夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話 作:カーキtrpg
深きものの交雑種の後をついていき、街境を超えると、寂れた港町にたどり着いた。
路地から見渡せる範囲でも感じる、歴史の流れから取り残されたような印象を受ける町並みに、俺はこの独特な雰囲気に取り込まれるような感覚を覚える。
古臭いモルタルの木造住宅、さび付いたトタン壁の外壁を携えている平屋、そして所々に顔を出す公団住宅団地。
壁を伝う黒い雨だれの跡と、剥げ落ちた白塗装が、積み重なった歳月の重みを物語っている。
町全体が、時間の重さが集約された墓標のように佇んでいた。
「ついたぞ小僧、ここが俺の所属している、
「……雰囲気台無しだな」
俺の吐息交じりのつぶやきに、交雑種は軽く肩をすくめる。
視線を向けたその先にはここだけ別世界から飛び出してきたように建造物が建っていた。
全面ガラス張りの高層ビルが、町の住宅を押しのけるようにそびえ立っている。
ガラスと金属が放つ冷たい光は、周囲の古びた住宅とはあまりにも対照的だった。
ノスタルジックな町並みの中で、その建物だけが異物のように浮いている。
「いや、これは本当に……、もう、……なあ?」
「口を濁さんでも、俺たちのようなものがいるには似合わないと言っても構わんぞ」
交雑種はそう言って、ビルガラスの壁面に映る自分の姿を一瞥する。
人とも魚ともつかぬ輪郭が、歪んで反射していた。
「ビルの前に突っ立ってても仕方ないだろう、さあ、俺について来い」
そう言って男は歩き出す。
俺も続こうとしたその時、ポケットのスマホの受信音が鳴り響く。
「……さっきから、スマホの着信を無視しているがでなくていいのか、親御さんからじゃないのか?」
そう言ってくる怪物をしり目に俺の気分はどん底に落とされていた。
何せスマホの着信画面に映されているのは虚華の奴だ。
約束をすっぽかしたのがばれたのだ、何を言ってくるかは通話に出なくてもわかる。
二人からの数十件の留守電メッセージに百件を超えるメール着信がスマホを見る気力を削いでくる。
「スマホの電源を落として、……これでよしと」
「おいおい、そんなことして親が泣くぞ」
知ったことか。
こいつは親からの着信だと誤解しているみたいだが、相手はそんな生易しい存在ではない、魑魅魍魎のたぐいなのだ。
まともに相手をしていたらこっちの身が持たないのだ、ならば相手をしないのが俺の処世術だ。
それに、ここで電話に出ようが出まいが後が怖いのは変わりないのだ、それなら今は静かにことを流したい。
「出る出ないは俺の勝手だ、早く行くぞ」
「とんでもない奴だな、まあ、お前の家庭環境なんざ俺は興味ないが。少しは家族と仲良くしろよ」
「大きなお世話だ」
ビルのガラスが港の光を映している。
俺は一度だけ振り返り、沈黙する港町を見た。
あちらが墓場なら、こちらは何だ。
「俺だ、魚乃目(うおのめ)だ、開けてくれ」
ビル前のスピーカーに怪物が話しかける、ビルの自動ドアが静かに開いた。
「よし、入るぞ」
「……ああ」
交雑種の後ろ姿を見ながら、俺は港町とビル、そしてこの闇の中にある自分たちの居場所を思う。
どこから見ても不釣り合いで、居場所を持たないような存在。
それでも、ここにいる意味があるような気がして、足を進める。
あちらが墓場なら、こちらは、生き延びるための場所なのかもしれない。
自動ドアの先は、外の港町とはまるで別世界だった。
光の反射で白く輝く広大なロビーには、無機質な金属の柱と透明なガラスが整然と並び、外の古びた景色の面影は一切なかった。
足音が床に反射して、静寂を切り裂くように響く。
「……面倒なのがいやがる」
魚乃目はいきなり立ち止まったかと思うと忌々し気にそう吐き捨てた。
視線の先、ビルにあるおそらくは来客用カウンターの前に一人の男が立っていた。
きっちり撫でつけたオールバック、細い縁の眼鏡。
神経質そうな顔立ち、妙な威圧感はないが、硬い雰囲気を感じる。
「どういうことだ魚乃目。人間を、それも子供を連れてくるとは何を考えている」
眼鏡男から出てくる言葉は冷たく、温かみを感じさせない。
それでいて上からの目線を感じない、堅物然とした人物だった。
「お前に関係ないことだ、一々首を突っ込むんじゃねえよ」
「そうはいかない、お前たちが一般市民を害することのないように監視するのが私の役目だ、子供をこんな夜更けに、しかもこんないかがわしい場所に連れてくるとは、これを見逃すわけないだろう」
「そのいかがわしい場所とやらに飛ばされたのがあんただろうが、人様のことに口突っ込むんじゃねえ、お前の心配しているようなことは起きねえよ、仕事の話だ」
仕事の話。
その言葉を聞いた眼鏡男は眉をひそめる。
「仕事だと?お前が今担当していたのは神尾教師の件だったな、彼女は独身だったはずだが、子供がいたとは聞いてない」
「神尾のガキとは言ってねえだろうが、その勝手に結論を出す癖をいい加減に直せや、だから左遷されるんだよ」
「魚乃目、それは誤解だ、この職務は左遷などではない、一般市民を守る為にお前たちを見張る大事な役目だ」
二人の間に流れるのは、敵意というよりも、ただ合わない関係からくるぎこちなさだった、水と油というべきか。
俺は黙ってやり取りを見ていた。
口を挟むほど相手の男に興味も持てなかったからだ。
「こんな堅物の相手してられねえぜ、小僧行くぞ」
魚乃目は男を無視しようとするが、相手は見逃す気はないみたいだ。
「魚乃目、まだ答えは聞いてないぞ、その子供はなんだ、「《
話の途中で男は崩れ落ちる、俺の放った《誘眠》の呪文が効いたのだ。
「くくく、おいおいとんでもないクソガキだな、警官を黙らせるなんて」
「警官だったのか、まあ、邪魔だったからな、別に構わないだろ?」
魚乃目は倒れた男を見下ろし、あきれたような様子で首を振った。
「目ぇ覚ましたら説教だぞ、しかもくそなげぇ」
「そのときはそのときだ」
魚乃目と共に俺はロビーの奥へと歩き出す。
馬鹿な行動だとは分かっている。
しかし、十三年間の間待ちわびた機会なのだ、こんな所で躓いてはいられない。
「……さて、小僧。ここが俺とあの堅物が使う場所だ」
ロビーを抜け、エレベータに乗って階層を移動したあと、魚乃目がドアを開けた場所は乱雑に物が散乱している、部屋の主のものぐささが見て取れる惨状だった。
ドアのプレートには『警察庁 怪異対策部 怪異対策課 九智依羅分室』などという聞いたこともない名前が刻まれていた。
「警察庁って本物かよ、怪異対策部なんて聞いたこともないぞ」
「本物さ、いわゆる存在しない部署って奴さ。此処にいる警官はあいつだけだがな、おっとそのソファを使ってくれ、こっちの椅子は俺だ」
俺はソファに腰を下ろす。
部屋の雑然とした様子は、存在しないという響きに反してどこか生活感が漂っていた。
「さて、まずは自己紹介だな、俺は魚乃目 鉄造。お前が黙らせた間抜けは岩木竹 正木(いわきだけ まさき)っていう」
「俺は佐伯田 貞久だ」
魚乃目が椅子に腰掛け、足を組む。
「まずは話を整理するぞ。俺の立場は警察に協力する外部協力者だ、九智依羅教団から出向している。仕事は、怪異に関する情報収集と対策だ」
「怪異?それはあれか、お前みたいなのか」
俺が訊くと、魚乃目は軽く笑った。
「そうだ。まあ、お前も少しは知っているみたいだが、表には知られていない伝承や噂話でしか聞かない異形の怪物たち。それらを国は怪異と呼び、密かに対策を行っている。それが怪異対策課だ」
「で、なぜ深きものの交雑種が警察に協力するんだ?そもそも九智依羅教団ってなんだよ」
「九智依羅教団はまあ、お前が知っているダゴン秘密教団と同じクトゥルフ信仰者の集まりだよ。ただ、他の連中と違って行儀が良いってだけさ、国と手を組める程度にはな」
「冗談だろ?そういったまともさからもっとも程遠い存在だと思ってたが俺の勘違いだったか?」
「いいや、余所の連中は想像通りで間違ってないぜ、俺たちは色々特殊なんだよ。余所の連中がどれだけ生き残っているかは知らんがね」
「生き残っているかだと?」
意外な言葉が魚乃目から出てきた、まるで深きものが絶滅の危機に瀕しているかのような言い草だ。
いや、深きものが絶滅しようがどうでもいいがそんな簡単に死ぬような存在ではないはずだ。
「詳しくは俺も知らん。ただ、百年以上前にショゴス=トゥシャと言う大神官たちがショゴスと呼ばれる怪物の制御ができなくなってしまって、海底都市はすべてショゴスに蹂躙されたらしい、生き残りはいなかったんだと。地上の拠点も巻き添えを食らって今では俺たち九智依羅教団が最大派閥だと言われている」
「そうか、ショゴスね、あれの制御に失敗したならそうなるわな」
魚乃目は驚いたような顔でこちらを見る。
「ショゴスを知っているのか?教団でも見たことのあるやつはいない、文献だけの存在なんだが」
「俺も実物は知らん、書物で知っているだけだよ」
そう言って肩をすくめる。
「どんな書物だそれは、教団の持っている魔術書でも滅多に出てこない存在だぞ」
「ステキな書物だよ」
流石に前世のことは口に出す気は無いので、あいまいに答えるしかない。
「ステキな書物ね……まあいい、重要なのはお前が裏の素人だが魔術の達人であり、怪物の知識を持っていることだ」
魚乃目はそう言ってこちらに対して真剣な目を向けてくる。
「俺達は協力するってことで良いんだな?」
「そうだな、お前とは上手くやれそうだ、これからよろしく頼む」
満足そうにうなずいた魚乃目は、ふっと表情を引き締めた。
「こちらこそ頼む、と言いたいが、……お前はまず岩木竹の説教を受けなくちゃな」
ドシドシと床を踏みしめる音が廊下から向かってくる。
「……短めで頼む」
「それは岩木竹に言え。俺は知らん」
ドアが勢いよく開け放たれ、俺が眠らせた男が部屋に入ってくる、顔が真っ赤に染まって青筋を浮かべたその姿に――ああ、これは長くなるな。
俺はどこか他人事のように、そう思った。
クトゥルフにGURPSを混ぜたのは日本ではGURPSが絶滅状態ですから少しでも多くの人にGURPSを知ってもらいたいという思いからです。
公式の日本語サポートがないのも痛いですが、ガープスを題材に二次創作するような人たちが少ないのがガープスが日本では死んでいる原因だと思ったので。
数少ない公式日本のGURPS作品のルナル・サーガですら、おじさんの私が生まれる前に始まって完結編が出た昔の話ですから。
クトゥルフの呼び声なんかはTRPG知らない人たちでもネタが通用するくらいこすられているので、それほどでもなくても多少は知ってもらおうと思い頑張ってます。