は頬を膨らませ、腰に両手をあてると、その整った顔をずいと俺の顔まで寄せてきた。

 距離が近い、近すぎる。

 彼女の意志の強さを感じさせる切れ長の瞳に映る自分の顔が、滑稽なほどよく見える。

 怒りで逆立った銀髪から、俺は獲物を追い詰める銀色の野獣の姿を幻視した。

 

 「可愛い幼馴染?はて、そんな存在にはとんと心当たりがないのだが誰のことだ?」

 

 俺はこいつの戯言を鼻で笑い飛ばしたが、虚華の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていくのを見て、流石にからかいすぎたのを悟った。

 

 「ひぃさぁぁひぃぃぃでぇぇぇぇッ!」

 

 腹の奥の底から絞り出すような、ほとんど呪詛に近い呼び声。

 最早我慢が効かないのか、机に立てかけてあった黒い長杖を手に取り、怒りのままに振りかぶる。

 凶器を振りかぶる虚華の姿と、その異様な声の響きに、視界の端でクラスの連中が「またか」と言いたげにこちらを振り返るのが見えた。

 だが、一人として止めに入らない。

 慣れているのだろう、俺にも、虚華にも、この光景すらも。

 俺は諦観とともにこの後のことを考える。

 (これは、機嫌を直すのに相当な時間がかかるな……)

 そう心の中で呟きながら、俺はそっと窓の外へ視線を逃がした。

 青く澄んだ空。

 穏やかすぎるほどの平和な朝。

 

 この平穏で、騒がしい日常の裏側に、いつ、神話的恐怖(刺激)が顔を出すのか。

 それを心のどこかで待ちわびている自分を確かに自覚しながら。

 

 

 

 放課後。

 チャイムの音とともに、教室の様子が変わる。

 部活へ向かう者、帰り道で寄り道を企てる者、家路を急ぐ帰宅部。

 朝とは違う種類のざわめきが、波のように廊下へと流れ出していった。

 

 「貞久くん、今日は僕が一人で小学校に迎えに行くから」

 

 虚華は珍しくそんなことを言いだした。

 いつもは俺から離れないために、引きずってでも一緒に連れてかれるのだが。

 

 「そうか、頼んだ」

 

 わざわざ疑問を口に出して気が変わられても面倒だ、貧乏くじを引いてくれるというのならば、やってもらうだけだ。

 ついでにそのまま俺の元に戻ってこないようにとの願望を隠した提案をする。

 

 「せっかくだから二人で遊んで来いよ」

 

 まず首を縦に振らないだろうと思った提案に虚華は意外にも乗り気なようだ。

 

 「そうだね、せっかくだし。遊んだ後はそのまま一緒に僕の家に帰るから、貞久も夜に来てね」

 

 言われた瞬間、俺は一瞬言葉に詰まった。

 嫌だ、行きたくない、喉までせりあがっていたその言葉を飲み込み俺は平静を装う。

 

 「あー、はいはい、わかったわかった、お前の家ね」

 

 誰が行くか。

 折角の一人きりのチャンスなんだ自室で羽目を外す、今日の予定はそう決まった、俺は虚華に対して守る気が欠片もない約束を交わす。

 しかし俺の浅はかな考えを見抜いたのか、虚華はじっとこちらを睨んできた、その氷のように冷たく澄んでいる蒼の瞳にははっきりとした疑念が浮かんでいた。

 

 「怪しいなあ、……本当に来てくれるんだよね?来なかったら、後が怖いからね?」

 

 虚華はそう言って脅しをかけて去っていった、勿論行く気などさらさらないに決まっている、後のことなど知ったことではない。

 俺は久しぶりの自由に体が軽くなるような気持だった、思わず口笛を吹いて、スキップをしそうになる。

 浮かれ気分のまま俺は友人に声をかけて一緒に帰路についた。

 

 

 

 

 「朝は大騒ぎだったな貞久、いつものこととはいえ、もう少し落ち着いたらどうだ?」

 

 朝の喧騒が嘘のように遠ざかった帰り道で、俺の隣を歩く友人、茂歩 一尾(もぶ いちお)――通称『モブ尾』のだす呆れ声に、俺は即座に反論を返した。

 

 「騒いだのは俺じゃないぞモブ尾、虚華のやつが勝手に盛り上がっただけだ」

 「そうか?俺が見た限りお前も随分とはしゃいでいたように見えたぞ、クラスの連中も同じ意見だぜ、『また貞久と虚華の夫婦喧嘩が始まった』って」

 

 そう俺をからかうように言ってくるモブ尾にたいして思わず口から言葉が漏れそうになるのを我慢した。

 (誰が、誰と夫婦だって?)

 そう声を大にして言いたかったが、こいつには馬耳東風だろう。

 虚華の奴が周囲から俺との関係を茶化されると否定もせずにあいまいな言動をとるせいで、俺がいくら否定してもまるで効果がないのだ、

 

 「……人の色恋沙汰を気にする暇があるなら、自分の心配をしたらどうだ。前に言っていたじゃないか、気になる人ができたって」

 

 俺が話題を逸らすと、モブ尾は待ってましたと言わんばかりに顔を綻ばせた。

 

 「いやー、それがなどうにも手ごわくてさ、まるで暖簾を押しているようでな、貞久、何かいいアイデアでもないか?」

 

 (そりゃあそうだろうよ)

 俺は顔には出さず、そう心の中で毒づいた。

 こいつが熱を上げているのは、あろうことかクラス担任の神尾(かみお)先生だ。

 良識ある大人の先生が、教え子のアプローチをまともに受けるはずがない、だが、こいつは諦めたら試合終了だと豪語し、無謀な特攻を繰り返していた。

 

 「俺の知恵程度で先生の心は変わらないぞ、そもそもの年齢差を考えろモブ尾」

 

 そう言って翻意を促すが、若さと無謀に突き動かされたこいつの意思が変わることはない。

 

 「貞久が何を言おうと俺は先生が好きなんだ、諦めるなんてできねえよ、それに……どうやら、俺にもチャンスが巡ってきたみたいなんだよ」

 

 モブ尾が興奮したように両手を振り回し、歩調を乱す。

 

 「チャンスだと?」

 

 遂に願望のあまり幻覚でも見始めたか。

 訝しむ俺を余所に、モブ尾は声を潜めて続けた。

 

 「今日、職員室の近くで盗み聞きを、……いや、小耳に挟んだんだ。先生の自宅をじっと見つめていた、不気味な不審者が目撃されたらしいんだよ、神尾先生、随分と不気味がってたぜ」

 

 俺はモブ尾の考えている馬鹿な計画を察し、釘を刺すべく口を開いた。

 

 「……それがどうチャンスにつながるというんだ、まるで関係性が見えないぞ」

 「へへ、それが関係大有りよ!俺がその不審者をとっちめて先生を助けたらさすがに関係の一つや二つ進むにちがいねえぜ」

 

――やめろ、この馬鹿。

 そう言って制止しようとしたが、恋という名の狂気に当てられた男に言葉は届かないだろうと思い直す。

 (こうなったら、最悪の事態が起きる前に、俺がその不審者を捕まえるしかないな)

 

 「モブ尾、そうは言ってもお前は相手の詳細も知らないだろう、徒労に終わるんじゃないか」

 

 「心配ねーよ。先生が他の先生に注意を促してたから、バッチリ把握済みだ」

 

 そう言ってモブ尾が語る不審者の特徴。

――それを聞くうちに、俺の心から退屈が霧散していくのを感じた。

 黒のパーカーを深く被り、全身から漂う異様な磯臭さ。

 ぎょろりと飛び出した異様に大きな目と、頬のあたりに刻まれた魚のエラを思わせる切れ込み。

 隣で続くモブ尾の軽薄な声が、遠い雑音のように遠ざかる。

 (……始まったか)

 常人なら気味の悪い変質者で片付ける情報。

 だが、俺の解釈は異なる。

 ついに来たのだ、神話生物との遭遇、待ちわびていた刺激が。

 

 「へへ、どうよ貞久。この作戦、完璧だろ?」

 「……ああ、そうだな。応援してるよ」

 

 生返事を返しながら、俺は体内の魔力が歓喜とともに蠢くのを感じた。

 十三年という歳月は、静かに、しかし確実に俺という探索者を形作っていた。

 平穏な日常の中で磨かれたのは、虚華と灯(あかり)に対するご機嫌取りだけではないのだ。

 魔術の研鑽。

 肉体の強化。

 戦闘技術の向上。

 その成果を試す時が、ようやく訪れた。

 俺の高ぶりを感じた体内に根を張る魔術が、深淵の向こうから応答を返す。

 

 逃げ場はない。

 だが、退く理由もない。

 

 俺は一歩、闇へと踏み出した。

 その先に待つ異形と、世界の真実を迎え撃つために。

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